コーヒー寒天ゼリー

大人買いで200g買った粉末寒天で、コーヒーゼリー風の寒天をコンポジット‥‥ではなくて、調理しました。

 

 

 

無印iPad(一番安いやつ)で撮りました。テーブルに年季が入っているのはご容赦ください。

 

姿は似てても、食感は別物。

 

もちもちしたゼラチンではなく、コリコリした寒天の食感ですが、スプーンで砕いて小ぶりにすれば、クリーム(褐色の恋人)と絡んで、美味しくいただけます。

 

 

 

作り方を自分メモ。

 

粉末寒天5〜6gを200ccの水と一緒に小鍋(1.5Lくらい)に入れて、火にかけながら泡立て器で溶く。1〜2分煮立たせた後に、火を止める。

 

予め用意した濃い目のドリップコーヒー(4杯分の粉で2杯分くらいの抽出〜アイスコーヒー用くらい)を1100cc加える。砂糖は大さじ山盛り6杯くらい加えて、完全に溶けるまでよく混ぜる。

 

1.3L容積のタッパーに注ぐ。しばらく放っておいて粗熱をとる。

 

冷蔵庫で冷やすと、完全に固まる。

 

盛り付けは、スプーンですくってランダムに盛り、上から生クリーム(植物性でも乳脂肪でも)をかける。

 

です。

 

寒天は調理が簡単で失敗知らずだし、低コストですネ。200gを1300円で買えるので、今回の1.3Lのコーヒー寒天なら、40回作れます。

 

 

ちなみに、寒天クックの分包より、今回買った粉末寒天のほうが見た目は量が多いですが、グラム合わせで計量すれば大丈夫でした。

 

逆に言えば、見た目ではグラムは判断できないので、デジタルスケールは必須です。

 

柔らかめの寒天にしようと水(コーヒー)を多めにしたので、常温だといつもより固まり方が緩かったですが、冷やすとしっかり固まって、もっと緩くてもいけそうな感じです。‥‥とか言ってると、いつか失敗するんだろうな‥‥。

 

次回はカフェオレ寒天ゼリーに挑戦します。

 

 

 


4861

昨日5月8日のコロナウィルスの死者数は4861人で、相変わらず増減を繰り返す日々で、明確な減少傾向は少なくとも死者数からは見えません。

 

 

 

米国の就業者数が2050万人減るのは、戦後最多だとか。

 

このことからも、コロナウィルスが戦後の大災難であることがわかります。

 

日本も緊急事態宣言が解除されたからと言って、昔のように狭い居酒屋の座席で皆で酒を飲めるようになるとは思えません。潜在的にコロナウィルスに感染している人まで炙り出すことは今の体制では困難ですから、いくらでもクラスター感染は再発するでしょう。

 

そもそも狭い都市部の面積で、人と人との感覚が狭苦しい日本において、今回のコロナウィルスは致命的です。「明確に治る病」まで確立できなければ、昔のような接客業は復活しないでしょう。復活=治療法の確立までには数年要します。

 

今年で戦後75年。

 

75年間、大戦争が世界を覆わなければ、既に27万人を死へと追いやった悪疫が世界を覆うとは、今年の正月に誰が予測できたでしょうか。

 

確実に30万人の死者へと達するでしょう。

 

まさに「死を想え」‥‥ですね。

 

 


6373

昨日5月7日のコロナウィルスによる死者数は、6373人。死者数の数だけ見れば、減少傾向にあるとは言えない、相変わらずの猛威が続きます。

 

 

 

5月8日の集計では総死亡者数27万人を超えると思われます。

 

日本は欧米に比べれば被害はまだ少ないですが、連日のニュースでは外食産業に関連する苦境が報じられており、欧米の状況は決して対岸の火事ではないです。死者こそ少ないものの、日本社会への痛撃は戦後生まれの誰もが初めて体験するものばかりです。

 

欧米の人々の我慢が限界に達して、コロナウィルスの「原因」に怒りの矛先がむやみに向くのは、なんだか、きな臭いです。欧米の状況を伝える記事を読むと、死者数が減少せず効果が表れないことに苛立っている雰囲気を感じることがあります。

 

東や西、アジアや欧米、それぞれ世界地域の軋轢にこじれて、変なことにならないのを祈るばかりです。

 

