ロジテックとLogitech

気になって調べてみたんですが、「ロジテック」と「Logitech」は違う会社だったんですネ。最近書いた記事がきっかけとなって、ロジクールとLogitechのアイコン(企業ロゴ)が同じである事を明確に認識したんですが、「ロジテック」と「Logitech」がどうも同じ会社に思えなくて、調べてみたら、やっぱり違う会社だった‥‥というのが解りました。

スイスの「Logitech」が日本市場に参入する際に、既にあった「ロジテック」との混同を避けるため、「ロジクール」というブランドに変更したみたいです。

大して気にしてなかったけど、長年のナゾが解けました。

私は「Extreme 3D Pro」というコントローラをMacで使っているのですが、これは「Logitech」ブランド(並行輸入品)で、その昔USBフロッピードライブや廉価なモニタを出していた「ロジテック」の製品とは思えませんでしたが、そりゃそうだ、全然違う会社だったのですから、違和感を感じて当然ですネ。

ちなみに、「Extreme 3D Pro」は、「Storm Raiders」「F18 Carrier Landing」という数百円のソフトウェアをApp Storeで買って、そのコントローラーとして活躍しております。

「Storm Raiders」はWW2の航空機によるフライトゲームで、Yak-9Dや99艦爆など珍しい機体にも乗れて、景観もきれいな450円のAppです。「F18 Carrier Landing」は250円とさらにお安く、内容はその名の通り、着艦を繰り返すだけの地味なフライトゲームですが、ゆえに、息抜きにやると楽しいです。


「F18 Carrier Landing」は、F/A-18やF-14の他に、C-2などの艦上輸送機の着艦も楽しめます。‥‥まあ、着艦を楽しむ‥‥というのもアレですが、機体の特性(舵のレスポンスとか失速の限界など)、進入の角度や速度、風向き、天候(雨や霧)、もろもろにより、結構飽きずに楽しめるんですよ。

Mac miniでも奇麗なレンダリングでゲーム映像を楽しめます。私はゲームシナリオよりも、ゲーム映像が見たくてやるんですが、最下機種のMac miniでも、オプションでもろもろグレードアップしておいた恩恵(i7へ変更など)だかどうかはわかりませんが、リアルタイムで奇麗な絵を出せるみたいですネ。

言語

私、言語学習を日々のあれこれの合間にやってるのですが、なぜ今頃、言語学習をやってるかと言うと、単に「日々やっとけば馴染むかな」と思ったからです。

私は絵や映像の他に、自己消費のプログラムなども作りますが、いつのまにか、各種プログラム・スクリプト言語に馴染んじゃってます。習得初期に覚えようと努力したのは事実ですが、そこから先はどうも曖昧なまま、いつの間にか、「プログラムを書く時は、プログラム文でモノを考えている」自分にハタと気がつきました。

昔は、

プログラムのイメージ>日本語>プログラム言語>プログラム文

‥‥という段階を経ていたのですが、今は、

プログラムのイメージ>プログラム言語>プログラム文

‥‥という感じで、日本語への変換プロセスが抜け落ちているのです。日本語でいちいちイメージし直す事はなくなった‥‥というか、なくなっちゃってます。

自分でもオドロキ。作ろうとする構造が、まんま、プログラム文でひねり出されてくるのです。

絵でも、そうですよネ。絵を書くとき、いちいち整然とした日本語に置きかえた後に、絵を描かんですよネ。日本語とは違う、しかし本人にとっては具体的な「言語的なもの」で、絵を描くのではないかと思います。
*そうじゃない人もいるかも知れないので、「と思います」と書いときます。

ビジュアルエフェクトなんかも同じで、いちいち言葉で認識などしてません。パラメータの値は、形容詞のように直感的に浮かび上がり、その通りに絵は反応し変化します。例えばトーンカーブの曲線は、「映像表現言語の表現」の1つなのです。

