昔話と今と

私が小学生の頃、全国的に流行った宇宙戦争アニメの劇場版がありました。特定の作品はあーだこーだ言わない主義ですが、もう40年も前の話だからいいよネ。

 

で、その特集本「ロマンアルバム」を今になって読むと、子供の頃にはわからなかったことが、業界で仕事するようになると「しみじみ」わかるようになります。

 

特に驚くのがスケジュール。

 

3月後半にコンテUP。4月から作画開始。ふむふむ。

 

8月全国ロードショー。

 

ぎゃふん。

 

 

‥‥なんだ。この頃=1978年から、こうだった‥‥のか。

 

この頃は当然、紙の作画、紙の背景、セル用紙とセル絵具のペイント、フィルム撮影(=つまり現像プロセスが必須)とフィルム編集です。上映フィルムを上映館分複製して全国に届ける手間もあります。今より、格段に時間はかかったはずです。

 

とは言え、ロードショーまで3ヶ月しかない制作期間。かなり、「スケジュールのつじつま合わせ」に苦労したはずです。線の多い宇宙戦艦はもちろん3DCGではなく手描きと手塗りです。

 

全ての作品が「そうだった」わけじゃないと思います。しかし、40年も前から「そうだった」作品が存在したことは、皮肉にも作品の素晴らしさを伝える役割の特集本・ムック本で今に伝わっています。

 

まあ、普通に考えて、3ヶ月で劇場アニメがまともに作れるわけないよネ。では何が犠牲になっているかというと、品質です。現在のチェック基準だと、半分はリテークになると思いますヨ。振り向いた後でクチパクだけ残して宙に浮いてるし、セリフのシートミスでキャラは挙動不審な動きになってるし、今だと何が何でも絶対に直すリテークがそのまま劇場に流れています。

 

1978年の家庭用録画機も円盤再生装置もない昔だから許された品質と言えましょう。‥‥2018年の今は、DVDやブルーレイになって、リテークすべき内容がつぶさに見えちゃいますけどネ。

*家庭用録画機は、1978年でもかろうじて存在していたと思いますが、相当珍しい(=高価)な家電でした。

 

毒色の駄菓子、不衛生な繁華街、通学路に貼ってあるポルノ映画のポスター‥‥と、雑な時代の雑な基準は、現代では通用しません。

 

しかし、アニメ制作のスケジュールは、40年経った今も同じか、それ以下です。

 

40年前とは比べものにならないほど、複雑になったキャラを丁寧に仕上げるのですから、「デジタル」で絵具の乾燥時間が消滅したところで、相殺できるどころか、どんどん辛くなっています。

 

作画を実際にやってみれば、わかりますよネ。ちゃんと描こうとすると、いまどきのいキャラの顔を描くのにどれだけ時間がかかるか‥‥が。

 

 

 

しかし、品質の基準を昭和40年代、1970年代に戻すわけにはいかないのが、2018年の現実です。

 

だったら、2018年なり、2020年代なりの、新しい方法を作り上げなきゃダメですよネ。

 

複雑なキャラを何千枚も描いてて、「苦しい」「お金が稼げない」なんて、当たり前なんですヨ。4Kになったら、もっと苦しくなるのは目に見えますよネ。

 

でも、皆が皆、ミッフィみたいなキャラでアニメを作るわけにはいかんでしょ。日本のアニメがなぜ世界で評判になったのか、ちょっと考えれば、「複雑絵柄路線」からは逃れられないのはお判りのはず。

 

ディテールを描写した線の多い絵柄で、4K60p、8K120pの未来を切り拓くのは、決して今までの延長線上の制作技術ではないです。ごく普通に、理屈で考えればわかることです。

 

 

 

少なくとも私の年齢で持ち得る記憶で言えば、アニメ業界の根本的な問題は改善されることなく、今まで踏襲され続けてきただけでなく、悪化の一途を辿っています。どんな業界団体が存在しようと、根本的に何も変えられなかったのは、事実として潔く受け止めるべきでしょう。

 

「ここままじゃいけない」「何とかなるといいですね」と何万回ツイートしたところで、状況は何も変わらないことも、ツイッターが登場してから今までの経緯で証明しています。

 

結局、自分たちの現場を、自分たちで変えていくしかないのです。他人の現場なんて変えられないですよ。ましてや業界全体なんて。

 

「うまくいかなかった」ことを何度も繰り返すよりも、「うまくいきそうなこと」を新しく始めた方が良いんじゃないですかネ。

 

 


4KHDRと言っても

4K HDRのモニタが随分と安く売られております。ただ、映像制作に必要なスペックは満たしておらず、何よりも致命的なのは、PQカーブに対応できるプリセットを持てない点です。

 

HDMI経由で信号の中にメタデータが含まれる場合は対応できる‥‥との製品もありますが、その仕様では制作現場ではNGなのです。配信データと同等の信号を、PC/Macのディスプレイ出力から(簡単には)送出できるわけではないので。

 

ディスプレイポートで4K60pかつHDR PQの信号の運用をどうするか。

 

