サーバ整理

今から十数年前、自宅でサーバを構築してLAN/WANで活用するのが流行ったことがあります。自宅のWAN側のIPアドレスを複数のDNSに紐づけて、ルータの特定ポートを開放、外から自宅のサーバに接続する‥‥という具合です。バーチャルホストを設定しておけば、1つのIPでも、複数のサイトに分岐して活用できます。

 

2019年のご時世、この「自宅でサーバ」を構築しなくても、レンタルサーバは安いし、Cloudは発達しているしで、同じようなことは可能です。

 

もちろん、自宅で一線を退いたマシンを使うことで、安価に自前のサーバを組むことは可能ですが、ポートを開放するということは、予期せぬ侵入者の危険に晒されていることにもなり、いまどきはよほど腕と情報に自信でもなければ、わざわざ負のリスクを背負いこむこともないでしょう。レンタルサーバにしておけば、そもそも公開しても良いものだけをサーバにアップしていますし、仮に攻撃されるとしてもレンタルサーバ会社のマシンですし、Cloudとレンタルサーバの料金は自分を危険から守る「保険料」のようなものです。

 

私は随分前からポートは全て閉じており、LANだけでサーバを稼働しています。

 

ただ、忙しさにかまけて「自宅でサーバ」時代のまま数年放置していました。サーバのマシンはMac mini Serverで2011年のモデルなので、かなり昔のマシンが動き続けていたことになります。Wikiサーバの最後の更新を確認すると2013年なので、‥‥あれまあ、6年も放置していたのですネ。

 

 

 

ということで、休日に整理。

 

Mac mini Serverの外付けHDDを全部外して、他のMac mini(以前、紙で4Kをやろうとしていた頃に使っていた)に移して、Wikiサーバだけが動作するマシンにしました。

 

現在、私の自宅で通電しているサーバのHDD容量は、17TBくらいです。でも、中身が満タンに入っているわけではないので、12TBくらいだとは思います。

 

モスボール保管しているdisableなデータや、タイムマシンのバックアップを含めると、もはや何TBあるのかは計算するのも面倒です。表計算で管理してはいるものの、中身のデータ容量までは把握しておりません。

 

企業のサーバではないので、のんびりとしたものですが、古いデータを遡ればPC98のマルチペイントで描いた絵まで発掘できますので、個人的には大切なものです。ちなみに、データは最低コピーを1つ、厳重なデータはコピーを2つ作って違う場所に保管し、天災や火事などの物理的損傷に耐えうる対策をしています。‥‥まあ、日本に巨大な隕石が落下して日本列島が消滅したらダメですけどネ。

 

 

 

紙に比べれば飛躍的に保管のコストは抑えられますが、外部のHDDにデータを移すだけでは全くもって不完全でもあります。

 

例えば、After EffectsのAEPを「アーカイブ」と称してせっせと保管する人々もいますが、20年前のAEPがサードパーティのプラグインも含めて完全に当時のまま開けるなんて奇跡に近いです。‥‥ということは、今保存しているAEPも何年後かには開けないデータになるのは、想像に難くないですネ。

 

機材を丸ごとモスボール保管するか、TIFFなどの枯れたフォーマットで保管する手間は必要です。でもまあ、それでも、紙よりは断然保管は楽です。

 

紙はねえ‥‥保管の維持費が半端ないですからネ。そこらじゅう、ダンボールだらけになって、制作会社の廊下は臨時倉庫さながらです。しかも、カビを防止したり、過度な乾燥などによる劣化を抑えるために、紙にとって快適な室内環境が必要となります。

 

もし私が自宅でも紙のまま作業していたら、今頃、紙に部屋が占拠されて押し潰されているでしょう。実際、紙の素材はかなり捨てましたし。

 

HDDの定期的な買い替え・乗り換えにコストがかかる‥‥って言っても、紙を保管するのに比べれば100倍マシです。日本都市部で一番コストが高いのは、「空間」ですからネ。

 

 

 

自宅でファイルサーバといっても、余った昔のMacと何世代か前のOSのファイル共有だけのことですから、2020年代以降も宅内サーバは動き続けると思います。

 

 


トレーニング

あしかけ2週間のTBHのトレーニングが終了しました。作品制作との同時進行は、事前の自分の予想では結構キツいと思っていましたが、人間とはどうやら、有意義で希望に満ちた精神状態があるとカラダのほうも自然と順応するようで、疲労感は全くないのは自分ながら意外でした。‥‥いい歳なのにネ。

 

After Effectsであの手この手でカットアウトをしたり、何らかのソフトで自動で中の絵を生成したり(スラングで言うと「自動中割り」)と、今までのアニメに対する「後付け」の思考ではなく、何かの絵が生まれる時点から最後の出力まで合理的な思考で貫かれていることをトレーニング中の端々で痛感し、2020年代から「何をすべきか」「どう作るべきか」が直視できました。

 

Adobe CCより年間サブスクリプションのコストがかかるTBHではありますが、アニメーターにとって恐ろしいほどの導入効果をもたらすことを、情報ではなく生身の経験で理解できました。

 

 

 

8月15日がまたやってきますね。74年前、大きな戦争に負けた日。それまでの「日本が終わった」日。

 

アニメ業界って、まさに日本の敗戦のシナリオを「同トレス」しているように思います。日本人の精神的な強みを、精神論に結びつけるだけに終始してしまった顛末。どんなに新しい技術を導入しようが、その使い方が精神論のフィルター越しであることにおいて。

 

敗戦しないと解らなかった‥‥ということは多分にありましょう。

 