もちろん、技術として確立するために「あえて、他の言語〜日本語で内容を言い表してみる」事はします。より冷静に突き放して、技術を評価できるからです。

しかし、リアルタイムで絵や映像を作っている時は、少なくとも私は、確実に「それ専門の言語」で作業を進めています。

であるならば。

各国の言語も、絵画・映像言語やプログラム言語と似たように、妙に意気込んでプレッシャーに負けるんじゃなくて、つかず離れず気楽に付き合っていけば、良いんじゃないかと思ったのです。結局、途中で止めちゃうのが、マズいんじゃないかと。

まあ、格変化とか人称変化とか、プログラム言語には無い「言葉そのものの難しさ(〜面倒さ)」があるので、より一層大変なのは解ってはいるのですが、‥‥多分、そういう理由〜大変だと思ってちょっとやって、諦める〜により、言語学習って成就しずらいんじゃないですかネ。

そんなところ〜ちょっとやって諦める〜はプログラムや絵や映像と、実は同じだと感じます。After Effectsが使えない人が、自分の描きたい絵と動きを、After Effectsだけで作る‥‥なんて、最初は「とても無理だ」と思うでしょうけど、After Effectsを諦めずに手に馴染ませ続ければ、出来るようになります。

After Effectsのレイヤーモードにしても、レイヤーの重ねる順番で絵が大きく変わりますが、「語法」が解ってくると、レイヤーモードと重ね順で自在に「語れる」ようになります。一見、変則的に見えるレイヤーモードの振る舞いは、初心の頃はパニックに陥りがちですが、語法をマスターすると、反って自在に絵を操る強力な要素になります。つまりは、イメージする絵を、日本語や英語ではなく、「コンピュータグラフィック言語」(?)で表せるようになってくるわけですネ。しかし、それを最初から暗記で覚えようとしても無理です。自己フィードバックの期間が必要なのです。

要は、2〜3年で諦めず、6年〜12年スパンでやり続けるのが、習得の秘訣‥‥かも知れません。なんで、着手は早いほど、よいかも。

しかし、同時にいくつもの言語を学習してるので、やや混乱しております‥‥が、それも予想の範疇です。今までの自分の事を振り返れば、混乱して抜け出た後に、成果が待っている事が解るから‥‥です。

例えば、Ezuraは、ロシア語でЭдзураと書きますが、最初に筆記体を覚えたため、筆記体と活字体のマッピングが今でも混乱します。また、英語で筆記体を書く時、思わず「E」と「Э」を間違えそうにもなります。あと‥‥発音の時、英語で思わず「r」を巻き過ぎてしまう事も‥‥。

私の性分として、「用意し過ぎると煮詰まり過ぎる」性質があるので、わざと乱暴にやってるのです。‥‥なので、この方法が他の人にとってお勧めかはナゾです。

でもまあ、さすがに会話まで存在する各国の言語、独学ではある一定のところまでしかいけないでしょうネ。なので、ある程度馴じんだら、その先のステップも考えてはいます。

本筋の事業もありますし、言語学習に関しては気楽に進めるのが、自分にとっては一番良いかと思っています。これからの半生、日本語だけでは、ちょっと進退極まるようなヨカンもしますし、英語だけでなく各国の言語にも興味があるので、キバらずボチボチと進めようと目論んでおります。

ミラーニューロンの話とか読むと、今さら言語学習なんて‥‥とか思っちゃいますが、「挫折する理由を挙げたらキリがない」ですから、まずは暢気に続けてみます。

ロジクール

私の愛用する(=信頼する)メーカーの1つにロジクールがあります。‥‥まあ、同じメーカーでも製品の品質は上下にブレるものですが、概ね信頼しております。「裏切られた」記憶がほとんどない(=思い出せない)のです。

同価格で選択肢がある場合は、ロジクールを選んじゃうかも知れません。

このミニマウス「M187」なんか、めちゃ気にいってます。各所に散らばったのを集めると、おそらく5〜6個になると思います。小さくて、軽くて、バッテリーが保って、バッテリーの入手が容易(単4のエネループ1本でOK)、膝の上でも使えるトラッキング性能で、さらにとても安くて、もちろんワイヤレスで、Macでも何の苦もなく使えて‥‥なんだ、ホメ殺しじゃないか。

