農奴思考からの脱出

私はここで雑感はもとより、技術の内容解説などの話題も取り上げますが、それは「ボランティア= volunteer」では全くありません。ボランティアはもともと無償・無報酬の志願兵を指す言葉のようで、今では奉仕活動・慈善活動を指すのが一般的です。しかし、考えても見ればすぐわかることですが、利益追求ど直球の営利団体・製品作りに対して慈善活動するバカなどいようはずもなく、もし「その瞬間」は無報酬だとしても、「タダほど怖いものはない」言葉通り、ちゃんとリターンを計算した上で、「累積戦略」の一環として行動しています。

 

要は、「商売の一環」です。あるいは、生存圏獲得戦争における「進駐」行動ともいうべきか。

 

当然ですが、自分の「夢」も、「商売の軸上」に定めています。

 

アニメはさ、「夢」があってさ‥‥、アニメへの「憧れ」でアニメーターになる人もかなり多いでしょうし、自分の腕前を試したいというチャレンジ精神もあるでしょう。

 

でもさ‥‥。

 

アニメ制作を「部活」にするなよ。‥‥ということです。

 

学校のクラブ活動の延長線上に、プロの現場を巻き込むべからず‥‥です。

 

キャラ描きで特に知名度があるわけでもない私が、前回数回に分けてキャラの未来のデザインの話題を取り上げたのは、皆さんも同じように、自分らでどんどん「オリジナル」の未来のキャラや技術をストックして、未来の商売の種・株を準備して、ゆくゆくは「農奴」から脱出しませんか?‥‥という「新しい流れ=ムーブメントのきっかけ作り」が真意です。

 

「そんなのいらない。今までのままでいい」というのなら、今までのお金と処遇で満足すべきでしょう。「今まで」通りの、ど貧乏、どブラックを甘んじて受け入れて、「今までのままでいい」と言えば良いです。

 

どこかの漫画原作、どこかのイラストレーターのデザインを受け取ることだけに終始して、金も権力も名声もいいように持ってかれて、「はは〜。私たちは描かせていただけるだけでありがたいですゥ〜」なんて日銭だけを稼ぐ生活、いつまで続けるつもりでしょうか。

 

駆け出しの頃なら、技術習得の機会としてそれでも良いでしょう。しかし、40〜60歳になってもなお、その「農奴」スタンスをおとなしく実践し続ける‥‥というのは、もう「農奴制を肯定している」と言われても仕方なし‥‥です。「そんなことはない。よくない事だとは、常々感じている」というのなら、たとえ今は簡単に流れを変えられなくても、40〜60歳の人間が行動できっかけを実践していくべきではないですか。

 

自分で発明しない、自分で開発しない。そしてそれらのリスクを負わない。そりゃあ、金も権限も得られるはずもないです。何の配分も得られるはずがないです。若い人間たちも、「先輩がそうなんだから、自分もそれでいいんだ」と思っちゃうよネ。

 

どんなにクソ地獄の現場を切り抜けてきても、得られるのは修羅場を生き抜くノウハウと語り草だけ。‥‥そんなことの繰り返しにはもう、いい加減、辟易しているのではないですか? もし転身したとしても、その修羅場の場内で被害者から加害者になるだけの話でしょう。

 

もし現時点は「無報酬」の見た目を装っていても、「タダほど怖いものはなし」をいい頃合いの時期に発動できるよう、技術展開をすれば良いのです。実はガードが甘い時期ほど、「オセロゲームの角」は取りやすいものなんですヨ。

 

どこかの業界団体の主宰する「より良い農奴になるためには」なんていうイベントに参加するより、もっとリアルに、自分自身、同じ辛酸を舐めて苦境を生き延びた仲間・同胞と、「飛び石作戦」を実行して「ロードローラー作戦」に対抗するのが肝要と思います。

 

こういう話はネガティブですかね‥‥?

 

私はとてもポジティブだと思うんですけどネ。

 

だって、マイナスからプラスへと向かおう!‥‥という話なのですから。

 

"The Triumph of Death" by Pieter Bruegel the Elder.


アマゾンのペイジー停止

アマゾンでペイジーを使用しようとしたら、「ペイジーの銀行欄がスッカスカ」になっており、使用不能になっていました。

 

ペイジーのWebによると、

 

2016/12/29

ペイジーによるAmazon(収納機関番号58021、収納代行業者ウェルネット(株))への収納サービスの一時停止について

 

インターネットバンキングを経由したペイジーによる払込について、一部不正取引が発生しております。

このため、12月30日(金)午前11時より、インターネットバンキングを経由したペイジーによるAmazonへの払込を当面の間停止いたします。

代替支払手段として、コンビニエンスストアでのお支払い、電子マネー、ATMがございます。

Amazonからのメールに記載のURLをクリックし、お支払方法選択画面にて上記代替手段によるお支払方法を選択願います。

お客さまには大変ご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご理解を賜りますようお願いいたします。

 

‥‥だとな。

 

ペイジーとは、ATMの振込手続きを、ネットバンキングによってネット上から操作可能なサービスで、入金確認がほぼ同時にとれるらしく、アマゾンのような速配サービスの販売店では代引きやクレカ決済とほぼ同じスピードで商品が届くようになります。

 

私は、クレカとキャッシュで用途別に使い分けをしており、ペイジーで手数料を取らない販売業者(ヨドバシなど)の場合は、ネットバンクの銀行振込ではなくペイジーを使っていました。銀行振込は必ず手数料がかかりますし、12時間〜1日は確認の段取りに要しますからネ。

(まあ、銀行振込でも、振込手数料無料を銀行サイドが優待するサービスもありますが)

 

まあ、今回はアマゾンがやらかしたようなので、アマゾンのみ使用停止をくらっているようです。便利な仕組みは、穴があると、不正利用者にも便利な仕組みになるんだネ。

 

 


雑感。

仕切り直しのチャンスって、極めて限られていると思うんですよ。

 

我々技術部門の人間にとって、そのチャンスの一番の代表格は、土台から技術が入れ替わる時‥‥です。

 

そのチャンスの時に、どれだけ未来を見据えているか‥‥が、とてつもなく重要なのは、各技術部門の責任者の方々は、もちろん、重々認識している‥‥でしょうな。

 

現在の「デジタル作画」の動向を見ていると、徐々に段階的に、ショックをあまり与えずに、「デジタル」へといつのまにか移行していくのを「裏の目標」にしているようで、非常に危うい気はしています。

 

作画の土台が紙からコンピュータへと移行する「大きな入れ替わり」の時期に得られる「大チャンス」を、ことごとく失う流れを感じます。

 

本当にそれでいいのかね〜〜。未来のことを真剣に、かつ包括的に見据えているのなら、「デジタル作画」はそれこそ「デコイ=decoy」にして、本命の技術を着々と用意しておくべきだと思うんだよね〜。

 

‥‥あ、ここでデコイなんて書いたら、戦術がバレるか。まあでも、今の業界の状況は、戦術云々以前の状況だしな‥‥。

 