 


お料理。

在宅勤務ゆえに料理することが増えました。作業場でも軽いレンジ料理はするのですが、家だと道具が揃っているので、安い材料費で満足できる料理が作れます。手もかけずにネ。

 

最近のカレールーは10皿分=1400ccと量が手温いので(核家族化が今やデフォルトだし)、3000〜4000ccまで増量する方法を編み出しました。‥‥いや、そんな大したことではなくて、ダシを足して、甘みと塩分を足して、カレー粉(SBの缶の粉末)をちょっと足して、足りないトロミは小麦粉で補強するだけなんですが‥‥。

 

 

 

圧力鍋があるので、ガス代もかからず、12分ほど圧力調理すれば固いニンジンも肉もトロトロホロホロに柔らかく仕上がるカレーが出来上がります。最近はネットスーパーでは鶏肉の売り切れが多く(特にムネ肉が売り切れで買えたことがない!)、手羽元だけはなぜか買えるので、まさに圧力鍋の独壇場です。骨付き肉も容易に軟骨までホロリと分離するほどに短時間で柔らかく調理できます。

 

ルーを加える前に煮込み工程を済ませておけば、鍋底に焦げ付く心配もなしです。骨付きの手羽元は加圧が終わって自然に冷めたあたりで取り出せば、箸で簡単に骨が外れるので、肉だけを鍋に戻します。骨が混ざっていると、カレーは食べにくいですもんネ。

 

規定量を遥かにオーバーした水の量で作る場合は、水溶き小麦粉でとろみを追加して補います。小麦粉は薄力粉を用いて、フルイ(というか、何らかのザルやアミ)にかけてから水に溶くと、ダマになりにくいです。小麦粉でとろみはつくものの、まだジャバジャバなので、鍋底には焦げつきません。煮立たせて4〜5分も煮れば小麦粉の加熱は十分です。

 

次のカレールーを加える工程で、ちょうど好みのトロミになるように先読みで調整するのがポイントです。

 

煮込みを終わらせて、最後にルーを加えてひと煮たちした後は、それ以上の加熱は不要です。火を止めて圧力鍋の蓋を閉めて(=ただ蓋をするだけで加圧はしません)1時間も寝かせれば、数時間煮込んだようなカレーになります。圧力鍋の密閉性ゆえの保温力を利用するわけですネ。

 

とにかく買い物に出れないので、通販で済んで作り置きできる方法を考えてます。カレーはいっぱい作ったら、冷めて固くなったあたりでジップロックに小分けして冷凍すれば、腐らせる心配もないです。

 

 

 

とは言え、ネット通販も今はなかなか頼りになりません。品切れが多過ぎ。

 

ゼラチンがネットで売り切れなのは驚きました。皆、在宅でお菓子やパンを作るようになって、ゼラチンだけでなく、小麦粉もネットだと手に入りにくいです。

 

でも、寒天は手に入れやすいです。‥‥なので、200g買いました。大人買い。

 

寒天クックだと、4gのスティックが4つ=16gのパッケージで200円以上しますが、まとめ買いですと200gで1300円です。

 

ちなみに、今、アマゾンは、色んなものが転売や便乗で信じがたいほど値上げされている商品が「罠」を仕掛けて待ち構えているので、値段を調べてから買ったほうが良いです。

 

 

 

4gで500〜1000cc(具入りの場合)の寒天ゼリーが作れるので、1000ccの具入り寒天ゼリーならば、200gの寒天粉末で50リットルぶん(!)の寒天ゼリーが作れます。

 

寒天ゼリーの歯応えは、加える水分で調整できます。あんみつに入っているような固めの寒天ゼリーは、4gを500ccの水で調理するとできます。逆に、具を加えて(みかんの缶詰とか)総量1000ccくらいでまとめると、柔らかめに仕上がります。

 

あらかじめ深夜のコンビニに行って(深夜じゃなくてもいいけど)適当な100%ジュースと安いフルーツ缶を買っておき、200ccの水と4gの寒天粉末を2分煮立てて、砂糖はお好みで大さじ3〜4前後(お菓子って結構砂糖入れるんだよね)、缶詰もおこのみで1/2から全量、シロップごと煮立てた寒天溶液に加え、最終的に1リットルくらいになるように100%ジュースを加えます。固まらないうちに(寒天は常温で固まり始めます)、デカいタッパーに入れて冷まします。

