HDR

4KHDRの制作に集中するようになって、改めて、HDR PQ1000のパワーにたじろいでおります。今までの100nitsのsRGB/Rec.709とは桁違いの色域の広さと輝度のレンジ、加えてPQカーブというピーキーな特性を前にして、いわゆる「パワーを制御するアクセルワーク」1つ1つを見直す毎日です。

 

*Rec709とPQ1000を切り替えながら作業します。PQ1000の白は目が焼かれるほどに眩しいので、色を見る時以外は、709にプリセットを変えます。

 

 

映像の解像度にSDとHDがあるように、SDRにはHDRがあって、HDRはその「H」が示すように従来のSDRよりも「High」なダイナミックレンジ「DR」を有します。その差は、3倍から10倍で、私ら作業グループが取り組んでいるのは従来の10倍の1000nits(千ニッツ)のアニメーション映像です。

 

現在、アニメ業界で作るアニメの99%以上は、SDRです。HDRを絵作りのゼロ時点から導入するには、何よりもまず、HDRの作業モニタが必要ですが、そのモニタをアニメ制作現場のほとんど全てが設置してないので、そもそも作れる状況にないのです。

 

むしろ、会議室の4Kテレビのほうが、HDRで500nitsだったりします。

 

今、アニメ業界では「デジタル作画」でモヤモヤ騒ぎ始めていますが、HDRには全く言って良いほど無関心です。しかし、世間で言えば、アニメ業界のデジタル作画なんて「業界の内部事情」に過ぎず、4KとHDRのほうが広く一般に注目されています。

 

現在、アニメ作品で「HDR」として出回る作品は、「後付けのHDR」です。レンジの広いフィルム作品ならまだHDRの特性も活きますが、フィルムよりもレンジが狭いsRGB・Rec.709でデータを作ってしまったSDRのアニメを、グレーディングでHDRっぽい映像演出を加味して成立させている状態に甘んじています。

 

 

 

生粋のHDRで作るアニメ。

 

後付けではない、正真正銘のHDRネイティブなアニメ。

 

私らが取り組んでいるのは、まさにソレです。

 

今までの色の扱いとは全く異なる、P3-DCIで1000nitsでPQカーブの「色の世界」で映像を表現して完成させることが求められます。必要な要件は以下の通りです。

 

  • 各色10bit以上、できれば12bitで、300〜1000nitsのHDRモニタ
  • 各色10bit以上、できれば12bitのムービーファイル形式
  • 各色16bitのPSDかTIFFの連番
  • ビデオ信号を正確に扱うソフトウェアとビデオ出力
  • 適切なモニタ色校正(PQカーブを正確に映し出すための定期的なモニタ調整)

 

さらっと書いていますが、このハードルは相当に高く厳しいです。アニメ業界では、モニタは今でも8bitで100nitsのものが多いでしょうし、今でも使われるQuickTimeのロスレス圧縮(アニメーション圧縮)はそもそも8bitですし、いまどき連番ファイルを使うなんて嫌がる人も多いでしょうし、ソフトウェアごとの色の変化を測定して検証することなんてしないでしょうし、こうした多くのことを理解する作業スタッフもメンテナンススタッフも今はまだ現場には皆無に等しいでしょう。

 

作画の現場で紙と鉛筆をタブレットとコンピュータに移行するのと全く同じレベルで、美術や仕上げや撮影の「色関連」作業もHDR時代には大変動を余儀なくされます。

 

例えば、作業モニタにおいては、現在の私ら作業グループでは、デュアル作業モニタの片方をEIZOのCG-318および319にして、HDR映像制作作業を進めていますが、このモニタの導入には相当苦労しました。普通のアニメ制作現場ではあり得ないスペックとお値段ですからね‥‥。

 

 

正直、人数分の導入には相当お金がかかります。しかし、5〜10万円の廉価なHDRモニタは、細かい調整が手動でできない上に、外部から映像と一緒に送信されるメタ情報(「この映像信号はHDR10です、Dolby Visionです」という情報など)がないと特定のHDR機能が使えないものが多いのです。いくら安くても、役に立たないものを買うのは意味がないですよネ。‥‥実は、現時点で4KHDRを作ろうと思ったら、EIZO CG-319Xが妥当な選択肢なのです。

*「マスモニ」をどうするかは、また別の話です。マスモニクラスはSONYEIZOも‥‥‥高いよお‥‥。

 

作業スタッフと同じ重要度で、システムメンテナンス・エンジニアのスタッフの存在も重要です。現場の作業スタッフだけでどうこうなる技術内容ではありません。システムスタッフも映像を作っていく仲間として、共に技術知識をHDR時代へと更新していく必要があります。作業スタッフがシステムを理解する重要性と等しく、システムスタッフが作品表現技術を理解するのも重要なのです。

 

 

 

おそらく、HDR時代の機材基準・環境基準を前に、アニメ制作会社の多くは困難な状況と直面するでしょう。HDRの仕事を請け負いたくても、機材環境とそれを扱うスタッフが存在しない状況は、容易に想像できます。

 

それによって、淘汰が発生することも考えられます。時代の流れに対応できない会社は、会社を畳む‥‥という状況。

 

でも私は、それでも良いと思っています。なぜなら、「古くて安い機材でもアニメで商売できる」という性根の集団を掃討できれば、業界にはびこる「安普請根性」を正して、「技術に対する相応の対価」の意識が高まる可能性があるからです。

 

「安普請根性」が現場や業界に蔓延しているうちは、皆が一蓮托生、安普請に巻き込まれることになります。

 

そうした意味で、映像の中身もさることながら、現場の意識が強制的にでも改善されないと成り立たない=安普請では対応できないHDR映像制作は、未来の現場の試金石とも思えてきます。

 

我々アニメ制作に関わる人間は、アニメを作る人でもありますが、それ以上に映像を作るプロでもあります。その意識は今後、アニメーターに特に必要になりましょう。線画だけの世界に没頭しているからこそ、全体の安普請構造を客観視できず、高度な技術を持つわりに騙されやすい体質に陥るんだと思います。アニメーターが安い単価で仕事をする一方で、アニメーター自身ができるだけ安く機材(ソフトやハード)を買い叩こうとしたり無料で使い続けようとする姿をみると、根こそぎのトータルリコール・仕切り直しが必要なんだと痛感します。

 

世界規模の映像技術の中での、自分たちの工程、技術、経験と知識の「存在意義」を考えていきましょう。「アニメ村」の視点に終始せず、自分の作業部屋を通過して、世界の映像技術フィールドを見据えるように意識しましょう。

 

 

 

HDRは困難も多いですが、希望も多いです。

 

それに、そもそも、HDRは絵作りが楽しいです。今までのヌルい「SDR100nits村」から抜け出して、格段に広い視野をHDR1000nitsはアニメに与えてくれます。アニメーション映像表現の海の向こうに新大陸が現れた‥‥と言っても言い過ぎではないです。