2005年までにせっかく「デジタルアニメーション」の土台ができたのに、後続の自転車操業勢によって、チャンスで得た橋頭堡からの撤退を余儀なくされたのが、今までの10年間の経緯でしょう。

 

この10年間で、「チャンスを活かせなかったらどうなるのか」を、私も皆さんもしみじみ実感しています‥‥よネ。

 

この10年間で失敗したのなら、これはまたとない機運とも言えましょう。数々の失敗の経験値を積んでいるのですから、山のように「反面教師」の事例を引用できますヨ。

 

なんでこんな制作体制になっちゃったんだろう。自分たちは根っからブラックまみれだ〜 ‥‥‥なんて、キズの舐め合いや自虐ネタに走るのはそろそろやめて、本腰を入れて、「次の10年を盛り返す」行動を開始してみるには、良い時期ですヨ。

 

 

生ゴミやウンコ(‥‥失敬)はさ、そのままだと忌み嫌われる存在だけどさ、然るべき方法で寝かせて発酵させれば良質の肥料になるじゃん。

 

新しく生育する草木の、まさに代え難い豊富な栄養素を含んだ物質が、自分で排泄したわりにできるだけ見たくもないウンコから生まれるのなら、アニメ業界の惨状も決して何の役にも立たないわけじゃないよネ。

 

 

とにかく、まずは卵を温める藁を敷こう。硬化した土地を耕して柔らかくしよう。そして、卵を産もう。種を蒔こう。

 

卵も産まず、種も蒔かずに、クソの臭いだけ嗅いでても、未来には何にも繋がらない‥‥ですもんネ。

 

まあ、目下の命題は、発酵を促す「良質なバクテリア」「酵母」となる存在とは何か‥‥ということでしょうネ。ウンコは、そのままだと、干からびたウンコになるだけだから‥‥。


道具でスイスイ

大晦日、正月三が日と、多少はのんびりもしましたが、溜まりに溜まっている立体参考用途の作りかけプラモを、20機近く作り進めました。「完成」までは到達できませんでしたが、一番面倒なキャノピーのマスキング(=私にとって)を怒涛のようにこなして、一番の難所を通過しました。

 

 

中段のジェット軍用機が、今回のメインです。この他に、50年代の旧車や民間機なども含めて、大体20ケをドカンと進行‥‥とあいなりました。

 

これだけ一度にキャノピーのマスキングをすると、「めんどくさい」に免疫ができて、「やれば終わる」心持ちとなって、前ほど苦痛ではなくなります。まあ、以前は、ルーペも使わなければ、曲線に沿うマスキングテープもなかったので、自然と苦手癖が凝り固まったのでしょうネ。

 

 

実感したのは、ツールの大切さ。‥‥です。

 

ルーペ、伸びて曲がるマスキングテープ、そしてよく切れるナイフの3つが無いと、キャノピーのマスキングは今でも(私にとって)地獄です。

 

 

*現在、LED仕様の製品も販売されております。私は、昔の蛍光灯仕様を使っており、専用の交換用蛍光灯はだいたい600円くらいです。つい最近、はじめて蛍光灯が寿命になりましたが、5年くらいは保ちました。

 

*キャノピーのマスキングには、1番細い2mmがオススメ。‥‥できれば、1mmのも発売して欲しいんですけどネ。

 

*アートナイフプロでも、「丸刃」がポイントです。刃の部分にカーブが付いており、刃を引くのではなく、転がして切る「転がし切り」ができるので、透明部品の上での繊細なカットに重宝します。

 

 

 

まあ、決してキャノピーのマスキングは楽では無いのですが、「どうすんの、コレ」から「何とかなりそう」へと明るい気分で作業に取りかかれます。

 

F-15とか、F-16、F-22などは、とても簡単‥‥は言い過ぎか、以前に比べてかなり楽にマスキング作業が進みます。F-15はまず、下側を1本のマスキングテープで1周して囲んで、余分を円形ナイフを転がすようにしてカット、あとは、前後のピラー(っていうの?‥‥つまり窓枠)を1、2、3、4の計4本で囲んで終了。マスキングの枠さえ出来ちゃえば、マスキングゾルで大面積部分を塗るだけです。

 

 

 

去年の最後に書いた「20年放置のMe262」も上図の通り。‥‥曲線と極細部分のマスキングにちょっと手間取ってはいますが‥‥。

 

ルーペがなかったら、1/72の細い作業なんてまず無理ですし、どんなに細い部分が見えても、マスキングテープが「いうことを聞いてくれなかったら」曲面の処理で手間取りますし、マスキングテープが曲線を描いても、綺麗にカット出来なかったら台無しです。

 

こういう「ど直球」の手作業をすると、ツールの性能が左右する極めて重要な作業性を感じずには入られません。

 

 

ツールはまさに、作業の要です。

 

 

ちなみに、私はついつい細いパーツを失くしがちなのですが、今回もどうやらピトー菅を失くした模様。

 

 

先っちょについているのがピトー菅で、RF-101「ブードゥー」は短いタイプだったので、どこかで失くしたようです。ランナーごと捨てたか、いつのまにか床に落下したか‥‥。

 

なので、私の定番作業の1つ、「ピトー菅作り」です。1/48はともかく、1/72の、しかも旧金型のダルいピトー菅は、そのままでもかなり危うい精度なので、自作して「ほぼほぼ似てれば良い」のです。

 

爪楊枝と比べて、このスケール。ルーペから視点を実物に戻すと、自分が作業していたスケールの細かさに、我ながら驚きます。ルーペがあれば、米粒に顔を描くなんて、簡単ですよ。人間って、実は目が衰えて細かい作業ができなくなることがほとんどで、視力がルーペによって補完されれば、超極細筆を用いて細かい絵を描くことは、さほど難しいことではありません。目は衰えても、手はまだ生きているのです。

 

0.7ミリ直径・0.5ミリ内径の真鍮パイプに、0.3ミリの真鍮線を通して、特に難しいこともなく自作完了。写真で見ると、その細かさにビビりがちですが(爪楊枝と比べて、この大きさ! 〜方眼は太枠1マス1センチ・点線は5ミリです)、ルーペとロータリーノコギリがあれば、これこそ「とても簡単」に出来ます。

 

 

とても簡単にできるのは、やっぱり頼れる道具あってのこと。

 

道具がなく、方法も判らなければ、真鍮パイプの切断なんて、上手くいかな過ぎて、途方に暮れます。

 

ネットで調べると、「カッターの刃を転がすようにして、徐々に切る」とか、「パイプの中に線を入れてニッパーで切断」とか、結構色々と検索できますが、どれも「NG!」です。

 

「カッターの刃を転がすようにして、徐々に切る」のは、真鍮ならまだ何とか‥‥ですが、ステンレス製のパイプですと、カッターの刃などまるで「刃が立たず」、延々とコロコロしても切れません。

 

「パイプの中に線を入れてニッパーで切断」も、全くもってNG。ニッパーの切断時にかかる圧力で、軟鉄の真鍮パイプなど、パイプ内の真鍮線を丸ごと押しつぶして板状になって切れます。

 

全然、上手く切断できないじゃん。ホントに皆、そんな方法で上手くカットできてるのかな? ‥‥私が特段に不器用なのだろうか?