う〜ん。金がかかる方法しか今は存在しない‥‥みたいですネ。

 

 


新型MacBook Pro、46万。

新しいMacBook Proが発表されましたネ。

 

 

 

私はMacBook Proはあまり必要としないので、買うことはないですが、怖いもの見たさにカートに入れてみました。

 

15インチモデルをベースに、Core i9、32GBメモリ、1TB SSD‥‥という映像制作に必要なBTOをカマしたら、

 

税込46万円。

 

 

高い‥‥ねえ‥‥。

 

まあ、CPUはi7で我慢したとしても、32GBメモリと1TBのSSDは必須です。2020年代の映像制作では32GBだって足りないくらいだし、512GB SSDでは、色々なライブラリを入れたらすぐに半分消費しちゃうだろうし、キャッシュの置き場を考えると1TB SSDは必須です。

 

46万。

 

なんだかもう、お金の感覚が麻痺してきちゃったよ。ボクは。

 

 

こんだけ高いんだもの。内部のSSDは、実測で2000MB/s(=16GBbps)くらいは出て欲しいよねぇ。公式発表では3.2GB/sを謳っていますから、実際にiMac Pro並みの速度(3000MB/s近く)が出るのかも‥‥知れませんネ。

 

46万円も出すんだから、そこらへんの安いパーツで構成したノートPCとは歴然とした性能差が出てないとアカんですわな。

 

 

ちなみに、私が使っているのは、2013年あたりのMacBook Pro 15インチです。去年あたりにローンが終わりました。

 

私は、もうよほどのことがない限り、MacBookは買わないと思います。iCloudとiOSの連携によって、持ち歩きはiPad Proで充分ですし、そもそもMacBookじゃ直に絵は描けないですからネ。職業ゆえの選択です。

 

おそらく、実写畑の人は、今後もMacBookは必要になるように思いますし、デスクトップ機にひけをとらない性能によって、対費用効果は充分あるでしょう。

 

i9の6コア12スレッド(たぶん)、32GBメモリ、高速なM2の内部SSDを1TB、15インチのRetinaかつP3‥‥と、映像制作には充分ですが、やっぱり46万は強烈だわぁ。

 

 


外からじゃわからないから

アニメ作品に対して「XXXの出来はイマイチ」「XXXは、OOOと***を足して2で割ったような作品だ」「今回のXXXはひでーな」みたいなのをツイッターとかでカジュアルに呟いちゃうのって、ファンなら全然構わないけど、同業のプロの人間がソレをするのは中々ビミョーだと思います。実名で名指しで‥‥はネ。

 

実際、映像を見て、スタッフクレジットを見れば、大体のことは察しますが、どんなことが実際に起こったかまでは想像の域を脱しませんし、さらには、明日は我が身かも知れません。

 

忖度しまくれ!‥‥とは思いませんが、自分の過去の辛い体験に照らし合わせれば、同じようなことがおこったであろう作品やスタッフを、実名を挙げて、ライト感覚で嘲笑する気にはなれないです。たとえ、それが軽いノリの軽い言葉であっても。

 

例えば、作画崩壊はどうすれば防げるのか、なぜ、そうなったのかを、思考したり議論するのはアリだと思います。プロの現場の問題としてネ。

 

でも、実際に作画崩壊を招いた作品そのものを揶揄する気にはなれんわ。

 

 

ツイッターは軽いキモチで発言できるから、内輪の雑談と勘違いする人も多いのかも知れません。しかし、あくまで全世界に公開される「公言」「公式の発言」ですからネ。

 

この先、アニメ業界はどうなっていくんだろう‥‥と思いを馳せることはあっても、「あの作品はイマイチだった」「あの作品は面白くなかった」みたいな素人さんみたいな発言は、少なくとも私は控えるようにしてます。同業のプロとして、そんな発言をする気にはなれないですもん。

 

もし、他人の作品を「面白くなかった」と思ったのなら、自分の作品制作に昇華すれば良いだけですからネ。

 

 


インストラクター

新たに技術を導入する際に、インストラクター的な立場の技術者や経験者の存在は、非常に重要だと思っています。インストラクターの質が、まるでその技術本体の質のように受け取られるからです。

 

インストラクターとはWikipediaによると、

 

インストラクター(instructor)とは、工業技術、スポーツなどの分野に於いて様々な指導を行う立場の者をさす。

 

‥‥だそうです。とても重要な役職‥‥ですよネ。特に技術の導入期においては。

 

アニメの技術、特に描画に関するソフトウェアの場合、単にソフトウェアの使い方だけを知っているだけでは、有能で指導的なインストラクターにはなり得ません。インストラクター本人の画力と経験は、ソフトウェアの有用性を実証する上でも、とりわけ不可欠です。

 

どんなにスペックを暗記しても、マニュアルやヘルプを暗記しても、描画系ソフトウェアの場合は、「実際に何を描けるか」に対して人々は注目するので、インストラクターが描いてみせる絵は、そのままそのソフトウェアの印象として受け取られます。これはもう、20年も前から同じ傾向なので、今後も同じでしょう。

