アマゾン、ダッシュボタン。その後。

アマゾンのダッシュボタンは、一見、便利なように見えますが、実際に使ってみると、とても使いにくいことがわかりました。

 

何よりも、一番使いにくいのは、ダッシュボタンそのものではなく、アマゾンでの「価格の大変動」です。

 

アマゾンは、呉のシリコンスプレー1缶(ノーマル缶)が800円の値段で販売されることもあり(出品価格ではなく、プライム価格で‥‥です。普通は300円未満です。)、価格に関しては全く信用ならないのです。

 

私はマルちゃんの「正麺」のボタンなど、色々買ってみましたが、例えば「正麺」は5食入りの6パックで2500円で売られていたり、初回に買った時は1200円台だったポカリスエットが今は1600円台で400円も値上がりしてたりとか、価格の変動を知らずにボタンを押そうものなら、高い価格のまま購入するハメになります。

 

マルちゃんの正麺を1パック400円以上で買うのは、なかなか厳しい。‥‥そんな値段なら、何かのついでにセイムスとかのドラッグストアに寄って買います。通常、298円と税ですからネ。

 

まとめ買いすればするほど、高騰の価格差が積算され、ダメージが強くなります。

 

マルちゃんの正麺6パックを、配送してもらう付加価値だけで700円高く買うくらいなら、その700円で消耗備品を補充したほうがマシです。例えば、シリコンスプレーをデイツーで3缶とかネ。

 

 

ぶっちゃけ、アマゾンのダッシュボタンは危なくて、価格を確認してからでないとボタンが押せません。

 

あれ? そんな手間をかけて、何が「ダッシュ」なのだろうか?

 

米国の事情は知りませんが、日本でのアマゾンダッシュボタンは、そうした理由で「ダッシュ」でも何でもないので、ほとんど使い物になりません。‥‥う〜ん、2000円以上組み合わせ商品が、単品でも即日で届けてもらえるくらい‥‥かな‥‥。

 

ダッシュボタンを手にとって、iPhoneやiPadやiMacのSafariでアマゾンのWebを表示し、商品の値段を確認してからボタンを押して、白色のランプが緑になるのを待つ‥‥って、ちょっと変な段取りですよネ。ダッシュボタンが想定する姿ではないでしょう。

 

 

食品売り場なんてたまにしか行かないような、会社から帰ったら寝るだけの昔ながらの独身サラリーマンが、宅配ボックスに届けてもらえる便利さだけで、価格が1.5倍になろうが知らないまま買う(=普通の値段を知らないから判断できない)ようなシチュエーション‥‥でもない限り、アマゾンダッシュボタンの出番はないかなぁ‥‥‥。

 

食品を通販で買うのなら、アマゾンパントリーとか西友ドットコムとかの方が、価格は安全ですネ。

 

話はそれますが、私は西友の「みなさまのお墨つき」ブランドのファンでして、「みなさまのお墨つき」はハズレがないので(少なくとも私の経験では)オススメです。西友(24時間営業の店舗が多く、映像制作者の心強い味方です)に行くと、優先して「みなさまのお墨つき」を買ってたりします。

 

ちなみにそんなこんなで、私は昔からスーパーマーケット的なものが好きで、今でもついつい鶏胸肉やモモ肉の単価をチェックしてしまうような癖があります。まあ、ビンボー過ぎた20代の昔から、頻繁に自炊してたからなあ‥‥。

 

アマゾンで200円の価格差が出たら、余裕で牛乳1リットル分ですもんネ。牛乳1リットルあれば、色んなことに使えるもんねぇ‥‥。もしくは、その価格差をぶっこんで、いつもは買わない低温殺菌牛乳が買えるじゃんか‥‥。

 

アマゾンは便利でこれからも使い続けますが、いまのところ、ダッシュボタンに関しては微妙な感じです。「価格保障オプション」みたいのがあって、ユーザが許容できる価格差をオーバーした際は注文を受け付けずにプッシュ通知なりメールなりで、スマホかパソコンにお知らせ‥‥的な機能があると、多少は便利になるんですけどネ。

 

 


大変比べ

アニメーション制作は「大変」のひとことに尽きます。何しろ、普通だったら止まったまま動かない絵を、何分、何十分と動かすのですから。

 

それを「こんなに簡単に動かせます」なんていうのは単なる宣伝文句・客寄せであって(ソフトウェアやコンピュータの売り文句にありがちです)、ちゃんとひとつの作品としてアニメーションの映像を成立させようとするのならば、様々な技術を体系立てた「アニメーション技術体系」が必要になります。ソフトウェアを1つ、パソコンを1台、筆記具を1セット揃えて、済む話ではありません。

 

レタスや緑野菜をちぎって皿に盛り、ドレッシングをかければ、「グリーンサラダ」が「はい、出来上がり」かも知れませんが、「料理」はグリーンサラダだけ作ってれば良いわけではない‥‥のと同じです。夥しい料理の技術、そして品目が存在します。

 

同じように、アニメも「簡単にできること」だけを寄せ集めて、「簡単にできます」なんて言っても、単なる気休めです。自分の作りたい映像を追い求めれば追い求めるほど、底なしの沼が待ち構えています。

 

 

昔から今に続くアニメの技術、すなわち、絵を1枚ずつ描いて動かす技術は、言うまでもなく、果てしなく大変です。ただその果てしなく大変なことを、何十年にも及ぶ技術の蓄積によって技術体系と運用スタイルを確立したがゆえに、円滑に作業をフローできるようになっただけです。冷静に、突き放して、客観視すれば、絵を何千何万と描いて塗る‥‥なんて、大変この上ない‥‥です。

 

私が今後の主力と定めている、新しいアニメの技術は、人手を少なく抑えられて、以前だったら5〜6人がかりでおこなっていた作業を1人でこなせたりもしますが、決して「楽になったわけではない」のです。むしろ、広範な技術と知識が求められるようになっています。作業者ひとりひとりにのしかかる重圧は、より一層、重さを増しています。

 

私は3DCGの専門外ですが、3DCGの絡む作品を幾度となく作業してきて、3DCGの映像制作もやはり大変至極だと実感します。作画の絵は、いきなりその場で絵を描いて動かすことも可能(おまかせのモブとかネ)ですが、3DCGはモブ1人と言えど、何らかの3Dモデルを用意した後でないと、動いた映像にはできません。‥‥それだけでも、大変ですよね。

 

結局、映像制作においては「楽なことなんて無い」のです。みんな大変。

 

その大変さのジャンル・カテゴリの性質が異なるだけです。

 

 

では、なぜ私が、数ある技術の中から、あえて新しいアニメーション技術を選んだのか‥‥というと、ものすごく大雑把に言うと、「未来のビジネス」になるからです。

 

「ビジネス」という言葉は何だか「金儲け主義」のように受け取られることもあるでしょうが、ホントにぶっちゃけ、お金にならなければ作品を作り続けることはできません。私は副業でアニメを作りたいのではなく、本業としてアニメを作りたいので、「霞を喰って生きていくわけにはいかない」のです。