 

HDRなんて何のことやらサッパリ‥‥という人でも、時代が進むうちに馴染んで普通に受け入れることでしょう。その時に、私らは「生粋HDRの美しいアニメ」を既に作れる体制を築いておきたいです。

 

絵としての美しさを発揮できるのは、過去機材性能の妥協の産物であるSDRではなく、HDRです。

 

映像表現主導で考えれば、HDRを拒否する理由なんて、どこにも見当たりません。

 

 

 


Z。

私らの作業グループでは数年前から、After Effectsの3Dレイヤー&カメラ機能は、コンポジット作業の標準になっています。コンポジションの中身のレイヤー個々をXYだけでなくZ軸も使って配置します。舞台セットのようなコンポジションを最初から組むのですが、それはすでにレイアウト作業時点からZ軸ありきのプランとして組み込まれています。

 

当然、旧来のアニメ作画や撮影の仕事ではNGです。そもそも従来のタイムシートにはZ軸の欄も、数値の基準もないので、旧来基準のアニメの作画と撮影には本格的に導入できないのです。まあ、従来枠の作品でも、「このカット内容はZ軸向きだ」と判断し、自分で原画を描き自分でコンポジットするカットは、自己完結できるのでZ軸を内部使用することはあります。

 

Z軸を持つコンポジションの縦横寸法はすなわち視界で、カメラでいうところのレンズを通過した撮像面となるので、大判を組んだ時の画角と、スタンダードフレームで切り取った画角が変わります。平面にペタッと素材を置いてコンポする旧来撮影技術では、大判だろうが画角が変わることはないですが、Z軸を使って大判を組む時には寸法の差異を吸収する微調整が必要になります。

 

また、位置だけなく、「方向」も制御しなければ、予期せぬ素材バレを生じます。Z軸コンポの縦PAN時に水平線がバレるのはよくあることです。一方で、大判の舞台に生ずる台形歪みをうまく利用するテクニックは、今までにない表現を可能としますが、ほどほどのさじ加減が必要です。つまり、今までのアニメ撮影とは異なる、新しい技術基準が必要になります。

 

コンポジションサイズを変えると、遠近感や画角の広さの見栄えが変わる‥‥のが、Z軸導入後のアニメのコンポジットです。

 

*今までの「作画サイズ」という考え方のままでは通用しない、「画角」「焦点距離」「レンズ口径」「フィルム面積」というフィルムカメラ時代の知識が必要になります。ドローン・クレーン・GoPro風な表現が可能になる一方で、素材サイズの計算はかなり難しくなります。

*平面の世界から抜け出て、奥行き=Z軸を手に入れるということは、平面では意識せずにスルーしていた色々な要素を制御する必要性が生じるということでもあります。平面のレイアウト用紙で「密着引き」を指示していたのとは別次元の、周到な計算・計画が必要です。

 

 

Z軸の距離感をそのままに、プリコンポーズして重箱にして、コラップストランスフォームで重箱ごとカメラワークを組むのは、新しいアニメ技術の定番です。レイヤーをグループ化した重箱を複数組んで、内部のZ軸の関係性をそのままに重箱単位で制御することが可能です。10〜20も重なる背景・前景を個別にXYZ軸を制御してカメラワークを推敲してたら日が暮れてしまいますから、Z軸を含めたレイヤーのグループ化は欠かせません。

 

‥‥とまあ、Z軸とコラップストランスフォームをちょっと使うだけでも、相当、色んなことができます。After Effectsは、設計が古いとは言われますが、After Effectsと同じことが完全にできるようでなければ、他のコンポジットソフトウェアには移行する気にはなれない‥‥のは、そういうわけなのです。

 

しかし一方で、After Effectsのこうした機能は、旧来の現場では、過去から現在まで封印し続け、未来も封印したままでしょう。タブレット作画が普及してタイムシートが電子化しても、撮影指示上でZ軸を扱えないので、実質手も足もでません。使い方に慣れてきた私も、原画だけ担当する場合は、Z軸なんてとてもではないですが使う気にはなれませんし、実際不可能です。

 

Z軸のカメラの動きは全て「TUとTB」に頼ることになりますが、TUとTBはズームと同じですから、クレーンやドローンやGoProのようなカメラワークにはなりません。

 

私は以前、導入の可否を考えてみたことがありますが、どうも無理っぽいです。「タイムシートと撮影指示」という旧来のスタイルが続く以上、Z軸の扱いは困難です。

 

どのような機能追加を今までのタイムシートと撮影指示に追加すれば良いか‥‥という思考のスタンスは限界に達しており、「分業の考え方」をゼロから仕切り直す大掛かりな取り組みが必要になります。

 

また、4Kのテレビは、今までの2Kテレビの解像度では隠れて誤魔化していた素材個々のクオリティがかなりダイレクトに映し出されてしまうので、作画サイズ云々だけでなく、アニメ撮影・コンポジットでの素材の組み方が問われます。

 

 

 

「デジタル作画」だけが未来ではありません。1000nits時代のHDRやPQカーブにはどう対応しますか? 各家庭の4K HDRテレビでの見栄えに対してどのような表現のアイデアがありますか?

 

未来は今までと違う映像品質基準へと移り変わっていきますから、当事者がどのように未来を生き抜こうと思っているのか、まずソコが問われましょう。

 

 

 


After Effectsの手前と奥

After Effectsは古い設計だ‥‥とか言われますが、After Effectsを使っててしみじみ「使いやすなあ」と惚れ惚れすることも多いです。

 

例えば、絵の中の、手前と奥。

 

レイヤーの見かけ上の「奥と手前」を、タイムラインの上下関係でも、Z軸の値の大小でも、そして、それらを混在させることが可能なのは、アニメのコンポジットには有利で機転が効きます。

 

 

レイヤーの3Dスイッチが入っていない場合は、レイヤーの上下関係で、奥と手前が決まります。

 

レイヤーの3Dスイッチがオンの場合は、レイヤーの上下関係よりもZ軸の位置が優先されます。

 

レイヤーの3Dスイッチがオンの場合で、Z軸の値が同一の場合は、レイヤーの上下関係が奥と手前に反映されます。

 

3Dスイッチがオフのレイヤーは、Z軸に従わずに、他のレイヤーのZ軸を無視して、レイヤーの上下関係にて、奥と手前の位置関係を強制配置できます。

 

 

アニメは、脳内で立体を意識はしていますが、縛られてはいません。絵に「真実味」をもたせるために、暗黙の立体は常に意識しながら作業しますが、「ここぞ!」という時は、立体や現実を超越した映像表現が可能です。人が絵を描いて作るアニメの醍醐味と言えましょう。

 

そして、レイヤーの上下関係とZ軸を縦横無尽に混在させることが可能なAfter Effectsは、まさにアニメの表現主義にうってつけ。

 