 

描画ソフトウェアではないですが、After Effectsがアニメ業界で台頭して、コアレタスが事実上死滅したのは、「映像表現の印象」が決定的にユーザに作用したからだと感じます。After Effectsのメーカー(=Adobe)での宣伝映像や画像は、「こんなことができるようになる」とそれまでのアニメ撮影とは一線を画した表現にあふれていましたが、コアレタスは「再現できます」「今までと同じことができます」スタンスに終始して、しかもサイトで掲載していたサンプルはお世辞にも「未来を感じさせる内容」ではありませんでした。2000年前後の話、です。

 

同じことが、2020年前後に、作画セクションで起こるように思います。作画に用いるソフトウェアが、実際にどんな表現をアピールするか、そして、その未来の可能性を印象付けるか‥‥です。

 

現在、幅広くクリスタが支持されているのは、やはり、サイトのデモ画像が美麗であることと無縁ではないでしょう。クリスタを使えば、こんなことができるようになるんだ、と思えるサンプル画像の数々は、これから何を導入しようか迷っている人にとっては大きな印象を与え、強い指針となり得ます。そして、あの月額(今でも500円?)が決定的に人を動かします。

 

TVPaintに関して言えば、その昔「Aura」の名で呼ばれていた頃から、恐るべき画力で様々な画風で使いこなしていたアニメーターさんがいますが、そういう手練れの人たちが他人が羨むような絵を描いてデモするようになると、流れは大きく変わるかも知れません。Cacaniも内容の良さそうなソフトウェアですが、アピールの印象はあくまで機能説明に終始しているように感じられます。

 

物事を動かすのは、細かい機能解説の数々ではなく、圧倒的と言えるほどの大きな印象です。

 

もう散々、いろいろな「フォーマット戦争」で経験して来たこと‥‥ですよネ。細かい機能のアピールが勝敗を決したか? 否!‥‥です。

 

じゃあ、大きな印象って、結局、何?‥‥って、それは当事者たちでその「印象の実体」を作るしかないです。それがまさに、「ものつくりの戦い」なのですから。

 

 

 

思うに、ソフトウェアのインストールベースや普及の趨勢だけでなく、アニメ制作会社の未来も、インストラクションで変わってきます。インストラクターの質が低いと、その会社の「技術の質」も停滞するのです。

 

通り一遍の機能をレクチャーするだけの「人間マニュアル」のような人材が、ソフトウェアの使用法の基準になってしまうと、「基礎の先にある応用技術」に到達するまでに多くの時間がかかってしまい、発展のチャンスを逃し続けます。基礎が出来上がってくると、応用がとんとん拍子で面白いように発展するのが、まさに技術の醍醐味ですが、そうしたことがインストラクターの質が低いことによって阻害されるのです。

 

とはいえ、ソフトウェアの使い方や機能を知っているだけでインストラクターが務まるのは、技術移行期の極初期だけです。現場の人間は、やがて基本的な使い方や機能をマスターしていくわけですから、そうなれば、質の低いインストラクターは存在意義を喪失します。

 

ですから、インストラクターはある種、エヴァンジェリストのような役割も担って、どんどん更新される技術内容、どんどん台頭してくる新しい技術を、現場に広めることが主として必要になりましょう。アニメ制作現場の場合、その普及の実践段階において、描画ソフト系インストラクターは画力を宿命的に求められます。

 

では、アニメ制作現場のインストラクターが成立するのは、どのような状況でしょうか。

 

実際、「そのソフトでどこまでできちゃうのか?」を掘り下げるのは、その当人の表現力に依存します。つまり、絵が描けない、映像のイメージが希薄、映像が頭の中で動いていない人は、ソフトのポテンシャルを「チュートリアル程度」にしか引き出せないので、リアルな現場のインストラクターとしては役不足です。

 

ソフトウェア開発者自身すら驚く「そんな使いかたまで出来たのか」というレベルまでソフトを使いこなすのは、第一線の表現者・作業者です。基礎を終えて応用まで到達するのは、実際に作品制作で凌ぎを削って生き残った、キャリアを積んだ当事者です。

 

ということは、アニメの現場に有用なのは、インストラクターかつエヴァンジェリストで、最前線の作業者として活躍している人間‥‥となりましょう。要は、現場の技量の高い人間が、若年の人間を指導する‥‥ということです。現実的な経験を積んだ一定以上の技量を持つ現場の人間が、インストラクターを兼任する‥‥ということに落ち着くでしょう。

 

‥‥あれ? それって、「善き現場」の復興‥‥ですよネ。

 

 

 

思うに、現場が幼くて不安を抱えている時こそ、曖昧なインストラクター的ヘルプを必要とします。しかし、それは「自分たち自身で、必要な技術を体得するんだ」という覚悟を先延ばしにする温床にしかなりません。なんだかコンピュータは難しいっぽいから、誰か知ってる人、助けて‥‥なんていう弱腰が、いつまでたっても「乳離れ」できない幼い現場に留め続けるのです。