 

アニメの作りかたを、作品作りとしても、ビジネスとしても、新しい技術によってゼロから築き直していきたいのです。

 

「日本のアニメは2兆円産業だの言われているじゃん。今のアニメ業界で喰っていけばいいじゃん」とか思う人もおりましょうが、その「2兆円産業」とやらの現場の内状はどんなことになっているのか、「2兆円産業」「クールジャパン」とか耳にするたびに呆れて、怒りを通り越して笑ってしまいます。あまりにも、業界の内状とかけ離れているんで‥‥ネ。

 

とはいえ、今のアニメの現場自体にも弱みはあります。絵コンテ、原画、動画、彩色、美術、撮影‥‥という段取りから離れられないがゆえに、応用も展開も回避行動も効きません。原画マンは「原画」という工程から外れると、他の方法ではアニメを全く作れなくなります。「原画工程専門の人」であって、「アニメを作る人ではない」のです。

 

ゆえに、今のアニメ業界の状況に大きな不満を抱きながらも、アニメ業界の制作構造は批判できない「弱み」に支配されています。アニメ業界の標準的な制作フローが壊れると、直接的に自分たちの日常に影響するので、「制作構造そのもの」には無批判を突き通すしかないのです。結果、「単価を上げろ」「制作費を上げろ」という話がメインとなり、「自分たちのアニメの作り方そのもの」に関して「限界がある」との思考には至りません。

 

ビジネスとして成立する‥‥ということは、制作者側の視点で言えば、制作に関わる人間が仕事によって報酬を得て自立して生活し、作品制作を維持し続けられるということでもあります。人々がどんな技術を持っていようが、生活が破綻して、作品を作り続けられなければ、プロダクトは完結しません。プロダクトが完結=完成品が存在しなければ、ビジネスには全く結びつかないのです。

 

「いや、だからさ。今のアニメ業界は、完成品を山ほど、世に送り出してるじゃん?」‥‥というのは、外面の話です。内面はどうなっているのか、私は業界のインサイダーなので痛いほどわかっております。今のアニメ制作現場って、作業内容面でもお金の面でも、大変過ぎて手のつけようがないです。長年溜まったホコリやサビを取り除いただけでは、どうにもなりません。現代のオーダーに対して、60〜70年代起源の制作技術メカニズムが対応していないのです。そして、未来のオーダー=より一層高品質な新しい映像技術に対しては、全くと言ってよいほど、対応が不可能です。

 

現在、完成品を作れている事実が、今後いつまで「アニメ業界のビジネス」として成り立つかは、深刻に厳しい‥‥と言わざる得ません。

 

私の感慨では、業界の「大変さ」の「バブル」はいつかはじける時が来ると思っています。もしそうならなくても、壁から落ちたハンプティダンプティのごとく‥‥になるのではないかと予測しています。ここ10年でアニメ業界のエントロピーはかなり高まっている‥‥と言わざる得ないですもんネ。

 

ゆえに、新しい技術の新しいアニメ制作では、「時代の技術革新を最大限活用」して、「ちゃんと稼げる職業」へと変えていきたいのです。それは「道徳」とか「ボランティア」では全くなく、ビジネスとして生き残るための、とてもプラグマティックな考えに根ざすものです。

 

‥‥と言っても、新しい技術は、旧来アニメ業界とは全く異質な「大変さ」があります。新しい技術は、旧来技術の避難場所や逃げ道ではなく、むしろ、旧来の思考のままでは全く立ち入ることのできない、演出から編集に至るまで新しいことだらけの、甘えの許されない開拓地です。例えば、新技術フィールドのアニメーターは、絵を描く能力だけでなく、After Effectsなどのコンピュータ関連技術も自分の指先のように扱える能力が必要です。色彩設計やビジュアルエフェクトの人間はカラースクリプトなどのコンセプトも発案できなければなりません。今までの工程・セクション分類は全く「反古」になり、新たな「可変型ワークフロー」に順ずることになります。

 

絵を描くこと(=映像を思い描くこと)と、コンピュータを扱うことが、全くのボーダーレス・シームレスでなければ、新技術を扱うことは難しいのです。紙の作画に軸足を残したまま、コンピュータをつまみ食いしよう‥‥なんて甘い考えは通用しませんし、「ヤバくなったら逃げれば良い」なんていうスタッフは最初から枠組みには入れません。紙の作画に自分の運命を賭けたのと同じパッションで、コンピュータに人生を賭けるような人間でないと、とてもついていけない大変な内容です。絵を頭の中で思い描くのと同時に、キーフレームまで思い浮かぶような人が、4K8K60p120pの新時代のアニメーション制作技術を自在に操れるのです。

 

なので、人材の発掘、人材の育成も含めて、新しいアニメーション技術は大変である‥‥と覚悟しています。そして、その技術に見合った「然るべき報酬」の体系も不可欠です。高い技術を求めておきながら、ギャラはしょぼい‥‥じゃ、お話にならんですもんネ。

 

 

映像作品を作る‥‥なんて、どんなカテゴリを選択しても大変です。

 

その「大変さ」の軸足をどこにおき、その「大変さ」をもって何処に進もうとするのか‥‥が、自分らの未来の運命を大きく左右する‥‥と思っています。

 

 


シリコンスプレー

日頃、度々お世話になっているのが「シリコンスプレー」です。身の回りの様々な可動箇所のメンテに用いています。

 

似た用途で「5-56」とかを使うこともありますが、5-56はプラ部品にダメージを与えて材質を脆くするので、一般家庭の日常では5-56よりもシリコンスプレーの方が活躍の場が多いと思います。ドアが軋む、引き戸が重い、回転が渋い‥‥など、何らかのパーツ同士が接触して動作する部分に、手軽に使うことができます。

 

 

 

アマゾンは、たまに異様に高価なことがありますが、標準的な価格は200円台後半=300円未満です。手頃な価格で入手しやすいので、至るところで活躍します。

 

机の引き出しの出し入れが渋い場合は、レール部分にシュッと吹けば軽い滑り心地になります。材質は鉄だろうが木だろうがプラだろうが、様々な材質に使えるので、日常生活で用いる道具や設備の可動部分に「大体、何でも」使えます。

 

*呉工業の宣伝より抜粋

 

滑りの渋い襖の敷居とかにシリコンスプレーを吹こうものなら、ストーーーン!と滑りすぎて、逆に危ないくらいです。あと、絨毯に誤って付着した場合は、靴下を履いてその上を歩くと異様に滑りやすくなります。‥‥まあ、そのくらい、滑るようになる‥‥ということです。

 

回転軸などはグリースを使うのが一般的ですが、シリコン系のスプレーにも「シリコングリースメイト」が販売されており、状況に応じて使い分けます。いわゆる「シリコンスプレー」はサラサラしているので流れやすく、ねっとりと潤滑し続ける目的にはあまり向きません。長期間付着し潤滑し続ける目的には、グリースメイトのほうが適しています。

 

 

 