完全にXYZ軸に支配されちゃうと、融通が利かないですよネ。

 

立体の理屈を証明するために映像作品を作るわけじゃないですから、たとえ破天荒でも、「時には立体を尊重し、時には立体を無視する」スタンスは、アニメの素晴らしいアドバンテージと考えています。

 

他のコンポジットソフトウェアにココロが動かないのは、After Effectsの、まあ‥‥成り行きとも言える現在の仕様が、アニメの「空想空間」に適しているからです。

 

いくらノードで連結できて見た目がスマートでも、やりたい表現を手加減してボルテージダウンさせるのは「嫌なこった」です。結局、ソフトウェアは道具ですから、使う人と道具との二人三脚なのです。

 

 

都合の良い時にはZ軸を活用し、都合が悪い時はレイヤーの並び順でツジツマを合わせる。

 

After Effectsのそんな「C調」なところも、気に入っているのです。

 

 


集団思考

現在はWikipediaなどのインターネットの辞書・百科事典のようなコンテンツが豊富で、内容の信頼性の問題はつきまといますが、概要を即座に検索できる、恵まれた時代です。まあ、印刷媒体であっても必ず信憑性の高い情報とも限らないですから、複数の情報を総合的にジャッジする習慣があれば、今は便利さが際立つ時代とも言えます。‥‥そのインフラ充実のために、間接的に相応の対価を支払っていますしネ。

 

「集団思考」というコトバも、調べればその意味を色々と知ることができます。

 

集団思考とは、Wikipediaによれば、

 

集団で合議を行う場合に不合理あるいは危険な意思決定が容認されること、あるいはそれにつながる意思決定パターン

 

‥‥とのことです。会社などの組織に限らず、業界全体にもあてはまる事柄です。

 

アニメ業界は、実はとても団結力が強いです。国民的某アニメ会社が解散することになった時も、世間一般に対して情報公開される少なくとも半年以上前から業界では噂になっていましたが、業界外の人には全く漏れませんでしたよネ。ツイッターとか気軽な手段があるにも関わらず漏れませんでしたし、業界の人々の「口が固い」ことに改めて驚きました。

 

思うに、集団思考的な観点では、アニメ業界は2020年代の転換期において、「集団思考の罠」にハマりやすい状態と言えます。

 

  1. 団結力のある集団が、
  2. 構造的な組織上の欠陥を抱え、
  3. 刺激の多い状況に置かれる

 

まさに2020年代のアニメ業界。

 

Wikipediaではさらに、以下の「集団思考の兆候」を挙げています。これもアニメ業界にピッタリはまります。

 

自分たちの集団に対する過大評価

>集団固有の倫理に対する信仰

 

閉ざされた意識

>集団による自己弁護、集団外部に対する偏見

 

均一性への圧力

>意見が集団内の合意から外れていないかを自ら検閲する行為、全会一致の幻想

 

  1. 目標を充分に精査しない
  2. 採用しようとしている選択肢の危険性を検討しない
  3. いったん否定された代替案は再検討しない
  4. 情報をよく探さない
  5. 手元にある情報の取捨選択に偏向がある
  6. 非常事態に対応する計画を策定できない

 

 

本来、様々な人間の、様々な思考が集まることによって、合理的な決断を見出せるはずが、集団思考の典型に陥って、結果的に大敗北・大崩壊を喫する‥‥なんてことは、70年前にもありましたよネ。「みんなで意見を出し合えば、きっと、みんなにとって良い方法が見つけ出せる」‥‥なんていう小学校の学級会ノリを、イイ歳した大人が討論番組のまとめで言っちゃうのが、日本の国民性の良いところでもあり悪いところでもあります。

 

 

 

知識の乏しい集団が、まるごと誤ったジャッジをして、丸まんま皆で誤った方向に進む‥‥なんてことだってありえましょう。

 

例えば、小学校のクラスで「この楽譜はおかしいです。フラット記号が2つもついています。シを2回半音下げるのなら、ラと書けば良いと思います。」と誰かが言い出して、担任の先生も音楽には詳しくないので、「たしかにおかしいね。シではなくラと最初から書こう。」なんて言い出して、ほぼ全会一致となった‥‥とします。

 

ピアノと学理を学んでいる、たった一人の子が「おかしくありません。音階における臨時記号としては正しい記譜法です。」と言っても、「実際に鳴っている音はラでしょ? だったら、最初からラと書くべきだ」と子供たちも担任も聞く耳をもたず、その場では「ダブルフラットは誤りだ」で決着しました。

 

後日、音楽の先生に聞いたところ、「ダブルフラットで正しいです。たしかに即物的に鳴っている音はラですが、作曲者の意図と音階上の理屈ではシのダブルフラットになります。」と言われて、一人を除く全員の子供たちはおろか、担任の先生まで間違っていたことが判明しました。

 

*例えばEフラットマイナースケールの上記の「シのダブルフラット」で言えば、実際に鳴っている音の問題ではなく、II7 > V7 > I という2段のドミナントモーションの過程での第4音(Vへの導音)と見るか、気だるく上がりきらない第5音と見るかで、作曲上の意図やスケール上の解釈が異なります。ラの音か?…ではなく、4のシャープか、5のフラットか…が重要なのですネ。

*初心の頃は、ダブルシャープもダブルフラットも、いわゆる異名同音・エンハーモニックの理屈がわからないものですが、和声進行やスケールを学ぶようになると自ずと理解できるようになります。

 

 

集団思考の危ういところはまだ先があって‥‥

 

「音楽の先生まで巻き込んで正当化を謀るとは、なんという恥知らずめ。皆だけでなく担任の先生にまで大恥をかかせやがって。」

 

‥‥と全くメチャクチャで合理もクソも見境いのない「感情論」へと推移し、皆と異なる意見を述べた子供一人が悪者に仕立て上げられます。

 

 

 

いやだね。うんざりするね。‥‥でも、ありがちだよねぇ〜〜〜。

 

分析や理屈よりも思い込みや感情を優先する、さらには、合理性よりも習慣性を優先する、外界と途絶し閉鎖された集団の「悪い部分」の見本みたいなもんです。

 

多数決や全会一致が有効なのは、あくまで、各個人独自の「色々な価値観や知識や経験」のバリエーションが集まった場合です。皆が似たような意識を持ち、経験も知識も共通した状態では、集団そのものに偏向が生じて、多数決は単に「総意の確認」にしかなりません。

 

何を選ぼうが他愛のない案件ならともかく、正否をジャッジする案件、または、未来の運命を決する案件において、「多数決」はあまりにも危ういです。多数決は万能ではなく「時と場所を選ぶ」のです。

 

 

 

まあ、だから、集団の全会一致はそもそも危うきと意識して、「採用しようとしている選択肢の危険性を検討」して、「いったん否定された代替案は再検討」して、「情報をよく探」して、大多数の意見が果たして合理的な選択足り得るかを自己批判する「戒め」が必要です。