 

私が色々と試行錯誤して、手元にあるツールを活用しつつ見い出したカット方法は以下。

 

真鍮パイプの中に真鍮線を入れて位置決めしつつ、ダンボール(アマゾンなどの梱包材の廃品利用)などの台座にセロテープで強めに固定(パイプ全体を覆うように)、上図写真のルーターに装着するタイプの円形ノコギリで、ダンボールの台座ごとカット。

 

そうすると、カット時の振動でパイプが暴れることもなく、圧力ではなく回転でカットするので、めちゃめちゃ簡単に綺麗に、カットすることができます。

 

カッターでコロコロ転がし切りするのに何分かかるか、成功したことがないのでわかりませんが、上記方法ですと1〜2分で終了します。ステンレスでも真鍮でもアルミでもなんでもスパッと切れます。圧力でパイプ穴が塞がることもないです。ノコギリの刃の切れ味がイマイチで切り口が荒れた場合は、ヤスリで整えればOKです。

 

 

道具って、大事ですよねえ〜。‥‥あと、ノウハウも。

 

 

私は現在、紙に絵を描く仕事を完全終結し、机には必要最低限の筆記具しか残っていません。これはすなわち、iPad Proで絵の仕事が継続できる確信を得たからで、つまりは、iPad ProとApple Pencil、Procreate、そしてAdobe CCが、未来のツールとしての信用を満たす道具であると解ったからです。

 

iPad ProとProcreateの「ツールとしての最大の信頼度」は何か?‥‥というと、iOSとタブレットの最大の利点ともいうべき、「タッチ操作が基本」である点です。

 

消しゴム、アンドゥ・リドゥ、カット・コピー&ペーストを、いちいち何かのボタンやキー操作で実行するなんて、もはや、まどろっこしくて付き合ってられない‥‥というのが、今の私の本音です。

 

ツールをいちいち選択したり、絵を消すのにタブレットペンをいちいちひっくり返したり、事もあろうにキーボードまで操作して‥‥なんて、まず「生産性」に関わりますし、描いててどんどんストレスが溜まってきます。

 

紙で描いていた時、絵を消すのに、消しゴム付きの鉛筆で、消すたびに鉛筆をひっくり返していたら、どうなっちゃってましたか‥‥ね? すごく面倒ですよネ。鉛筆をひっくり返すのだけでも。

 

Procreateは、ペンを持っていない手の4本の指がジェスチャーに使えますし、消しゴムも指先です。

 

 

コンピュータで絵を描くといえば例えば「デジタル作画」。「デジタル作画」に今、必要なのは、機能ゴテゴテで肥大化したOSやソフトウェアではなく、実は、とてもシンプルな設計で、限られた性能が極めて卓越した、「切れ味の鋭いツール」なのかも知れないな‥‥と思うこの頃です。

 

どんなにいろんな機能が豊富でも、肝心の「絵を描く瞬間」にストレスを抱えているようでは、絵を描くのがイヤになってしまいます。

 

私は紙で絵を描いて育った世代なので、コンピュータで描く際も、紙に絵を描くように何のストレスもなく描きたいです。

 

だってさ、すご〜く単純で、しかも重要なことですが、紙からコンピュータに乗り換えたことで、自分の技量が落ちるのはイヤじゃん??

 

コンピュータでも、紙と鉛筆と等しい(か、それ以上の)技量を発揮したいじゃん?

 

今までのペンタブレットに著しく欠けていたのは、その「技量を落とさずに移行できる、道具のポテンシャル」でした。

 

でも、少なくとも私は、iPad Pro 12.9インチとApple Pencil、そしてProcreateという「道具」の出現により、紙に頼らずとも今後やっていける見込みができました。

 

 

道具は大事。

 

今はネットで色々な情報が手に入りますが、他人他所の情報が自分にフィットするとは限りません。

 

道具選びは、「自分の生命線」と心得て、冷静かつ慎重に、ある時には止むを得ずお金を掛けてでも、自分の技量が活きる道具を選びたいもの‥‥ですネ。


雑感

それぞれ、方向性の90度ずつ違う作品の作業を4本掛け持つと、360度くるくる回って、なかなか落ち着いて取り組めないものです。

 

加えて、いまどきは、作品が1クールで終わる事が多いので、キャラやメカのパーツを覚えた頃には作品が終了してしまって、効率が悪いですよネ。つい最近始まったと思ってたら、もう最終話だったり。私はここ十数年、劇場作品ばかりやってましたが、劇場作品は期間が長いので、むしろテレビよりも馴染めるくらいです。

 

短期の作品は、全然設定が覚えられないので‥‥

 

  • Fire HD 8
  • 昔の高解像度Fire HDX
  • iPad Pro 9.7インチ

 

‥‥の3つを「ビュワー」として動員して、絵コンテ、設定、設定(別のページ)の3画面を見ながら、iPad Pro 12.9インチで作画しております。

 

なので、机にはタブレット端末が4つ稼働しています。

 

*実際は、こんなに暗くして描いてるわけではありません。各端末の画面が明るく写るように、です。

*絵コンテは縦、設定は横にして、机に置けば、ジャストフィットで表示してくれます。

 

これ、紙媒体だったら机は大混乱だよねえ‥‥。ホッチキス留め、もしくはクリップ留めされた紙は、ページをめくって折っても、紙の束の「元に戻ろうとする」復元力でイマイチ安定しないし、そもそも紙は枚数が増えるほど嵩張るし、ページ表示を拡大縮小できないし、筆記具と様々なプリント類が折り重なるし、消しゴムと鉛筆の黒鉛で机はどんどん汚れるし‥‥で、ちょっと昔まで、整理整頓の苦手な私が、(機会の少なくなった作画業とはいえ)紙でよくまあ運用できていたと思います。快適な「iPad作画」を知ってしまった以上、少なくとも私は、もう紙には戻れないことをしみじみ実感します。

 

しかし、ごく客観的に見て、「デジタル作画」はやっぱりまだまだ普及が難しいだろうなあ‥‥とは思います。

 

そう思う理由は簡単で、「お金」です。

 

私の場合、今や本業はコンポジットなどのコンピュータによる各種映像作品の制作作業なので、その機材を流用して増強すれば、すぐに「デジタル作画」「コンピュータ作画」が可能です。

 

しかし、今まで紙だけで作業してきた人にとっては、とにかく、金、金、金、が立ちはだかって、コンピュータ基盤への移行は決して順調な道のりとはいかないでしょう。

 

私は今まで、随分と自費を投じて、自宅の環境を整備してきました。しかし、その年月が10〜20年規模なので、結果として、いわゆる「分割払い」的に負担を軽くできています。

 

今から、コンピュータを導入する人は、いきなり一度に、全機材の全費用を工面する必要があります。

 