最近、回転しなくなったサーキュレーターの回転軸部分に吹いたら、無事、回転するようになりました。‥‥まあ、回転が止まるまで放置せずに、「いかにも回転し辛そうな音」を出し始めたら、メンテすべきですネ。

 

グリスアップして機械の性能を正常に戻せば、「故障」と誤判断して捨てずに済みます。モーターは回転しようと頑張っているのに、潤滑切れで負荷がかかり回らなくなっているだけなので、グリースメイトで負荷を取り除いて潤滑状態を正常に戻せば、いつも通りの機能を発揮してくれるようになります。

 

潤滑力が低下しただけで廃棄したりメーカー修理に出していたら、お金なんていくらあっても足りませんよネ。長年使って軋んで渋くなった机やタンスの引き出し、不自然に動きにくいノブやレバー類の根元にシュッと吹けば、往年の滑らかさと軽さが復活します。

 

最近、自宅の30年使い続けた机の、引き出しのレールを、金属パテの補修とタッピングビスの補強、そしてシリコンスプレーをひと吹きしたところ、しばらく忘れていた滑らかさとしっかり感(修理するまでガタガタしていた)が蘇りました。愛着のある道具はやっぱり「治して使い続けたい」ですよネ。‥‥まあ、コンピュータ本体は映像制作的に「長年使用」とはいきませんし、高度な集積回路のメンテなんて実質不可能ですから、だからこそ、メンテすれば使い続けられる、木製や金属製の「アコースティック」「エレクトリック(=エレクトロニックではなく)」な道具は、傷んだところは治して、自分が死ぬまで使い続けたいと思います。

 

 

5-56、シリコンスプレー、何らかのグリース系スプレー(木やプラにも使えるのが家庭や作業場では便利です)、接点復活スプレーの4種を揃えておけば、大抵のメンテは乗り切れます。

 

正真正銘、故障で昇天するメカもありますが(最近、スゴい故障に遭遇しました‥‥リコールになってもおかしくないほどの‥‥)、「以前より使いにくくなった」「うるさくなった」なんていうメンテ不足は、潤滑不足やホコリの付着など、日頃の清掃と手入れで解消できるものがほとんどです。

 

新しい技術体系による現場を作る際には、今までとは趣の異なる機械を使うことが多くなります。新しいタイプの機材にもお金はかかります。プロ機器のメカに強い‥‥とまでは言わなくても、汎用機器の基本メンテぐらいは自律的にできないと、お金なんていくらあっても足りんです。可動部分の動作がちょっと渋くなった程度で、いちいち修理に出してたらキリがないですもんネ。

 

 


バッグにすっぽり

iPad Proをはじめとした端末一式を収納するバッグ・イン・バッグとして、私が前々から使用している「リヒトラブ バッグインバッグ」ですが、iPad Pro 12.9インチを2台体制に変えてから、今日初めて12.9インチを2台ともぶっこんでみました。

 

意外にも、すっぽりと平然と、他も含めて合計4台もの端末を収納できちゃいました。

 

 

12.9インチのiPad Proを2台、9.7インチのiPad Pro、Kindle、10,000mAhのモバイルバッテリー、各種ケーブル、Apple Pencilと交換チップ、万年筆、時計‥‥が、1つのバッグにピッタリと収まって、何だか「専用品」みたいです。

 

この装備があれば、クラウドと連携して、どこでも絵を描く作業は完全互換で可能‥‥という恐ろしいセットです。

 

WiFiのゲストアカウントを使わせてもらうか、iPhoneのテザリングを用いて、PDFの作画設定類をロードすれば、必要な設定類は全てノーマルiPadかFireなどの廉価な端末でビュワーで見れます。作業上りは、その逆、アップロードをすればアップできます。

 

まあ、場所にもよりますが(喫茶店とかだと、ちょっとね)、FaceTimeで遠方のスタッフと打ち合わせしながら作業もできます。見せたい画像があれば、チャットのウィンドウにドラッグ&ドロップすれば遠方の人にも絵をすぐに見せられますしネ。

 

映像技術だけでなく、制作運用の技術も、これからは問われていくでしょう。基本的に、私は情報を紙媒体で貰っても、「紙の存在自体がオフライン」なので、不便だったりします。ドキュメントサーバ、スケジュールサーバとかを見れば、最新の情報がわかるような制作現場が、これからの常識になっていくべき‥‥と思います。

 

世知辛いなあ‥‥と思う人もおりましょう。しかし、「いまどきの若い人間は」と同じくらい、「世知辛さ」も時代とともに繰り返されるセリフです。どんな時代でも年代でも「世知辛い世の中になったもんだ」って言いますもんネ。

 

 

 


マッハ・バスター

私は小さい頃、なぜ「プロペラ機は音速を超えられないのだろう」と不思議でした。零戦のエンジンは1000馬力少々で時速500km以上の速度性能がありましたが、その後、エンジンは2000馬力を実現し時速700km以上の最高速を叩き出す機体が数多く出現しました。‥‥が、その後は停滞し、時速800kmを越える機体はほとんど出現しませんでした。エンジンはそれこそ、驚異の3000馬力はおろか最終的には4000馬力を上回るもの(R-4360。28気筒、排気量71,500cc、プラグは54個!)さえ登場したのに‥‥です。

 

軒並み、時速700km台で停滞し、やがてジェットの時代へと移行しました。

 

*レアベア。時速800km台を誇る、アメリカンクオリティの真骨頂。その出自は太平洋戦争当時、零戦(に代表される日本の格闘戦闘機)の対抗馬として、速度性能、格闘性能、武装などあらゆる「戦闘機としての資質」を追い求めたF8Fベアキャットであり、その後、レーサー改造機として「レシプロ最速」の栄誉を手にしました。オリジナルのベアキャットは、結局、対日戦には間に合わず、我々日本人としては不幸中の幸い‥‥とも言えます。しかし、戦争が終わったことで、「戦闘機過ぎるプロペラ機」は汎用性に乏しく、かといって新時代の空に情勢にも追随できず、早々に第一線から退役していきました。

 

*こちらも「熊」、Tu-95「ベア」です。プロペラは付いていますがピストンエンジンではなくジェットエンジンでプロペラを回転させる仕組みの「ターボプロップ」エンジンです。最高速は900km以上と、プロペラ機としては最速の部類です。

 

なぜ、プロペラ機は800km前後で停滞したのか。ものすごく大雑把にいうと、「物理構造的な頭打ち」に到達したからです。

 

Wikipediaからの引用です。

 

プロペラ機は原理的にジェット機よりも遥かに低い速度で限界に達する。より大きな推力を得ようとしてエンジンの出力を上げてプロペラの回転速度を上げたところで、プロペラ先端速度が音速に近づくにつれ衝撃波が発生し、その衝撃波をつくりだすのに回転力が奪われて抵抗が増し、エネルギー効率が著しく減少するからである。

 