ゆえに、にっちもさっちもどうにもいかなくなって、酷い敗戦を経験するしか「新しい目覚め」には至らないのかも知れない‥‥と私は感じるのです。アニメ業界の様々な状況において。

 

日本のアニメ業界が今までの業態では進退極まって、一旦ズタボロになって(いや、今でもそうなってる?)、「それでもアニメが作りたい」と思う人がボロボロの状態から立ち上がって、2020年代以後にふさわしい合理的思考を獲得し、そこに日本人の精神的強みと美意識が加われば、日本は新しい時代にふさわしい「もの作りの現場」を実現できると思います。

 

負けたからこそ解る、負けた人間だけが獲得できるアドバンテージはあるのです。

 

 

 

時代の移り変わりはシンクロします。奇妙ですよネ。

 

2020年を前にして、様々な新しい価値観や技術が同時多発的に水面下で生まれ、成長を開始しています。日本だけの流れのように見える一方で、全世界的な潮流も決して無縁ではないです。4KHDRはその中の1つと言えましょう。

 

その移り変わりを感じ取れない人間は、実は現場にゴロゴロ存在して、「無理」「適さない」「合わない」などのマイナスな言葉を振り撒きます。結構なキャリアを持った人でも、未来を読めない人は多いのです。‥‥そんなディテールも敗戦前の日本の「大本営」っぽいですよネ。

 

実は私も保守的なところがあって、現在制作中の作品の監督さんがまず「TBHを導入したらどうか」と提案してくれた経緯があって、使ってみようと思うに至りました。幸い私は「事なかれ主義」「追随路線」「日和見」に固執するタイプの人間ではないですし、20年近く前からAfter Effectsでのカットアウトに取り組んできた経緯もあって、TBHを習得しようと心を新たにできました。

 

実際にTBHのトレーニングを開始すると、教えていただく1つ1つが合点のいくことであり、例えばタイムライン1つとっても、リグとアニメーションでは使い方が異なり、今までAfter EffectsのカットアウトでやってきたことをTBHのさらに先進的な機能で強化して更新する思いでした。

 

そもそも絵を描いて動かすアニメの現場において、日本では「リグ」という言葉自体が「ちんぷんかんぷん」ですよネ。まずは当人の「意識の改革」が必要だとは思います。

 

TBHならでは機能と構造を理解するにあたり、30代の頃にプログラムに没頭したことも大きなプラスとなりました。TBHは構造自体がオブジェクティブですし、直接的な部分ではJavaScriptを拡張した言語によってユーザ独自の機能を追加できます。After Effectsでのスクリプティングの知識が最大限応用できます。ちなみに「function ()」を記述してツールバーにオリジナルアイコン(のボタン)を登録できるので、After Effectsより手軽で使いやすいです。

 

新しい技術意識へと移行して、TBHを使いこなせば、日本の現場に恐ろしいほどの変革がもたらされるのは必至です。あくまで「使いこなせば」の話です。

 

さらには個人制作でも極めて大きな状況変化をもたらすでしょう。TBHの年間サブスクリプションはAdobe CCより高価ですが、それを補って余る生産性を獲得できます。個人制作って、アマチュアの根性頼みの領域でしたが、ぶっちゃけ、商用個人制作すら可能になるかも知れませんヨ。

 

TBHの中身を知れば知るほど、使えるようになればなるほど、未来のビジョンが明快に見えてきます。

 

 

 

8/15の終戦記念日。

 

TBH。

 

日本人独特の精神性を、昔のまま「根性」に接続するか、新たに「合理性」に接続するか。

 

自分たちのいく先に、思いを馳せずにはいられません。

 

 

 


iPad ProとCintiq Proと。

iPad Proで絵を描くダイレクト感に慣れ過ぎて、macOSと液タブでの描画が、どうにも違和感が拭えなくて困っております。

 

体が贅沢に慣れた

 

‥‥いや。iPad Proをして、贅沢は言い過ぎか。

 

iPad Proの12.9インチは「贅沢」な画面サイズとは言えないのですが、ペン先と画面の一体感とか、ペンと描画の即応性とか、パームリジェクション&スワイプの利便性とか、「描き心地」の面でiPad Proの性能に慣れてしまって、液タブの描き心地にどうにも違和感を感じてしまいます。

 

でも、そんなことは言ってられないのです。iPad Proの最大サイズが12.9インチである限り、「サイドカー」に乗れようが、デスクトップOSの液タブとして使用するには限界はあります。

 

生粋のiOSアプリでiPad Proを使うのなら、12.9インチでも全然構わないのです。Procreate、Clip Studio、Conceptsなど、プロ仕事ができるAppは多いです。

 

しかし、Toon Boom Harmonyを使うには、macOSかWindowsのデスクトップOSが必須となり、4Kの作画をおこなうには、最低2.5K(2560px)、できればUHD(3840px)の液タブが必要になります。‥‥板タブでも可能ですが、私は20年以上使って結局板タブに慣れなかったので(=ストレスを拭えなかった)、わたし的には液タブが必須です。

 

実際にCintiq Pro 24を試用してみて、Cintiq Proは24インチよりも小さくてもいけそう‥‥と思う一方で、Cintiq Proの24インチより下のサイズはいきなり16インチまで下がるので、19〜21インチの中サイズがあれば良いのにな‥‥と感じています。

 

22インチのCintiq(Proではない)が出ましたが、残念ながらHDサイズで、4Kをやるには最適とは言えません。画面に対する詳細感〜ppiが不足するからです。

 

「高解像度」組〜2732, 3840, 5120pxそれぞれ

iPad Pro 12.9インチ=264ppi

iMac 5K、iMac Pro(仕様の表記から計算)=ほぼ220ppi

Cintiq Pro 24(仕様の表記から計算)=ほぼ200ppi

Cintiq Pro 16(仕様の表記から計算)=おそらく283ppiあたり

 