アップルのマウスは、じぇんじぇん使っておりません。Magic Mouseもネ。デザインが良いのは認めるんですが、作業性でどうしても、Apple製のマウスとは疎遠になっちゃうんですよネ‥‥。Appleのデザインは好きでも、使いづらいものは使いませぬ。ブランド根性で無理して使うのなんて、阿呆くさいじゃん。

ロジクールのマウスも、大きくて重いのは、ちょっと疲れるかも。その点、M187は、良いんだよねェ。色もいっぱいあるから、楽しいし。

私がキリル文字を打つ時のキーボードもロジクール製のK120という千円のモデルです。MacOSXで認識すると、文字配列に少々相違が発生するのですが、キリル文字シールとは合致してるので、結果オーライ。

今から14〜5年くらい前にも、トラックボール付き(テンキーのところにトラックボールが付いてた)のロジクール製のキーボードを使ってました。サーバをやってたMacにADB(=懐かしいね)で繋いでました。

まあ、ロジクール製なら完璧‥‥なんて事は無いとは思いますが、頼りになる製品が多いとは感じています。

小型タブレットって便利

iPad miniやKindle Fire HDのような小型タブレットって、便利ですね。「いまさら、何言ってんの?」‥‥とか言われそうですが、わたくし、iPad miniを手にして、ようやく実感する事が出来たのです。

iPad2の時は、「これなら持ち歩く気になれるわ」と感じたものです。これは言い換えれば、「持ち運んでも苦にならないノートパソコン」のようなニュアンスでした。ロジクールのこやつと組み合わせれば、かなりのノートパソコン気分です。

しかし、ノートパソコン自体が大きくてかさばる‥‥というキモチは払拭されません。「何をほざくか。そういうもんだろが。」とか言われそうですが、私、どうも、その大きさのを持ち歩く習慣が身に付きません。かなり個人的なモンダイだと思いますが。

かと言って、iPhoneやKindle PWじゃ小さ過ぎる。自前のPDFも読めんし。
(Kindle PWは、自作のPDFを最適化する事自体、ちょっと手間がかかるんです。おとなしく無料本か購入本にしたほうが良さげです。もちろんKindleダイレクト・パブリッシングくらい手をかければ、奇麗に仕上がりますが、それは「本気」な時だけっすネ。)

で、iPad mini。

iPad miniのサイズって絶妙ですネ。おそらく、Kindle Fire HDも(所有してないのでわからんですが)。

「遅っ」とか言われそうですが、しみじみ実感しております。

iPad miniは「受け身」専門で扱おうと思っておりますので、文章を打つなどのニーズは今のところありません。ゆえに保護フィルムと薄型ケースで軽量さを維持しております。Kindle PWもそうなんですが、大事に考えて保護ケースをつけると、軽快さが死んじゃうんですよネ。Kindle PWには合成皮革のケースをつけたんですが、自分的には失敗でした。小型のタブレットは、軽さ・小ささ・薄さを維持するのが良い‥‥と実感してます。カバーは最小限に抑えると、ちょっとした大きさのバッグになら、大体入っちゃいます。iPad2より格段に移動の自由度が上がります。

iPad miniを買うと、2年間無料のソフトバンクWiFiサービスが0円で付いてきます。ソフトバンクのWiFiスポットはリンガーハットとかにも設置されてるので、深夜の独り飯の際には読書などに使えて、ちょっとした待ち時間を有効に使えます。iPhoneで文章を読むのは、まさに「暇つぶし」にしかならんですが、iPad miniだと本気で「ドキュメントに目を通す」事が可能になります。

それに、今のタブレットって、性能がスゴいですね。これはiPad miniに限らず、1世代前のiPad2もそうなんですが。

私、昔からタブレットPCを横目で見てましたが、「性能に大幅な妥協を強いられる」のがどうもダメで、買わずじまいでした。‥‥まあ、ノートパソコン自体、ずっと敬遠してたくらいですから。