実際、「デジタル作画をしたい」「アニメに限らず、コンピュータで絵を描いて仕事にしたい」「できれば、映像(ムービー)まで手を伸ばしたい」「自分で映像を最初から最後まで作って見たい」というニーズを聞いて、軽く見積もっても、80〜100万近くイニシャルコストがかかります。そしてさらに、月々それなりの「維持費」までかかります。

*ショボいマシン構成による「安く導入できますよ」なんていう話にのっちゃうと、絵に描いたような安物買いの銭失いですから、やっぱり最低でも80万近くはいくでしょうネ。

 

数万円の木製の机を買ったら、30年使えますが(私の机がそうです)、コンピュータはそうはいかないですもんネ。その辺の「お金の感覚」の「考え直し」が本人に求められるのが、まさにコンピュータです。正直、作画畑の人と、運用コストの話をすると、金銭感覚のあまりに大きい差異に、「噛み合う道程の果てしなさ」を痛感します。

 

しかし、それも当然なのですよネ。現在の作画の一般的な作業報酬で、コンピュータ全機材を自費で導入して、定期的に機種を更新し、Hourlyバックアップなどのメンテまでできるわけないですもん。電卓を叩けば、すぐに答えが出ます。

 

 

現在日本のアニメーターがコンピュータを手にするためには、2つのお金の話がどうしてもつきまといます。そもそもの「作業報酬」、そして「機材調達と維持のコスト」。

 

どこかの神様みたいな人が、まずは「卵から先だ」とばかりに、たくさんの「お金のいっぱい詰まった卵」をアニメーターに分け与えてくれるのでしょうか? ‥‥そんな夢のようなことは、現実には起こり得ないのは、誰でもわかるでしょう。

 

 

‥‥まあだから、結局は自分たちでなんとかするしかないのです。私は以前から数回書いていますが、「ジョブをシフト」することが、アニメーター全般にも必要だと考えています。そして、アニメそのものを再発明して、お金の在り方も根本的に変える必要があるのです。

 

今までの作業スタイルのままが良い、でも、今までの報酬スタイルはイヤだ、報酬スタイルだけ新しくしてくれ‥‥なんて、確実に、絶対に、永遠に、うまくいくはずがありません。作業の内容を変えない限り、お金の内容も変わりません。これは、「デジタル作画」に移行しても、です。‥‥もうその辺、「デジタル作画」に踏み込んだ方々は判っているのではないですか。「デジタル作画」に転向して、稼ぎが飛躍的に向上しましたか? むしろ、「オールデジタル」を標榜したものの、制作体制総崩れで、紙に逆戻りするくらいなのでは?

 

ペンタブやタブレット端末に慣れるために、現在の「デジタル作画」を「利用」するのは上手な方法だと思います。しかし、「デジタル作画」に明るい未来が見えているかは、別問題です。何せ、すでに旧体制の旧作業料金制を継承してしまっていますからね。

 

 

いわゆる「デジタル作画」スタンスで作業をしていると、「旧来作画技術を踏襲するが故の損失」を幾度となく痛感します。「デジタル作画」と「コンピュータ作画」をハイブリッドで組み合わせれば、かなりの作業高効率化が実現できるとは思いますが、一方で、「お金の話」が済まないうちに、高効率化だけ進めると、とんでもない「未来への負の遺産」となりかねません。ゆえに、作画するたびに「作業時間と作業費の無駄」を痛感しながらも、一切、旧来の現場に対しては効率化を提案していません。

 

中途半端な改善案、パッチあてのその場しのぎは、その後の大きな災厄の火種となりましょう。

 

既存の収益モデル・制作システムに乗っかる以上は、そのモデルとシステムの構造の中で苦しみもがき続けるのです。だったら、構造から作り直して、旧来の意識とキッパリと決別しちゃえば良いのです。私は、この10年の間に色んな理由と流れで旧来の意識と決別せざる得なくなりましたが、今にして思えば、ズルズルとアニメ制作オンリーで関わり続けるよりも、一旦「アニメから干される」くらいの事があって、逆に幸運だったのだと思います。

 

旧来構造の脳みそに凝り固まった人間では、手も足も出ないような、新しい構造・システムを作って、そこで新たな商売を始める。善き人材は、老若男女を問わず、新しい人材に加えて旧来現場からも吸収・合流する。思想は新しく、心構えは柔軟に。

 

今までのシステムの上で何を考えても、未来には繋がらない‥‥と強く思います。

 

しかし、多くの人が、ゼロからの出発を覚悟するためには、「焼け野原」まで燃え尽くされて、初めて‥‥なのかも知れませんネ。

 

 

 


時間が止まったことはない

今日のニュースで、NHKだけでなく、民放の「4K8K試験放送」を開始したことが報じられていました。アニメに4K8Kなんて必要ない‥‥なんて言う人を尻目に、社会は確実に欲望に忠実に、歩みを続けていきます。

 

多くの場合、人間は「都合の良い生き物」で、自分が子供の頃から大人になるまでに馴染んだ「世代の技術」は容認するけれど、自分の理解が及ばない(と言うか、理解するのを諦めた)「新世代の技術」に関しては、不寛容になるようです。

 

不寛容でも、その不寛容さを貫けるのなら、それでも良いです。テクノロジーと決別して生きる覚悟の人も、世界にはたくさんいましょう。

 

しかし、事アニメに限った場合、アニメそのものがまさにテクノロジーの申し子として生まれた娯楽メディアなので、テクノロジーから見捨てられたらアウトだと思っています。アニメと言う存在自体が、現在のメディア流通の中でしか生きられない存在なのですから。

 

消費社会・電化社会の中で生きるアニメが自然派を気取るのは到底おかしな話ですし、アニメの技術はここでおしまい!これ以上は発展の必要なし!‥‥というのも、誰がどういう基準で決めるのか、とても不思議な話です。

 

16ミリや35ミリフィルムが懐かしい気持ちは察しますが、その懐かしさで未来発展を阻むのは、不利益以外の何物でもないでしょう。

 

 

新しい技術を前にして、何をすべきかは、とても簡単なことなんですけどネ。

 

物事に当たる時に、いつでも、腹をくくって望めば良いのです。‥‥ただそれだけ、です。

 

 

とはいうものの、人には2種類いて、

 

  • 「習慣」で仕事をする人
  • 「プロジェクト」で仕事をする人

 

‥‥に大別されます。

 

昔のままが良いという人は、習慣で仕事をしているので、その習慣が時代の進化で変わっちゃうのがイヤなのです。しかし何度も書きますが、アニメそのものが「時代の申し子」「技術の申し子」として生まれたので、「アニメの作り方を100年変えたくない」と言っても無理な話なのです。

 

アニメの生きるフィールドは、現代技術の中にこそあるのです。

 

 

いいじゃないですか。4K8K。

 

商売できる新しいフィールドが増えて、私は万々歳ですけどネ。

 

状況が予測した通りのどんどん良い方向に転んでいくように思います。地デジの頃に買ったテレビ、そろそろ買い換えどきでしょうしネ。

 