 

そして、指導者も「全知全能を気取らないこと」が重要です。何でも知っているフリをしたら、引っ込みがつかなくなるでしょ。‥‥かっこ悪いのを取り繕おうとして、さらにかっこ悪い勘違いや見識不足を上塗りする必要はないです。年長者だからって、何でも知ってるフリをする必要はないです。

 

自分、そして自分たちは、「何を解っていないのか」をまず認識することが大切でしょうネ。

 

年長者の重要な役割は、「解ってないことを自覚できる謙虚さ」を若い人間に継承することでしょう。現場慣れすると、とかく何でも知ったような気分に陥りがちですが、それがとても浅はかで視野の狭い事だと意識できるようになれば、新しく押し寄せる状況にも柔軟に対応できましょう。

 

知ったかぶってると、未知の新しい物事を前に、素っ頓狂な醜態を演じ、さらには、自分らの未来を潰すきっかけともなります。

 

成功体験に酔いしれるままでは、未来は拓けません。従来のパターンでは通用しないことも多いです。

 

 

 

この世には「集団思考」というものがある‥‥と、自らを意識することができれば、集団思考の落とし穴へと呑気に落ちにいくようなことは、最低限防げる‥‥‥と、思いたいですが、一方で、あまりにも大きな集団は意識を浸透させる事自体が難しいのも事実ですよネ。

 

 

 

 


アレクサ。エコー。

現在時刻、タイマーやアラーム、天気、簡単な四則演算。ちょっとした情報を得るために、アマゾンのアレクサは、今や、生活にすっかり馴染んで、無いと不便に感じるほどになりました。

 

 

2の16乗は「6万5千‥‥なんだったっけか?」みたいな計算はアレクサに聞けばすぐに「答えは、65536です」と答えてくれます。16bitのRGBの色数を知りたい場合は、「65536の3乗は?」または「2の48乗は?」と聞けば、「281兆4749億7671万656です」と息継ぎ無しに答えてくれます。‥‥もう少しゆっくり答えさせたいんですけど。

 

最近、水槽の濾過器のスピンドルとインペラを交換したのですが、「結局、このパーツは、何回転したんだろう?」と回転数/秒x分x時間x日x年数をアレクサに聞きながら順を追って計算したら、15億回転。‥‥まあ、かなりゆるい試算なので、実際の回転数は定かではないですが、少なくとも億単位であることはわかり、日常生活に用いる製品の信頼性にしみじみ思いを馳せました。

 

職場にもEchoが設置してあり、さらに私は自分用にすぐ近くにEcho Dotを置いています。天気予報やタイマーは重宝しますし、打ち合わせなどのイベントをカレンダーに登録しておけば事前に読み上げてくれますし、リマインダーが「そろそろ終業です」と教えてくれます。

 

同じ部屋に複数のEchoを置く場合は、ウェイクワードをEchoごとに変えないと、同じクラスに同じ苗字の子がいる時みたいに同時に反応してしまいます。

 

Echoは、「Alexa(アレクサ)、Echo(エコー)、Amazon(アマゾン)、Computer( コンピュータ)」の4つがウェイクワードとして使えますが、「Amazon(アマゾン)、Computer( コンピュータ)」は一般的過ぎて使えません。

 

なので、実質「Alexa(アレクサ)、Echo(エコー)」の2択になります。

 

私の傍のEchoは「エコー」の呼びかけに反応するように設定していますが、これがまたそこそこ誤反応が多いのです。

 

おそらく、日本語の会話の中に「えこ」という一連の響きが存在するのでしょう。例えば、「OOへ、こんなXXで」と喋れば、「エコー」と呼びかけたことになるのでしょうかネ。

 

部屋での会話の途中で、いきなりEchoが喋り出して、時には延々と語り続けます。「こんな説明が見つかりました。OO O XX XX 、 、 、 、」と静止するまで御構い無しに喋り続けます。

 

 

 

アマゾンさん。

 

ウェイクワードをもう少し増やしてくれんかの。

 

部屋に1台あれば十分‥‥と思いがちですが、自分の仕事のペースに合わせて、30分や50分など小刻みにアラームを都度仕掛けたい場合は、部屋の共用のEchoだとダメなんすヨ。

 

なので、部屋に複数台あっても正常に動作するように、ウェイクワードの数を増やしてもらえると便利なんですがの。

 

 

 


民と自分

圧政に苦しむ民を束ねる新しきリーダー。民と共に勝利した後、リーダーは次第に民に疎まれるようになり、ついに民によって殺される。

 

まあ、ありがちな話です。民の性質を、歴史から学べば、特に珍しいことでもないです。

 

ワーグナーのオペラ「リエンツィ」も、そんな感じのストーリー‥‥でしたね。

 

アニメ業界は業界自体がブラックだとは言われます。そんな中、担ぎ上げられて、改善目標を達成した後には、むしろ民には鬱陶しい存在となって、身内であった民から背後から刺される‥‥なんてこともあり得ます。まあ、祭り上げられる当人も、おだてられて調子に乗っていい気にならないこと、ですよネ。

 

 

現在の状況は、年長の人間が作り出した‥‥なんていう人もいますけど、「別に、あなたの代から変えても良いんですよ。先輩たちのせいにして、自分は何もしないのでは、結局同じ穴のムジナ」なのです。民の思考というものは、実はこうしたロジックの延々とした繰り返しです。

 

「業界」なんて大風呂敷を広げて、もろとも全部解決しようなんて思うから、いつまでも達成できないんですヨ。漠然とし過ぎているもん。

 

 

「自分の力は小さい。何も変えられない。だから、先人が悪いんだ。こういう状況を作ったから。」

 

本当にそうですかね? 私はほんの数人で4Kをはじめとした新しい技術の取り組みを開始しましたが、徐々に状況を変えつつありますよ。当初は自費も自費、前例なんて何もなく、話せば「夢想家」扱いされて「できるわけない」と一笑されても、結局、今に繋がってます。4Kに限らず、結構色々なものが、最初は何の裏付けも後ろ盾もなく開始して、総合的に現在へと集束しています。

 

私はアニメ業界の「共依存の性質」は好きではありません。自分たちの小グループ規模でも少しずつ変えていけば良いのに、既存のシステムや習慣に依存するばかりで、何か新しい基軸を試すことなど「自分の仕事じゃないから」と全くしようとしない。‥‥たまに大勢で集まれば、集団同調性バイアス集団思考の相互確認に終始するだけ。

 

 

他人なんて変えられません。他の集団なんて舵取りできません。他人の船を遠隔操作なんてできません。

 

変えられるのは自分自身、そして自分たちの集団だけです。自分たちの船ならば、舵取りも行き先も航路も主導で選択できます。

 

なのに、いつまで、「誰かが変えてくれる」のを待つのでしょうかネ。自分と自分らの集団を、自分たち自身で変えた方がてっとり早いでしょ。

 

 

私も民のひとりです。

 

しかし、私は、私らの代で徐々に作り方を変えていきます。小さなグループからのスタートで十分です。

 

あなたはどうですか。

 

どうせ無理だと思いますか。

 

受精卵という、あまりにも小さな存在からスタートした自分なのに、自分の小さなチカラを信じられませんか?