なので、タブレットPCの3Dのフライトゲームなどアタリの「ハードドライビン」みたいなもんか‥‥とか見くびってると、かなり奇麗なのがiPad上で円滑に動くんですネ。StormRaidersF-18 Carrier Landingというゲームが入ってますが、グラフィックが奇麗なのでiPadでもつい夢中になってしまいます。

1K解像度でも充分奇麗。Retinaじゃなくても普段使いには充分使えます。だってさ‥‥、私が初めて買ったミツビシのディスプレイと同じ解像度だもんね、この大きさで。

映像の再生云々で言ったら、iPadで再生する事自体が様々な妥協の連続ですから、妙にハードルを上げずに考えれば、必要充分です。まあ、私はプレゼン用途でも無い場合は、容量がもったいないので、iPadには映像を入れないですけどネ。

iPad mini。この大きさ以上でも、以下でも、多分ダメです。わたし的には。

Kindle HD Fireの価格の安さは魅力的で、もしKinoppy(紀伊国屋の電子図書サービス)等とAmazonと連携すれば、またはもっと書籍が増えれば、そそる選択肢ではありますネ。

今さらiPad mini

Apple金利0%ローンのこの期間を利用して、円安でグイっと価格が高くなった悪いタイミングで、iPad miniを買いました。お出かけバッグに入れて持ち歩ける本棚が欲しかったのです。所有するiPad2はいまいち大きい(=どんどん言う事が贅沢になるね)ので、iPad2と同じ解像度のiPad miniを買ったのです。

Kindle PW(=PaperWhite)は文庫専用だよネ、やっぱり。‥‥あれでB5やA5の本を読むのはちょっとツラい。じゃあFire HDはどうかというと、統合環境で見るとまだiOSほどには達していないと予測して避けました。2倍の値段がしても、運用実績のあるiPadを選択したのです。

Kindle PWはできる事が限定され過ぎているのが逆に良いので、iPad的なものは求めず、「何百冊分の文庫本」として使う方針です。Kindle PWのあのコンパクトさ・軽さ・表示の優しさは、iPadなど他では得難いものがあります。

で、iPad mini。既にiPadを使っていたので、特に何の感動もないです。軽いなー、くらいでしょうか。300グラムなんで、iPadの半分の軽さです。

その小ささ、軽さが、チョロっと持ち出すのに、非常に便利。‥‥つーか、こんなレビューめいた事、今さら書く事でもないスね。

今、大量に読書しなければならなかったり、色々な語学の勉強をしてたりするんですが、語学学習はBookとAudioの両方が必要なんす。iPhoneじゃ本を読む気には一切なれないけど、iPadはデカくていつも持ち歩く気にはなりません。なので、iPad miniなのです。

語学学習と言えば、各国言語に対応したキーボードは思いのほか、入手が困難なんですネ。Mac自体は様々な言語をコマンド+スペースで瞬時に切り替えられるから良いですが、日本語キーボードだと物理的に打鍵が辛い。ドイツ語とかはなんとか記憶で切り抜けられますが、キリル文字なんて、共通している文字のほうが珍しいです。

なので、私が考えた方法は、無地のキーボードカバーに手で書く!‥‥です。要は、どのキーにどの文字がマッピングされているかを視認できれば良いわけですから。でもまあ、過酷な使用にさらされるので、落ちにくいマジックを使わないと、すぐ消えちゃいますけどネ。カバーがクリアで使い辛い場合は、セル彩色のように裏面を白で塗っちゃえば良いです。使う時だけ被せて、使わない時は外しておく‥‥という便利さ(つまり、FinalCutのカバーのアレです)。このやり方だったら、環境設定で呼び出せる言語入力は、全部カバーできる‥‥はず。反面、手描きなのでビンボウくさい。‥‥ので、自宅使用向きですネ。

ちなみにドイツのアップルストアだと各国(ドイツ周辺国)のキーボードを取り扱ってます。日本のアップルストアも、JISとUSだけでなく、色んな国々のを取り扱ってくれくれよぉぃ。(=今度、売ってくんないか、聞いてみようと思っております。多分、だめだろうな‥‥)