 

特にアニメーターにありがちな「コンピュータ苦手意識」は、アニメーターがコンピューターネットワーク時代に「ひとりだちできない」大きな原因です。

 

以前、コンピュータの知識がない‥‥というだけで、いかにも不利益で不毛な現場の未成熟状態を、私は経験しました。画力の高いプロフェッショナルな人間たちが、コンピュータの知識が乏しいというだけで、低い発達状態のまま停滞していました。

 

コンピュータを用いた制作現場において、それらコンピュータ関連機器を取り使う人間の意向に、作品表現が従属しなければならない状況は、あからさまに、構造悪だと思いました。

 

しかし一方で、コンピュータの知識がなければ、映像デジタルデータ時代の作品作りにおいて、作家性や絵画表現力を発揮することは難しいです。

 

構造悪は、自分の「コンピュータって難しいからわからないや」という甘えも、大きな原因だったのです。新しい時代の作品作りには、作家性、絵画表現力、そしてコンピュータの知識を、全て兼ね備えることが必要です。

 

コンピュータ音痴を自嘲的に自分のステータスとして気取っているのは、未来の映像制作からの脱落と逃避を意味します。

 

コンピュータをどんどん知って、コンピュータのシャーシが軋むまで使い倒して、今までとは別次元の作品表現を成し遂げる、まさに「コンピュータ時代の映像表現の体現者」として、制作現場の人間は成立すべきです。そのくらいの気迫を胸に秘めても、バチはあたるまい。

 

 

ちなみに‥‥、私の作業場の傍には、「フランケン」と呼んでいる、ボロボロのiMac(Late2012)が現役ですが、iMac Proを導入した今でも、最後の最後まで使う所存です。

 

まあ、私にとって頼りになるのは、中途半端な技量のインストラクターではなく、リアルな現場の仲間、そしてコンピュータそれ本体‥‥ですからネ。

 

そして、別立てでインストラクターを用意するまでもなく、頼りになるリアルな現場の仲間が、良質な「専門分野個々のインストラクター」足り得るとも思っています。

 

 


プログラムの入り口としての表計算

昨日、表計算で「COUNTIF」と「SUMIF」を思い違って暫くうんうん悩んでいました。私はスクリプトや開発言語で色々とやってきましたが、実は表計算は必要に応じてのみ使っていたので、板についた感じがまだ無いのです。表計算を使いこなせるようになると、面倒な計算と集計が綺麗さっぱり正確に導き出せるので、覚えて損はないですネ。

 

現在、アニメ業界の20代の若い人が、単にソフトウェアの使い方や機能を覚えるだけでなく、自分で「プログラム的な」ことを覚えようとした時、何が「入口」としてふさわしいか。例えば‥‥

 

After Effectsを使っているのなら

→エクスプレッション

 

コンピュータ全般なら

→表計算の関数

 

‥‥のようになるんじゃないスかね。

 

自動処理といっても、Photoshopのアクションではプログラムは一向に覚えられません。ソフトウェアの内部的にはともかく、ユーザ側から見れば、ただ単に操作を記録しているだけに過ぎないですからネ。

 

自分の望む結果を、マウスとキーボードの操作で直に反復作業するのではなく、命令文・スクリプト文を作成して自動処理するのは、コンピュータを使う最大と言っても良い利点です。コンピュータを使って仕事をするのなら「プログラムの基礎知識は常識」にすべきです。

 

では、「自分の常識」にするには、何をどうすれば良いか?‥‥といえば、「日頃から使えば良い」のです。詰め込み暗記ではなく、日常の雑事で表計算を使えば、自分の欲する結果をプログラム的スタンスで得る方法を学べるし、日頃のちょっとした集計の計算も間違わないし、表計算ソフトを使いこなせるようにもなるしで、一石二鳥、三鳥です。

 

例えば、コンポジットの担当カットを振り分ける時に、表計算を用いれば‥‥

 

‥‥のような表が、自動集計機能で作成できます。

 

通し番号は「ROW()」で、カット番号も数字のみの場合は「ROW()」で、条件付き書式(または条件付きハイライトとも)で担当者別に自動で色分け、各担当者の集計は例えば「Aさん」なら「COUNTIF(C$2:C$37,"=A*")」で自動集計、担当カット数の集計は「SUM()」や「SUMIF()」で、カット総数と担当カット数が一致しているかは「IF()」で検証‥‥など、ほとんどを自動処理で集計できます。

 

私はNumbersで作成しましたが、ExcelでもGoogleスプレッドシートでも同じことができます。関数の内容もほぼ一致しているので、Numbersで覚えたことをGoogleスプレッドシートでも活用できます。

 

表計算は表作成ソフトではないです。あくまで、表の中身を計算するソフトですので、関数を使いこなしてナンボです。

 

ExcelもNumbersももってないのなら、ロハ(「ただ」=「只」=無償‥‥というのは少々不適切ですがあえて)のGoogleスプレッドシートを使えば良いですから、コンピュータを使うほとんど全員が使えるはずです。日頃の暗算では面倒な計算を、さっと表計算のSUM()で計算すれば間違いのない結果が得られますし、後々に品目の価格や個数を修正しても計算し直す必要なく、自動で更新されます。