 

すると、たっぷり1リットル容積の寒天ゼリーが出来上がります。

 

寒天はとにかく調理が簡単で失敗知らずなのが良いです。

 

「寒天の具になるのでは‥‥」とアドリブで買ったジュースや缶詰を使って、色々な寒天ゼリーが作れます。ヨーグルトと和えて食べても、見た目も綺麗で美味しいですヨ。(ここで紹介できるように写真を撮っておけば良かったけど、そんな気もまわらず食ってしまいました。)

 

今度はカフェオレ寒天を作ってみようかと考え中です。ミルク成分なしのコーヒー寒天だと、食す際にスジャータ的な褐色の恋人が必要になるので、あらかじめ牛乳を混ぜた甘いコーヒー液を作っておいて、寒天溶液と合体させれば単品だけでいただける寒天コーヒーゼリーになるのでは‥‥と考えてます。

 

私はお菓子の類いはホットケーキくらいしか作ってこなかったので、寒天ゼリーだけでも楽みながら気分転換になります。

 

 

 

ホットケーキミックスは小学生の頃から馴染んでました。鯛焼き器(鯛の型の焼き器)があったので、餡があまり好きではなかった私は、鯛焼きの形をしたホットケーキを焼いてました。両親が共働きだったんで、小学3年生くらいの時には、ホットケーキくらいの簡単なおやつなら自分で焼いてたんですよネ。

 

で、コロナウィルスの影響によって、ホットケーキミックスも、これまた品切れ続出です。

 

なので、薄力粉とベーキングパウダーと砂糖・塩少々でミックスを作り、卵・バニラエッセンスを加えて牛乳で溶いて、自家製ホットケーキを作ってたりします。20年前が懐かしいIHOPを思いだして、薄めのパンケーキです。今度は固めに練ってドーナツも作ってみようかと。

 

 

 

外食も良いけど、料理も楽し。

 

 

 


6014

昨日のコロナウィルスの死者数は、6014人。減少傾向の4文字が虚しく響く、死者数の一進一退です。死者数は一時よりは勢いは収まっていますが、決して減速して停止に向かっているとは言えず、欧米の死者数の勢いは定速状態にあり、とうとう26万人を超えてしまいました。

 

 

 

前にも書きましたが、なぜ、アジア(とアフリカなども)は死者数が増えないのでしょう。感染も含め。

 

日本が欧米より厳格にロックダウンを実施したなんてことはないわけで、むしろ緩いくらいです。

 

上図の世界地図の赤丸は、不自然なほど、欧米に集中しています。これを見ると、医療技術レベルの高度な先進国であるか否かは関係ないように見えます。

 

このナゾが解けるのは、もう少し先の未来‥‥なんでしょうが、気になります。

 

 


5160

昨日1日のコロナウィルスによる死者数は5160人。やはり、何度かあったように、減ったと思ったらまた増えるの繰り返しです。

 

イギリスの総死者数が、イタリアを抜いて米国についで2番目になり、1番死者数の多い米国は本日の時点で7万人の死者となり、ベトナム戦争における戦死者を上回った‥‥との記事も見かけました。

 

 

 

第二次世界大戦における世界の死者数は、戦闘員・非戦闘員合わせて8千万人、14世紀のペストは全世界で8千万人、ヨーロッパだけで3千万人と伝えられます。

 

死者数の悲惨さで言えば、今回のコロナウィルスは歴史上の大量死には及びません。しかし、情報がいち早く伝播し、防御策を実践した結果、米国だけでも3千万人規模の失業者を数える結果(失業保険申請数)となっています。

 

確実に、1日で耳にする救急車のサイレンは増えました。どんな救急患者のためにサイレンがなっているかはわかりませんが、1日に4〜5回、しかも毎日‥‥となると、気のせいとは思えません。作業場も自宅もそれなりに人口の多い街なので、特に増えているのかも知れません。

 

コロナ鬱‥‥という言葉も目や耳にします。

 

 

 

終息=完全制圧するには2〜3年。その間、緊急事態宣言を解除せずにいたら、どんなことになるかは、4月の1ヶ月の経験だけでも、極めて悲惨な状況となるのは誰でも予測できます。