話をiPad miniに戻して。

iPad2並みの処理速度で、この小ささなら、充分使い物になりますね。iPadは初めてじゃなかったんで感動は無かったですけど、グっと気に入りました。待ち時間に、気軽にホイと読書したり語学学習できるもんネ。

内海賢二さん

内海賢二さんが数日前の6/13に亡くなられていたのですね。

アニメの黄金期を支えた方ですね。

不勉強で申し訳ないのですが、今、内海賢二さんとか納谷悟朗さんとかが演じていたシブいオジサン役の後継者の方って、おられるんでしょうか?

納谷悟朗さんて、私が子供の頃から沖田艦長とか演じられていましたし、内海賢二さんはドクターキニスキー(良い声だったなあ…)をやっぱり私が中学生の頃に演じられていました。

シブい役を演じる人って、結構お若い頃から、中年や初老のオトナを演じてますよネ。


肉体は滅んでも、作品は残る。

旧作ルパンを観れば、あのメンツの声が聴けるし、ジョー2を見れば、後半にキニスキーが登場するしネ。

内海賢二さんと聞いて、キニスキーを挙げる私も少しヒネクれているとは思いますが、耳に今でも「ハリマオ戦のビデオを、云々」のセリフが残ってましてね‥‥。

世の中、予測できない事ばかり

よくよく考えてみると、今では平然と受け入れている事が、ちょっと前までは予測できなかった事だった‥‥なんていうのは、結構、いっぱいありますよネ。

16年前、フィルム撮影台が業界から消え、老舗のフィルムメーカーが倒産し(または破産法の適用や事業撤退)、映画館からもフィルムが消えはじめる‥‥なんて予測できなかったもんね。

10年前、誰もがスマートフォンを所有し、至る場所で覗き込んでる‥‥なんて予測できなかったし。

15年前、Apple製品がこんなにも世間に普及するなんて、誰が予測できただろうか?

あんなに普及しまくったVHSは? S-VHSのテープがまともに再生できなくなるなんて。

ブラウン管は? MDは? まともな馬力のバイクは?


そうこう考えると、現在において常識的で定番ですぐ傍にあるものが、何かに取って代わられ消滅する事を、誰が的確に予測できるんだろう?‥‥と思います。

みんな「当然の結果だ」的な面持ちで、現状を許容してるけど、実はほとんどの人が的確に予測できてないよネ。もちろん、私もその未来を予測できない人のひとり、ですけども。

実は私、ココロの底では、24コマフィルム互換のアニメの作り方は、そう簡単に廃れないと思っています。ちょうど17年前の私が「フィルムとデジタルの2本柱で進む」と考えていたように。だって、100年続いたモノだし。

しかし、どうも、予測は外れています。普及してたり、定番である事は、「普遍である事」へのなんの裏付けにもなってません。

まさかフィルム撮影台を各社が廃棄するなんて考えもしてませんでしたし、皆がデジタルへと移行するとも思ってませんでした。2つの方式が共存する‥‥と思ってたのです。‥‥でも、そうなってない。

今のわたし的には‥‥

「24コマフィルム互換の制作方式は未来の進化に追随できない」
=私の感情の右側面

「これだけ歴史のある作り方がそうそう簡単になくなるはずがない」
=私の感情の左側面

‥‥のようなココロもちなんですが、本当に「なくなるはずがない」のかな?

