6163

コロナウィルスにおける昨日の死者数は6163人。総死亡者数は、24万人を突破しました。

 

 

 

減少傾向にあると思われていた欧米の死者数は、膠着状態に陥っています。ドカンと増え続けもしない一方で、減りもしません。

 

この状態をして、「外出制限が効果がない」とするのは、早合点です。

 

本来ならどんどん増加の一途を辿るであろうパンデミックの現在において、横這いで食い止めているとも言えます。

 

中世のペスト大流行によってヨーロッパの人口の1/3〜1/2が死亡したと伝えられますが、現在24万人で押さえ込んでいるのは、現代の情報社会の「中世とは違うところ」だと感じます。

 

人間は相変わらず魔女狩りをしたがる生き物のようですが、中世とは比較にならない情報量と伝達速度を得たことによって、野放図な感染拡大を阻止できていることは疑いようもない事実です。

 

 

 

情報ネットワーク社会の強みを、コロナウィルスの拡大防止だけに活用するのはもったいないですネ。

 

自分の生活にも、今まで以上に活かしましょう。今は再発見の時期と思って。

 

 


5210

昨日5月1日のコロナウィルスによる死者数は5210人。

 

最近は増減を繰り返しており、少なくとも死者数に関しては、減少傾向とは言い難い「膠着状態」が続いています。

 

 

増減を繰り返すうちに、本日土曜日の死者数が加わって明日の朝になれば、総死亡者数24万人を突破する可能性も出てきました。今のペースでいけば、明日に24万人を超えるか超えないか微妙なところですが、徐々に減少していったとしても、30万人を超える見込みが濃厚になってきました。

 

 

 

世界の各所で、経済への大きな影響が出ていることが、連日のニュースで伝えられます。

 

アニメの映像制作は、今のところ、コロナウィルスの影響による倒産などは聞き及びませんが、必ず影響はでましょう。

 

今、この時に、自分がどのような状態にあるかで、実は結構リアルに未来が予測できるものです。自分の未来が炙り出されるとでもいいましょうか。

 

 

 

自宅にいる時間が増えたことにより、今までできなかったことに着手できて、仕事も自分の今までの経験値を活かせる内容なら、未来がどのようにシフトしても、何らか対応力を発揮できましょう。

 

一方、自宅で何もする気が起きず、仕事も雑用みたいな内容ばかりなら、かなり深刻です。

 

自分は、自分自身を持て余して、何に向かったら良いか曖昧で、ついつい自堕落にサボってしまう。他者は、中核となる仕事・キーとなる作業を自分以外の誰かに頼んで、自分に対しては場つなぎの仕事ばかりを入れてくる。

 

つまり、自分がどういう存在だったか、コロナウィルスによって干上がった今、隠れていたカタチが浮き出るわけです。

 

もしマイナスの状態にあっても、20代ならまだ挽回はいくらでも可能です。30代は多かれ少なかれ苦戦するでしょう。40代以降で今の時点でもし雑用などの仕事に転じてたら、かなりヤバいです。40代になって存在意義を内外に示せていない‥‥という証です。「雑用をやらせておけば良い人材」認定されているわけですから。

 

 

 

私は19歳の時に1ヶ月、20歳の時に1ヶ月、仕事が欲しくても無くて、干されたことがありました。以前にこのブログでその時のことも書いております。

 

今でも、その時の体験は相当なトラウマです。強迫観念です。

 

そしてその当時、「このようなことは、未来に何度でも起こり得る」と思ったものです。

 

30話の原画が終わりました。次は32話です。次は35話‥‥と続けていると、永遠に仕事が来続けると無意識に考えがちです。しかし、それはいつか終わります。作品には最終回がありますからね。

 

アニメ制作スタッフの場合、話数が終了しても、今度は別の次の作品‥‥となりましょうが、さて‥‥その「次の作品」はいつまで続くでしょうか。

 

永遠ではないですよね。いつか終わりがきます。

 

であるのらば、いつものパターンの受発注、仕事の依頼とアップの繰り返しではない、何か別の方法論を自分で開発しておく必要があります。

 

 

 

学校と会社員しか経験のない人々、つまり、「やること」を「必ず誰かが与えてくれる」と信じて疑わない「学校型の人間」は戸惑うのかも知れません。

 

今の時期は、次の時代への「種まきの猛烈な繁忙期」であることを、ジンジンと自覚できないなら、何らかの方法で目覚めさせないとアカンです。

 