 

ゆえに、今後は終息ではなく収束=沈静化の傾向が表れて持続するようなら制限解除、感染再拡大したら制限実施‥‥の繰り返しを続け、ワクチンと治療法の確立までの時間を稼ぐ、セーフブート社会がしばらく続きそうな予感です。

 

しかし、その度に、営業店舗は大打撃を受け、職を失う人も増え‥‥を繰り返して、明らかに社会経済は構造疲労を抱え込むことになりましょう。

 

日本が先の大戦で完全に敗北した時、今までの統制国家・統制社会が足元から消滅し、人々が大きなよりどころ・立ち位置を失ったのと、近い状況がこれから2年くらい続く‥‥のだとすれば、まさにコロナウィルスの状況は「コロナ戦争」とも言えます。

 

 

 

戦後の復興において、めきめきと頭角を表し、今や大企業となった会社はいくつもあります。‥‥とすれば、「コロナ戦争」後にも同じことがおきるでしょう。

 

個人としては、何をすべきか。何に注目し、何を準備し、何を実践しておくべきか。

 

特にアニメ業界はフリーランスで支えられた業界ですので、そのフリーランス当人がコロナ戦争後の復興を転機として、何をどう行動するかによって、アニメ業界の未来も大きく変わりましょう。アニメ業界の根本的な問題を「さらに深刻化するか」「ゼロから考え直す機運とするか」の分かれ目です。

 

少なくとも、私なら、昔のように「1つの場所に机を並べて、紙と鉛筆を使って、どんぶり勘定の一律単価」みたいなことは考えません。せっかくテレワークに慣れ、機材も増強して扱えるようになったのなら、「紙と鉛筆」派とは一線を画したシステムを考えずにはいられません。

 

社会の大きな混乱の中で、人の価値が問われている‥‥と思います。それは悪くマズい方にも、良くウマい方にも、です。

 

例えば、レース柄の細かい模様を2〜3時間かけて清書して、1枚の単価で300円。‥‥なんてことを平気でやってきたアニメ業界を、これからも続けるのか、続けずに新しく仕切り直すのか。

 

精神論と戦陣訓が大好きなアニメ業界を、さて、コロナウィルスはどう揺さぶるのか。

 

もし、今回の「コロナ戦争」をもってしても、昔のカタチにアニメ業界が戻るのなら‥‥、変わりゆく社会の中で、アニメ業界は20年規模で同じことを続けつつ衰退していくでしょうネ。

 

「コロナ戦争」で負の記憶が深く刻み込まれた人たちが、「戦前」と同じことをするか。‥‥考えるまでもないです。

 

 


3796

昨日GMT19時の集計によると、一日の死者数は3796人。ギリギリで25万人に達しませんでしたが、このブログ記事を書いている今の時点〜本日のGMT2時では25万人を突破したようです。

 

 

 

2日連続で3千台で収まっている状況は、一時期の7〜8千台にくらべれば、鎮静化に向かっているようには思えますが、下り坂にように見えてドンと再び増えたことが2回ほどありましたので、早合点せずに、この三千以下(四千未満)の状態が5日くらい続けば、減少したと考えても良いかな…と思います。

 

 

 

終息する。

 

収束する。

 

コロナウィルスが「しゅうそく」するまで‥‥は、どちらの漢字を、喋った本人はイメージしているのでしょうか。

 

終息と収束は、2003年のNHKの記事によると、

 

前略〜

新型肺炎の「完全制圧」の場合には「終息」、(完全制圧ではないにしても)新型肺炎に関する(社会的)状況などがかなり落ち着いてきた場合には「収束」

〜後略

 

‥‥とのことです。

 

つまり、終息は完全制圧、収束は鎮静化をそれぞれ意味するので、かなり内容に差が出ます。

 

コロナウィルスの場合、その感染力の強さが恐れられているわけで、鎮静化しても再燃することは容易に想像できます。感染者数と死者数が減れば安心‥‥ではないはず。

 

かと言って、終息はおろか、収束とも言えない現在の状況ですら、世界経済は相当ダメージを受けています。「コロナ大恐慌」を起こしかねない状況です。

 