 

 

何よりも有用なのは、「地道に手作業で潰す」概念から解き放たれ、「構造を考えて作る」概念が自分の中に生まれることです。

 

表計算のセルに、1000カットものカット番号を根性で手打ちで書き込んでも、全くもって凄くも偉くも何ともないばかりか、愚かですらあります。1行1カットならば、行番号をうまく活用して、abcカットだけ手打ちにすれば良いのです。

*ちなみに桁を3桁で揃えたい時は「RIGHT(ROW()+1000)」とかにすれば、1001の右3文字だけ抜き取って「001」にしてくれますヨ。

 

以前にも書いたことですが、コンピュータを常用する仕事において、プログラム的発想の頭脳を持つか否かで、色々な意味での貧富の差が変わってきます。時間を貧しく使い捨てることは、すなわち、手にするお金も貧しく捨てている‥‥ということです。

 

その貧しさは、アニメの本質である「絵を描くこと」すら蝕みます。コンピュータをうまく駆使できない人間は、絵を描く時間をコンピュータの雑事に蝕まれ、絵の質が落ちるか、不眠で作業するか、残念な結果を招く‥‥ということです。

 

コンピュータのプログラムなんて「ある程度までは」大したことないです。‥‥だって、覚えりゃ、使えるようになるんだもん。無理だ‥‥と思う人は、「プログラム」という単語のイメージに戦う前から負けているだけです。‥‥日本語を覚えられたのなら、プログラム言語の基礎なんて楽勝ですヨ。

 

覚えないから、使えない。‥‥ただ、それだけです。

 

高度なプログラムを書こうというのなら話は別ですが、日頃の雑事を軽減する程度のプログラムの嗜みは、「身の丈」視点で覚えていくのが良いのでしょう。

 

プログラム習得のきっかけは何が良いのか、昔から色々言われてきましたが、今は無料のGoogleスプレッドシートもあることだし、表計算の関数使いこなしが、ちょうど良い‥‥のかも知れませんネ。

 

 

 


速度は時間

その昔、230メガバイトのMOが登場した時に、フロッピー200枚分だ!と驚いたものですし、UltlaSCSIで繋ぐ外付けHDDは2〜4ギガバイトでも大容量に思えたものです。

 

しかし2018年の現在、容量に対する意識は大幅に変わり、ギガバイトはファイルの容量、ディスク容量はテラバイト単位です。ディスクに対する意識そのものも変わり、光学ディスクに焼いてデータをやりとりするなんて、白箱(‥‥箱じゃないけどね、今はもう)くらいなものです。まだまだ大容量用途で活躍するハードディスクすら、映像制作のデスクトップでは陳腐に思えるような時代です。

 

 

 

一般的に、記録メディアは容量ばかりに話題が向きがちです。しかし、どんなに大容量でも、どんなにコンパクトでも、今や「時は金なり」で、速度も重要な要素です。

 

大容量のデータを扱うようになると、その大容量データをコピーしたり再生したりする速度も軽視できません。4K60pで10〜12ビットのデータになると、非圧縮で大まかに、1秒1ギガバイトを消費します。映像制作的には、ものすごい大容量時代がもうすぐそこまできているわけです。

 

一方、市場は‥‥といえば、それこそ「安かろう、遅かろう」の製品から、「高かろう、速かろう」の製品まで、芋洗いで混在しています。

 

用途に合わせて、および、達成したい目標に合わせて、適切な記録装置を購入することが大切です。「こんなに大容量が、随分と安くなったねえ〜」なんて言っている場合ではなく、速度性能も重視する必要があります。映像制作に従事するのなら‥‥です。

 

製品による速度差は、今や凄まじい落差があります。

 

例えば、USBメモリ。‥‥何と言っても中身はメモリなので、高速な読み書きが可能‥‥と思い込む人は多いかも知れません。しかし、製品によっては「小さいだけが取り柄」の製品もそこら中に転がっています。以下のような低速な製品も、実はそんなに珍しくないです。

 

 

随分と遅いなあ‥‥と思いますが、このレベルのUSBメモリは今でも現役で、しかもアニメ制作会社=映像制作会社で用いられています。

 

では、ちょっと未来の映像制作では、どのくらいの速度が普通になるのか?‥‥というと、以下のような速度になります。

 

 

 

あまりにも落差がありますよネ。

 

でも、映像制作を未来も続けようと思うのなら、こうした製品の落差が入り乱れる状況の中で、単に安さに目を奪われる事なく、自分らの目的を全うできる製品を、ちゃんと選別して購入し、制作環境に装備する必要があります。

 

 

速度だけではわからん‥‥というのであれば、時間で考えればすぐに実感が湧きます。

 

500GBのデータをコピーするのに、かたや待ち時間が数分、かたや2〜3時間。つまり、コピーを見届けてから帰宅するまでに、2時間以上の差が出ます。

 