絵と映像を芸として生きていく人間は、自分の内側の表現意欲が何よりもの原動力です。

 

サラリーマンとしてではなく、ものつくりの人間として自分を考えるのならば、静かに燃えたぎるパッションが、今こそ未来に生きてきます。

 

ちょっとオーバーですけど、それこそショスタコの5番の第4楽章のような怒涛の進撃が鳴り響いているくらいがちょうど良いですネ。

 

 


5907

一昨日のほぼ1万人の死者数から減少して、昨日の死者数は5907人。

 

こういう減り方をすると安心しがちですが、まだ1日に6千人が死んでいることを考えれば、極めて異常な日常であることに変わりありません。

 

 

 

しかし一方で、日本の死者数は、欧米とは比較にならないほど、まだ少ないです。

 

「少かろうが、大切な人を失う悲しみの重さは同じだ」と言えますが、欧米はそうした悲しみが1日に5千〜7千の規模で数週間繰り返されてきたのです。

 

感情に左右されず、数字を冷静に見つめることが今は大切だと思っています。

 

 

 

しかし。

 

なぜアジア地域は、欧米に比べて死者数が少ないんでしょう。

 

3タイプあると言われるウィルスの型の違い?

 

生活習慣?

 

先天的な人種の性質?

 

「密」で言えば、アジア地域なんて、欧米に負けない「密」ですよね。

 

何が生と死を分けているのでしょうかね‥‥。

 

 

 

とは言え、未来を楽観‥‥ではなく楽天的に「日本は大丈夫だから」と判断するのは、さじ加減以外のなにものでもないです。

 

なぜ、アジア地域は欧米に比べて死者数が少ないのか、ロジカルに解明できなければ、安心するのはまだ早いですネ。

 

 

 

 

 


PU交換

昨日は昭和記念日でお休みでしたので、色々と私事を消化しました。

 

ギター3本のピックアップ交換。以前ワンハム仕様で改造して装着したギターのピックアップ、ダンカンのTB-59をIbanezのRGのリアに交換、IbanezのINF4をワンハムのギターに装着、さらにはダンカンのSSL-5(シングルコイルのハイパワー系)2個を、以前愛用していたプレイテックのフロントとリアに装着しました。

 

合計4箇所もピックアップを交換したので、にわかリペアマンの私には中々の作業ボリュームがありました。テスターも動員して(通電を測るだけですが)慎重に配線を理解しながら取り付けました。弦の張り替えまで含めると、結構時間がかかりますヨ。

 

 

 

ZoomのG1X Fourで音出ししてみると、さすがにピックアップ1つでプレイテックストラト1本が買えるお値段(昔は5980円でした)なので、音の分離も歯切れも抜群です。

 

SSLシリーズは、1から7くらいまでたくさんバリエーション展開されていますが、ザクザクな歪み重視の元気な音が欲しくて、SSL-5にしました。

 

*ワイヤは白がプラス、黒がマイナスです。シンプルな2芯構成です。同社ハムバッカーの4芯+Bare線=5wireとは大違い。

*ピックアップ固定は、なんとバネではなくシリコンゴムでした。最近はそういうのもあるんネ。私はシリコンゴムの劣化を疑って、元のピックアップについていたバネを流用しました。

*どっちが上か下かわからなくなった場合は、上の商品写真で解ります。ダンカンのロゴはブリッジ側なので、黒線(マイナス線〜Cold)が下(1弦側)です。

 

 

狙っていた音が出せたので良かった‥‥と言いたいところですが、ギター本体が10年前くらいに弾きまくって相当疲れて休眠していた個体なので、ギター各所に難があることがダンカンのピックアップとの音の差によってもろに露呈しました。

 

プレイテックのギターは、くたびれてくるとそこら中に「安いがゆえのボロが出て」きます。ブリッジのウェイト部分(弦を通すトンネルみたいなブロック)は欠けてヒビが入るし、トレモロアームをかければサスティンは消えてしまうし、フレットが減ってバランスが崩れてるし‥‥で、もうこの個体は限界だな‥‥と悟り、同じく安価ではありますが、スクワイアの廉価モデルを探し始めました。

 

Fenderのそれなりの(=8万くらいの)を買えばいいじゃん‥‥と思うこともありますが、ギターは宿命的に消耗部分を抱えているので、迷うところなのです。リペアに出してリフレッシュしてもらうのなら、15〜20万くらいのギターにしたいですし、3万円以下のギターならリペアに出すより安価です。