「普通解像度」組〜1920px

Cintiq 22(仕様の表記から計算)=ほぼ100ppi

Cintiq 16(仕様の表記から計算)=ほぼ140ppi

 

*公式Webの対角線のインチ寸法から算出した値です。正確なppiの数値は諸元に記載されていないのでわかりません。

 

 

計算してみるとわかる、過去と現在。ppiで「映像制作の世代がわかる」感じですネ。

 

 

やはり「Pro」なしのCintiqは、旧世代の製品で、4K時代には「使えないことはないけど、線はボヤける」ことが予測できます。実際、旧世代のCintiqの現物で4Kの絵を見てもボヤけるので、拡大表示して相殺することが必要です。

 

Cintiq Pro 24は実際に現在試用していますが、計算したppiの通り(公式Webには記載がないので)、200dpiなりの解像感です。iPad Proの264ppiに慣れると、少しだけ甘い印象はありますが、必要十分な解像感でもあります。

 

Cintiq Pro 16は、実際に使用した経験はありませんが、283ppi(計算値)で十分な画面詳細度をもち、対角で15.6インチで16:9なので、横幅34.5cmの画面表示となり、ワークスペースさえカスタムすればデスクトップOSのAppでもなんとかなるかも知れません。

(HDMIで接続すると、2.5Kとのことです。最近のiMacやMac mini 2018なら、ごく普通にTB3で接続して4K表示が可能と思います)

 

 

 

‥‥と、ブログを書きながら思考をまとめる私。

 

現状で言えば、デスクトップOS=ツールやライブラリのウィンドウが色々と表示される状況では、16インチ以上のCintiq Proなら、iPad Pro&iOS Appに並ぶ、4K作画環境になり得ると思います。

 

 

 

Toon Boom Harmony(TBH)は、25周年とのことですが、進化は止まることなく、おそらく、現在一番先進的なアニメ制作ソフトウェアです。「デジタル作画」の意識で停滞している日本のアニメ業界の作画技術が確実に10年遅れていることを、TBH17の各種機能でまざまざと見せつけられます。

 

トレーニングを続けるうちに、個人で所有して様々な用途で使いたいと感じるほどに、技術の先進性、そして高度な生産性を実感しています。

 

ゆえに、作業場での「未来の現場」の取り組み、そして個人的な取り組みの双方で、「TBHを快適に使える環境」の必要条件を考え始めています。

 

 

 

「デジタル作画」は「入口」としては適しています。

 

しかし、「デジタル作画」は先が見えています。生産性における効率の低さは致命的です。国土も人口も少ない日本で、「デジタル作画の人海戦術」なんて選択すべきではありません。

 

ヒューマンリソースが限られた日本で、どのようにそのヒューマンの能力を活かすかは、過去から未来に至るまで、最大のポイントであり続けます。

 

私は長らくMacを使っていますが、TBHの環境に関しては作業内容の状況に応じてWindowsで構わないと思っています。macOS、iOS、Windowsの長所を集約することが、未来のシステム管理であると考えます。

 

アニメ会社は、「何よりもまず、アニメを作る会社である」ことを忘れずにいることは、とても重要な未来の資質です。機材を管理するためにアニメ会社が存在するわけではないのは、誰でもわかることです。エクセルだけでは終われない、映像制作に有用なソフトウェアを有するmacOS、iOS、Windowsの混成ありきでシステムを組む柔軟性が求められます。

 

イメージボード, コンセプトアート, デザイン(プリプロ);プロダクション工程;編集(ポスプロ)=macOS、iOS

 

プロダクション工程オンリー=Windows

 

レガシーなアニメーション工程やリギング・アニメーション・インク&ペイントなどのアニメプロダクション各工程を専任で作業する場合はクリスタとTBHの混成によるWindows環境、プリプロからプロダクション、ポスプロまでマルチに活躍する人はiPad ProとiMacやMac miniやMac Proを縦横無尽に使いこなせば良いです。

 

*Cintiq Pro 24は意外と「余白」が広いので、24インチのイメージより、かなり大きい感じがします。机を占領します。‥‥なので、もはや作画机を流用するのは限界でしょう。

iMac 5KやiMac Proは、UHD60Hz10bitの外部モニタを最低でも2つは繋げて動作可能なので、面倒がないです。Windows機の場合は、ビデオカードの性能は購入前にちゃんと気を使いところですネ。

*線画だけでなく色も扱う作業ならば、HDR対応だけでなくPQにも対応するモニタの併設が必須です。線画だけならsRGB・Rec.709で十分です。

 

 

作業する人が、どのように技術スキルのステップアップを実践していくかも含め、未来の現場の「明るい」ビジョンが明瞭に見えてきた令和の2019年。

 

今を確実に歩みつつ、同時に、未来の行き先をハッキリと見据えることが、主導する立場の人間に求められています。

 

どんなソフトが使いやすいか‥‥という議論も必要とは思いますが、使い勝手ばかりに終始していては大局を見失います。

 

2020年代を間近に控えた今。

 

40〜50代のベテラン世代の「度量」が試されている‥‥と痛感する日々です。

 

 

 

 


二度目のアニメ業界

昨日、NHKの「あの人に会いたい」の留守録リストを何の気なしに見てたら「堺屋太一」さんの名前があって、今年の2月にお亡くなりになっていたのを初めて知りました。

 