新しい方式が台頭して、規模は縮小するかも知れないけど、‥‥‥って、また同じ読みをしている自分がいます。

「愛着」が読みをブレさせているようにも思います。‥‥私の今までのブログ、やや極論めいた事を書き綴ってるのは、過去の自分の読みの甘さへの「𠮟咤」的なスタンスも多分に含まれているのです。

デジカメは最初普及しませんでした。QuickTake200というデジカメを持ってたのでよくわかりますが、最初の頃のデジカメは、カメラの代わりには「まったく」なりませんでした。しかし、次第に性能が上がって、画質が向上し、電池の保ちも良くなり、メモリ容量も増えると、あっというまに普及し、人々はあっけなくフィルムカメラを捨てました。今じゃフィルムカメラを使っている事が「珍しい」くらいです。

この図式って、どんな事にもあてはまりますよネ。

「デジカメとアニメは違う。アニメはツールではなく、作品表現だ。紙に描く絵は独特の暖かみがあるし、24コマの動きは趣がある。」‥‥う〜ん、そうかな。作品表現の視野で語るのならば、デジタルで描いても、描く人が描けば、充分、暖かみのある絵になると思います。紙を使ったからって無条件に暖かくなるとは限らないですよネ。デジタルは、紙とは違うかけひきで、より一層、赤裸々に自分が出ちゃう事だってあります。近い未来、よりクリアで流麗で高密なモーションのアニメが、ストレスを感じさせない映像として一般層に受け入れられる事も、充分予測できます。多くのアニメ好きの人々は、紙と24コマにこだわってるんでしょうか?‥‥思うに、アニメという表現が好きなんじゃないですかネ。

受け取る人々にとっては、「手段ではなく結果」が重要なのだと思います。新しい手段によって、より一層「心地よい結果」を得られるのなら、人々は容易にそちらに流されていくもの‥‥だと感じます。

「普遍」と思われていた事、「常識」だと受け取られていた事は、2〜3年で簡単にコロリと入れ替わるんだ‥‥という事を、この10年間だけでもたっぷりと学びました。

まさかな‥‥王者コダックがあんな事になるなんて‥‥。まあ、中途半端なデジカメ出してたりして、歴然と「乗り遅れ感」を醸し出していたけど‥‥。これからは「プリンタ事業を主軸」?‥‥う〜ん、読めない。

他人事じゃないよ。きっと。

バンダーブック

私が小学生の頃、1979年の夏、友だち数人で高田馬場にある「手塚プロ」に、「アポ無し見学」を慣行した事があります。アニメ雑誌が出版されるようになって、住所とかを頼りに、今考えれば無謀な見学を、男児数人が決行したわけです。

夏休みの時期ではありましたが、世間的には普通の日。妙に早い時間に待ち合わせしたのが裏目に出て、通勤ラッシュのど真ん中にブチあたり、赤羽線と山手線を乗り継いで、高田馬場へと小学生たちが降り立ったのでした。

手塚プロの前に着くと、みな怖じ気づいてしまい、「誰が先にいく?」とかしょうもない事でモメてました。結果、一番度胸のあるアベチャンが先陣を切り、階段を上がっていき、

「スイマセーン! 見学させてくださーい!」

と廊下で叫びました。

みな、小猿のようにキャッキャとドキドキしながら待っていると、オジさんが出てきて、「今日はあいにく、見学できない日なんだよ。xx曜日に来ると見学できるよ。でもせっかく来てくれたから、これをあげよう。」と言って、一旦戻って、「バンダーブック」(1978年テレビ放映)のセルを持ってきて、子供たちに1枚ずつくれたのでした。

オジサンがくれたのは、主人公「バンダー」の描かれたセルでした。もらった小学生各自の、その後の対応はさまざまで、奇麗に保管する子供もいれば、しきりに手にとって見る子供もおり(=これが私)、中にはプラモデルのカラーで横に模写する子もいたり‥‥と。

見学の段取りの「情報」など全く知らず、アポなしで制作会社を尋ねる子供たち。門前払いせずに、逆に子供たちにプレゼントをくれるオジさん。

‥‥ええ時代だったね。

アニメは好きですよ。子供時代の楽しくて幸福なアニメの思い出も多いですからネ。

ちなみに、セルがコレクターアイテムとして認識され、「セル泥棒」などの犯罪が発生し始めるのは、これから3年後くらい、「アニメキャラ人気」がアイドル的な様相を呈するようになってから‥‥です。「うる星やつら」あたりは、その被害の的だったようです。壁に穴をあけて未使用のセルを強奪するトンデモな犯罪もあった‥‥とは被害関係筋から聞いた話です。