衝撃波なんて言われてもアレ‥‥なので、身近な例えですと、東京のとある住宅で、台所の蛇口からやかんに水を注いでガスレンジの火にかけても、熱湯の温度は100度以上にはならない‥‥というのと似ています。どんなに強い火にかけても、100度以上にはなりません。条件的、物理的、そして構造的な限界です。‥‥ちなみに、圧力鍋ですと、圧力で沸点が変化して、120度くらいにはなるようです。

 

要は、どんなにがむしゃらにパワーを加えても、台所のやかんで100度以上の熱湯にはならないのと同じく、ピストンエンジンのプロペラでは時速800kmあたりが限界‥‥ということのようです。パワー不足が原因ではないのです。

 

 

これって、現在のアニメ制作現場の話、そのものです。

 

アニメ制作現場全体を「作品作り」のための「推進力」として考えた場合、まさに超えがたい「音速の壁」に直面しているように思います。音速とはすなわち、「次世代の映像技術」そして「労働の形態」です。

 

今のアニメ制作現場が4K60pに対応するには、手描きで絵を一枚ずつ動かすという基本技術ゆえに、実質不可能で、アップコンしか手立てはありません。また、各所で「ブラック」と呼ばれる現場の状況を改善するのは、どこの何を細かく調整して改善したところで、現場の運用設計自体がブラックを生み出す発生装置のようなものなので、根本的な改善は不可能です。

 

つまり、現在のアニメ制作現場には、

 

映像技術の壁

労働基準の壁

 

‥‥の強固な壁が大きくそびえて立ちはだかっていますが、それは実は、「プロペラ機がプロペラを回転させるがゆえに、音速を超えられない」のと同じく、「今までの作画アニメ現場は、作画〜撮影に至る工程で制作するがゆえに、映像技術と労働基準の壁を超えられない」のです。

 

プロペラ機は、プロペラで推進しようとするがゆえに、音速を超えられない。

 

アニメは、作画して動かそうとするがゆえに、2K24pの枠を乗り越えられない。

 

呪わしい気分になってきます。自分が自分であるがゆえに、自分の限界を超えられない‥‥という。

 

 

私はもうハッキリと覚悟したことがあって、「現在のアニメ制作現場は、未来も変わることはない。変えることは不可能だ。」ということです。「制作現場の物理構造」からして、どうやっても「次世代の映像フォーマット」には追随できないし、ブラックなどと言われる労働状態を改善することも不可能だと思うからです。

 

だってさ‥‥、これから先の未来、映像の高品質化に合わせて、A3の作画用紙で1万枚とかテレビシリーズで可能? 緻密なキャラデザインの作画をペンタブで3〜4Kサイズで1万枚とか描き続けられる? そしてその作業報酬は最悪の場合据え置きで、良くても1.5〜2倍程度‥‥で生活が成り立つ?

 

ダメじゃん。無理じゃん。電卓で計算すればすぐにわかることじゃん。

 

今でさえ、A4用紙の150dpiの3コマ作画ですら、ひーひー悲鳴上げてるのに、これ以上、現場の現状に、高品質化が重くのしかかる‥‥なんて、可能だという人がいたら、合理的に説明していただきたい。2K24pの今ですらブラックだ‥‥なんて言われてる現場が、4K60pなんて作りきれるはずがなく、ブラックを通り越してスーパーマッシブブラックホールになってしまいます。

 

劣勢挽回の必勝兵器なんて、いつまでたっても登場しないですよ。あるのはアップコンに頼るしかない、心細い未来だけです。

 

 

* * *

 

 

プロペラ機が音速を超えられないのと同様、今のアニメ業界の制作現場は次世代を乗り越えられないのです。

 

どんなに現場の人間たちがパワーを振り絞っても、次世代の映像フォーマットに適応することは、旧来の制作現場の作り方では「無理」です。キモチとかやる気の問題ではなく、物理的に無理なのです。感情に支配されずに、クールに分析すべきです。

 

 

でも、です。

 

現在、世界中の飛行機がジェット機になったわけではない‥‥ことを考えれば、旧来のアニメ制作現場の方式も、まるでダメというわけではないです。現在でもプロペラ機は世界中で飛び回っています。

 

つまり、旧来のアニメ制作を維持するのであれば、「壁を乗り越えずに、このまま停まれば良い」のです。明確に「次世代を無視」すれば良いのです。

 

昔の技術のまま、現代にもてはやされる時代の寵児でいたい‥‥なんて、甘い夢を見ようとすれば、その夢は技術革新の中で無残に打ち果たされて破れるでしょう。

 

しかし、昔の技術のどこが悪い。魅力的な要素もたくさんあるんだ。‥‥と、自分たちの技術の「本質」を見極めて、その本質で「商売」を展開すれば、技術が移り変わった未来においても、何かを掴める可能性はあると思います。

 

世の中の誰もが必ず新しもの好きなわけではないですから、商売の考え方を「現代に生きるのをやめて、古き良きアニメ」へと転換すれば、成立する可能性は残されています。

 

時代に翻弄されることから離れ、現代と決別し、伝統芸能として覚悟する‥‥というのも、考え方の1つでしょう。

 

「自分らの映像基準は不動だ。新しいものへの対応は、フォーマットのコンバートでいい」と言い切れるほどの、肝の座った覚悟があるか否か、‥‥です。

 

 

* * *

 

 

私は‥‥といえば、ずっとここでも書き続けているように、「壁を超える技術」=次世代映像技術にどんどん邁進する所存です。現状から抜け出して、壁の向こうの新天地を目指したいからです。

 

もちろん、壁の向こうが楽園だなんて保証はありません。しかし、30年業界で働いてきて、もうじゅうぶん、業界の構造=壁のこちら側の限界も見極めました。どっちに居ようが、保証された楽園など、あろうはずがない‥‥です。

 

だったら、「良き方向へ変えられる可能性のある」壁の向こう側を目指したいわけです。

 

 

壁の向こう側に行くためには、とにかく、壁を越える技術を確立していくことです。ボーっと壁を眺めてたって、壁は高くそびえ立ったままです。

 

かつて、超えられない壁を超えた人々の歴史が、私にとっての指針でもあり、励ましでもあるのです。

 

 

 

 

 

 


ガセネタ

私がギターを弾き始めた頃、音楽雑誌に掲載されていた「奏法譜」を頼りに練習することも多かったのですが、これがまた、色々と難があって(=難ありを自覚できたのは後になってからですが)、少なからず混乱していました。よりによって、奏法を指南する奏法譜が、遠回りや挫折のきっかけになっていたことも、しばしばあったのです。皮肉‥‥としかいいようもありませんが、採譜する人にしたって、楽曲を演奏したギタリスト本人に聞いたわけではなくて、全部、採譜者の耳で拾ってるんですから、運指のポジションが違う!と言うのも、酷といえば酷です。

 

しかし、「このギタリストはこう弾いている!」と書かれた記事を読めば、特に年少者は真に受けてしまうわけです。それが憶測の産物で、裏付けのない仮説であっても‥‥です。

 

エドワード・ヴァン・ヘイレンが登場した時は、そうした「ガセネタ」を至る所で目にしました。そうス‥‥「ライトハンド奏法」がらみです。

 