実際、40GBのデータをコピーする際に、20秒で終了したのを目にした時は、新しい時代の速度感覚を痛感しました。最新の環境ではたしかに、1秒2GB(=2000MB/s)の速度で、データをコピーしています。

 

カップラーメンにお湯を注いで食べ終わるまでの10分(に満たない)程度で1TBのコピーが終わる‥‥ということです。ちょっと前なら、外に飯に出て戻っても1TBのコピーが終わってない‥‥なんて、ザラだったのに、です。

 

私の場合、フロッピーディスクから現場の経験を積んでいる(=Apple Quadra650でした)ので、余計、その速度感覚のギャップに気が遠くなる思いです。

 

でもね。

 

慣れりゃあ、慣れるもんですよ。

 

‥‥だって、その速度がないと、運用上、お話にならないわけですから。

 

 

速度は時間と同義です。

 

それはムービーファイルの再生速度(=フレーム落ちにかなり関係する)だったり、作業の待ち時間だったりと、時間の定義も色々ですが、空間も時間も狭い日本を広く使いたいのなら、今後も速度性能は重要な要素であり続けるでしょう。

 

 


コマ数補完

作業場に新しく設置される民生テレビに「コマ数補完技術」が搭載されていたので、アニメの場合はどうなるのか、‥‥まあ、だいたい結果は予測できていたのですが、見てみました。

 

まず、「コマ数補完技術」とは、例えばソニーだと、

 

https://www.sony.jp/bravia/products/KJ-X9000F/feature_1.html#L1_100

 

‥‥のような機能です。

 

この機能・技術は、時間軸がフルモーション(=1秒間24枚、もしくは30枚のフレーム)で構成される実写なら、思惑通りに動きを60〜120fpsにアップコンして滑らかに〜つまりフレームレートを補完によって向上させられますが、アニメの場合はどうでしょうか。

 

タイムシートのシートワークとの兼ね合いで、非常に奇妙なモーションになります。

 

現在の日本のアニメ制作で、セルワークがすべてフルモーション=「24コマフル」作画のアニメは皆無です。一方、After Effectsによる「撮影」工程でのカメラワークは、スタンダード作画の付けPAN+BG組みでもなければ、24コマフルモーションです。

 

つまり、セルワークでは「コマ数補完技術」が機能せず、カメラワークでは「コマ数補完技術」が機能する‥‥という、ちぐはぐで断片的な映像を生成します。実際に目で確認しましたが、まさに「セルの動きは3コマ、カメラワークは60以上のハイフレームレート」という何とも奇妙な映像になっていました。

 

これはセルワークの中だけでも発生し得る事例で、例えば「キャラの動画TU」のカットで、最後の方だけ1コマ打ちにした場合‥‥

 

 

‥‥のようなことになります。途中まで見なれた2〜3コマ打ちの動きが、いきなり60〜120fpsに変化するのは、相当にキモチ悪いです。

 

根本的な構造を考えてみると、24コマシートで3コマ打ちだと、

 

 

‥‥のような、セルの絵が次へと切り替わる瞬間だけ画像補完される‥‥という、決して滑らかになったとは言えない映像が生成されます。

 

日本のアニメでは3コマ打ちは標準なので、24pの中で同じ絵が3フレーム連続して静止することは日常茶飯事です。映像時間軸上の各フレームを同じ絵で埋める「2コマ、3コマ」のコントロールは、アニメ制作現場では「エコノミー」=コストの節約の側面よりも、タイムシートにおける動きのテクニックとして確立されています。

 

一方、コマ数補完技術は、あくまでフレームレートをアップした時に、足りない隙間のフレーム補完をするものなので、同じ絵が連続しがちなアニメのセル画部分のシートワークにおける中割りまではしてくれません。

 

セル画の絵が切り替わる瞬間だけは「中割り」してくれても、決して時間軸全域がフルモーションの映像になるわけではないです。

 

で、アニメ制作現場の実際で考えれば、まさかすべてのセルワーク・シートワークを24コマフルモーションにするわけにはいかないですから、これはもう宿命的に、フレーム補完技術との相性はよくない‥‥と言えます。

 

 

今までのアニメの技術は、良くも悪くも、24コマに縛られ続けます。テレビの機能で、一部だけ60や120fpsになったところで、8fps(=3コマ打ちの場合)との動きの格差が目立つだけです。

 

テレビの「コマ数補完技術」を、「そんな機能、不要だ」と切り捨てることは簡単です。しかし、「なぜ、そうした補完技術が実装されるようになってきたか」を考えた時、果たして、今までのアニメ制作の基本であり続ける「24コマ」は今後も絶対的なフォーマット足り得るか?‥‥も、思索すべきです。

 

実際、4K60pHDRのアニメ映像に見慣れると、2K24pSDRの映像はかなり古めかしく見えます。それは絵の中身が‥‥ではなく、フォーマットの古さを如実に実感できるようになるのです。

 