 

ちなみに消耗部品とはフレットです。フレットの山が削れて平らになってきて、弦を抑えた時に他のフレットと干渉して弦にミュートがかかってしまうのです。ミュート、つまり、サスティンが短くなって、音にも演奏性にも悪い影響が出てきます。減りが少ないうちは弦高調整で対応できますが限界があります。

 

ピックアップも、マグネットの経年変化によって出力が落ちる消耗パーツではありますが、自分で交換できます。‥‥でも、フレット交換は生半可な設備と技量では無理です。

 

ゆえに、弾き込んで消耗の激しいギターは、廉価な製品を使うようになりました。

 

*スクワイアのギターは買ったことがないので、さてどんなものか。基本的な作りが標準的なら材質には拘りません。ギブソンの「スクワイア的立ち位置」のエピフォンならいくつか持ってます。エピフォンは「雑に感じたことはない」ので、普通に良いですヨ。

 

 

 

ちなみに、最低限の装備で良い音で宅録したいなら、お気に入りのギターとオーディオインターフェイスのUR12やAG03、G1X FOURなどの単体でエフェクタとアンプがわりになるプロセッサ、そしてiMacやMac BookやiPadがあれば超コンパクトなエレキギター音楽制作環境が出来上がります。iPadの場合は、USB変換アダプタは必要になりますが、iMacやiPadを買えば使えるGarageBandでそこそこの宅録は可能です。(Logic ProやAdobe Auditionがあれば言うことなしです)

 

G1X FOURは、ただ弾くために買っても良いですが、パソコンありきの宅録にはもってこいです。「Guitar Lab」をMacにインストールすれば、本体で操作するより格段に編集性が向上します。

 

*エフェクター(ストンプ)は現実だと右から左に並べますが、G1X FOURは左から右に並んでいます。横書きの文字は左から右なので、一般的な横書きの並びに合わせたんでしょうかね。

*ハードからソフトまで、ロックからジャズ、フュージョンまで、多彩に対応できます。DynaCompもMesaBoogie Mk.IIIもあるので、70年代のフュージョンギターもばっちり。RATディストーションで80年代もイケる。

*「YJM」の1984年頃の音を真似たパッチです。ダンカンのSSL-5に合わせて作りました。ちなみに84年当時のYJMはHS-3をまだ付けてなくて、FS-1あたりだった‥‥とネットで情報を見かけました。

 

 

 

所有するストラトのピックアップのフロントとリアを交換するだけでも、ギターは生まれ変わります。ハムバッカーならリア(バッキングに常用する)を交換するだけでもかなり大きな効果が得られます。

 

そこにG1X FOURなどの最近のプロセッサを通して音作りをすれば、ヘッドフォンから聴こえてくる音はプロっぽい音に大変身します。(ラインでUR12などに入力する際はマイクシミュレーションをONに)

 

とは言え‥‥。

 

最近はテレワークや外出自粛の影響か、ヤマハのAGシリーズなどのお手頃機材が品切れて、アマゾンでろくに機材調達できないですね。

 

う〜ん、こんな事態が2020年に起ころうとは‥‥。

 

 


ショスタコの7番

クラシック音楽で近代の管弦楽が好きな人は、コロナウィルス流行の今、ショスタコーヴィチの交響曲7番の第1楽章を思い出す人もいるのではないでしょうか。‥‥まあ、不吉なので思い浮かべたくないですが、私は咄嗟に脳裏をよぎりました。

 

日本の4月の状況は、さしずめ、弦楽が主題を受け継いで奏で始めたあたりのニュアンスですかね。

 

 

 

この主題がどんどんエスカレートして、粗野で暴力的な大きなうねりへとグロテスクに変質していくのが、レニングラード交響曲の真骨頂です。

 

このショスタコの7番は、ナチスドイツに抵抗するレニングラードの様子を描写したと言われていますが、‥‥‥ノンノン、味方・身内とも言える自国の中枢権力や民衆が、凶暴な姿へと徐々に変わっていくさまも含めて描かれていることは、曲を聴けば明らかです。

 

不吉な曲ですが、実際にショスタコーヴィチが1941年に書いた交響曲でもあります。

 

ある程度、楽典や音楽通論を勉強した人なら、楽器のフレーズが何を意味してるか、なんとなくでも受け取れるのではないでしょうか。

 