収束ではなく、終息するには、2〜3年はかかると言われます。自動販売機で買うように、ワクチンがほいほいと手に入るわけではないです。開発され試験され世界規模で供給されるには、超最短で1年半と言われています。

 

マシンが不調な際に、必要な機能だけシステム起動するセーフブート。‥‥つまり終息に至らない収束状態で経済を再起動しても、セーフブート程度のポテンシャルしか発揮できないでしょう。

 

 

 

終息するには3年。年単位の長期で水が干上がれば、経済というプランターの中で育っていた食用の野菜だけでなく、観賞用の草花も枯れ果てます。

 

しかし、収束状態で活動すると感染再燃のリスクはつきまといます。

 

 

 

私がこう書いてて我ながら大きな楽観的思考を感じるのは、「2〜3年でワクチンが開発され終息する見込み」で文を組み立てていることです。

 

もしそうならなかったら‥‥。

 

まさに第三次世界大戦のようなダメージを世界経済は被るでしょう。

 

布マスクを調達するのは個人でも可能です。何なら、自分で手縫いやミシンで自作も可能です。

 

しかし、ワクチンを作るは個人じゃ無理です。‥‥当然ですけど。

 

民衆が政府に期待するのは、個人ではできないレベルの取り組みを実践することだと、私は思っています。それは決して、各家庭に2枚のマスクを供給することではないです。

 

政府は今どれだけ、ワクチン開発など根本的な終息を実現する「科学的」な取り組みに対して支援しているのか、気になります。

 

 

 


雑感

その昔、フィルムでアニメ作品を完成させていた時代、OVA=オリジナルビデオアニメーションの作品は、「ただ」で見れるテレビ作品と違って、視聴者が対価を払って視聴するゆえに、16ミリフィルムではなく、35ミリフィルムで作られていました。

 

しかし、OVAにも低コスト化の波が押し寄せ、16ミリで撮影する作品も出てきました。

 

調布の「第何試写室」かは記憶が飛んでいますが、16ミリフィルムのOVA初号試写を観た際は、明らかに画質が35ミリとは異なっていました。試写室も小ぶりな部屋でした。

 

でも、16ミリの画質を、決して「よくない」とは思いませんでした。

 

作品の作風も合っていたのかも知れません。画質も色調も、悪く言えば「しまりがユルい」16ミリの画質ではありましたが、言い換えれば、素朴で朗らかな雰囲気を持っていました。30年近く前のことですが、今でも絵のルックのことは覚えています。

 

 

 

私は70年代のアニメに愛着があるので、作品だけでなく、その時代の画質も含めて愛好しています。

 

一方で、4KHDRで映像を作ることもあり、本業は高画質化の方向に向いていますが、そもそも毎日首から一眼レフフィルムカメラをぶら下げていたほどフィルム好きでしたので、「デジタル高画質」優等思想を持っているわけではないです。

 

ケースバイケースです。

 

表現は技術の風上に常にあります。表現を実現するために技術があるのです。

 

作風は自由に選択できます。それは4KHDRの時代にあっても、です。

 

本当に本気でやるなら、作品によっては、70年代の16ミリ時代の画質を再現するのも良いと思っています。色調を当時のフィルムの銘柄を分析し、グレインにもとことんこだわって、パーフォレーションのガタも加え、編集点も歪ませてネ。

 

新しい技術を得るからこそ、古きものを見つめ直して、良きものとして、技術評価ができます。

 

 

 

でも、古い時代に「固執」する人って、頑固ですよね。柔軟性が無いです。

 

「アニメに高画質は必要ない」と言い切っちゃうんだもん。

 

ならば、今でもD1サイズで作ってればいいじゃん。無理して1.5Kで作らずに、D1からアップコンしてればいいんじゃ無いの?