堺屋太一さんと言えば、NHKの「秀吉」の原作者としての存在がわたし的には一番印象に残っていますが、「平成30年」とか「三度目の日本」などの著書も興味深い内容で読んでみたい内容です。‥‥ちなみに、私は堺屋太一さんの本は一度も読んだことがないので、書評めいたことは書けません。

 

平成30年」が刊行されたのは平成7〜8年だとか。確かに、平成30年(5月までカウントすれば平成31年)で平成が実質上、幕を下ろすことになったを予測したのは、単純に驚きます。

 

三度目の日本。

 

明治維新から太平洋戦争開戦までの74年間、そして、敗戦から令和までの74年間を、二度の大きな転換期として捉えて、次の日本〜三度目の日本は如何なる様相を呈すかを執筆したのちに生涯を閉じたことも、何か予言書のようで怖い気がしますネ。

 

 

 

で、

 

アニメ業界。

 

アニメ業界は戦後に生まれて成長し、2019年の現在がありますが、前からこのブログで書いているように、戦後昭和と平成と続いた「一度目のアニメ業界(=堺屋太一さん風に言えば)」は、令和〜2020年代に一旦衰退すると、私は考えています。

 

これは直感やインスピレーションで当てずっぽうで書いているのではなく、ごくごく自然に、普通に考えて、令和=2020年代=東京オリンピック以後の日本において、戦後の論理・習慣のままの「アニメ業界がやらかしてきた悪しき業態」は通用しないと思うからです。

 

普通さ。‥‥日給2000〜3000円の「専門技術職」なんて許されないでしょ?

 

日給2000〜3000円しか稼げない「高度な専門技術職」なんて、誰が「私、是非やりたいです!!!」と言うのか、考えてみましょうよ。令和の未来、そんな「激安で専門職を引き受ける」希少な人材がわんさか日本に溢れていると思っているのなら、その楽天的な思考の根拠を知りたいです。

 

アニメ制作現場が、ファン心理に支えられた「異常な業態」であることは、もう昭和の時代から自覚してきたはずです。

 

急ごしらえのバイトスタッフでは不可能な仕事=技量の高い専門の技術者の「1日の稼ぎ」が2000〜3000円だなんて、令和の未来に「通用し続ける」と思える方が、頭が狂っています。

 

固定給を貰って働いているアニメ会社の会社員は、「完全出来高の動画や原画のことなんてしったこっちゃない」のかも知れませんが、もう通用しなくなりますヨ。

 

この先、何十年も同じように、通用すると思いますかね???

 

「‥‥‥‥。思いません。」

 

‥‥でしょ?

 

 

 

カットアウトと旧来送り描きのハイブリッドの未来技術の現場は、旧来の動画の単価を大きく引き上げます。なぜそれが可能なのかは、まだ準備段階なのでお話しできませんが、少なくとも、何を描いても単一単価で恐ろしく安い200〜300円の単価ではなくなります。

 

なぜかって、今までの激安単価では、作業してくれる人が未来に消滅するからです。

 

だから、プラス100円200円なんていう幅ではなく、大幅に動画1枚単価を引き上げる必要があるのです。

 

あまりにも簡単な理由。

 

 

 

普通に、ごく自然に、未来を足し算引き算で予測するだけでも、アニメ業界の未来はビジョンが浮かび上がってきます。

 

なぜ、そのビジョンを直視できないのか。

 

昔から続いてきた制作現場が「時代に敗北」するのを直視できないからです。

 

アマゾンからの「三度目の日本」の引用です。

 

著者が言う「敗戦」とは、「一国の国民または住民集団が、それまで信じてきた美意識と倫理観が否定されること」、すなわち価値観の大転換である。

 

私はこの本を読んでいないので、内容については何ら書くことはできませんが、私が度々このブログで書いてきた「2020年代以降は、今までの現場の技術的価値観のままでは、破綻し崩壊する」という内容と似ています。

 

 

 

後年になって振り返れば、平成が終わったと同時に、アニメ業界の「戦後の昭和」が終わったのだ‥‥と述懐できると思います。令和の最初の数年は、昭和平成の空走期間だったと認識できるでしょう。

 

実際、平成までのアニメ業界の「終息を象徴」する様々な事柄・出来事が、「平成と令和の境界線たる2018〜2019年」の水面下でいくつも起きています。2009年でも、2014年でもなく、2019年の今年‥‥というのが、何とも不思議でもあり、恐ろしくもあり。

 

 

 

2020年代以降、アニメ業界は2回目の構築、言い換えれば、初めての大転換期を迎えて、「二度目のアニメ業界」となると感じます。

 

もしその「二度目」を成し遂げられなかった場合は、アニメは「博物館行き」となるでしょう。専門職のスタッフは見切りをつけて転職し、僅かな伝承者たちだけで作る「技術遺産」的な扱いの過去の産業となり、「昔の日本は、アニメという娯楽産業が花咲いた時代があったんだよ」とおじいちゃんおばあちゃんが懐かしく話すだけの存在となるでしょう。

 

私はそんなのイヤですよ。

 

茶色く退色して干からびた押し花を見て、感傷に浸る‥‥なんていう姿が、アニメ制作の未来の姿なのだとしたら、あまりにも悲しすぎます。

 

老いたからといって、墓場に他人を巻き込んで無理心中するのは、果たして本当に「アニメ制作を思って」の行為なのでしょうかネ。

 

「絶対に今までの方法を手放すものか! アニメの作り方は昔から永遠だ!」とか言うのなら、そんな人々とは袂を分かって、たとえ「アニメと呼ばれなくても、他の新しい「絵を動かしてお話を作る」ジャンル」を作り出そうと思います。

 

 

 