どんなに新しい基軸の絵づくりやキャラを繰り出しても、2K24pSDRで、しかもレタスの二値化&スムージングの線による描画ですと、精彩を著しく損ねることになりましょう。せっかく苦労して描いて塗った絵を、わざわざ古いフォーマットに落としてしまうのは、少なくとも私は「もったいない」と感じます。

 

しかし、新しい映像フォーマットに順応する方策は、旧来のアニメ技術ベースのままでは不可能に近いです。様々な技術革新や思考の転換が必要になりましょう。

 

世の中がどのように変わっていくのか。‥‥ごく普通に予測して、旧来アニメ制作の弱みに触れないように気を使ってくれる未来‥‥ではなさそうに思います。

 

 

 


水の整理

以前から流水量に不満を感じていた金魚の水槽に、新たに水中ポンプを追加して、流量をアップしました。

 

エーハイムの「コンパクトオン」1000です。私は関東地方なので50Hzです。

 

 

 

金魚水槽は90cmですが、この1000で充分過ぎるほどの流量です。

 

私の場合、長らく使い続けているエーハイムの廉価な外式フィルタ「500」のブースター的な役割として導入するので、吸水部分にホースを繋いで設置します。

 

つまり、こうです。

 

*濾過器はお掃除いらずで万年設置‥‥に近く、プレフィルタにたまった枯れた水草などをたまに掃除するくらいですが、そのプレフィルタは粗めのスポンジろ材をストレーナに噛ませておけば良いだけなので、お金も手間もかかりません。

いわゆる「またぎ配管」(=ホースが水槽の上をまたぐ)ですが、普通のご家庭の水槽では「またぎ配管」しかできんですよネ。私もまたぎ配管でずっとやってますが、いつか「呼び水不要」の水槽穴あけ配管をやってみたいものです。

 

もちろん、エーハイムの500にもポンプは内蔵されていますが、いまいち弱々しいので、コンパクトオンの1000で豪快に強引に循環させよう‥‥というわけです。

 

しかし問題が1つ。

 

コンパクトオンの吸水部分はホースを繋ぐようにできていません。でも、製品図説をよくみると、ストレーナーを接続する部分「吸水コネクター」は、何だか、太めのホースが繋げるようにも見えます。

 

 

 

なので、現物合わせでゴー。

 

あっけなく、エーハイムの19/27のホースが吸水コネクターの径にハマりました。ゆるくもなく、キツ過ぎずもなく、ピッタリ。さすが、エーハイムの純正パーツで、ホースバンドも必要ありませんでした。

 

下図の赤文字部分は、私が現物を合わせてみて知りえた、適合ホースのサイズです。カタログや製品サイトには明記されていないことなので、自己責任でよろしく。

 

 

エーハイムの濾過器「500」のホースのサイズは吸水吐水とも12/16ですが、水中ポンプ1000の吸水側ホースの19/27との接続は純正の変換コネクタを用いれば解決。ただし、肉厚のホースは相応に硬いので、エルボーコネクターも併用するとレイアウトしやすいです。

 

 

*19/27の極太ホース。

 

*19/27と12/16を繋ぐコネクタ。これがないと、結構困る。

 

*エーハイムのホースは硬めなので、90度に曲げたい時はコイツを併用します。この他に、U字のコネクタなど、色々と豊富です。

 

 

濾過水の循環システムにおける吸水&吐水は、すなわち循環システムの流量そのものですが、濾過は基本的にはフィルタではなくバクテリアがおこなうものなので、バクテリアの活性化の為にもチョロチョロの流量よりもたっぷりモリモリの流量のほうが適しています。フィルタは主には詰まりを防ぐためのもの、もしくはバクテリアの住処であって、濾過=水のリフレッシュの主役はバクテリアです。

 

実はエアレーション(空気のぶくぶく、です)も、半分は金魚のため、そしてもう半分はバクテリアのため‥‥だったりします。バクテリアに元気に水を濾過してもらうためには、豊富な水の流量とエアが不可欠です。亀の水槽にエアレーションは不要とは言われますが、亀には必要なくてもバクテリアのためにエアレーションは必須です。‥‥私は以前、その「理屈」がわからず、亀の水槽では随分と苦労しました。

 

金魚を飼い始めた小さい頃に、そういう「理屈」がわかっていれば、金魚が死ぬのを成す術もなく手をこまねくこともなかったろうに‥‥とは思います。ただ、当時は何をどうすれば水槽の環境が安定するか‥‥なんて、周りの大人たちは知りませんでしたし、調べることもできない時代でした。市販のバクテリアを含めて、昔はあまりにも用品のバラエティが貧弱でしたしネ。

 

2018年の現在、アマゾンのペットコーナーで「バクテリア」を検索すれば、それはもういっぱい、表示されます。外式の濾過フィルターだって、エーハイムのでなければ結構安い値段から買えますしネ。

 

ですから、現代は用品云々ではなく、単純に「ノウハウ」さえあれば、金魚が10年は余裕で生きる水槽環境が作れます。必要な物を揃えて、然るべき運用さえすれば、全く陽の当たらない場所でも、金魚も水草も何年も生き続けます。金魚飼育セットを買うのではなく、必要なものさえ買っとけば‥‥です。