 

現代のテクノロジーを、自分の母体だと思えば、これほど力強いものはない‥‥と思いますヨ。

 

 

 


良し。悪し。

新しい何かと遭遇した時、今までとは違う「良い面」もしくは「悪い面」が目立って感じられます。旧来と同一の部分よりも、差がある部分のほうが目立つのは、まあ、あたりまえの事ではあります。第1印象も重要ですが、しばらく時間が経過して、それでも良いのか悪いのかが「物事のキモ」です。

 

アニメ業界でタブレットによる作画を導入しようと盛り上がった数年前に、「こんなに利点がある」的な美辞ばかりが目立ったのは、まだ初期段階の意識しかないことを物語っていました。タブレット作画は利点も多いですが、難点も同じくらいあって‥‥

 

  • 従来の紙での作画作業には存在しなかったソフトウェアの導入&更新の費用
  • 作画机と違ってコンピュータやタブレットは機材の定期的な入れ替えが必須
  • ネットワークやサーバを正常に機能させるための維持費と人件費

 

‥‥などのコンピュータ導入の一番「イタい」ところはほとんど何も触れられていませんでした。パソコンを買って「何でもできる」と有頂天になっている初心者のごとく‥‥とでも言いましょうか、コンピュータの「都合の良い点」が持ち上げられ、「都合の悪い」部分はゴニョゴニョ‥‥となっていたのは、アニメ業界の前途多難な未来を予感していました。

 

もしかしたら、人々はこう考えているかも知れません。

 

新しい技術や環境を導入すれば、今までの苦しかった状況を改善できる

 

‥‥と。

 

つまり、「悪い部分にだけ、サヨナラできる」と考えがちです。

 

たしかに、導入効果は表れるでしょう。今までの問題点は解決できるかも知れません。しかし、

 

新しい技術や環境を導入すると、今までとは違った問題点を抱えることになる

 

‥‥のです。上述の通り、ペーパーレスで得た利点と引き換えに、機材の導入と維持のコストで支払うのです。

 

 

 

現代の世の中、色々と便利になったけど、その便利さのために、結構大きなお金を支払っていますよネ。

 

ピッキング防止のゴツい鍵とドアホン(カメラ)付きで風呂付きのアパートに一人暮らしして、自宅にはパソコンとネットがあってスマホをいつでもイジって‥‥という状況は、とても1980年代には標準とは言えませんでしたが、その代わりに自分所有のバイクや車でふと遠乗りして深夜にファミレスで飯食って‥‥みたいなことはできました。

 

お金をいっぱい持ってたわけではなく、そもそも生活のベースに関わるコストが安かったのです。

 

私が一人暮らしを始めたのは18歳の頃ですが、家賃は32000円、電話はプッシュ回線でしたのでちょっと高くて1980円+通話料で4000円くらい、電気代は4〜5千円、ガスは2千円、水道代は家賃込み(共益費扱い)、もちろん、ネットやスマホの使用料金はゼロ=存在しなかったので、ライフラインと生活ベースのお金は45000円に満たず、原画70カットでもやれば(その頃はテレビシリーズ1カット2200〜2500円)、アニメーターでも普通に自立して生活できました。

 

スマホやパソコンはわかりやすい差ですが、実はそうした現代テクノロジーの電気製品を家の中に導入することは、熱源を部屋に置くことになります。パソコンやハードディスク、ブルーレイのレコーダー、そして自分の家だけでは収まらない社会全体のコンピュータの導入によって、生活地域全体の排熱を冷却するために、エアコンが常時稼働して、そのエアコンの室外機がさらに熱を出して‥‥と、個人レベルでも社会レベルでも、現代は「冪算」的にお金がかかるようになっています。

 

そんな時に、「スマホは手放したくないけど、社会の排熱は何とかならないか」と考えるのは、都合良すぎです。スマホで電話やネットやゲームができるのは、そこら中でサーバやネットワーク機器がうんうん熱を出しながら動作しているお陰‥‥ですから。

 

そもそも、皆がパソコンやスマホを使って、現代のネット社会を「買い支えている」とも言えますネ。お金を奉仕するから、スマホ商売も成り立って、スマホを使える社会たり得るのでしょう。そして、その便利な社会の排出する「熱処理」にもお金を払い続けます。

 

 

 

便利になった分、必ず何かを犠牲にしています。

 

VR/ARも楽しいですけど、香りも温度も湿度もない、光も影も風もない、重さも感触もない、現実の要素をすべてあきらめた虚空に漂う楽しさですよネ。

 

一方、ヨーロッパを空中散歩‥‥なんて、現実世界ではよほどのお金持ちでもなければ無理です。VRならば練馬のアパートでも疑似体験ができましょう。

 

テクノロジーが進化しても「豊かさ」は解決してくれません。何か一方の豊かさを手に入れれば、もう一方の豊かさを失う‥‥のイタチごっこ、シーソーゲームです。

 

‥‥で、話をアニメ制作に戻して。

 

タブレット作画で色々と便利なるのは事実です。私は以前、横8フレームくらいの大判を扱ったことがありますが、幸いコンピュータの中でレイアウトしたので、現実世界で2メートルの紙を扱わずにすみました。まあ、それは極端な例だとしても、実際に紙がないことで、色々な改善が可能です。

 

しかし、その利点と引き換えに、極めて重い代償も背負うことになります。実際、アニメ業界には先例があって、時流にのって各社がアニメの撮影をフィルムカメラからコンピュータへと入れ替えたものの、定期的な機材更新の重荷に耐えられず、今でも旧世代のコンピュータとAdobeCS5〜CS6のままで止まっている事例はそこかしこにあります。

 

アニメの撮影の機材が古いまま停滞している状況は、未来の「デジタル作画」でも再演するでしょう。‥‥「利点だけに目を奪われる」のならば‥‥です。

 

 

 

もし、ペーパーレス・タブレット作画を推進しようとするならば、利点だけでなく、運用のコストの負荷も正直に、そして同時に、プレゼンすべきです。趣味で絵を描いている人々が対象ではなく、プロ相手なのですからなおさらです。

 

そのためには、現在の1.5〜2Kの作画サイズではなく、すぐ先の4Kは最低でも視野に捉えたロードマップが必須です。「今、お話ししているのは、2Kまで通用する話で、4Kはゴニョゴニョ‥‥‥」では正直情けないです。