なぜ「ハ長調」なんて平凡な調性を選択したのか。主題のフレージングはまるで平凡な民衆個人を思わせる一方で、その響きが集結して金管によって高らかに鳴り響く時、最初は雄々しく逞しく力強いニュアンスだった響きが、やがて凶暴で手のつけられない大きな怪物の咆哮のように聴こえるのはなぜか。

 

音楽は聴くだけでなく、読むもの‥‥でもあるのです。

 

最初は可愛らしく微笑ましい響きの主旋律が、どのように殺気立ち、殺伐として暴力的な響きへと変質していくかは、第1楽章の最大の聴きどころです。

 

 

 

他人への思いやりや同胞意識が、お互いの監視や同調圧力へと変質して、やがて自制も効かなくなり大きな流れに呑み込まれ、破局点へと突き進む‥‥というシナリオ。

 

まさにそれは、今回のコロナウィルスで言えば「最悪のシナリオ」です。

 

コロナウィルスはこの曲のようには進展して欲しくないです。最後はカタストロフですもんね。

 

 

 

今この時期、鬱な感情に落ち込みたくなければ、この曲は聴かないほうが良いかも。

 

でもまあ、ショスタコって往々にして、そういう曲が多くはあるのですが。

 

 


9951

あれ?? 9951人???

 

GMT19時合わせで、28〜29日の24時間で、9951人??

 

最近減っていたのに、なぜ?

 

 

 

集計の誤差にしては多過ぎますね。28日時点で21.4万人だったのが、29日で22.4万と、1日で1万人の死者が増えた結果を示しています。

 

以前にも1万人近く死者を出した日は1日だけありましたが、今回の死者数9951人は、AFPの集計記事の履歴では最多を更新したことになります。

 

 

 

う〜ん。日本があまりにも感染者と死者数が少ないので、実感がまるで沸かないです。

 

状況が沈静化したと色々なニュースで報じられた欧米でしたが、この数字は最悪レベルです。

 

私は、先週末のブログで「月火で21万人、水木で22万人、その後徐々に数が減っていくのではないか」と書きましたが、また予測が悪い方に外れました。「水曜日で既に22万人」です。

 

集計の数字だけ見ていると、感情も噂も作用しないので、クールに状況の一部を窺い知れます。‥‥つまり、まだどうなるかわからず、予測は難しいということですね。

 

 

 

ツイッターで「日本が今後感染拡大する科学的根拠はどこにあるのか」という文言を見かけました。要は、拡大前提で行動するのは倒錯している‥‥という主張です。

 

あのさあ‥‥。まず、その言葉=「科学的根拠」を安易にツイートする前に、「今後拡大しない」とご自分で思うに至る科学的根拠も考えてみれば?

 

肯定の理由とペアで、否定の理由も天秤にかけて、脳内で検証すべきです。ガキじゃない、良い歳したオッサンなら尚更ね。

 

日本は今まで拡大してないから‥‥というのは科学的根拠じゃないでしょ。成り行きを傍観した上での、ただのさじ加減じゃん。

 

 

 

私は実は心の中では「欧米より感染が拡大しないのでは」と考えていますが、それは単なる勘や直感であり、明確な論拠はありません。ただの勘です。なので、ココロの中で考えているだけで、何かを批判するほどの確信などありません。

 

私が毎日見ているAFPのコロナ死者数の記事も、本当に数字が正確かは微妙なところだと思いつつ、参照して書いています。

 

でもTwitterって、気が大きくなりやすいメディアなのかな。断定したかのような文言を、吐いていらっしゃる方々が多いですよね。

 

私は有史以来の大惨事である第二次世界大戦を引き合いに出しますが、それには多くの教訓となるべき情報が豊富だからです。‥‥豊富という言葉はあまり使いたくはないですけどネ。

 

 

 

日本は、1941年12月に日米開戦に踏み切りましたが、1945年の8月に無条件降伏することを見込んで、米国に宣戦布告したのでしょうか。

 

違いますよね。

 

大勝できなくても、勝つ、もしくは引き分けに持ち込めると思ったから、始めたんでしょう。

 

非武装の一般人を含む300万人もの死者を予測して「負ける運命の戦争」などしてないでしょう。

 

でも、当時は「した」んですよ。大戦争を。

 

そして、最初の頃は、国民も良い気になって、それに乗っかったんです。

 

 

 

75歳以下の人間は、大量死を実際に経験していない「ひよっこ」ですから、どんなに権威があって経歴がご立派でも、言ってることはかなり「さじ加減」ですよね。

 