 

 

今回のポンプ増設で、また1〜2年は大仰なメンテいらずの水槽になることでしょう。

 

‥‥あ、ただし、日頃徐々に蒸発する水槽水の補給と、バクテリアの定期的な補充は必要です。とは言え、バクテリアの居心地の良い水槽環境にしておけば、面倒で厄介で骨の折れる濾過器のメンテは格段に楽になります。

 

淡水の金魚や亀は、水槽環境がうまく維持できていれば、日頃の維持費は餌と補充バクテリアだけで済みます。‥‥それがわかるまで、随分と年月がかかりました。

 

それこそ、小学校一年生から水槽とはつきあっているので、アニメと同じくらいの「自分の中の歴史」があるものなんですが、考えてみれば、このブログでは水槽ネタって書いたことがほとんどなかったですネ。自分でも意外ですが、‥‥まあ、仕事とはまるで無縁なので、ここでは書こうと思いすらしませんでした。

 

でも、水槽のシステムも、「何かを維持するための、何らかのノウハウに基づいた、技術的な土台」として考えれば、色々と本業へと連想することは可能です。しばらく良好に循環していたシステムが、何をきっかけとして機能低下して崩壊が始まるのか‥‥なんて、いくらでも水槽から学べますしネ。

 

 

 


雑感

日本、及び日本人の状況の性質としてよく語られるのは、「上の人間が保守的ゆえに、成功事例ばかり引き合いに出して、新しいことをやらせてくれない」というのがあります。確かに、そうした場面は多いです。

 

しかし‥‥

 

「上の人間が保守的ゆえに、成功事例ばかり引き合いに出して、新しいことをやらせてくれない」

 

ので

 

「無理だと諦めてしまう」

 

のも、日本人の性質なんですよネ。

 

実は、上の人間が保守的で消極的なのと同じくらい、下の人間も妙に従順で消極的なのです。

 

正攻法、正面突破で不可能なら、いくらでも戦法や戦術を変えれば良いのに、そこまではしない人が、日本人にはやけに多いように感じます。

 

思うに、不平を言う人間ほど、不満の言葉だけを延々と繰り返すだけで、別の切り口を考えて自身で実践するところまでは至りません。

 

もし不満点をクールに解析し、何が原因となっているのか構造を解する人なら、不平を言って終わりではなく、何らかの実際のアクションを開始して、新しいメカニズムを起動させて、自分の手の届く周辺から状況を変えているでしょう。

 

 

自分の何倍もあるような大きく高くそびえ立つ石が進路を断ち塞いでいる時、押しても引いても動かず、叩いても全く割れる気配すら見えない‥‥とします。多くの場合、「自分はこの石を超えられない。だから諦めよう。」となりがちです。

 

でも、その大きく高くそびえ立つ石ゆえの相応の重量があることに着目すれば、「石の足元を掘ってしまえば、石はその自重ゆえに、わずかな力を加えるだけで傾いて、バランスを崩して倒れる」ことに気づくかも知れません。大きくそびえ立っていた石も、倒れてしまえば容易に乗り越えられる高さにもなりましょう。

 

この大きな石を目の前から退けよう‥‥とする時に、なぜか皆、石そのものしか見つめません。

 

石そのものを手刀や正拳突きで砕くのは無理でも、神頼みで天の雷が石を砕くことは無理でも、石の足元の土を地道に掘り起こすことは可能です。それこそ、今からでも‥‥です。しかし、多くの人は石そのものしか見ていないので、「なんでアイツは土を掘り起こし始めたんだ? 気でも狂ったのか?」と思うのです。

 

理由もなく、土を掘り起こすわけもないのに、その様子を見て「前例がない」というだけで新しい何かを理解できないのは、実は上の人間だけでなく、真ん中の人間も、下の人間も同じです。頭の固い人間に、上も真ん中も下もないです。

 

逆に、何か方策を探し続けて、自分でも行動したことがある人間なら、上も、真ん中も、下も、分け隔てなく、思わぬ繋がりが得られて、合力することもあるのです。‥‥往々にしてね。

 

 

 

「俺にチャンスさえ与えてくれたら」と思い続けて、いざ、そのチャンスが訪れた時に、どれだけの新機軸や奇想天外のアイデアを実践できるように準備しているでしょうか。どれだけ改革、革新のアイデアを、チャンスの時に実際に実行できるでしょうか。

 

「いや、それは、実際にチャンスの時が来たら、その時に初めて考える」

 

‥‥というのは、笑い話にもほどがあります。

 

 

実は、チャンスや幸運の機会なんて、何度となく目の前に現れているように思います。しかし、あまりにも当人のチャンス&幸運に対する感度が鈍感過ぎるので、何度となく、見過ごして逃している‥‥のかも知れませんネ。

 

どこかの番組で言ってましたが、セレンディピティは「準備した人にしか発見できない」そうですヨ。

 

 

 

 



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