 

タブレット作画の内容面だけでなく、4K時代も見据えた運用コストのロードマップを併せて提示することが問われます。

 

「こんなことができる。あんなこともできる。」とワクワクさせて、実際に使ってみたら、重い金銭的負荷を強いられることが判明した‥‥では、その落差は凄まじく、なまじ隠してウソをつくよりも、「正直に言っておいた方がマシ」です。「最初から、金がかかることを隠さず説いた上で、どのような勝機があるのか」を語った方が良いです。

 

ローリスク・ハイリターンなんてウソをつくのは止めとこうよ。

 

アニメ制作現場の「身内」に対して、「売ってしまえばOK。あとの始末は知らね。」なんて思うのでなければ‥‥です。

 

 


尺、デュレーション

アニメ制作現場の人間はカット番号の先頭に「C」を付けたがる。開発の人間は「C」はCパートのCと紛らわしいから外したい。これはもう、それこそ20年前の話題ですが、今でもc001とかc250とかファイル名に付けている現場はそれなりに見かけます。

 

「キャプテンクックのCパートのカット168c」なんて、今までの#とcで表記したら、

 

cc#cc168c

 

‥‥となります。#とcを使いたいがばかりに、それはもうCだらけのカット番号になりますネ。

 

カット番号の決め事という些細なことではありますが、そんな小さなことでも、現場の慣習に対して、「変えよう!」と強く言えるのは、現場の人間なのです。決して、門外の人間ではないです。

 

つまり、現場の人間が変わろうとしなければ、どんなソリューションを導入しようが、現場は変わりません。もし、現場の人間が「今までこれでやってきたんだから」なんて言いだしたら、新しい元号になっても昭和の技術からステップアップすることは難しいです。

 

現場が自らの過去の慣習や技術を自己批判して、昭和・平成のやり方を変えていくことで、2020年代の未来をリアルに生きていけましょう。

 

 

 

現場で日々耳にする「尺」。フィルムの「尺=長さ」に由来し、今でも使われ続ける慣習上の用語。

 

私は以前、atDBというアニメ撮影に関わるデータベースを実働させるにあたり、様々な要素や用語を規定していました。その中で、現場で「尺」と呼びあらわす要素は、色々と考えを巡らしました。

 

総尺。カット尺。

 

尺とは、言い換えれば何? タイムシートには「Time」欄がありますが、あれはカット尺?

 

では、絵コンテ上では6秒で、前カットと1秒のOL(クロスディゾルブのこと…これもアニメ現場ならではの慣習・方言ですネ)があった場合は、尺は6秒?、それとも正味の6.5秒?

 

「尺」って、具体的なようで、実は結構曖昧です。

 

なので、色々と考えた末に、以下のように定めました。

 

 

 

アニメ制作現場で使われてきた「TIME=タイム」、一方、映像ソフトウェアではおなじみの「DURATION=デュレーション」を、あえて使い分ける‥‥という、いわば「苦肉」の方法です。

 

TIMEは時間、一方DURATIONは継続時間とも訳されます。まあぶっちゃけ、同じと考えても良いものですが、アニメ制作現場にはデュレーションという言葉が普及していないことを利用して、

 

TIME=映像作品全体の中における、カットの時間の長さ

DURATION=ムービークリップ(カット個々)の継続時間

 

‥‥ということに決めて運用しました。

 

DURATIONは必須、TIMEは任意の値にして、

 

DURATIONの値しか存在しない場合は、TIMEは同一

TIMEの値しか存在しない場合は、DURATIONは同一(atDBアプリが自動でTIMEからDURATIONに値をコピー)

DURATIONとTIMEの値が両方あって、同一の場合はトランジションなし

DURATIONとTIMEの値が両方あって、不一致の場合はトランジションあり

 

‥‥のような判断基準のルーチンを実装しました。実はもっと細かいですが、基本はこんな感じでした。

 

ちなみに、トランジション(カットが変わる際の映像効果)はキーとバリューの連想配列になっていて、

 

OLI=1+0, OLO=1+0

 

‥‥となっていたら、カット頭OL 1+0、カット尻OL 1+0 という内容です。TIMEとDURATIONの「つじつま」があっているかを演算するルーチンも実装していました。もし不正な値の場合は、作業者と撮影監督に警告する仕組みもアプリ(ヘルパーソフトや集計ソフト)に仕込んでありました。

 

 

こうした取り組みをしていたのは、もう10年以上も前のことです。その頃から現在まで、アニメの制作現場全体としては相変わらず、自動化や作業のデータベース化、ネットワーク活用は、果たせぬままです。

 

旧来の現場に変革の見込みが感じられないと悟った私は、もはや「撮影」という作業から離れ、「撮影」の存在しない新しい枠組みで、新しい制作システムを準備しています。

*カメラレンズを覗いて撮影監督をしている実写の方々と一緒に仕事して話すようになると、アニメの「撮影監督」の肩書き、しかもご丁寧に「Cameraman」「Director of photography」なんて英名までついていると、なかなかに気まずいものがありました。今のアニメは、カメラ・フォトグラフ‥‥ではないもんなあ‥‥。たしかにフィルム時代までは「撮影監督たり得た」でしょうが、今は‥‥。

*「セル」はまずもうセルロイドでセルを作っていた時代は遥か昔だし(素材はセルロイドではなくアセテートですよネ)、素材そのものも現役ではないですから、「ログ」(丸太)と同じ感じで使っても問題はなさそうです。しかし「撮影」「撮影監督」は、実際にカメラを使う実写の「リアルな撮影監督さん」が多く存在するので、未来のアニメ制作現場は、もっと他の言葉を使うべきと私は考えます。現場が「撮影」という言葉をやめて、もっと現実味のある言い方に変わった時が、現場自らが転換期・変革期を主導する兆候の1つ‥‥だと思います。

 

 

アニメ制作現場で実際に作業する人々が、過去の慣習とどう向き合うか。

 

存続する慣習、変えていくべき慣習、廃止する慣習を、まさに当事者として、率先して取り組んでいかないと、‥‥まあ、新しい元号になっても昭和時代の作り方とお金と待遇はさして改善できないでしょうね。昭和時代の基本構造を引き継ぐ以上は、昭和の問題点も引き継ぐことになりましょう。

 

日本大手の「製作」元は、旧来のアニメ制作に対しては「現状」を維持する一方で、3DCGには積極的に投資をおこなっている‥‥とも聞き及びました。まあ、情報はあくまで情報として冷静に分析しますが、「いつまでも変わらない人々」に対して、見切りをつけ始めている‥‥としても、想像に難くありません。

 

アニメ制作は、大自然の農耕とは真逆の、人工的で100年前後の浅い歴史しか持ち得ません。数十年後には他の技術の娯楽に取って替わられて、消滅していることさえあり得ましょう。

 