滅びる未来より、栄える未来を、色眼鏡のバイアスなしに、裸眼で見つめましょうよ。

 

そうすれば、未来は濁りなくクリアに見えてくると思いますヨ。

 

 

 


ゲーム障害

‥‥という言葉が、最近はあるらしいですネ。

 

要は、ゲームに没入するあまり、日常の様々な物事や行動に大きな悪影響が生ずる‥‥ということみたいです。

 

【心を取り戻せ ゲーム障害との闘い】

https://www.tokyo-np.co.jp/hold/2019/gamingdisorder/list/190608.html

 

ゲーム依存は病気 WHO、国際疾病の新基準

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45280950V20C19A5MM8000/

 

「ゲーム障害」を過度に心配してはいけない理由

https://wired.jp/2019/06/03/video-game-addiction-facts-statistics/

 

 

スマホなどの普及によって、家のテレビやパソコンの前に座らなくても、気軽にどこでもゲームができるのも、ゲームに没入できる状況を助長しているであろうことは、ちょっと考えれば解りますわな。

 

 

 

私はスマホでゲームをすることもないし、家でもほとんどゲームはしません。

 

しかし、昔はゲームに熱中したこともありますし、今でもプレイし続けているゲームはあります。

 

なぜ私はゲームをしないかというと、ゲームをする時間が無い‥‥というのが第一の理由です。ゲームをする時間があるのなら、もっと他のことに使わないと寿命がどんどん足りなくなるからです。非常に明快な理由。

 

第二の理由は、今流行っているゲームの内容が、私がやりたいゲームとは合わないので、単に興味が湧かないのです。これも同様にシンプルな理由です。

 

おそらく、ゲームが出来る時間の余裕ができたら、私はまたゲームをしたいと思うでしょうし、実際、フライトシミュレータをやりたいと、随分前から考えています。

 

つまり、ゲームのプレイ時間を自他ともに許容できる人間は、ゲームが出来るんだと思います。

 

私にはゲームに時間を使っている余裕はないので、ゲームは出来ないのです。

 

「いや、違うよ。余裕の有無に関係なく、生活が破壊されても、ゲームに没入してしまうのを、ゲーム障害と言って‥‥」というのは、言葉ではわかるんですが、実情としては「本当には生活が破壊されてはいないから」ゲームが出来るのです。記事を読むに、結局は誰かが助け舟を出しているから、当人はなりふり構わずゲームに没入できるんでしょう。収入も途絶え、ネットも端末も死んで、生活インフラも途絶えれば、ゲームなんてできなくなりますもん。

 

ものすごくシンプルなことですが、結局は当人の状態の「写し鏡」ですよネ。

 

 

 

ゲームから学べることはあります。私は大戦略とシムシティをプレイしていなかったら、もしかしたら今でも構造的に物事を考えない人間のまま‥‥だったかも知れません。

 

しかし、ゲームに限らず、どんなに自分のためになる本を読んだり体験をしても、次に自分のアクションが伴わなければ、現実世界での進展はありません。

 

マップをクリアしたからといって、自分の人生が現実世界で開けることはないです。

 

あくまでゲームはゲーム。

 

 

 

ゲーム障害か。

 

私自身の考え、あくまで私の感想ですが、‥‥‥‥人生の時間を、ゲームのプレイ時間に多く消費してしまうのは、もったいないと思います。もし、そのプレイ時間の半分でも、他の物事に使えるのなら、自分の人生は変わってくると思えるからです。

 

ゲームの中の世界と、現実世界は、「世界が違う」ことを認識ることはまず必須です。

 

同時に、ゲームの世界での体験は意外に現実世界でも応用できることが多いことを認識することも必須です。

 

私は、大戦略とシムシティをやって、良かった!!‥‥と正直に言えますし、そのゲーム体験をどのように自分の仕事に活かせるかも、自分の今までのキャリアを引き合いに出して語れます。

 

一方で、パズルゲームやシューティングの類いは、あまり仕事には活きていないことも、冷静に語れます。私の経験を踏まえた上で論理的に。

 

つまり、猿のマスターベーションのように延々とハマって抜け出せないゲームもあれば、ふと思い立って現実世界へ新たな思考と共に踏み出せるゲームもあるのでしょう。悪い酒があるように、ゲームにも悪いゲームがあるとは思います。

 

もちろん、良い酒と同様、良いゲームもあるでしょう。

 

 

 

例えば大戦略やシムシティは、現実世界では決して1つの都市や軍隊を作れることはないですが、ゲームの中だけでは、都市や軍隊を作り、都市を経済を発達させたり戦争に勝利して終結させることができます。

 

私が感じる「ゲームの素晴らしい特徴」です。都市を更地から作っていく体験なんて、誰もできんでしょうが、ゲームなら(ゲームなりのデフォルメはあれど)体験できます。

 

ゲームの中では最強の軍隊を作ることもできれば、第二次世界大戦の歴史を変えることもできるし、ハイテクと緑が共存する理想国家を作ることもできます。

 

 

美術館も中央図書館もオペラハウスも博物館も動物園もコンベンションセンターもあって、空気は綺麗で水は澄んで緑に溢れて、医療と教育は充実し、犯罪率も低く、地下鉄や高架の鉄道、国際空港やテレビ局やハリウッドスタジオがあって、ハイテク産業が発達して、核融合炉まであって‥‥と、どうせ「都市」を作るのなら理想都市にしてみたいよネ。

 

教育と医療にはお金がかかりますが、そこをケチると住民の不満は増えます。緑のない灰色の街、水と空気の汚い街にはハイテク産業は寄り付きません。高度な医療と教育を実現することは、住民の生活のみならず、商業と工業をハイレベルに発達させることにも繋がります。