 

自分自身の過去のノスタルジーだけに浸りたいのなら、自分の参加した作品のVHSソフトをVHSデッキに入れて、赤白黄のコードでブラウン管テレビに繋いで鑑賞して、余生を送ってれば良いのです。

 

なぜ、新しい技術をろくに理解しようとせずに、安易に、自分の「敵認定」するのか。

 

新しい技術をベースにして、温故知新も可能だと言うのに。

 

 

 

今回のコロナウィルスの一件で、アニメ制作技術においても、柔軟性や対応力が相当試されているように思います。

 

何が試されているか‥‥とは、上述した通りです。

 

自分は結局、道具を使っていたか、道具に使われていたか、浮き彫りになりましょう。

 

ツールやフォーマットが変わったからって、映像表現の資質まで変える必要はないです。むしろ、今まで以上に研ぎ澄ませてブーストするくらいで良いです。

 

それもまあ、人それぞれか。

 

去る人がいて、来る人もいる。

 

コロナウィルスの不安が払拭され、人々が再び活発的に行動する2〜3年後は、その2〜3年間で得たことを前提にして、新しいスタイルを作っていくでしょう。

 

 


Rec.709止まりから抜けよう

昔のアニメ作品〜フィルム時代の作品のリマスターの話題で、よく見かけるのは「本来はこんな色ではなかった」‥‥という論調です。

 

本来の色‥‥ってなんだろうと、思うのです。

 

まず、基本的な知識として、テレビやパソコンのモニタで見ている色は、フィルムの色域より狭いRec.709・sRGBです。特に緑やシアンはフィルム本来の彩度を大きく損なっています。

 

フィルムのオリジナル状態よりも狭い色域をもって、本来の色‥‥とすべきか否か。

 

多くの人はRec.709の狭く切り取られた色域の映像を「オリジナル」と思い込んでいますが、果たしてそれで良いのか。

 

まあ、テレビアニメなら16ミリフィルムでテレビ放送オンリーだったことを考えれば、Rec.709をマスターにすれば良いかな‥‥とは思います。16ミリフィルム特有のレンジの狭い色域と粗めのグレイン、フィルム面積の物理的小ささによる低い解像感は、そもそもテレビの狭い色域で放送することが最終形でしたし、BDやネット配信を見越して作っていたわけではありません。最新のHDRフィルムスキャンでリマスターしても、フィルムのポテンシャルを引き出す事自体が的を外している結果にもなりかねません。

 

一方、フィルム時代の劇場アニメ作品の場合は、DCI-P3やBT.2100(Rec.2020)の色域の広さに合わせて、Rec.709のテレビでは不可能だった、フィルム上映のポテンシャルを盛り込んでも良いと思います。

 

 

 

アニメ制作現場は、色彩に関する知識がRec.709で固着して停滞しているのを感じます。

 

でもそれは、仕方がないと言えば、仕方ないのです。毎日見ているモニタがRec.709・sRGB仕様であれば、知識と経験を広げようもないですし、今でも制作現場では多くの作品がRec.709・sRGBを基準として制作されています。

 

正直、私も、HDRの色域で最初から作品制作をするまでは、Rec.709でしか想像できませんでした。

 

HDRの1000nitsターゲットの仕事をして、痛感したのは、アニメの絵は「クリップありきで考えられている」ことです。

 

クリップとは、レベルオーバーしてポスタライズされることで、実は原画を描くときから「クリップ」した絵を想像してたりします。透過光の表現は、その最たるものです。透過光マスクを輪郭で描くこと自体がクリップの結果値です。

 

アニメの表現の多くが、レンジの狭い100nitsありきで成り立っていることを、1000nitsターゲットのカラーグレーディングで思い知りました。500nits、1000nits、2000nits時代にどのようにアニメの絵を作っていくか、正直、頭を抱え込んでしまいました。

 

窓外が透過光で白く光っている‥‥というアニメの表現は、その白い透過光を1000nitsにすべきか否か。

 

ホワイトアウト〜画面が白くフェードアウトするトランジションで、その白を10000nitsにするか否か。

 

「アニメ映像表現の定番」として定着していた手法は、100nitsのリミッターが効いていたからこそ、アクセル全開にできたのです。1000nitsでアクセル全開しようものなら、暴走も甚だしいです。

 

 

 

アニメはキャラの影付け自体がポスタライゼーションですし、透過光の素材を原動仕でベタ塗りで作ること自体がクリップありきの表現です。

 

後付けではなく、最初からHDRの仕事をすると、絵作りの思想自体が、テレビの都合=Rec.709に閉じ込められていたことを、ハッキリと認識できるようになります。色彩設計自体がデフォルトでRec.709の呪縛に囚われていたことがわかります。

 