人間は飯を食わなければ死ぬし、飯のために戦争もしますが、アニメを見なくなっても人々は死にません。もしアニメ制作諸問題の結果、下火になったとしても、人々からは「最近、見なくなったね」で放置して忘れ去られるだけです。かつてアニメが提供していた内容を、他の何かが代わって提供するようになるでしょう。自分自身を振り返って考えても、「そういえば、昔熱中したアレ、最近見かけないな」なんていくらでもありますよネ。

 

‥‥であるならば、何をもって、アニメの存在意義を示すのか。

 

私自身は、アニメの存在意義も独自性もハッキリ認識しています。国内、国外、アニメも実写も3DCGにも関わってきて、内側からも外側からも見た上で、日本のアニメの有利な点・Uniqueな性質を明確に認識していますが、アニメ業界の制作現場の人たちは、明確に自覚できているでしょうか。

 

盲信したり過小評価せずに、何が優位で何が劣っていて、ゆえに何を伸ばせば良いかを、冷静に分析できているでしょうか。漠然と日本のアニメ業界が作るから、日本のアニメだ‥‥なんて思っていませんか。

 

窮状を外部に訴えることも必要でしょうが、昭和の終わりから30年経過した2019年の現在、自分たち自身に「作り方の根本」を問うて訴える必要がある‥‥と、少なくとも私は思っております。

 

 


雑感

アニメは、いろんな技法やポリシーはあれど、絵を描いて動かすものなので、絵が心底好きでないと、少なくとも実際に手で絵を描く従来の作画作業やCO/KFアニメーション技術の作業は長く務まりません。特に、既存の方法論や先例もなく、技術のひとつひとつを積み上げていかねばならないCO/KFアニメーション技術には、相当な強い根っこがないと、やりきれるものではないです。それを最近、改めて明確に認識しました。

 

目は口ほどにものを言う‥‥とはいいますが、絵描きにとって、道具は口ほどにものを言う‥‥とも言えます。

 

これはiPadやタブレットでも同じで、単純にチップ・ペン軸の消耗だけでも、どれだけ絵を描いているか、液晶保護フィルムのヘタりや板タブの擦り傷で、それまでどれだけの量を描いてきたかが、すぐにわかります。

 

量より質‥‥なんて言葉もありますが、技術習得には当てはまりません。質の良い練習法で量をこなしてこそ、上達が可能になります。量も質も、習得には必須です。

 

描いてて三日坊主で終わるのなら、絵を描いていながら絵をめんどくさがって誤魔化したりするのなら、その人は作画作業には向かないのです。

 

 

 

例えば‥‥。

 

とある男が、女性にモテない劣等感の代償行為で絵を描いてても長続きはしないように思います。モテない現実を、絵を描く行為に覆いかぶせるには、あまりにも技術が難し過ぎますもん。そういう人は数日で飽きては止め、またしばらくして思い出したように描いてみては止め‥‥なので、上達しません。女性にモテるようになれば、絵なんてどうでもよくなるタイプの人間です。

 

しかし、同じくモテなくても、自分の劣等感ではなく、女性の存在そのものが好きならば、絵をいくら描いても果てしないでしょう。なぜ可愛く感じるのか、美しいと思うのか、惹かれてしまうのか、そのナゾが知りたくて、どんどん絵を描いてしまい、いつしか上達します。研究熱心で量もこなすのですから当然ですよネ。

 

 

 

コンピュータはある意味、スカした存在です。「誰でもプロ並み」とかAdobeがその昔宣伝してた(今も?)ことからもわかるように、たいした努力をせずともツールさえ買い揃えればできるようになると、錯覚しがちです。売り文句としては耳障りが良いですが、真実ではないです。

 

私は最近、考えが変わって、新しいスタッフ探しには、まず何よりもとことん絵を描くのが好きで、それこそ愚直なまでに絵に打ち込む人材が必要だと思うようになりました。

 

根っこの強い衝動がないと、とてもではないですが、新しい技術を1つ1つ切り開いて積み上げていく前に、へこたれてしまうからです。便利なプラグインやコピペで誤魔化す方法など不要です。必要なのは誰かから聞いた小手先のTipsではなく、自分たちで作り出す技術構造論・方法論です。

 

世渡りの術なんて下手でも良いから、本人の見目なんて大した問題ではないから、とにかく絵を描くことに無我夢中な人が良い‥‥と思います。絵が描けないと、映像が作れないと、スタート地点にすら立てないです。

 

極論を言えば、ソフトとかハードとかは、どうにでもなるんですよ。後付けで使い方を覚えられますし(教えられますし)、時代によって機材なんてどんどん移り変わるんですから。

 

他者ではどうにもならないのは、本人の「絵を描きたい。描かずにいられない。映像を作りたいんだ。」という強い観念、ある種の飢餓感です。「絵を描きたい」という強い衝動が内に在って、本人を突き動かす状態でなければ、どんなに高い機材を揃えてもただのコレクションにしかなりません。

 

 

 

2020年代は新しいアニメーション技術、映像技術の黎明期になるように予感します。

 

先人のテンプレートに従って技術をクローンコピーすれば生きていけるようなヌルい時代は、お金的にも、環境的にも、技術的にも通用しなくなると思います。旧世代と新世代を区切る、淘汰の時代がやってくるでしょう。

 

Fortitude。

 

どうしてもアニメが作りたいと思う人間が、新しい世界を作っていくのです。

 

 

 


sips

macOSには「Image Events」という裏方のアプリケーションがあって、AppleScriptからも利用することができます。以下はその機能の一部です。

 

save v : Save an image to a file in one of various formats

save specifier : the object for the command

[as BMP/‌JPEG/‌JPEG2/‌PICT/‌PNG/‌PSD/‌QuickTime Image/‌TIFF] : file type in which to save the image ( default is to make no change )

[icon boolean] : Shall an icon be added? ( default is false )

[in text] : file path in which to save the image, in HFS or POSIX form

[PackBits boolean] : Are the bytes to be compressed with PackBits? ( default is false, applies only to TIFF )

[with compression level high/‌low/‌medium] : specifies the compression level of the resultant file ( applies only to JPEG )

 

rotate v : Rotate an image

rotate specifier : the object for the command

to angle real : rotate using an angle

 

scale v : Scale an image

scale specifier : the object for the command

[by factor real] : scale using a scalefactor

[to size integer] : scale using a max width/length

 

 

つまり、Image Eventsを使って、AppleScriptをユーザーの窓口にすれば、ちょっとした画像形式変換ソフトが作れるわけです。書き出せる形式は、上の通り、「BMP JPEG JPEG2 PICT PNG PSD QuickTime Image TIFF」と、とりあえずは困らないくらいの幅広さはあります。画像の回転やサイズ変更、切り取りも可能です。‥‥PICTはさすがにもう使わんけど。

 

AppleScriptに慣れない場合は、シェル経由の「sips」コマンドでも同じことが可能です。AppleScriptとImage Eventsの組み合わせだととかくスクリプト文が長くなりがちですが、シェルならば多少冗長にはなりますが1行で済みます。

 

まずは「man sips」でマニュアルに目を通してみれば、結構な画像変換ができることがわかります。「sips -h」や「sips -H」でも、色々なオプションが確認できます。‥‥文量が多いので、ここではあえて引用しませんが。

 

処理できる内容を見てみると、どうもImage Eventsとsipsは同じもの‥‥なんでしょうかね。その辺の内部事情は知らないので何とも言えませんが、できることは共通しています。

*ただ、Image Eventsの方の用語辞書をみると(上記の)、Targaが抜けてますね。書き忘れ?