 

住民の「民度」を上げるためには、まず何に着手すべきか‥‥なんて、シムシティのようなシミュレーションゲームでしか体験できないでしょう。

 

戦略シミュレーションで言えば、子供のプラモ感覚で戦闘機と戦車だけを大量購入しても戦争には勝てないことを知ります。また、無策な正面攻撃一本槍では大量の損失が出ることも解ります。奇策ほど周到な情報収拾と綿密な侵攻作戦計画が必要だと悟ります。

 

ゲームでこれらを疑似体験しないばかりに、現実世界で大失策による大敗を喫することもありましょう。

 

もしかしたら、私がアニメ業界と映像業界で生き残ってこれたのは、大戦略とシムシティで経験した構造的戦術論を実践したことも、生き残れた大きな要素のように思います。作業場での知識と経験だけでは、構造的に物事を俯瞰視して分析する「癖」が身につかなかったでしょうネ。

 

ゲームが役に立つことは大いにあります。

 

 

 

ゲームを「障害」にしてしまうか。

 

それとも、「疑似体験」にして「現実」においてプラスに活かすか。

 

気晴らしだけのゲームに一生を消費してしまう「愚」は避けたいものですネ。

 

 

 

書を捨て町にでよう‥‥ではないですが、

 

ゲームを止め世界にでよう

 

‥‥です。

 

ゲームに没入したまま、一生は終われないです。

 

 


HDRの浸透

某映像配信において、HDRで視聴しているユーザ端末数は、何と1億2千万だとか。もちろん、総ユーザ数は、HDRではない端末も加算されるのでもっと多いとのことですが、全ユーザ数の7〜8割くらいが既に何らかのHDR対応端末で視聴しているとのことです。

 

HDRの機材的クオリティはまちまちですし、最近のiPhoneなども含めて100nitsのSDRではない「広色域ディスプレイ」ですから、特に意識せずにやんわりとHDRで視聴している人も多いのでしょうネ。

 

時代は確実に変わっていくのです。

 

アニメ業界がどんなに2K未満、SDRのままで作り続けたくても、です。

 

未来を拒絶してどんどん追い詰められるより、未来を受け入れてむしろどんどん活用したほうが良いのに、アニメ業界は様々な事情から、未来に対して否定的なスタンスになりがちです。

 

未来をハンデにしてどうする。

 

未来は活用してこそ、です。

 

 

 


TBHだよ

Toon Boom Harmony 17(以後TBH)を、構造的、かつ順序立てて段階的にトレーニングするうちに、どうやら、私が過去20年に渡ってAfter Effectsで実践してきたカットアウト的アプローチは、ほぼ全てTBHで実践可能だということが判ってきました。

 

さらには、After Effectsのカットアウトでは不可能だったことも可能になるので、未来の伸びしろ、表現の拡大は相当大きなものになります。

 

さらに優れた点は、欧米のソフトウェアならではの思想〜制作運用ありきの設計が当初からソフトウェアに盛り込まれている点です。「ライブラリ」の運用、空の制御コンポーネントを作って再利用する方法など、After Effectsのプロジェクト&コンポジションベースでは難しい、TBHならではの「運用の工夫」が可能です。

 

つまり、アニメーション制作ソフトウェアでありながら、「オブジェクト指向」のプログラム脳が活きる設計にもなっています。私はまだ触っていませんが、スクリプト制御も用意されています。

 

単に「使いやすい」で競うアニメーション制作ソフトウェアではない‥‥と、日々実感を新たにしています。

 

 

 

TBHは導入のコストが高い。‥‥誰もが感じる重要なポイントです。

 

であるならば、私は退くのではなく、どのようにして導入コストを相殺するかを考えます。

 

安い人件費、安いソフト、基準を下回る機材、効率の低い作業フロー、安い映像品質

 

VS

 

高い人件費、高いソフト、基準に見合った機材、効率の高いワークフロー、高い映像品質

 

つまりは、こういうことです。

 

もっと言えば、

 

今までと同じ制作フロー、今までと同じ役職、今までと同じ生活習慣、技術にふさわしくない低い報酬

 

VS

 

新しい制作フロー、新しい役職、新しい生活習慣、技術にふさわしい適切な報酬

 

とも言えますネ。

 

 

 

 

クリスタとTBHのハイブリッド構成は、人と技術を育てる基盤となります。クリスタだけでは頭打ちや行き詰まりが見えていますし、TBHの様々な機能を使いこなすにはアニメーターが事前にクリスタで「コンピュータに慣れる」ことが必要です。コンピュータに疎いアニメーターがいきなりTBHを触っても「TBHの基本構造」自体を持て余すでしょう。

 

とにかく、クリスタとiPad Pro 12.9インチで、絵を描きまくる。描いた絵をPCで加工してみる。自分をコンピュータに慣らす。

 

コンピュータ関連機器を扱って作業することを「自分の仕事の日常」にすることがまずは第1関門でしょう。

 

できれば、クリスタだけでなく、Adobe CCでPhotoshopやAfter EffectsやPremierも使って、自分で映像制作のひと通りを経験するのが良いです。

 

そうした前段階を踏まえれば、TBHの各種ノード一覧を見たときに、「うわ〜 美味しそう」と思えるでしょう。

 

プログラムを齧っておくのも良いです。macOSを使うときにターミナルのシェルコマンドや、After EffectsやPhotoshopのスクリプトを学ぶのも有用です。After Effectsのエクスプレッションを自作するだけでも、入門としては良いです。エクセルのセルの関数からでも良いです。

 

 

 

TBHはクリスタの代わりにもできますが、それじゃあ、もったい無さ過ぎます。

 