*Rec.709はこんなにも狭い色域です。G=緑の狭さにつられて、シアン(水色)までかなり削られています。例えば、「黒字に緑色のコマンドラインが走る」‥‥という映像は、相当ショボい彩度に削られます。しかし、その色域のショボさを、毎日sRGBのモニタばかり見ていると自覚しにくいのです。

*おそらく、帯域の制限の中で、人の肌を違和感なく放映できるように配慮されていた‥‥んじゃないですかね。

 

 

 

フィルム時代の作品の場合、どういう状態を「オリジナルの状態」と呼べば良いのか‥‥は、Rec.709の観点だけでなく、DCI-P3やBT.2020も視野に入れて、考慮すべきでしょう。Rec.709準拠のテレビの知識しか持たないのなら、旧時代の偏った見識に依存することになります。

 

オリジナルの状態‥‥と言うけれど、テレビで見ていたのは、必ずしもオリジナルの状態を再生していたわけではないので、

 

フィルムに記録された状態をオリジナルとするか

 

当時のテレビ放送時の状態・状況をオリジナルとするか

 

‥‥くらいの、スタート地点の定義をした上で語り始めないと「水掛け論」になりやすいです。

 

テレビ放送オンリーのフィルム作品か、劇場公開のフィルム作品か‥‥によって、定義も変わってくると思います。

 

 

Rec.709だけが色域の基準だった旧時代の知識だけでなく、新時代の知識も獲得して、2020年、2030年、2040年‥‥と歩み続ける映像産業を見据えたいものです。

 

ブラウン管テレビでVHSソフトや録画を再生して映像を見ていた時代を、いつまでも自分の中の基準にしてはいけない‥‥と思います。

 

Rec.709止まりから抜ける意識を、そろそろ準備して良い頃です。

 

今は、90年代でも、10年代でもなく、20年代なのですから。

 

 


3894

昨日、5月3日の標準時19時の1日における、コロナウィルスによる死者数は、3894人でした。久々に「3千」という数字を見て、ほっとする一方で、いつものようにまた増えたり減ったりを繰り返すようにも思えます。

 

 

月曜(5月4日)の1日の死者数を加算すれば、とうとう総死亡者数25万人に達する見込みです。私は25万人くらいが最終と思っていましたが、30万人を超えるのは必至のように思います。

 

コロナウィルスの勢いを食い止めてはいるものの、減らしてはいない‥‥という見方が、数字から浮き彫りになっています。

 

おそらく、行動制限をしなければ、どんどん増えていたことでしょう。死者数増加の勢いが現在横這いに推移しているのは、人々の忍耐の成果だと感じます。

 

もし今が中世レベルの情報ネットワークだったら、何百万人規模の死者を数えていたであろうことは、想像に難くありません。

 

 

 

情報ネットワーク。

 

もし、信長の死が、瞬時に日本各地に伝わっていたら、秀吉の中国大返しは成功しなかったでしょうネ。

 

今やGoogleマップで、軍事基地に駐機している戦闘機の機影まで確認できます。北朝鮮は相変わらずIL-28やMIG-19系の機影が見えますし、カムチャツカにはMIG-31の機影も確認できます。アラスカを超えて米軍の爆撃機がやってくる‥‥と考えられていた時代の残照を思わせます。

 

伝染病の類いでは、情報ネットワークは強みになります。(往々にして‥‥。誤情報ツイートで混乱することもありましょうが)

 

有線も無線もネットワークがない時代に、1000km離れた場所の状況をいち早く知ることはできなかったでしょうが、今は可能です。欧米から見れば「極東」の地に住む私が、欧米の毎日の死者数を知ることができるのは、近年のインターネットありきです。

 

ただ、人間を運ぶネットワークも格段に進化しているので(ジェット旅客機とか)、世界規模のパンデミックになるのでしょうけど。

 

私はもう50年は生きられないでしょうから、2100年代の社会を知ることはできません。22世紀の歴史の教科書に、21世紀はどのように語られるのでしょうネ。

 

コロナウィルスで揺り動かされた社会は、この先、どんな方向に歩み進めるのか。‥‥結果としての擬人化ではありますが、「コロナウィルスは何をしようとしているのか」を、しかと見届けていきたいと思います。

 

 

 

 



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