有名な「Eruption」は、ライトハンド奏法の代名詞とも言える曲ですが、後半の有名な分散和音を、通常の運指とピッキングで解説している奏法譜を音楽雑誌で見たことがあります。私は小学校6年か中学校1年くらいの子供でしたが、その誤りを痛烈に記憶しております。おそらく、採譜者さんは「You Really Got Me」のミュージックビデオ(ライトハンド奏法の様子が映ります)を未見だったのでしょうネ。

 

最近、昔の音楽雑誌を眺めていて、やっぱりライトハンド奏法がらみで出てきました。「ガセ」が。

 

 

スパニッシュフライ」は、エドワード・ヴァン・ヘイレンが、ガットギター(別名クラシックギターと呼ばれる)を用いたソロ曲ですが、ガット弦(ナイロン製かどうか、材質的なことはわかりません)を豪快にライトハンド奏法で弾きまくります。

 

雑誌には色々と読者を悩ます記述が溢れています。まずこれ。

 

*写っているギターがSGなのが、「この時代の感じ」ですネ。

 

うーん。今だから解るけど、オープンチューニングは必要ないんですよネ。普通に6弦からEADGBEで弾くことが可能です。なぜ、オープンチューニングだと分析したのかは、ナゾです。冒頭の分散和音の解析で深読みしすぎたのかなあ‥‥。奏法があまりにも想像できなさ過ぎるので、さぞトリッキーなことをしてるんだろうと邪推したのか‥‥。

 

で、この頃にありがちな「ライトハンド奏法を、旧来の奏法で分析する」という典型がまさにコレ。

 

 

オープンチューニングでのTAB譜だと思うので、さらに混乱しますが、それはおいといて、何よりもまず、最初の分散和音が、アルペジオということになっています。 これはキツい。実際は、開放弦を含むライトハンドによる4つの音の往復フレーズです。

 

もしかしたら、クラシックギター畑の人は、このアルペジオを弾けちゃうかも知れませんが、雰囲気はかなり違ってしまうはずです。ライトハンド奏法ですと、単一弦で弾くので、スラーでモノフォニックな音になるので、アルペジオのように音が同時に混ざらないのです。

 

実際、このTAB譜を採譜した人は、エドワード・ヴァン・ヘイレンと同じニュアンスで弾けていたのか、甚だ疑わしいですネ。とりあえず、音符だけ拾った感じ‥‥ですかね。

 

ライトハンドで採譜している部分も、ポジションに誤記があります。いや、誤記というよりは、誤採譜というべきか。

 

 

 

‥‥で、解説の最後に、このような一文でまとめてあります。

 

 

言っていることは至極正しいです。

 

しかし‥‥‥‥‥‥‥、正確なテクニック云々を諭すのなら、まずは正確な採譜を実践してから‥‥ですネ。

 

「とにかく頑張って欲しい」というのは、採譜した本人の「心の声」かも知れないですネ。「採譜してみたけど、自分では弾ける気がしない。弾けそうな人がいたら、頑張って欲しい‥‥!」という。

 

 

ちなみに、スパニッシュフライは、実はライトハンドの部分は、慣れてしまえばコンスタントに弾ける手堅い部分です。間違った採譜では鬼のように難しくなってますが、ライトハンド奏法なら思いの外すんなりと弾けちゃいます。ライトハンドに慣れていればそんなに難しい内容ではないです。

 

スパニッシュフライは、なによりも、エレキ弦ではなく、ナイロンのぶっとい弦で綺麗に弾くのが難しいことと、中間部のピックを使った速弾きの部分をごまかさずに弾くことが難しいと思います。エレキと違って、弦高は高いですしネ。ガットギターは電気で音量が増幅されるわけではないので、粒立ちの良い出音を心がけないと、音楽になりません。それが一番、この曲の難しいところだと感じます。

 

 

ガセ。誤情報。悩ましい限りですが、では、現代はどうか‥‥というと、昔よりガセネタの危険は多いように思います。正確に言えば、ガセネタの感染速度が速く、感染範囲も広い‥‥というべきでしょうかネ。

 

しかし一方では、昔では得難い情報も得られるので、要は当人の「情報分析スキル」次第なんでしょうネ。

 

 

 

 


iMono/Poly

つい先日、KORGからiPadやiPhoneで動作する「iMono/Poly」が発売されましたネ。1ヶ月間のキャンペーンで、2400円でAppeStoreから購入できます。‥‥2400円とな。

 

 

私がMonoPolyのオリジナルを見たのは、中学2年か3年の時です。新宿のイシバシ楽器店だったような気がします。狭い階段を上がっていくと、鍵盤楽器のフロアがあり、エレピには目もくれず、テクノが流行っていたご時世に、シンセばかり見ていた「典型的な現代っ子」な私でした。

 

青いパネルに、整然とツマミが並んでいた威圧感は、今でも強い印象があります。iMono/Polyのウィンドウデザインもまさにその風格。

 

 

当時のオリジナル、実機のMono/Polyの実際の出音は、4つのモノフォニックで4音ポリだ‥‥と言っても、和音そのものがぎこちなかったように記憶しますが、そもそも使い方など知らない中学生が触っただけのことなので、真偽のほどは定かではありません。

 

でもまあ、当時中学生の私なりに、4つのモノフォニックを4音ポリとして使うMono/Polyよりも、最初から6音ポリだったPolysixの方が弾きやすかった記憶があります。

 

しかし、使いにくいのが必ずしもダメなことには繋がらないのが、芸の世界の常。

 

Mono/Polyの「ブワオーギュワオー」とやたら野獣的で分厚い音が、今でも記憶にあります。圧倒的に個性的な音でした。ゆえに、Mono/Polyの音の記憶は鮮明なんですよネ。

 

iPad版のiMono/Polyは、その辺のアダログの粗さは綺麗に整えられて、弾きやすそうな音です。デモの音をきくだに。

 

 

 

 


PF80とP3と

デジタルピアノで思い出して、どんどん過去の記憶が蘇りますが、私が毎日にようにピアノを弾いていたのは、18歳になって初めて手にした88鍵フルスケールのPF80、そしてMIDIで繋いで音を出していたピアノ音源モジュールのP3を使っていた頃でした。それまでは、友達から借りた49鍵のカシオトーン(一応フルサイズの鍵盤でした。もちろん、ウェイトなし・ベロシティなしの鍵盤です。)でバッハを中心に練習していました。‥‥まあ、要するに、アカデミックなピアノ教育は受けていないわけです。

 

PF80は、ヤマハのページを見ると後継機種の機能が書いてあって紛らわしいですが、サンプリング音源がまだまだ普及する前の機種で、FM音源でした。とはいえ、ウェイト付きの鍵盤(ピアノのメカニズムを模したものではなく、重さを加味した感じの鍵盤)でベロシティ(音の強弱)が表現できる、定価19万8千円に見合うだけの内容を持っていました。‥‥当時としては、です。

 