TBHを、クリスタやProcreateのように使っては、「宝の持ち腐れ」です。

 

まずは1年、TBHを使って、今までのカットアウトの取り組みを移行して、経験と知識を積み上げようと思います。

 

 

 

TBHでカットアウトの可能性が飛躍的に広がる。

 

今までの作画技術、日本の美意識による映像表現もある。

 

TBHだけでなく、クリスタやAfter Effectsなどのソフトウェアも併用して、今までの経験値は無駄になるどころか、相乗的に掛け合わされます。

 

ルッサーの法則的に言えば、作業の過酷さに苛まれて、

 

「0.7x0.7x0.7=0.343〜34%」=完成品:34点

 

‥‥の、酷いケースではなく、新しい技術と旧来技術の良いところを掛け合わせた、

 

「1.3x1.3x1.3=2.197〜220%」=完成品:220点

 

‥‥というワクワクする未来のケースも想像できます。

 

 

 

自分たちの未来を、なぜ「ネガティブの集合体」にする必要があるのか。

 

今までの良い部分、新時代の良い部分、改めて見極めて、組み合わせれば良いじゃん。

 

ごく普通に、考えれば良いのです。

 

 

 

未来を見極める立場のいい歳をしたベテランたちが、忖度や日和見に一生懸命で、「誰かの後を追いかける」リーダーシップ欠如の態度をとれば、制作現場も相応に迷走して目的を見失うでしょう。

 

今、アラウンド50のベテランがすべきことは、自分の経験と技術を踏まえて、新たな時代の技術もちゃんと直視した上で、どのようにリーダーシップを発揮すべきかです。

 

TBHが「日本の現場には合わない」なんて言い続けているような忖度と日和見だけのベテランは、リーダーシップも未来のビジョンもなく、ただ自分の立場の保身に邁進するだけの人‥‥というのは言い過ぎでしょうか。

 

アラウンド50のベテランこそ、2020年代に発起すべきだと、私は思っています。

 

なので、TBHの体得も頑張ります。必ず、カタチにします。

 

 

 


さらに雑感

業界関係者の制作現場関連のツイートがほぼネガティブな内容で埋め尽くされているのを見るに、やっぱり何を言っても、従来の現場の行き詰まりは決定的なのだと感じます。

 

ツイッターでは、嬉しかったこと、ワクワクしたこと、夢や希望を感じたことをツイートしても良いはずなのにね。

 

私は、Toon Boom Harmonyのトレーニングを進める中で、覚えることがいっぱいでこぼれ落ちそうになる「いっぱい感」もありますが、それにも増して、未来はあれもできる、これもできる、それも解決できると、希望が膨らむことのほうが「いっぱい」です。今までの日本の制作スタイルとは大きく異なる部分も多いですが、それこそが過去の因縁と悪習と悪貨を断ち切る最大のポイントと実感できます。

 

 

 

現時点では「あくまで私個人の考え」ではありますが、例えば、未来の動画単価は、その作業内容と社会背景(つまり労基)から鑑みるに、1枚平均1000〜2000円は必要だと思います。

*もちろん、口パクなどの極めて作業時間の少ない絵は、1000円以下になります。あくまで「変動単価」であり、内容(特に線の多さ)によって算出されます。

 

冷静に考えてみれば、線の多い今どきのキャラの動画単価(1枚)が200〜300円台なんて、お話にならないでしょ? 現在の単価はつまり、動画作業者は、1日10数枚=日給2000〜4000円で働け!ということを、暗に強要しているのです。

 

完全歩合で1日4000円の手取り換算で、1ヶ月休みなしに働けば、12万円稼げる?????‥‥そういう未来をアニメ業界はこれから先も突き進むでしょうかね?

 

ほら。‥‥従来の制作現場の話をすると、私もネガティブトーンになります。つまり、制作現場そのものがネガティブな様相に覆われているのです。

 

 

 

動きを1枚1枚描いて動かすスタイル〜昔から現在に至る日本のアニメのスタイルは、どうやってもお金がかかります。そこで無理をしてお金がかからないようにするために動画200〜300円の単価が設定されます。相変わらずの「地獄」があります。

 

私は動画単価を1枚平均1000〜2000円の間の「変動単価」(線の多さによっては数百円から数千円の大きな変動もあります)にすることをまず「未来の従来作画スタイル」の目標に定めます。「そんなことしたら、お金がかかってしょうがないだろ」と思う人は、新しい技術を知らぬ旧世代の人。‥‥新しい技術とハイブリッドにすることで、旧来技術の地道で時間もお金もかかる動画作業には、作業に見合う単価を設定できるのです。

 

新しい技術とは何か?‥‥というと、カットアウトです。リギングとアニメーションを分割した新しい手描き&コンピューティングの技術です。当然、1枚単価ではありませんし、作業効率は大きく向上するので、報酬の基準も旧来現場とは全く変わることとなるでしょう。

 

カットアウトがたとえ今は極めて少数派でも‥‥です。

 

私は園芸もやるので、あまりにも小さな種でも、やがて芽を出し、大きく育ってたくさんの実をつけることを知っています。

 

‥‥ほら。既に胎動が始まっているカットアウトをはじめとする新技術を主とすれば、ポジティブな話のほうが多くなります。

 

 

 

現在のアニメ業界は、最初から数多くのアニメ制作会社がドカンと同時多発的に生まれて形成されたのでしょうか。

 

違いますよね。

 

最初はまさに「草分け」でしたよネ。

 

最初はアニメ業界なんて存在しなかったのです。

 

 

 