 

習慣に縛られることで、技術の習熟を促す効果もありましょう。しかし、今はそのタイミングでしょうかネ? ‥‥違うと思うんですよ。

 

何を発想するにも、いちいちアニメ業界の慣習や作法を考慮に入れるから、何のアイデアも出てこないのだと思います。まあ、慣習に縛られる人が多い方が、商売敵が少なくて商売はしやすいかも知れませんけど、全体が慣習にがんじがらめになって進退極まっても、それはそれで、アニメの制作現場が壊死するので、全滅を免れるように、ええ感じに状況を進めるのが肝要なのでしょうネ。

 

現場のワークフローの中でしか作業したことがない。 知らないことばかりで不安だ。

 

‥‥簡単なことです。ワークフローを作るところから経験して、知らないことを経験して、経験値として積めば良いだけです。システムありきでしか行動できない、おぼっちゃま、お嬢さまから脱却すれば良いのです。

 

何の前例もないところから何かを作り出す‥‥なんていうのは、何度もそういう経験をして慣れると、「アイデアの習慣」「発想癖」がついて、そんなに苦じゃなくなりますヨ。

 

「やったことがなければ、やってみれば良い」‥‥何事もそこからスタートしたはず‥‥ですよネ。

 


裏目

「SIMCITY」〜シムシティというゲームがずいぶん昔からありまして、もう何年やってるのかわからないくらい、長い期間、楽しんでおります。要は、都市を作るゲームで、昔から「大戦略」などのシミュレーションゲーム好きの私にとっては、特に操作上のテクニックも必要としないのが気楽で、飽きもせずに気分転換に遊んでます。

 

シムシティのコツがわからない最初の頃は、どうにも月間支出が月間収入を上回ってしまい、初心者ゆえに迂闊に住宅税や商業税の税率を上げて、収入アップを図ろうとしてました。そうすると、ほんの短い間だけ収入アップできるのですが、やがてまた収入がダウンしていきます。‥‥そうです。税率を上げた事により、住民や企業が街から去っていくのです。

 

計画のずさんさを思い知らされる、キビしいゲームです。

 

ゆえに、やがてどんなに税率を上げて収入を挽回しようとしても、もはや手遅れ。税率を上げれば上げるほど、人口や商業の流出は加速して、街の経済は破綻へとまっしぐら、返すあても無い債権でその場しのぎしても、月々の返済でさらに経済は悪化、公共や公益事業、健康保険などにも金が回らなくなり、街はボロボロになって、やがて赤字額が一定額を超えてゲームーオーバー‥‥と相成ります。

 

よく人に、「そのゲーム、楽しいの?」と聞かれますが、結構楽しいですよ。金で首が回らなくなり破綻すればイヤなゲームですが、製造業とハイテク産業が盛んで、商業サービス・オフィスとも発展し、街には緑があふれ、水はきれいで、教育も医療も防災も防犯も行き届き、各種交通網が張り巡らされ、どんどん収入がアップしていくのをさらに街の発展へと還元し‥‥みたいな流れを作れるようになると、「今度はどんな理想的な街を作ろうか」と楽しくなります。

 

*途上の都市。私は、ゲームのスコア優先で人口第一目標の都市ではなく、緑と各種産業・工業と住宅が調和した「満足度」の高い都市作りが好きなのです。

 

要は、シムシティって、与えられた要素で工夫して仕組みを作って、発展を成功させるゲームなのです。

 

安易に税率に手をつけるような初心者ですと、ただ辛いだけのゲームですが、発展する仕組みを作るコツを覚えると、色々な街づくりが楽しめるゲーム‥‥というわけです。

 

まあ、現実世界で考えれば、街に高層オフィスビルが立ち並び、ハイテク産業で溢れ、国際空港とハイウェイで交通機関が発達する‥‥という街づくりが、万人にとっての幸せの街とは限りませんから、あくまで「ゲーム上での理想の都市」ではあります。

 

 

‥‥で、です。

 

最近は、仕上げや検査の単価が下がってきた‥‥とか、作監を20人体制で、数カットだけ作監(というか、数カットだけしか関与しないのは、もはや作監ではないですけどネ)したので報酬が数千円だった‥‥とか、色んな話が横のつながりで聞こえてきます。

 

単価を下げる。‥‥シムシティでいうところの、税率を上げるのと、似た構造です。要は、お金が厳しいから、人々の直接的なお金を調整する‥‥ということですよネ。

 

シムシティの話ではなく、今までの経験上から言っても、「ヤバい単価で仕事を出す会社は、会社自体がヤバい」です。

 

30年くらい前、当時の原画の相場が、テレビ2500円前後、合作3500円前後だった時代に、とある会社は合作の原画を1500円で発注し、その原画料金が払われることもなく倒産したことがありました。同室で作業していたキャリアの浅いアニメーター仲間が引き受けていたのですが、キャラ設定はなんと他作品の流用で、寄せ集めとジリ貧の作品作りだったのを脇目で見ていました。

*「合作」とは、30年前当時に欧米発注で日本のアニメ業界が受注していた作品制作のことです。単価は良かったですが、キャラの好みは欧米向きで、日本の流行とはかけ離れていたので、新人や若手の多い現場での人気はイマイチでした。

 

合作の原画がテレビよりも大幅に安い1500円。しかもキャリアの浅いフリーランスに直接電話で発注がいく。まあ、思えば、「そういうこと」だったのです。安いには理由があったわけです。

 

そして、まるでシムシティで経済が破綻してゲームオーバーになるかのごとく、その会社は倒産しました。「単価が下がるのは、何かしらのサインだ」というのを、私は30年の業界経験で学んでおります。

 

やはり、横のつながりで聞いたことですが、レイアウト全カットをクライアントチェックに回すような作品もあり、そのうち半分がクライアントリテーク(レイアウトのリテーク)になる‥‥とのことです。未だに信じられない話ですが、もし本当だとしたら、それって、コスト計算できてるのかな? レイアウト全カットをクライアントに回すぶん、ちゃんと作業コストを計算して制作費に上乗せしないと、コスト構造が破綻するでしょ。

 

ヤキが回ってくると、「場当たり」「場当たり」「場当たり」「場当たり」「場当たり」‥‥の連続です。綻びを当座で修復するためにパッチを当てて、そのパッチのもろさを補うためにさらにパッチをあてて、そこらじゅうパッチだらけになって‥‥。

 

保たないですよネ。‥‥遅かれ早かれ、パッチが剥がれて裂けて、破綻します。

 

冒頭に書いたように、シムシティで税率を上げると住民や企業が街から去っていくのと似て、単価を下げれば作業者はその会社から離れていきます。

 

「場に当たった」のが、どんどん「裏目」に出るのです。

 

ですから、私は「場当たりの場面」に遭遇すると、非常に警戒します。これはもう、今まで生きてきた教訓‥‥というよりは強迫観念、トラウマに近いです。「場当たりはヤバい」‥‥と言う。

 

 