*「エレピ」と俗称で呼ばれる電気または電子ピアノですが、電気はエレクトリック「Electric」、電子はエレクトロニック「Electronic」で、ビミョーに言葉も違うんですよネ。う〜ん、そんな違い、普通に解れ‥‥と言う方がキビしいですネ。

 

PF80のピアノプリセット音はお世辞にもピアノの音には聴こえず、エレピそのものでしたので、後でコルグのP3を買い足して、MIDIで接続、鍵盤の操作はPF80でおこない、音はP3‥‥という構成で弾いておりました。思えば、私がコンピュータのデジタルデータ送受の仕組みになんとなくでも慣れていたのは、MIDIを必要に応じて使っていたからだと思います。初めてMacをいじった1995年の頃に、恐れおののきながらも、何となくコンピュータに馴染めたのは、MIDIのおかげです。

 

P3のアーカイブがコルグにないので、以下。

 

https://www.noisebridge.net/wiki/Korg_P3

 

‥‥自社製品のアーカイブはどんな製品であれ、たとえ1ページでもメーカーのWebで公開してほしいですね。作り逃げみたいになっちゃうからネ。

 

P3はスタンウェイとベーゼンドルファー、そして追加のメモリカードでベヒシュタインのピアノ音色を装備できたはず‥‥です。チェンバロの音も入ってましたが、その頃では一番それらしい音を出していました。ローランドが本格的にチェンバロのデジタル音源化のプロジェクトに動き出すまでは、サンプリング音源でそれっぽい音を出す手頃な音源は、P3くらいだったのです。

 

ちなみに、実家に残っている当時の音楽雑誌には、今や「ヴィンテージ」と呼ばれる楽器が現役で広告にウヨウヨ掲載されてます。

 

 

1979年。ロッキンFの広告。MS-20が現役です。

 

 

 

さらに、1985年。ハードロック、ヘヴィメタル、LAメタルあたりが定着した頃です。「ロックするヤング」っていうのは、この頃でも可笑しいフレーズでしたがネ。

 

 

 

POLY-800は高校時代の友達が所有してて、よく弾かせてもらったものです。

 

 

ウチはシンセなど買ってもらえる家ではなかったですし、バイトで稼ぐにもかなりの大金ですから、シンセを所有する同級生は極めて稀でした。この頃は私は、高校生でアニメの作画スタジオに出入りしていましたが、学校に行きながらの動画作業などでお金なんて稼げるわけもなく、「学生のうちに研修期間を終わらす」目的でしたから、なおさら高価なシンセなんて買えるはずもなかったです。

 

次はどーんと、Macintosh Plus‥‥‥‥‥でしょうか、あまり詳しくないので、細かい型は判別できませんが、いわゆるハッピーマックのデザインですネ。

 

 

ちなみに、1998年頃に、箱入りのPlusの中古を19,800円で買ったことがあり、今でも倉庫に保管してあります。いつか、家に飾ってHyperCardあたりで遊べたら良いなと思っております。

 

知ってる人はもちろん知っているMSX。この頃は現役まっただなかでした。

 

 

 

次のブロックは中々な値段です。平然と398万円と書いてありますもんネ。

 

 

何だ、64万だ、250万だ、180万だ‥‥と広告に掲載して、ほとんどのロッキンFの読者は対象外だったことでしょう。欧米のシンセサイザーは、大型バイクや車を買うようなものでしたネ。

 

そうなんすよ‥‥。お金の余裕のない家の子は、ピアノやキーボードやシンセなんて夢のまた夢、高嶺の花だったことを思い出します。いや‥‥、貧乏というほどでもなくても、普通はシンセやピアノなんてなかったよな。今では、iPhoneやiPadで使おうと思えば誰でもシンセが使える時代ですけどネ。

 

今は貧困の意味が変わってきているので、昔の基準でお金の有無を語っても、的外れになりやすいです。

 

ただまあ、「友達から借りてばかりいる境遇から抜け出したい」とは当時の私は思っていて、ゆえに反動が大人になってから‥‥なあ。「自分のやりたいことは、自分で切り開くしかない」というある種の強迫観念が強くなったようには思います。

 

 

そして、三鷹楽器。今はもうない。

 

 

数年後の1987〜88年、フリーアニメーターとして大泉学園の3万円のアパートを借りてキャリアをスタートした頃、三鷹にある「アトリエぎが」(正式な漢字の名称が思い出せません。そしてこの会社も、今はもうない。)に作打ちに行った帰りに、三鷹楽器に寄ってギターを一本買った事がありました。かなり長い期間、私のメインギターになったイバニーズの試作・改造モデル(=カタログには存在しない)でした。フレットがすり減り過ぎて、今はもう、まともな音が出なくなっています。

 

月14〜20万くらいを稼いで、家賃と光熱費が5〜6万で済む時代でしたから(=私の場合)、相当お金の自由は効いたのです。現代は、生活を維持するコストがものすごくて比較の対象にならないので、あくまで昔話‥‥です。

 

やがて、サンプリング音源が低価格に移行してきて、数万円でピアノ音源モジュールも買えるようになってきて、それがコルグのP3です。5万円前後だったと記憶しますが、原画のギャラで買いました。

 

今の耳で聴けば、相当ショボいですが、当時はFM音源の似ても似つかないピアノの音から大躍進して満足してました。

 

当時の私は、肉、野菜、肉、肉、野菜…みたいに、作画、音楽、作画、作画、音楽…のような日々で、作打ちに向かうバスの中とか、会議室で打ち合わせ開始を待っている時間まで、運指の練習をしていたくらい熱中していました。作画と音楽の境が無かったのです。「昨日は弾けたけど、今日は弾けなくなっているんじゃないか」と強迫観念すらあったように思います。

 

20代のバイタリティって、今思うと、アホのように快活で豪快です。疲れ知らず…と言いますか。今の私にはとてもできません。

 

思うに、10〜20代の頃って、その後の人生の「根っこ」の部分を決めてしまうと思います。20代の頃に「撒いて」おけば、30代以降ににょきにょき発育して発展していく可能性を、自分の中に宿す事ができます。

 

20代の頃に打算的に生きたり、カジュアルで容易な物事で自分を紛らわせてしまうと、その後、草木も生えない荒涼とした自分がまっている‥‥かも知れません。ゆえに、そうした人は、30代以降も「自分を紛らわす何か」を体を動かさずに手の届く範囲だけで追い求めて、小金をどんどん吸い取られていく‥‥のかも知れないと、色々な人々を見てきて思います。

 

まあ、本人の幸せは本人次第なので、どうでも良いことではあるのですが、アニメのようにゼロからものを作り出す「バイタリティ」が必要な職業においては、スタッフの人選などに大きく影響してくることです。

 

私は、20代の頃に自分の惹きつけられるものに、アホのようにどんどん突進していったわけですが、それによって失ったもの、手に入れられなかったものも沢山あるので、まあ、人生はEVENといえばEVEN‥‥なんでしょうネ。夏の砂浜で女の子とウフフキャッキャと水を掛け合う‥‥なんて、びた1ccもなかったもんなー。

 

でも、全然後悔はしてないんですよネ。良いも悪いも、凄く濃密な20代であったことは確かですからネ。

 

 

 


デジタルピアノ

私が馴染んだデジタルピアノは、20年前以上に実家で購入したヤマハのクラビノーバで、20万円くらいしました。同時発音数は16か32、空間系のエフェクトは3種類のリバーブだけ、音は今となっては特筆すべき点もない普通のサンプリング音‥‥ですが、それなりに気に入っています。

 

究極のエントリーモデルの3万円デジタルピアノはともかくとして、20年前当時と同じ金額を投じるなら、それはもう別次元のクオリティのデジタルピアノが購入できます。音源は言うに及ばず、鍵盤もペダルもスピーカーも、何もかも、進化しております。以前はハーフペダルに対応しているだけで「おお」となったものですが、今のペダルは何でしょうか、「プログレッシブ・ダンパー・アクション・ペダル」??

 

RolandのHP603HP605は、まさに15〜20万円クラスの昔ながらのデジタルピアノ普及機〜標準機と言えるモデルで、そのカタログスペックやデモ演奏を見聞きするだに、やはり「現代はズルい」と言いたくなるような製品です。今、ピアノを弾いてみようかな‥‥と思う人は、いきなりこのクオリティの製品を買えるのか‥‥と。

 

 

国内楽器店の「製品弾き比べ」のYouTubeビデオは、楽器店らしからぬ酷い録音状態で、全く参考になりませんので、国外楽器店のレビューが参考になります。楽器店が「これが製品の音です」と紹介する場合、ちゃんと音質にも気をかけてほしいですよネ。製品の音の良し悪しよりも、録音状態の良し悪しがまず問われるようではどうにもならんです。こちらのポーランドの楽器実演レビューは、ZOOMのレコーダー(H6)を用いて気を使って録音しているので、HP603の素性がよく聴いて取れます。

 

 

最近のデジタルピアノの「モダン=現用」をあまり知ろうともしなかったので、HP603や605は驚くことばかりです。

 

まず音源。打鍵した音だけでなく、共鳴する音もシミュレーションして音を出す仕組みが、上位機種のテクノロジから導入されており、その名も「スーパーナチュラル・ピアノ・モデリング音源」を、なんと、ソロピアノ時は同時発音数無制限(!?)、他の音色でも384音と、圧倒的な同時発音数を誇ります。無制限の同時発音って、どういう仕組みなんだろう‥‥。

 

まあ、実家の20年前以上のクラビノーバは、MacがそれこそMC68040だPPC601だとか言ってた頃の製品ですから、比べるほうが酷ですが、それにしても遥かなる進化を遂げたものです。

 

デモ演奏を聴くと、「デジタル」ならではのあまりにも綺麗な音(雑味を感じない整形された音)ではありますが、十分満足して気分に浸れる音です。デモを聴く限り、特にポップスピアノのフレーズにおいては、オンマイクで収録して整形した生ピアノ音と聴きわけがつかないレベルですもんネ。

 

ピアノデザイナーというアプリを使って、ピアノの音の構成要素を自分なりにモデファイできる「スキモノ」好みの機能も有しております。その要素は‥‥

 

大屋根
キーオフノイズ
ハンマーノイズ
アリコート
全鍵ストリングレゾナンス
ダンパーレゾナンス
キーオフレゾナンス
キャビネットレゾナンス
サウンドボードタイプ
ダンパーノイズ
88鍵チューニング(ストレッチ・チューニング)
88鍵ボリューム
88鍵キャラクター

 

‥‥と、サンプリングして発音するだけではない、まさにモデリング音源という名にふさわしい内容です。もしかしたら、ピアノデザイナーをうまく調整すれば、生ピアノの収録音のようなある種の「粗さ」「ささくれ感」も表現できるかも知れないですネ。調律も、近代の平均律だけでなく、ベルクマイスターやキルンベルガーなどもパラメータで選択できるのは、デジタルピアノならではです。

 

鍵盤も丁寧に設計され作り込まれておりますし(「PHA-50」という鍵盤らしい)、ペダルは単にサスティンのスイッチではなく音質の変化まで表現しているし、USB MIDIインタフェースを別途購入しなくても最初からUSBが実装されているし、昔のデジタルピアノとの落差は半端じゃないです。

 

HP603が「エントリー=入門機種」と言われても、「はい、そうですか」とは全く言えません。ピアニストを目指すのでもなければ、HP603で十分、音にこだわるのなら6スピーカーのHP605で十分過ぎるでしょう。

 

ちなみに、私が良いなあ‥‥と思っている「Kiyola」は、HP603系の真骨頂であるモデリング音源や鍵盤のクオリティを受け継ぎ、さらに「木製品」としてのクオリティを盛り込んだモデルです。‥‥ゆえに、35万円前後とお高いですが、それにしたって、iMac 5Kを1台と思えば、かたや、買えば十数年以上は確実に使えるデジタルピアノ、一方は5年くらいで現役引退のパソコンですから、お金の年数的な価値は、ことデジタルピアノに至っては高いです。

 

 

しかしまあ、15万円台でHP603か‥‥‥。凄いとしか言いようがないよな‥‥。

 

今、「ピアノでもやってみようか」と思う人たちが、羨ましい限りです。その点、昔はなあ‥‥‥とボヤきがちですが、考えてみれば、デジタルピアノが20数年前に存在していてくれただけでも私の世代はラッキーと言えばラッキーなんですよネ。昔話はきりがないですからネ。

 

 

 

ちなみに「デジタルピアノ」という言葉。

 

今では、昔「デジタルピアノ」という言葉を使っていたメーカーも、「電子ピアノ」とか「ホームピアノ」などの名称に移行している雰囲気がありますネ。

 

私は、デジタルピアノなるものが市場に登場した際、「楽器で一番重要な発音のメカニズムを、デジタルサンプリング処理によって実現している」ことが「デジタルピアノ」の名称からすぐに判別できたので、特に違和感はありませんでしたし、今でも自覚して用いています。

 

まあ、「デジタル鍵盤」「デジタルペダル」なんて言い出したら、「それはないでしょ」と拒絶するとは思いますけど、既にメーカー側で「デジタル」の単語を安易に用いるのを避けているようにも思えます。まあ、そりゃあ、そうだわな。ちょっと前時代っぽい使い方だもんね、「デジタル何々」なんていう名称はね。

 

私が18歳のころにようやく手にできた88鍵の鍵盤楽器は、まさに電子ピアノというべき「PF80」でした。PF80は「デジタルピアノ」以前のスペックで、大きな違いは音源がサンプリング系の音源ではなく、FM音源でした。おそらくオシレータはデジタル回路だと思うので、広義では「デジタルピアノ」と呼べなくもないですが、実際は「デジタルピアノ」と呼ぶことはなく、「エレピ」の分類でした。

 

エレピ=エレクトリック(エレクトロニック)ピアノ=電気ピアノ・電子ピアノ‥‥で、私のような昭和生まれの人間は、電子ピアノというと、生ピアノとは似ても似つかない音を出すピアノの印象が強いので、どうしてもサンプリング系・モデリング系のピアノは、「デジタルピアノ」と呼びたいわけです。

 

‥‥で、もっとややこしいのは、実際に弦や音叉をハンマーで叩いて、それをピックアップマイクで拾う、まさに「電気ピアノ」も存在します。「電気」と「電子」の差‥‥です。昔、バンドの練習スタジオにあったヤマハのアップライトのエレピ(多分、中身は弦が張ってあったと思います)は、練習の合間に弾くのを楽しみにしていましたが、まさに「電気式で音量を増大するピアノ」でした。

 

PF80はFM音源ですから、「電気のピアノ」とはいえず、「電子のピアノ」ですが、カテゴリとしては「エレピ」に分類されていました。今だと「ステージピアノ」とか呼ばれるジャンルです。

 

まあ、分類ありきで製品が出現するのではなく、分類は後付けですからネ。混乱するのはある程度しょうがないですね。

 

 

 

 

 


88鍵が3万円?

最近の価格設定は恐ろしい。今どきのデジタルピアノってどんなかなと思って検索してみたら、コルグやヤマハから3万円代の88鍵フルスケールでウェイト(鍵盤の重さ)鍵盤のピアノが発売されているんですネ。

 

 

YAMAHA P-45:実売価格3万円半ば〜スタンドと椅子を追加して5万円くらい

 

 

 

 

KORG LP-180:スタンド一体型で3万円代後半!〜追加で必要なのは椅子だけ。…しかしまあ、凄い値段です。

 

KORGはこの他にもほぼ同等性能の「B-1」(スタンドは別売りで、スピーカーやアンプ出力、内蔵音色の違い、メトローム機能などが異なるようです)も実売32,000円ちょいで販売しており、恐るべき低価格で高性能なデジタルピアノが販売されています。カシオからも出ていますネ。

 

実際にアマゾンで売ってるから認めざる得ないけど、やっぱり、これらの製品が3万円代だなんて、どうしても「うん、そうだね」とは言えないです。正直、信じられないです。

 

もうさ‥‥、こうなってくると、「弾くつもりがあるか、ないか」だけの条件だよネ。数十万円もするから買えなくて弾けない、防音設備がないから弾けない‥‥とかの外的要素はほとんど払拭されたようなもので、あとは当人が弾く気力があるかないかだけの問題です。

 

もちろん、幼児の頃からピアニストを本気で目指そうと指向する家族ぐるみの「ピアニスト養成」的な観点では、生のタッチと響きに感覚的に馴染むために、ちゃんと生のピアノ、できればC3クラス以上のピアノで、アカデミックな教育が必要となるでしょう。費用もハンパないです。

*知人の話では、子供の頃はデジタルピアノで高校になってから生ピアノを弾き始めて受験ピアノに受かったり、家庭の事情でアップライトピアノだけでテクニックをマスターして高難度の曲を初見で弾くような人もいるようです。しかし、それはあくまで特例〜稀な例なようです。

 

でも、情操教育とか、個人の趣味の範疇とかで言えば、ぶっちゃけ、この3万円クラスのデジタルピアノでまずは十分なんじゃないですかネ。「あ、ヤバい。ピアノって、自分に向いてるかも。もっと弾けちゃうかも。」とええ感じにのってきたら、20万円〜30万円の高級モデルのデジタルピアノに買い換えれば良いわけで。

 

おそらく、今の3万円クラスのデジタルピアノの弾き心地は、20年前の15万円前後のデジタルピアノに匹敵すると思われます。

 

昔の3万円の「電子キーボード」って言えば、「奥にバネが仕込んであります」的なパッコンパッコンしたタッチで、ハナから期待もしていないようなクオリティでした。鍵盤の形をしているだけでOK‥‥的な。

 

しかし今は、「ナチュラル・ウェイテッド・ハンマー」で、当然ながらPCM音源で、同時発音数は120!

*同時発音数とは、同時に鳴る音の数です。10本しか指がないのになぜ?‥‥と思うかも知れませんが、ペダルを踏んで次々に音を足して鳴らす演奏の際に、音が持続する効果を得るためには、最低でも32音、できれば64音以上は必要になります。昔は16音くらいしかなかったので、どんなにペダルを踏み続けても17番目の音を弾いた瞬間に1番に弾いた音がパツッと消えてしまう、悲しい性能でした。

 

 

う〜ん。どうしたことか。この価格破壊。

 

iPadを買うより安いじゃん。

 

この価格だったら、10人に1人くらいはピアノを弾いてても良いくらいですけどネ。‥‥でも、そうはなってなくて、むしろ、どんどん「誰でもできる」タッチパネルの操作とかで人生の時間を食い潰す状況が増えているようにも思います。

 

自分の限りある時間とお金を、自分の能力を伸ばすために使う人と、安易でカジュアルな娯楽に消費する人‥‥と、実は、社会や政治がどうのこうのと言う以前に、本人の行動パターンが「貧富の差」を分けちゃっているとも思います。

 

特に20代の頃は、自分の可能性が大幅に拡張される時期ですから、その時期に何をしていたか‥‥で、その後の「貧富の差」に影響していくと思います。

 

 

 

う〜ん‥‥でも、しかし‥‥、3万円か。ズルいなあ‥‥現代って。

 

この3万円のデジタルピアノにさあ‥‥、MIDIインタフェースとiPadを追加したら、あっという間にプチ音楽制作環境すらできちゃいますヨ。

 

KORGのLP-180はMIDIアウト端子が付いているので(B1には付いていないようです)、以下のインターフェース「plugKEY」を‥‥

iPadやiPhoneのライトニング端子に差して、以下のような状態にすれば‥‥

 

 

GarageBandなどに内蔵する音源を、デジタルピアノで鳴らして演奏することができます。昔、MIDI音源でやってたような環境が極めて小さい規模で実現できちゃうわけですネ。

 

もちろん、iMacやMacBookなどにも「USB MIDIインタフェース」をかませば、GarageBandやLogicなどの音楽ソフトの鍵盤入力も可能ですし、できるだけ安く済ませたいならMainStageを3600円で買えば、夥しい数の音色を増やすことが可能です。

 

ぶっちゃけ、LP-180に関しては、デモ演奏を聴く限り、ハープシコードの音はめちゃくちゃショボいです。「デジタルハープシコード」を作ったほどのローランドのようにはいきません。

 

なので、3万円デジタルピアノは、ピアノの音は本体で愉しんで、ハープシコードや管弦楽、ビンテージなエレピやシンセサイザーなどはiPadやiPhoneまたはiMacなどの音源を遠隔で鳴らして愉しむのが良いと思います。

 

 

ちなみに私は、鍵盤は既にいくつかあるので、すぐに必要ではないですが、ローランドのKiyolaは良いなあ‥‥と思っております。‥‥けど、値段は30万円以上なので、そう易々とは‥‥。

 

 



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