 

 

 

例えば、中に144ファイルのPSD連番が入ったフォルダを丸ごとJPEGに変換する‥‥なんていうのも1行コマンドで簡単に、しかも144ファイルの2KサイズPSD程度なら数秒で処理できます。

 

sips -s format jpeg PSD連番フォルダパス/*.psd --out 書き出すフォルダパス

 

JPEGの圧縮率なども指定可能ですが、まずは簡単な1文にて。

 

フォルダの中身はもう自分で承知しているから大丈夫‥‥という人は、

 

sips -s format jpeg PSD連番フォルダパス/* --out 書き出すフォルダパス

 

‥‥という書き方でもOKです。/* はフォルダの中身全部‥‥という意味です。

 

アニメ現場ではおなじみのTargaも書き出せます。

 

sips -s format tga PSD連番フォルダパス/* --out 書き出すフォルダパス

 

ただし、Targaで書き出すと、解像度は72dpi‥‥というか「値無し」になります。アニメ業界でこれだけ常用されているのに意外に思いますが、Targaにはもともと「平方あたりの画素・ドットの数」という概念がありません。ビデオに特化したフォーマットだったらしく、印刷とか実物スキャンは全く考慮されていないのです。

*ただ、Targaには「開発者が使えるデータ領域」があるので、そこに独自拡張で解像度を記録することはできると思います。でもまあ、あくまで独自拡張なので一般では通用しないですけどネ。

 

 

コマンドは使い続けていないとすぐに忘れてしまいがちなので、そんな時はAppleScriptと組み合わせて、ドラッグ&ドロップのJPEG書き出しドロップレットを作ってしまいましょう。

 

処理するフォルダと新作するフォルダをAppleScriptのFinder命令で指定して、POSIX Path(スラッシュ区切りのUNIX形式のパス)に変換して、シェルに渡します。

 

どうせなので、アプレットとドロップレット両方で動作するアプリケーションにします。

 

on run

    tell application "Finder"

        set importFolder to choose folder with prompt "変換するフォルダを指定"

        set exportFolder to choose folder with prompt "書き出すフォルダを指定"

    end tell

    my saveAsJPEG(importFolder as Unicode text, exportFolder as Unicode text)

end run

 

on open theItems

    repeat with theItem in theItems

        set importItem to theItem as Unicode text

        tell application "Finder"

            if folder importItem exists then

                make new folder at container of theItem with properties {name:((name of theItem) as Unicode text) & "-JPEG"}

                set exportItem to result as Unicode text

            else

                set exportItem to ((characters 1 thru -((length of ((name extension of theItem) as Unicode text)) + 2) of importItem) as Unicode text) & ".jpg"

            end if

        end tell

        my saveAsJPEG(importItem, exportItem)

    end repeat

end open

 

to saveAsJPEG(_i, _e)

    set _all to ""

    if character -1 of _i is ":" then set _all to "*"

    do shell script "sips -s format jpeg " & (quoted form of POSIX path of (_i as Unicode text)) & _all & " --out " & (quoted form of POSIX path of (_e as Unicode text))

end saveAsJPEG

 

 

このスクリプト文にテキトーな名前をつけてアプリケーション形式で保存すれば、ダブルクリックでもドラッグ&ドロップでも動作する、自作のmacOS用アプリの完成です。

 

 

シェルに投げるまでのお膳立てをAppleScriptとFinderでおこなう仕組みですので、実は肝心の「画像形式変換」の部分は1行のみです。アプリを作るのは前置きが長いのです‥‥って、これでもかなり短い部類です。

 

ブログにちょろっとペーストできるほど短い文で済んでいるのは、なによりも「エラー対策」をほぼ全部端折っているからです。もし、同階層に同じ名前のフォルダやJPEGファイルがあった場合はエラーで止まりますし、アイテムを分別する条件分岐もアマアマです。テキストファイルをドロップしても動作を開始してしまう構造です。

 

でも、作った本人だけが使う分には問題はありません。自分で文を書いて作ったがゆえに、隅々まで処理内容を知っているので、うっかりでもない限り、エラーを自ら呼び込む使い方をしないからです。

 

 

まあ、2019年現在にAppleScriptを覚えよう!‥‥なんて薦めませんが、何かしらのプログラム・スクリプト言語を日頃から手に馴染ませておくことで、自分で使うための自分専用アプリを、思いついた時、もしくは必要に迫られた時に、サクッと作れるのは、コンピュータを使う醍醐味・利点でもあります。

 

‥‥そういえば、sipsはTargaも書き出せますから、画像連番を一気にTargaに変換するのも作っておきましょう。

 

on run

    tell application "Finder"

        set importFolder to choose folder with prompt "変換するフォルダを指定"

        set exportFolder to choose folder with prompt "書き出すフォルダを指定"

    end tell

    my saveAsTarga(importFolder as Unicode text, exportFolder as Unicode text)

end run

 

on open theItems

    repeat with theItem in theItems

        set importItem to theItem as Unicode text

        tell application "Finder"

            if folder importItem exists then

                make new folder at container of theItem with properties {name:((name of theItem) as Unicode text) & "-TARGA"}

                set exportItem to result as Unicode text

            else

                set exportItem to ((characters 1 thru -((length of ((name extension of theItem) as Unicode text)) + 2) of importItem) as Unicode text) & ".tga"

            end if

        end tell

        my saveAsTarga(importItem, exportItem)

    end repeat

end open

 

to saveAsTarga(_i, _e)

    set _all to ""

    if character -1 of _i is ":" then set _all to "*"

    do shell script "sips -s format tga " & (quoted form of POSIX path of (_i as Unicode text)) & _all & " --out " & (quoted form of POSIX path of (_e as Unicode text))

end saveAsTarga

 

 

数カ所変更するだけで、主要な画像形式のファイルを連番丸ごと変換するmacOSアプリの出来上がりです。

 

 

 

ちなみに、今回は画像保存時のオプションを一切省いていますが、JPEGなら圧縮率とかTIFFならLZW圧縮の有無とかを指定できます。拡大縮小や、回転(現場ではあまり必要ないけど)なども処理できます。

 

 



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