仕組みとは、構造であり、骨組みです。そこをしっかり作ろうと思い立たなければ、どこかの誰かが作った構造にのっかって依存し続けて、継接ぎを繰り返すのみです。

 

もう、昭和の仕組みに依存し続けるのは、潮時だと思いますよネ。業界で作業していれば肌身で感じますよネ。

 

 

最初から順調に発展することなど有りえません。仕組みを作るために、支出の連続に耐えねばなりません。興味深いことに、シムシティでも、都市開発の最初は支出の連続ですが、まあ、米国のシミュレーションゲームですから、そのへんはクールに出来ているのでしょうネ。

 

苦しくても、インフラに注いだコストが、後になって、どんどん活きてくるのですよネ。

 

植物が種から発芽して大きく成長して収穫をもたらすことを知らなければ、土にカスのような粒を撒いて、毎日潅水する姿は「狂人」にしか見えませんが、「発芽から収穫にいたる仕組み」を知っている人ならば、土に水をやる姿の「意味」を理解できるでしょう。

 

 

 

仕組みを作れない、もしくは、仕組みを失うと、やがて潰れる。

 

強烈な教訓です。

 

‥‥シムシティは面白いことに、そのことをゲームの中でシンプルに要約して再現してくれます。‥‥まあ、現実はもっと複雑で難解ですけどネ。

 

 


女性のチカラ

ニュースを見ていると、女性の職場での扱いが未だ‥‥とか、テレワークに不安や理解不足が‥‥とか、たまに見かけますけど、その辺はアニメ業界って、妙に恰幅が広いですよネ。先進的とは言い難いですけど、女性のスタッフが、女性だからと理由であからさまに冷遇されている状況を、少なくとも私の経験した現場では見たことがないですし(むしろ、女性のほうが筋金が入っていることが多い)、在宅でもバリバリ仕事をこなす人も多いですよネ。

 

前回のブログでF-15の写真をWikipediaで検索してたら、女性パイロットの写真が何枚も出てきました。F-16の女性パイロットもいますよネ。日本では女性の戦闘機パイロットってまだいないようですが、アメリカなど欧米では、メディアに露出するくらいには存在するようです。

 

コレはイスラエル仕様のF-16っすネ。

 

F-15をバックに、笑顔で、まあ。

‥‥F-15の実機のエンジン音って、特に離陸する時、想像を絶する爆音がしますよネ。そんなモンスターを操るんだから、相当。

 

‥‥まあ、最後の写真は、写真の構図的にデキ過ぎている感もありますが、1機、数十億円のモンスターを操る女性パイロットが、少なくとも米軍には何人も存在するのは確かなようです。

 

こと、アニメ業界においては、私が新人の頃から、男性女性の区別など感じたことはなかったです。男女関わらず、上手い人は上手い、下手は下手、優しい人は優しい、怖い人は怖い、ただそれだけです。

 

フリーランスの集まる現場だったから、余計、そうだったのかも知れませんネ。

 

なので、映像メーカーなどの一般大手の受付で女性が取り継ぎしているのを見ると、妙に不思議な感じがします。「ああ、男じゃなくて、受付は女性なんだ」と。

 

女性でも徹夜してスケジュールの辻褄を合わせている「男女見境ない」現場で作業していると、「受付嬢」っていう慣習、とっても奇妙な感じです。

 

アニメの現場で「女性は云々」なんて言ってる人がいたら、「?。 寝言言ってんのか?」って感じですもんネ。もしくは「他業種から来た人ですか?」と。

 

まあ、こうしてアニメ業界を肯定するつもりもないですが、評価すべき点はあるとは思っています。アニメ業界はブラック体質だから、何もかもダメだ!‥‥というのも冷静さに欠けます。

 

ただ、殺人的なスケジュールで徹夜すること自体、一般的に見て難易度の高い技術職の人間が相応の報酬を得られないこと自体、アニメ業界の闇は闇‥‥ですもんネ。そのへんも男女境なく。

 

まあ、(当然ではありますが)すべての制作現場を知っているわけではないので、男尊女卑的な現場もあるかも知れませんが、少なくとも、私が経験した数々の現場は、男女関係なく、皆、たくましいですよネ。生き残る人は。。。

 

 


デジタルリッチを目指す

4K60pHDRのテレビで、アニメでは何を作ったら良いんだろう。

 

デジタルプアに慣れきってしまった人々は、そんな簡単なこともわからないようです。この10年のツケが回ったとも言えます。

 

まあ、HDRはまだコンシューマ向けのソリューションが見当たらないので、動きようも無いのはわかるのですが、4K60pはすぐにでも手に入る身近な存在になっています。頭で考えるのも必要ですが、頭だけで考えていても具体像は見えてきませんから、実際に4K60pで色々とテストしてみれば、何を作れば良いかなんて、結構簡単に見つかるものです。

 

4K60pHDRでどんなアニメを作れば良いかなんて、解りきっています。

 

絵が緻密で動きが滑らかで鮮やかな色彩と深い明暗のアニメです。‥‥ぎゃふん!‥‥というほど、当たり前のことなので、あえて言う必要も無いとは思っていますが‥‥。

 

つまり、2020年代のデジタルリッチを目指せば良いのです。デジタルプアではなくて。

 

「絵が細かくて、枚数のべらぼうにかかるアニメ制作なんて、非現実的じゃないか」‥‥というのは、まさに現場インサイダーの方々の意見でしょう。‥‥まあ、普通に考えて、現場は「死にます」よネ。

 

なので、2020年代のデジタルリッチには、アニメーション制作技術の再発明が必要なのです。

 

「その再発明とやらは、結局、何なのよ」‥‥なんて、まず自分たちで考えないとダメです。何でも他から与えられると思っている時点で、再発明なんてできないですからネ。(それに、ブログで軽々と、現在進行中の開発をタレ流すことなど、できようもないですし。)

 

 

もし、再発明ができないのなら、2.5K24pSDRで作って、アップコンの技術を高めたほうが良いと思います。早々に「アップコン本命」に思考をフィックスしたほうが、妙なコストを浪費せずに勝機を見出せます。

 

しかし、それは少なくとも、リッチではないですよネ。「勝てる」(=破綻しない)かも知れないですが、高品質映像フォーマットのポテンシャルを存分に引き出した「リッチな映像」ではありません。4KタブレットPCで見て丁度良いくらいのユーザエクスペリエンスしか消費層に与えず、前回書いたデジタルプア現象がいつまでも継続します。

 

そして、映像内容がリッチを体現できないだけでなく、現場もリッチな環境へと移行できません。今までのアニメ業界の悪習を裁ち切る機運は生じず、アニメーターはいつまでも「技術不相応なギャラ」で仕事をし、仕上げ・撮影は猛スピードの徹夜の連続で「時間の帳尻を合わす」役どころのままです。「今までソレで出来てたんだから、未来もそのままでいい」という発想です。どんなに現場の窮状を訴えても、今までソレでやってきちゃった事実があるので、「現場の怒りをなだめすかす」くらいの取り組みでお茶を濁されて終了‥‥だと思いますヨ。映画「薄化粧」の炭鉱労働者と経営者の構図のよう‥‥ですネ。