これから未来。様式を受け継ぐ人、精神を受け継ぐ人、色々あって良いんじゃないですかネ。

ギリギリで良し

最近よく思うのは、「奇麗にうまくまとまる」のって、実はボルテージは相反して下降しているんじゃないか‥‥って事です。

Blood-2Kやイノセンスはほんとにギリギリで作った作品でしたが、映像上に、明確にそのパッションが映し出されています。

何が起こるか解らない、何の保険もない、一生懸命取り組む事でしか結果を保証されない(‥‥いや、保証もないよね、未体験ゾーンだから)、危うい状態が持続し続ける。

作っている時は、プレッシャーで押しつぶされそうになりますが、その重圧・苦しみは後になって、必要不可欠だったと言う事がわかるのです。

プレッシャーの無い作品作りは、アカンですネ。余裕でこなせる作品は大体ダメです。

もっと極端に言えば、技術が発達して定番化・固定化した上で、作品を作ると、「打算的な作品表現」になりますわな。

すげー、皮肉な構造ですが、実際そうだよネ。

技術をより完成されたものへと高める「その闘争」が、作品を勢いづけるので、技術が完成の域に達すると、その「おごり」が作品にも表れ、やがて「腐朽」が始まるのです。

「これでようやく楽ができる」なんて言ってちゃ、やがて滅ぶよ。

私は今、ギリギリな感じで辛いのですが、逆に「だから上手くいきそうだ」と、経験上、解るのです。

around50は

45〜55歳の世代は、テレビアニメが黄金期の頃に、少年少女だった世代です。

今、その頃のアニメ雑誌を読み返すと、何とも切ない気分になります。

アニメの放映は午後7〜8時のゴールデンタイムがあたりまえ。各局でアニメ番組を繰り出していました。誌面にはそんな当時の雰囲気が溢れています。

花の子ルンルンやキャンディキャンディ、ダイターン3(ガンダムの前)が本放送中! 新番組が宝島! 一休さんは放映期間が長過ぎてイマイチ時代の感覚がわからんけど本放映中! 初の24時間テレビのアニメ「バンダーブック」制作快調!‥‥‥1978〜79年の雑誌には、当時の「今」が映し出されています。

1980年になると、松本零士アニメが全盛になります。雑誌には「松本零士・手塚治虫・石森章太郎」の対談記事! ‥‥‥‥‥感慨無量。


何とも苦笑してしまうのは、1980年の雑誌にも「若いアニメーターの養成が必要」とか「アニメ界をどうしていくか」みたいな特集・対談が載っている事です。これって、つまりは‥‥。

傾向として、アラウンド50の世代は、こうした時代のあれこれを、インプリンティングされているので、どうしても、その感覚が今になっても根底に残り続けています。私もそうですが。

でもさ。35mmに24コマで作って、テレビのゴールデンに放映してた時代をいくら懐かしんでも、もう還らないんです。

テレビの役割も変わって久しいですしネ。テレビが家庭の娯楽の中心だったのは、今となってはもう随分昔の話です。

どんなに懐かしんでも、「昔のスタイル」には戻らない事だけは、歴史が身をもって証明しております。江戸を懐かしんでも、世の中はもう江戸には戻れないですよネ。どんなに懐かしんでも、「昔のアニメスタイル」にも「昔のテレビ」にも戻れんのです。

私らの馴染んだアニメは、単にスタイル=様式の1つに過ぎなかったんだ‥‥としみじみ思います。

「アニメのスタイル」が重要なのか、「アニメーション」が重要なのか、これから進む道を、各自が選択していくしか、ないでしょうネ。強制など誰もできないです。

自分の人生の行く末をフィルムスタイルアニメの終焉にシンクロさせるか、アニメの原点に立ち戻って新しい道を行くか、‥‥ダネ。


ちなみに、昔のアニメージュとかを読むと、読者投稿イラストに、現在活躍中のベテランの方の名前をひょっこり発見したりします。うーむ、当時から巧いですネ。


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