長く生きてきた75歳の爺さんでも、予測できないことは、いくらでもありますよ。不死の仙人になって何千年も生きてるわけじゃないんだし。

 

パンデミックが世界を覆っている今、わからないことを、ちゃんとわからないと自覚できて、わからない状況にどうやって対応するか、個人の資質が試されるのでしょう。

 

 

 


5478

GMT(標準時)19時区切りの昨日のコロナウィルスの死者数は、5478人。

 

少し前は7〜8千人前後だった死者数が減少傾向にあるとは言え、1日あたり5千人の死者ですから、異常事態であることに変わりはないです。

 

 

 

テレビや新聞などで様々に語られるのは、コロナウィルスによって変わった様々な物事が、コロナウィルス以前の状態にはもう戻らない‥‥ということです。

 

器の形が変わったら、中身の形(配置)も変わります。

 

 

 

アニメ制作にも同じことが言えましょう。もはやフィルムで撮影しなくなったように、作画作業も、紙と鉛筆である必要がないことに気づいた後は、紙と鉛筆の面倒な部分が目につくようになります。

 

トレスマシンでセル用紙に転写するわけじゃないんだもん。

 

紙と鉛筆を使う作業工程上の理由は、ペンタブが発達した現在においては希薄そのものです。紙に馴染んだ人々が慣習で使い続けていただけで、全てのアニメがデジタルデータで納品される現在、古い慣習に改めて気づきを与えたのが、皮肉なことながらコロナウィルスです。

 

作品終了後に積まれて場所を占有する紙のことまで意識が届いていなかった人も多いでしょう。紙は色々と厄介です。

 

バックアップ(同じデータを複数コピーして別の場所に保存する)も含めて大容量HDD(8〜12TB)が数個あれば事足りところを、ダンボールに紙を詰めると20箱くらいになります。

 

デジタルデータは管理が大変‥‥とか言いますが、紙の管理だって金と場所と定期的なメンテが必要なことに変わりはないです。

 

加えて、紙はHDDと違って、勢いよく燃えますしね。廊下に紙を詰めたダンボールなんか置いといて、火事でも起きた日には、火の渦の炎のトンネルになりましょう。

 

紙の表現力が!‥‥なんて、低解像度(150dpi前後)の二値化をしている作品が言えることではないですしネ。

 

惰性と慣習で続けることの滑稽さを、コロナウィルスの災厄をもって気づくのならば、相変わらず人間はネガティブなことでしか意識を変えられない生き物であることを証明しています。

 

ポジティブな何かで意欲的に未来を変えていくのではなく、ネガティブな何かによって、過去から続いてきたものが通用しなくなって、変えざる得なくなる‥‥ということの繰り返しですよネ。

 

 

 

無条件降伏までの大敗を喫した後、日本が軍国主義の社会へと戻らないのと同じく、コロナウィルスによる大打撃をこれからさらに受けるであろう社会は、もはやコロナウィルス前には戻れないでしょう。

 

「場所や物質に囚われていた」今までの意識が、目に見えない「ネットワーク」で繋がって拡大するコロナウィルスによって強制的に変革を余儀なくされるのなら、それはもうなんというか‥‥皮肉なことですね。

 

 

 


4277

昨日のコロナウィルスの死者は4277人でした。

 

この記事を書いている時点(23時)では今日の半日分も増えて、21万人を突破した‥‥とのことです。

 

 

 

1日あたり5千人以上の死者数を毎日重ねていた日々の終焉ならば、ようやくロックダウンなどの効果が表れてきた‥‥と言いたいところですが、同じようなことを前にも書いたので、4〜5日は減少傾向が続かないと、ぬか喜びになりかねません。

 

実際、今日の東京の感染者数は、また上昇したとか。数日だけの減少傾向なんてアテにならないのは、既に欧米の状況が示しています。

 

明確な治療方法が確立されない限り、「コロナウィルスが落ち着く」と言う表現も曖昧な気休めにしかならないです。気が緩めば、ロックダウンが功を奏した(と思える)欧米とて二波、三波が来ましょう。

 

日本は一波すら経験していませんが、果たしてどうなることか。

 

 

 

 


3960

増えたり、減ったりを繰り返す、コロナウィルスの1日の死者数。昨日は3960人だったようです。

 

 

 