 

 

20代、30代、40代、50代、そして60代‥‥と、スキルの向上とともに、ライフスタイルもビジネススタイルも移行していく「人生設計」を、今のアニメ業界のシステムは皆に与えてくれません。30代でひと通りの手練手管を習得したら、残りの人生はその作業スタイルの繰り返し。つまり、30代で作画監督や撮影監督になったら、そこでキャリアストップで、その先の伸びしろは「スタジオを経営する」とか、別の手段に訴えるしかないですが、まさか業界スタッフ全員がスタジオ経営者や監督になるわけにもいかんでしょ。

 

しかし、デジタルプアでなく、デジタルリッチを目指すのならば、「真のデジタルの深み」と真正面から向き合うこととなり、30代で伸びしろがストップするなんてありえません。

 

例えば作画。

 

20代で作画の基礎のあれこれを学び、30代で絵だけでなく実写の技術も作画に取り入れ、同時にプラグラミングやシステム構築の技術も学び、40代では作画や実写やプログラミングに加えて、着々と進行する映像技術進化を作画技術に統合し、50代ではそうした技術をもとにどんな作品を造るべきか、多様な側面から作品の土台を計画・設計し、60代ではあらゆる技術要素の集大成に入る‥‥みたいな、一生かけてもやりきれないほどの広がり=伸びしろが待ち受けています。

 

年齢に応じた経験値をもたないと、とても受け止めきれないような「世代別の事業」が、デジタルリッチには「幅広く」待ち受けています。でもそれはまさに、各人のライフプラン、現場の年齢サイクルに応じた「伸びしろ」なのです。

 

そんな中、私個人の「考えても詮無い」ことは、「人間の寿命が短い!」ことです。技術要素の集大成を60代でやったとして、その集大成を残されたわずかな時間でどうやって活かせば良いのか。‥‥人間の寿命とは、あまりにも儚いものですネ。なぜ、人間は70〜80歳までしか生きられないんでしょうねえ‥‥。

 

なので、デジタルリッチな作品作りをするには、多くの才気ある人間が手分けして、アニメーション技術を再発明するところからスタートし、どんどん技術体系を構築していかねば成り立ちません。

 

そして、デジタルリッチなビジネスモデルも、デジタルプア勢に負けることなく、切り開いていく必要があります。昔の慣習を踏襲しただけの、すかした「アニメの売り方」なんて要らないです。実際、ベビーブーム時代のビジネスモデルはとっくの昔に、つい最近の円盤ビジネスモデルすら、終焉に向かっているような状況ですよネ。プロデュースのプロフェッショナルならば、アニメの「売り方も再発明」して頂きたいです。

 

 

デジタルプアで満足しているだけでは、「傷の舐め合い」に終始するだけだと思っています。

 

アニメーション映像を作りたくて、アニメ業界に入ってくる若い人間に、ジジババの傷の舐め合いに参加させるつもりか。‥‥やめようよ、そういうのは、いい加減。

 

 

日本の国土の特性を考えた場合、私はデジタルリッチなアニメーション制作にシフトするのが本命だと考えます。そうしなければ、やがてアジアの大国に負けていきます。アジアの国々の若い世代の成長を見くびってはいけません。お隣の国々の、際立って上手い人間を見たことがあるから、なおさら、そう思います。

 

同じ戦い方をし続けたら、滅ぶのは我々です。人口もどんどん減っているしネ。

 

「デジタル作画」はそれでそれで、人々をデジタルに慣らす効能ゆえに、有効性もありましょう。でも、その先を見据えておかねばなりません。

 

デジタルプア路線でいくのか、デジタルリッチ路線でいくのか。

 

未来の行き先は、なんだかんだ言って、当事者たる我々の行動次第‥‥ですよネ。

 

来年は、2017年。どんどん緊張が高まってきていますネ。同じ志をもつ人々とは、やがてどこかでベクトルが交差することでしょう。その時に色々な「手土産」を持参できるよう、今は粛々と勤しむのみです。

 


デジタルプアからの脱出

いきなり、造語ですみません。「デジタルプア」とは、「デジタルになって、むしろプアになった」事物を指します。既にどなたかが2007年に「デジタルプア」という言葉を使ってはいるようですが、私の考える事とは異なるようですし、普及していないようなので、ここでは「アナログからデジタルに変わってリッチになったと思ったら、低コスト化の波に押されてアナログ時代よりもプアな状況に陥る」意味として使います。

 

iPhoneって1990年代のアナログ機器の感覚からすればスゴいですよネ。携帯電話なだけでなく、ミニテレビになったり、ウォークマンになったり、カメラにビデオカメラ、地図のナビ、電子辞書、etc...。

 

ものすごく便利で、ものすごくリッチな感じがします。

 

そんな社会の中、皆がiPhoneをはじめとしたスマホやタブレットを持つようになって、生活が豊かになった気が‥‥‥‥‥‥どうも、しないのです。

 

 

いろんな事をiPhoneで済ませることは、リッチなんだろうか?

 

むしろ、どんどん、プアな状況へと邁進しているのではないか?

 

‥‥近年はハッキリ、そう、自覚しています。

 

 

何も「アナログの時代は良かった」なんていう安直な懐古主義を展開しようというのではありません。コンシューマレベルで言えば、やっぱり、アナログデータ&機器は色々と危ういです。その危うさはある種の「味」だとは思いますが、「良い」とは思いません。散々、アナログデータの不安定さと取り扱いの煩雑さに四苦八苦してきた私としては、デジタルデータの快適性・優位性は揺らぎません。

 

塵が溝に入ればプチプチとノイズになり、内周に向かうほど高音が劣化するレコード。ヒスノイズとワウフラッターのひどいカセットテープ。1秒あたり19cmもしくは38cmで疾走してランニングコストが高いけれど、クロストークなどの弱点は依然持ち続けるオープンリールマルチトラックレコーダー。今からは想像もできないくらい絵が不鮮明だったVHS。トラッキングのズレに絶えず悩まされていた8ミリビデオ。

 

アナログの弱点は、まさにデジタルの独壇場。上記のすべてをデジタルは解決してくれました。

 

実際、アナログデータ時代に、アナログ機器で再生する環境をどんどん強化して、そこにデジタルデータとデジタル機器が参入した時の「眩さ」は相当なものでした。鮮明な色彩と輪郭、濁りの無い高音のロングトーンと澄みきった音像。

 

コンシューマ向けのアナログメディアは、品質が危うかったがゆえに、再生機器で盛り返す必要がありました。そこに、デジタルデータの鮮明な音と映像が出現したのですから、かなりの効果がありました。

 

プアな品質のアナログデータを、なんとか良い状態で再生したいがために、アンプやモニタースピーカーやヘッドフォンを選び抜き、29インチのブラウン菅テレビをドカンと部屋の真ん中に据えて、いわゆる「ホームシアター」を構築していたところに、DVDプレーヤーを加えれば、「強力な足回りに、強力なエンジンが追加」されたカタチとなって、まさに「リッチな環境」となりました。

 

1990年代終わり頃は、デジタルリッチの黎明期‥‥だったと言えます。

 

ご家庭レベルとは言え、その勢いのまま、高品質な環境を目指すベクトルが続けば、映像も音楽も、より一層のリッチな体験をご家庭にもたらしてくれたはず‥‥です。

 

 

‥‥ですが、何事もそうなのですが、一旦、上に昇ると、今度は、落ちてくる現象がおきます。

 

ありていに言えば、「手を抜き始める」のです。

 

デジタルは音が良い、絵が乱れない‥‥という特性に「あぐらをかいて」、チープなコンセプトの製品が姿を見せはじめました。

 

他ならぬ「デジタルアニメーション」もそうでしたヨ。2000年前後の頃は、デジタルでペイントしてコンポジットする作業形態を構築するのに必死で、1つ1つの表現やフローに工夫を凝らして、丁寧に取り組んでいました。しかし、一旦スタンダードが出来上がると、今度は「どれだけ労力を削減できるか」のフェイズに突入し、「あれはいらない」「これも不要」「それはもっと期間を短くお金を安くできる」と言った具合で現在に至ります。そして、その「手を抜いた代償」はすべて作品に表れています。

 

 

現在、皆がiPhoneでビデオや音楽を見聞きするようになった一方で、どれだけ、リッチな環境でビデオや音楽を鑑賞しているでしょうか。

 

目を瞑ると、「演奏者が目の前にいるかのような音像」で音楽を聴いていますか?

 

「映像体験として楽しい」映像を観ていますか?

 

要は、iPhoneなどのガジェットが進化したがゆえに、映像を見る、音楽を聴く‥‥という環境作りに「手を抜くようになった(=お金を使わなくなった)」のではないでしょうか。

 

「いや、でも、それが時代の流れだから」‥‥というのは、わかるのです。だって、いまどきのiPhoneの性能はスゴいもんね。

 

でも、Retinaとは言え、7インチ程度の画面と、蚊の泣くような音質のスピーカーで、映像を鑑賞するのは決してリッチではなく、確実にプアな状況です。

 

どんなにガジェットの性能が優れていようと、50〜60インチの4Kテレビと3メートルの間隔をあけて設置した中型〜大型モニタースピーカーがもたらす「ユーザエクスペリエンス」に比べたら、オモチャそのものです。

 

ちっちゃいスマホがもたらしてくれる「映像体験」は、ものすごくプアでチープなものだという認識はあるでしょうか。むしろ、「こんな綺麗な映像が手のひらにのるなんて、なんてリッチなんだ」とすら思っていませんか。

 

iPhoneの映像体験は「間に合わせのチープなもの」です。移動中や出先で映像を「確認」する程度の許容です。

 

でも、そんなiPhoneで映像を観て済ます‥‥のが、どんどん恒常化していませんかね‥‥。

 

目先のデジタルの利便性や高性能にはぐらかされて、人々は総体的にどんどんプアな状況に傾いているのではないですか?

 

 

「でもさ。いまどきの日本の社会で、どんなにお金をつぎ込んで自宅の環境をリッチに構築しても、働きづめで家にいる時間が少なくなっているんだから、リッチ環境を堪能する暇もないのが現実だろ?」

 

‥‥そうなんですよネ。それもデジタルプアの一種なのです。

 

その昔、色々な要素がデジタル化して、通信もデジタルのネットワークになって、作業が高速に流れるようになったら、「今までよりも速く仕事がこなせるので、自分の時間を多く持てる」なんて考えられていた時代がありました。

 

しかし実際は、仕事が速く進むようになったら、どんどん仕事を増やして詰め込んで、しかも仕事の単価まで下がった‥‥なんていう顛末が現代社会です。

 

私が子供の頃は、科学技術の著しい進化によって、皆がゆとりのある生活をする未来像が、元旦の新聞に漫画家のイラストで描かれたものでした。「科学と生命の調和」です。‥‥う〜〜〜ん、「無惨‥‥!」ですネ。

 

 

「スマホの月々の支払いにチョロチョロと出費するから、大画面テレビを買うお金自体が捻出できない」なんていうこともあるでしょう。そうやって、どんどん、人々は小さなガジェットの中に幽閉されて、映像の「ユーザエクスペリエンス」なんて映画館くらいでしか体験できなくなっているのです。

 

「ホームシアター」なんて言葉は、もう過去のものなのでしょうか。

 

でもまあ、映像を作る側の責任も多々あるでしょう。「大きい画面だともたない」絵作りをしているようでは、大きなテレビなんて買っても「張り合いが無い」ですもん。実際、60インチの4Kテレビを持っている知り合いは、「バラエティ番組や深夜のアニメはキツい。芸人の顔面アップの毛穴とか、動仕の粗雑な絵なんて、大画面で見たくない。NHKのBSプレミアムの自然番組などが一番グッとくる」と言っていました。

 

図らずも上述した通り、「デジタルアニメーション」は2005年くらい頃から、どんどん短期集中の短期決戦の様相を呈し、そうした「速く出来上がろう、内容はソコソコだろう」という作品で満ち溢れている状況は、大画面テレビのユーザエクスペリエンスを拒絶するものとも言えます。

 

つまり、アニメを作っている我々の時点で、既に「プアな環境合わせ」の制作基準になっているのですよネ。今や、劇場作品ですら、テレビアニメの技術そのままで、「大きな寸法のテレビ」みたいになっているようです。

 

 

アナログはプアです。ワウフラッターの昔になんぞ、戻りたくもないです。

 

しかし、デジタルを過信するのは、「チープな生活」の引き金となるやもしれません。デジタルにとって都合の良い社会は、人間にとってプアな社会なのかもしれません。

 

 

もともと「プアなのが好き」ならしょうがないですが、プアに囲まれた生活や人生が嫌ならば、デジタルプアでなく、デジタルリッチを目指しませんか。

 

私は、一人暮らしの人なら30数インチ、家族なら50〜60インチのテレビで、アニメーション作品を鑑賞してほしいですし、その再生環境に遜色の無い内容と品質を作りたいと思います。

 

 

でもなあ‥‥デジタルプアからの脱出=デジタルリッチのビジネスモデルは、社会全体の趨勢と切っても切れないですから、どのように勝機を見い出すかを、少なくとも企画の時点から練っていく必要があるでしょうネ。‥‥ですから、企画をする人間や中心となる役職の人間が、最新のアニメーション技術に疎く、映像技術音痴な状態では、「デジタルリッチ戦略」なんてどうにもならんのですよ。

 

アニメ作品を「転がす」ことしかしなければ、状況によっては「転げ落ちていく」ことになりかねない‥‥ですもんネ。

 

私が目指すのは、デジタルリッチ。

 

‥‥すべての人が‥‥とは言いませんが、ほとんどの人は、「プア=貧しい」よりも「リッチ=豊か」になりたい‥‥んじゃないですかネ。



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