現在、アニメ業界が当然のように導入している「デジタルアニメーション」だってそうです。

 

最初、アニメ業界の大多数は「デジタルアニメーション」〜彩色以降をコンピュータで作業する方法を、遠巻きにして怪訝な視線で傍観していたのを思い出します。

 

1990年代のアニメ業界人の多くは、「セルとフィルムの代わりになるものなんてない」と考えていました。

 

で、現在は? ‥‥ご覧の通りです。

 

 

 

業界団体が定期的にアンケートをとって集計していますが、そこにみえるのは現在の状況であって、未来のビジョンなど何も見えません。業界人の「現在の思い」を集計するのですから、未来に関することと言えば、ただ漠然とした「もっと待遇を良くして欲しい」という要望に終始するのは当たり前です。

 

アンケートで未来が予測できると勘違いしている人はそこそこ目にしますが、アンケートだけでなく過去の転換期の「歴史」から学ぶことが必要です。

 

 

 

例えば、飲みの席で、未来を志向するテーブルはポジティブな話題で溢れ、過去と今に執着するテーブルはネガティブのぶつけ合いみたいになるのは、まさに「過去と未来の映し鏡」と思います。

 

現状に不満だらけで未来の具体的なビジョンを持たなければ、呑んでいても愚痴や不平ばかりが噴出して、一時的な憂さ晴らしで盛り上がるものの、シラフに戻れば過去と変わらぬ現実が待ち受けています。

 

そんなのさ‥‥。すぐは無理でも、徐々にでも抜け出して、やめにしないか?

 

若い人たちは、オジサンのネガティブな吐露に付き合うのではなく、同じオジサンでもポジティブ志向の人たちと付き合った方が良いよ。マジで。‥‥自分の未来に関わることだから。

 

 

 

ネガティブからスタートしても良いのです。

 

ポジティブ要素を精査するためにネガティブ要素をぶつけて検証するのはアリです。

 

ネガティブがやがてポジティブな未来へと繋がっていくのならば。

 

今は辛いし不安も多いけど、そこから、どうやってポジティブなプラス方向へと自分たちが向かっていくのか‥‥を話せば良いのです。

 

愚痴のぶつけ合いではなく、話の中心に絶えずポジティブ志向、プラス指向がしっかりと存在すれば、多かれ困難が降りかかろうと、目的地を見失わず歩いていけます。

 

 

 

 


雑感

Toon Boom Harmony(TBH)のトレーニングを、カットアウト重視で、本格開始しました。

 

制作作業との「1日・二毛作」ですが、苦になりません。日本では「夜明け前」のカットアウトですが、様々な機能をリアルに学習できて、期待と希望のほうが優っています。

 

TBH 17には、未来を左右する恐るべき機能がテンコ盛りです。

 

 

 

4KHDRをはじめとした未来の映像フォーマットの世界で、日本のアニメ制作現場が生き残れるかは、新しい技術の導入にかかっていると思います。

 

新しい技術を導入しなければ、未来社会において、まず作画工程において「お金」で破綻します。破綻する側は、会社側であったり、作業者側であったり、様々ですが、どっちにしろ破綻「しないわけがない」です。‥‥というか、遠の昔に破綻してるんですけどね。2019年現在、動画の中堅経験者の人が、1日1万円稼ぐのに、250円の動画を40枚描けるでしょうか? 今のキャラデザインじゃあ、無理ですよネ。だからって、ハッスルパンチの時代まで戻す?

 

アニメ産業での「三部会」(作る側、作らせる側、買う側)を開くと、一番困るのは、旧来〜現在のアニメ業界そのもの‥‥でしょうし。「第三身分」が反乱を起こすと一番困るのは、当のアニメ制作現場ですしね。

 

無理なんよ。今までのやり方じゃ。‥‥もう未来は。

 

だから、新しい技術、新しいソフトウェア、そして「新しい制作意識〜お金の新基準」なのです。

 

 

 

秋、冬。そして新しい春が来る。

 

沈む太陽、昇る太陽。

 

沈む夕日を追いかけて、海岸線に殺到して海に飛び込みますか?

 

それとも、昇る朝日を待ち受けて、海岸線を新たなスタート地点として太陽と共に歩みますか?

 

 

 

理屈で考えれば、今何をすべきか、全ての世代ごとの「行動の選択肢」が見えてくるはず‥‥です。

 

 

 


植物

大きな唐辛子が赤く熟しました。

 

Apple Pencilと比べると、その巨大さがわかります。

 

 

 

小さな種の1粒が育って、花が咲いて、こんな大きな実がいくつも生るのですから、植物はすごいですネ。考えてみれば、人間も同じです。

 

育て方が悪ければ、決して実など生ることなく、枯れ落ちます。

 

単に栄養だけ与えても、病気や虫害に冒されて死滅することもあります。

 

同じ場所に撒かれた種は、全て平等にすくすく成長することはなく、群を抜いて成長する個体の陰で光が遮られて、生育せず花も実もつけずに終わる個体もあります。

 

園芸をやってると、自然って残酷だな‥‥と思います。

 

 

 

植物に必要なのは、土、水、光、そして風、です。

 

園芸の初心の頃は、風を意識できないのよネ。一生懸命、土と水だけ与えて、育ちが悪いと日当たりを気にします。風の存在に気づくことはないです。

 

植物を植える間隔を密集させると風通しが悪くなり病気にかかりやすいです。しかし、風通しが良くても、風が細菌を運んでくることもあります。風が強すぎると、葉が干からびることもあります。

 

風は難しいですネ。

 

 

 

植物だけでなく、人間にとっての「土、水、光」、そして「風」も、日々、気にしたいものです。

 

 



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