月曜で5300人を超えなければ、火曜朝に21万人超えにはなりませんが、ここ2週間は増減を繰り返しており、「峠を越した」宣言が虚しく空振りだったことを思えば、まだどうなるかはわかりません。もちろん、このまま死者数が減少していくのが良いわけですが、早合点は禁物です。

 

 

 

気が早いかも知れませんが、私は「コロナ後」の状況を色々と考えます。

 

普通の日々に戻って、今までと同じ状態に戻る人。

 

今までの場所には戻れなくなる(存在が不要になる)人。

 

今までとは違う新たな居場所に移る人。

 

おそらく、コロナウィルスの影響は、社会の一部を内側で変えるように思います。一方、衣食住のジャンルでは、元に戻って変わらない部分もあるでしょう。

 

第二次世界大戦の「戦後社会」は、平成を貫いて令和まで引きずり続けていて、2020年のコロナウィルスの終息をもって、ようやく終わるのかも知れない‥‥と思うことがあります。

 

戦後とは、戦争の反動で生じたベビーブーム世代の時代でもあります。団塊と団塊ジュニア、第1次と第2次のベビーブームが馴染んできた方法論を、コロナウィルスによる社会変化によってバッサリと断ち切るのかも知れません。

 

 

 

‥‥というようなことを、このブログでも何回か書いていましたが、今日の新聞で、

 

 

‥‥と、まあ、普通はそう考えるよなあ‥‥と思います。

 

「今年の秋頃に落ち着けば」みたいなことをニュースの一般人へのインタビューで何度も耳にしますが、落ち着くとは「感染の心配が払拭したこと=感染しても治療できること=ワクチンが普及すること」であり、幸運が幸運を呼んだとて短くて1年半、普通に考えれば3年近く要するだろうと思います。

 

その3年間の間に、社会は新たに強烈なトラウマを抱えるでしょう。

 

例えば、人生で命が危うくなるような病気や事故や境遇を体験した後で、それ以前の自分に戻れるか?‥‥と考えれば、もはや楽天的で根拠のない自信に溢れていた頃には戻れない自分に変わっていることでしょう。

 

心の傷とかトラウマとか色々な言い方はありますが、人間と同じで、社会もトラウマを負うのです。第1次、第2次世界大戦で、国際社会がどのようなトラウマを抱えたかは、経済に疎くても歴史や戦史だけでも窺い知れます。歴史が証明しています。

 

今回のコロナウィルスは世界大戦級のトラウマとなるように思います。だとすれば社会の「人格」「性格」が変わらない方が不思議です。

 

 

 

どんなトラウマを抱えようと、人間は生きていきます。それは社会も同じこと‥‥ですよネ。

 

生きてるだけでもめっけもん。‥‥と思うような大病を患って生還すれば、自分の「今まで抱えていた、抱えきれないもの」を「断捨離」しようと思うこともありましょう。

 

私は社会全体が、第二次世界大戦後から抱え続けてきた色々なものを「断捨離」して、新たに生き直すフェイズに移るように思えてならないのです。

 

では、断捨離の憂き目にあうのは、果たして何か‥‥ということですネ。

 

 


6806

昨日のコロナウィルスの死者数は6806人。死者総数が20万人を突破しました。

 

 

 

私は最終的に25万人くらいか‥‥と思っていましたが、この様子では30万人を超える可能性もありますね。おそらく、火曜日の朝の時点(日曜と月曜の2日)で21万人、木曜の朝の時点で22万人‥‥で、週後半で勢いが衰えるか否かが、30万人に到達するかどうかを分けると思います。

 

ただ、この予測も、あくまで「2020年春」の期間であって、ワクチンが普及するまでの2〜3年スパンでは、やはり30万人は超過するようにも思います。あるいは、30万人なんて言ってたのが失笑するくらいの夥しい死者数が、秋や来年に増えるかも知れませんしね。

 

とにかく、今は日本が、イギリスなどの欧米と同じ道をトレースするか否かが、最大の関心事です。日本が2万人規模の死者を、これから1〜2ヶ月の間に数えるか否か‥‥です。

 

 

 

今は普通ではない時期です。なので、普通ではできないことが実践できます。コロナウィルスの影響によって生じた取り組みが、普通になった日には新たな武器として使えるように準備するのが肝要です。

 

どんな時でも、転んでもただではおきないココロを持ちたいものですネ。普段、立ってたら掴めないものを、寝転んだ今に掴みましょう。

 

 



calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< June 2020 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM