目下の標準仕様

色々と映像技法を試すにつれ、2013年現在のコンシューマ向け機材で、作業運用上の限界かなと思うのは、大体4K/60fpsくらいかな‥‥と実感できるようになりました。これは2Dアニメーション作品の場合、ですが。

2Dアニメーション作品とは、現在業界標準のレタス仕上げ素材を撮影する方法とは全く異質なもので、アニメーターやコンポジット作業者が、あらゆるツールを駆使して絵を動かして映像を作るスタイルの作品です。‥‥ゆえに、現在のコンピュータ処理能力だと、4k/60fpsくらいが打ち止めでしょうか。レタス仕上げ方式のアニメ作品とは、段違いに処理能力が要求されます。

解る人には解る感じ‥‥で例えると、今のMac ProやCore i7 Macが、PowerMac8600かG3/233MHzくらいに感じる速度‥‥ですかネ。

しかし、4K/60fpsとなると、国立の技術研究所とか家電メーカーの開発部とかと連携しないと、足場がおぼつかないでしょうネ。テレビは存在しても、再生機器やメディアの問題とか、色々ありますし。

ただまあ、私としては、目下の標準仕様は、4K/60fpsとターゲットを定めて研究しています。これは最近出た4Kテレビ(2160P)に呼応しているのではなくて、単に次のステップへの中間地点です。次のステップ、これはすなわち、8K/120fpsなんですが、それはいくらなんでも、運用が追いつきません。

なぜ、4K/60fpsを目下の標準とするか‥‥ですが、「絵が動いて映像作品となる」というアニメーションの本質を再定義するには、このくらいのスペックが必要だと考えるからです。みんな、アニメとは、「塗りやすい略画が、1秒間8枚、もしくは1秒間12枚で動くもの」と思っているでしょうが、どうやら、その「概念」とは全く違うタイプのモノが作れる事が解ってきました。

願わくば、早々に、家電の映像再生機器関連が、もう1世代先へ技術更新されれば‥‥と思います。作っても、見せる場所がないのは悲しいですからネ。

ないものねだり

日々、黒鉛と紙と付き合ってて、ステッドラーペンテルの筆記具を愛用しているのですが、全ての用途に対して満足しているわけではありません。

特に、均一な線を描く場面などは、もっと良いものはないかと、考えてしまいます。

ペンのようなトレスブラックを軽い筆圧で描けて、細い線(0.1mmくらい)が筆圧で調整できて、芯は折れにくい‥‥という感じの筆記具。ないものねだりなのは、解ってはいます。今のところ、ステッドラーの0.3mmに2Bの芯というのが、一番ニーズに近いのですが、ちょっと気を緩めるとスキャン後の処理で悪影響の出る線になってしまうので、都合、筆圧が高くなりがちで、正直疲れます。そして、2Bは基本的に折れやすいのが泣き所です。

黒鉛特有の書き味が必要な場合は、全然気にならないのですが、黒白のハッキリした線が必要な場合は、悲観的になるくらい、鉛筆・シャーペンって「適してない」のかも知れない‥‥と考える事があります。

前々から、白黒クッキリ線の場合は、全面的にCOPICのマルチライナーに切り替えても良いかと考えてはいるのですが、無論、消しゴムは使えないですから、厳密な用途の場合(版権イラストなど)は下書き段階でほぼ完璧に仕上げておく必要があります。以前からマルチライナーは使っていますが、鉛筆画をマルチライナーに切り替えるとなると、「運用レベル」での変更が必要となります。

デジタルデータ視点ならば、ソフトウェアのシェイプ(ベクターとかパスとか呼び方は色々)で全部描いてしまうか。やっぱり、ステッドラーの0.3mmを基軸として、シャーペンの芯を総ざらいでテストしてみるか。

悩みどころです。

鉛筆に馴れ親しんで生きてきた慣習が、躊躇を誘います。

ちなみに、用紙も重要な要素です。どんなに黒鉛が真っ黒く紙に定着しても、紙の白色度が低いと、スキャン時にコントラストが稼げません。黄ばんだ紙はNGです。また、パルプの目が粗いと、線がブチブチになるので、平滑度も重要です。私は、坪量の低くて白色度の高い、薄いケント紙を常用しています。

紙のほうは、大体「これが落としどころかな」と思える紙は見つかっています。紙についてはまたいずれ‥‥。


一生のうちに完成できる絵を、できるだけ多くしたい‥‥という欲望ゆえに、どうしても効率的なツールを追い求めてしまいます。線で語る‥‥のは、鉛筆やシャーペンで充分に達成できます。しかし、「クッキリトレス線のデータ入力」というニーズでは、逆に黒鉛の表情が裏目にでます。

ドンシャリカーブのカーボン筆記具がほちい。

NHKスペシャル

ロボット革命もNHKスペシャルでしたが、NHKスペシャルは昔から今まで、楽しみにしている番組です。

戦後50年に合わせて放映された「映像の世紀 第5集 世界は地獄を見た」は何度も見返しましたし、同じ年に放映された「時は流れず〜794通が語る太平洋戦争〜」もよく見返した番組です。「映像の世紀」はDVDが出ていますから入手は比較的楽ですが、「時は流れず」は運悪く8mmビデオに録ってしまったので、もう見れません。

「時は流れず」はNHKが終戦50年を機に、戦時中にやりとりされた手紙を募集して、実際に残された人々に取材する‥‥という内容でした。手紙では槇村大尉の素子ちゃんへの手紙が有名ですが、誰にも公開しないまま、全国に同じような内容の手紙が膨大にあるのだと思います。この番組はその片鱗を紹介した番組でした。

私はNHKスペシャルを結構録りためていましたが、8mmはそうそうにダメになり、VHSも市場から急速に姿を消し、まるで役に立たないライブラリになってしまいました。‥‥なので、数年前にドカンと大量処分してしまいました。自分の頭の中の、記憶にあるから良い‥‥と。

今また、急速に、BDAVの録画ライブラリが増えており、NHKスペシャルやプレミアムアーカイブスのライブラリが増えるばかりです。

しかし、BD。

8mmビデオよりは長持ちして欲しいですが、どうなるかなあ‥‥。

ASIMO

昨日日曜のNHKスペシャルで、ASIMO君がいっぱい登場したのですが、特に走るASIMO君がとてもキュートで、途中からでも録画しておけばよかった‥‥と後悔してたら、

NHK総合(地デジ)
3月21日(木)
午前0:25〜午前1:16
[水曜深夜]

‥‥に再放送するようで、良かったです。

画像認識、音声認識、触感の認識などが、性能向上しており、指の内側のセンサーで固いものと柔らかいものを判別して力加減をする‥‥なんて、凄いですネ。

100年後の世界はどうなっているのか、私は死んでいるので見れなくて悔しいですが、もしかしたら、江戸時代の人間が旅客機なんてとても想像できなかったように、私らの想像の及ばない世界が展開されているかも知れませんね。



ロボット

日曜のNHKスペシャルで、ロボット開発のドキュメンタリーをやってました。おなじみホンダのASIMOや例の米軍の軍事ロボットを紹介しつつ、事故現場で自立的に行動できる「ヒューマノイド」(人型のロボット)の開発の様子を伝えていました。震災以降、米国で加速した「ヒューマノイド」開発は、国防総省が絡んでいるだけに、興味深い内容でした。

日本の生産現場でも汎用性の高いロボットが徐々に導入されているようで、番組中で「未来、人間の役割はどうなるのか」と言った話題にも触れていました。ある程度のルーチンワークなら、汎用ロボットが学習する事でどんどんこなせるようになる‥‥と。19世紀は産業革命、20世紀はコンピュータ革命、21世紀はロボット革命だ‥‥とも。

ロボット‥‥というほど高度ではありませんが、過去、私もアニメの撮影行程を作業するようになって、自動処理の有効活用を考えるようになりました。明らかに同じ事の繰り返しが撮影行程には存在し、全自動は無理でも、節目でいくらでも自動処理の導入は可能だと感じました。

‥‥で、自身で開発して実際に導入したのが、atDBとxtoolsです。作業の進行状況を「わざわざ人間が記録する」のではなくて、コンピュータを作業で用いる行為が作業記録を兼ねる‥‥というのがatDB、撮影・コンポジット作業の毎度決まりきった煩わしい作業を自動化するのがxtools‥‥で、導入の効果は絶大でした。「人間は人間でしかできない事をすべき」という、極めて基本的なスタンスを実現するための、土台となりました。

セルやBGのファイルをシート通りにAfter Effectsプロジェクトを構成する‥‥なんていう誰がやっても同じレベルの作業を、大切な人生の時間を割いてすべき事ではない‥‥と強く感じたからこそ、そのようなツールを作ったのです。

タイムシート書式がちゃんと規定され、データ化されオンラインにのれば、コンポジットのかなりの部分は自動化できるでしょう。実は過去、その段階まで進もうかと考えた事がありました。しかし、フィルムの因習が根強く残るアニメ業界フローでは基盤整備に時間がかかると思いましたし、何よりも楽な方にどんどん流れていくルーズな体質では、構築した後ですぐに形崩れが始まると、容易に予感できたので、業界フローに関する計画は放棄しました。

既存の業界フローが、時代の進化・新しい技術に取り残されていく事は、随分昔から肌身で実感できていました。実際に業界フローのほとんどは、HDの解像度すらアップコンでしのいでいるような状態です。そして何よりも、今の業界フローをHDや4Kに対応させたところで、トレス線がきれいになった‥‥程度の効果しか表れません。つまり、もう基盤の設計思想自体が、新しい映像技術に不適応なほど、旧いのです。業界フローはフィルム時代の品質には最適でしたが、近い未来の映像フォーマットにおいては、フォーマットの持つ高いスペックを活かしきれません。

なので、発想をゼロ地点まで戻して、因習そのものが存在しないところから、アニメーション作品の作り方を思考し始めたのです。原画とか動画とか、フィルムとか、ノスタルジーとか、過去の一切、何もかもを白紙に戻して、「絵が演技してストーリーを語る作品」とはどういう事かを、新しく定義するところから始めたのです。過去の段取りを全てまっさらにしても、「話を作る」「絵を作る」「動かす」能力が必要なのは何も変わりません。

実はそうやって、旧時代の慣習や段取りを全て放棄して、物事に取り組むと、「ロボットに人間の仕事が奪われてしまう」なんていう考え自体が消え失せます。むしろ、真逆で「人間でしかできない仕事、一生の限られた時間」を実感できて、「じゃあ、ロボットにはどれだけ一杯働いてもらおうか」という意識が芽生えます。代用という考えではなく、活力の1要素として、ロボット・コンピューターを、当初から意識するからでしょうネ。‥‥まあ、私の言うロボットは、世に言うロボットなんてレベルではなくて、単にコンピュータベースの作業支援システムですけども。

人の仕事、人間の存在意義って、すご〜く解りやすく言えば、自動処理ではできない事をする‥‥のが、基本ですネ。

最近、Windows環境のAfter Effectsで、STSというタイムシート関連のソフトウェアをちょっとイジって垣間みる機会があったのですが、生成したキーフームのコピーペーストを手作業で1レイヤーずつ処理しているのを見て、愕然としました。

これ以上は申しますまい。‥‥とにかく、ロボットや自動処理で自分の仕事がなくなる‥‥と感じるのは、結構ヤバい兆候だとは思います。逆に、ロボットが自分と同じ記憶と身体能力を持つのならまだしも、そうでないのなら、自分の創作行為にとって変わるのは不可能だ‥‥と感じるのならOK。

NHKスペシャルの話に戻ると、ASIMOは5つのマイクで3人同時に発する言葉を判別するようです。画像認識の技術も向上し、入力された情報を処理する人工知能などの技術もどんどん発達しているようです。‥‥ですから、ロボットは定型のプリミティブな動作・反応しかできない‥‥という昔の認識は旧くなっているようです。

例えば、「美しい」とはどのような状態を指すのか‥‥とかも、超高速データベースと処理プログラムにより「一般論」程度の人工知能で判断できるようになるかも知れませんネ。

しかし‥‥、番組中、ルームランナーみたいなので一生懸命走るASIMOは、めっちゃ可愛かったなあ。



分数コード

坂本龍一さん(私はアホアホブラザーの印象が強くて、どうにも笑けてしまうのですが‥‥)の「エナジーフロー」という奇麗な曲があるのですが、その楽譜を眺めていてコード表記をふと見たら、分数コードが多用されており、不思議に思いました。この楽曲は、分数コードというよりは、オンベースの展開の楽曲だと聴いてて感じていたからです。

「この分数コードの表記は、オンベースと同義で扱っているのかも。‥‥それで可なのか?」と思い、ちょっと気になって調べてみたら、結構、分数コードそれ自体に解釈の違いがあるようで、余計混乱してしまいました。

私は、「オンベース」と「分数」を「分別して扱う派」で、ずっとやってきました。「F on G」と「F/G」は似てるけど根本的には違う‥‥という考え方です。

でもネットでは結構「2つは同じ」と解説しているところがあって、「え?そうなの?」と不安になりました。

オンベースはその名の通り、ベース音を指定音で演奏し、その上に和音を乗せる‥‥というものです。

分数コードは、分母の示す調性のフレーズ(多くの場合)に、分子の示す和音(分散和音的なフレーズも含む)を乗せる‥‥というものです。

Wikipediaを読むと、分数コードはいくつも異なった使い方が存在するらしく、‥‥なるほど、アニメ業界と似たようなもんで、用語に関しては「ほぼ似た感じなら、結果オーライ」なのネ。

ちなみに、私の解釈している分数コードは、Wikipediaによると、

2・真の分数コード
  • 分母と分子を調性から切り離してサウンド作りをするための手法を表現するための分数コード(分母はベース音、分子はメイジャー・トライアドまたはマイナー・トライアド)

「調性から切り離して」という言い方に何か釈然としないものを感じますが(調性から切り離すまでにエグいのはあまり無いもんネ)、まあ、ほぼその感じです。

でも、やっぱり自分が解釈しているのとは微妙に異なる気がします。分母はベース‥‥というのがひっかかります。例えば、Amのフレーズを、ベースおよびギターカッティングで演奏し続け、その上にエレピで、Am, G, Fのようなコードを被せたアレンジの場合、表記はAm, G/A, F/A なのだろうか。実質的には「G/Am」「F/Am」なんですけども。

つーか、あれだ‥‥。コード表記に高望みし過ぎてるんだろうな、私。

コード表記は楽曲の片鱗を伝える、あくまで簡易表記で、実際は五線譜、またはセッション本番で形成するべきなんでしょうネ。実際、コード表記では、厳密なコードのフォーム(例えば88鍵での和音の構成)まで伝えきれないですもんネ。


‥‥そういえば、前のブログを書いた時、コードを拾う際に久々にミニキーボードをいじりましたが、指がナマっててもどかしかったです。楽器みたいに、指を動かすものは、定期的にやらないとダメですネ。



坂本龍一さんのエナジーフローです。私はメジューエワさんの演奏しか知らなかったので、このYouTubeの音源(本人演奏?)は新鮮な感じでした。

デジタルの「動き」

最近、コンピュータソフトウェアで絵を動かして見せる事が可能となって、安易なアニメーションが増えたように思います。動きの知識を持たない人間が、ソフトウェアの機能を使って迂闊なキーフレームを打ち、「ほら、動いて見えた」などとシロートレベルで作る類いのプロ映像の事、です。(アマチュアの初心者ならともかく、プロがそれを作ってる‥‥というのがネ)

イーズインアウトすらまともに制御できない人間が、動きに関わるなよ‥‥と、心の中で思い、ここで書いてみたり。

まっとうに作画して絵を動かす人間たちから、デジタルのモーションが何か「インチキ臭く」思われているのは、おそらく、動きに対してデリケートでない人間が、品質基準も持たないまま稚拙なレベルで動きに関わるから‥‥だと、常々思っています。

私も「デジタルの一派」ですから、同じ穴のムジナとして、等しく、「インチキ臭く」思われている事でしょう。

まあ、それはいいです。特に気にしない。上面の状況なんかより、中枢で動いている脈動のほうが大事です。人から良く思われたくて、偉人になりたくて、アニメーションをやっている訳じゃ無いしネ。映像そのもの、作品こそが大事。

私の考える、近い未来の作品表現は、表情の機微や髪の毛1本のニュアンスが繊細に演技する、デリケートな動きが根本を成します。従来のアニメが小数点切り捨てで省略してきた部分を、たっぷりと含む、高解像度・ハイFPSのデジタルのキャンバスでしか表現できない映像です。

なんで、「絵では動きを描けないけど、コンピュータなら自分にもできる」とか言ってるレベルじゃあ、どうにもなりません。動きの専門知識が必要です。コンピュータは技量の低さを隠す道具ではありません。むしろ、技量を開けっぴろげに拡張する道具です。

拡張する道具‥‥。デジタルって怖いですネ。能力が高いと面白いくらいにどんどんプラスに拡張していきますが、能力が低いと、醜悪さがどんどん誇張されていきます。

デジタル畑の人間もさ‥‥、動きにちょっかいを出すんなら、動きを勉強しないと。‥‥動きを習得しようと思わない限り、何十年ソフトを使おうが、技術レベルは同じままです。

動きについて、熱く語れる人間が、もっとデジタル陣営の中にいても良いんじゃない?

*ちなみに、アニメーター出身者でなく、After Effectsをメインにしている作業者でも、動きに鋭敏な人はいます。名誉のために、書き加えておきますが。。。
原画マンのローリング指定(=歩きの際の体の上下の動き、など)ではかっこわるくてダメだったのを、After Effectsの作業者が全部やり直して良い動きに変えたり‥‥なんてことはよくあります。つまり、原画マンだろうがAfter Effectsだろうが、動きの根本のセンスが問われていると言う事ですネ。原画マンならば、無条件に素晴らしい動きを描けるわけじゃない‥‥ですよネ。
動きの専門家たる原画マンでも、ヒドいカメラの動きを指定する人は結構存在します。意外に、「手ぶれ」がダメな人が多いですネ(もちろん、磯さんとか上手い人はものすごく上手いですが)。
アニメにありがちな超広角レンズで描かれたカットを、盛大に手ブレさせると、紙芝居になっちゃうんです。なぜそうなるかは、理由を考えれば解ると思いますが、そんな風に指定してくる事例が
結構多いんです。
書かれた目盛りを見て、このままやってもダメだろうなあと思いながらも指定通りにやって、結局ラッシュ(ムービーの上映チェック)でカメラワークが問題になって、私らAfter Effects作業者が全部直す‥‥なんていう事はよくある事です。当の担当原画マンはその事実に気付いていないのでしょうが。


タミヤ

日本の模型メーカー「タミヤ」は言うまでもなく、「世界のタミヤ」です。キットを買って、中身が純タミヤ製だとホッとします。現在のタミヤの、私が好きな所以は、「ユーザーエクスペリエンス」をちゃんと意図した製品が多い点です。

廉価な商品でも、「このキットを手にした人間は、どのような意図で購入し、どのように楽しむのか」を考えて企画しているのが、商品そのものから伝わってきます。見くびりもしないし、妙なマニア根性を押し付けるわけでもない。さじ加減が効いているのです。

アマゾンで700円台(時によって変動)で買える「メッサーシュミット Bf109E-3」と言う航空機キットがありますが、ランナーの構成は1枚のみで、とてもシンプルにまとまっています。しかし、そのパーツの1つ1つは、精密感が高く、組み上がると精巧な出来映えになります。つまり、「作りやすいのは簡単なパーツ構成で省略が多いので、出来上がりもそれなり」ではなく、「作りやすくても、精密感があり、作った後も何度も眺めて楽しめる」のです。

何でも安く買えてあたりまえ‥‥なんていう消費者側の人間もムカつきますが、安い価格なんだからイマイチでも我慢してね‥‥なんていうメーカーの製品もムカつきます。そんな中、タミヤの製品は、安価でも高価でも納得できる製品群を送り出しており、安心して購入できます。

もちろん、タミヤもOEM商品を展開する事もありますが、それらも「価格からすれば充分」な内容です。タミヤの自社製品ともなると、充分過ぎる出来映えとなります。タミヤ製品ですと、高価なキットは「高いなりに、理由があるんだろう」と思えますし、安価ですと「安くても、水準は踏まえてくるはず」と予想できます。‥‥そんなふうに信頼できるメーカーって、良いよネ。

18t重ハーフトラック戦車運搬車というキットがありますが、これもスゴいキットですねえ‥‥。全長、64cm! 値段も相当‥‥ですが、タミヤがこの値段をつけてくると言う事は、タミヤクオリティの証でもあるのでしょう。中身を見なくても、レベルの高さがイメージできます。

映像作品もなあ‥‥、こんな風に展開できたら、技術をくすぶらせる事も無いんですがネ。技術を盛り込んで高く作ろうが、さらっと流して安く作ろうが、結局50円でレンタルできるんだったら、そりゃあ、みんな、良いものを作ろうっていう気概を失うよねえ‥‥。

1920px程度の解像度ではプレミアム映像にはなりようもなく、「高い対価を支払えば、良いものが手に入る」というユーザーの基本的な意識を投影する土台すら無いですからネ‥‥。映像制作側も、現行HD程度の解像度を持て余しているレベルでは、プレミアム品質なんていうブランドを形成できようはずも無いですしネ。

林檎さん

2000年に入った頃、私は、知人が聴いてた椎名林檎さんの楽曲を聴いて、一気にファンになりました。ヨーロッパ映画音楽の時と同様に、純粋に音楽が面白いと思ったからです。

林檎さんの楽曲も、相当(良い意味で)ヒネくれてて、一筋縄ではいかないですよネ。当時、私が好きになるきっかけとなった「虚言症」という曲がありますが、メロディは覚えやすく口ずさみやすいし、曲の感じも覚えやすいのに、実際はかなり「捕まえにくい」、独特なテンションを持っている事に、強く惹き付けられたのです。

試しにコードで音を拾ってみると‥‥

| B, Baug | B6, C#9 | C#m7, D#m7 | D#m7-5, G#7 |
C#m7, G#7 onD# | E, A7(13) | D#m7, D7 | C#m7, F#7-9 :| Cmaj7
*A7(13)は9thも入れてオープン気味で(じゃないと、雰囲気が出ない)

‥‥と、歌のメイン部分の進行を、何とかコードにまとめると、こんな感じです。コードで書くとなんだかギコちないですが、しょうがない。オリジナル曲のバランスを表現するには、五線譜で明確にボイシングを書き表さないと、キツいかも知れませんネ。A7(13)は特にカッコいい和音なので、(1,7,9,10,13)か、9thを1oct上げて、(1,7,10,13,16)のフォームでキメたいところです。

「D#m7, D7, C#m7, F#7-9」のくだりは、かっこいいですよねェ。他の箇所もそうですが、この曲のテンションノートは重要な役割を担っています。

根本的にコードの構成が定番に落ち着くのを拒否しているようなきらいがあり、さらには、サビで動き回るベースが聴く側の調性の感覚を見失なわせて、どんどん危ういテンションへと誘い込んでいきます。ストリングスの動きも、「C##,D#,E,D#」の半音進行の動きで、糸の切れた凧のような危うい浮遊感を醸し出して、聴く側を惑わせます。

ある種、聴く側を挑発して引き込む様でもあり、当時から世相の「癒し」に辟易していた私に、その不敵とも言えるスタンスの楽曲が、ちょうどよくハマったのかも知れませんネ。

‥‥この曲も2000年発売のCDで、すでに13年前か‥‥。

調べてみたら、「勝訴ストリップ」って、世間で結構売れたんですネ。こんなに激しいのに。

この楽曲を聴いて、イイと感じた人々は、今、どんな気分で生きてるんだろうか。

ヨーロッパ映画と幼少の私

前回、小さい頃にヨーロッパ映画音楽に親しんだ‥‥と書きましたが、それだけを読むと「マセたガキだな」みたいに思われちゃうんですが、実は「映画音楽だけを知ってて、映画そのものは知らなかった」りします。音楽そのものと、レコードジャケットとその冊子だけで、あれやこれや、イメージしてたのです。

実際に内容を小学生(低学年〜1年か2年だった記憶が)の時に知ったのは、日曜の昼過ぎにテレビで見た「シェルブールの雨傘」くらいなもので、「道」も「太陽がいっぱい」も「男と女」「ロシアより愛をこめて(007)」も、映画の内容は全く知らず、でした。
*最近、「シェルブールの雨傘」を見ましたが、映像制作に関わっている今の私からすると、「よく、作りきったなあ」とまず驚嘆します。セリフが全部、歌ですからネ。劇中音楽の尺は映画の尺と同じ‥‥という。カメラワークの尺との兼ね合いとか、コントロールが大変過ぎます。作りきるバイタリティがすごい。
*作品を障害無く大量生産できるシステムも必要かも知れませんが、見た数日後に忘れてしまうようなのは寂しいですネ。「シェルブールの雨傘」など、「語り草」がいくつもあるような作品は、得てして、見る人間の心を圧倒するものだと思います。


親の好みは、子供に少なからず影響を与えますが、家には、ヨーロッパ映画音楽のレコード(といってもベスト版)と、ホームクラシック(クラシックの全集モノ)、欧米のポップス・イージーリスニング、ラテン音楽などがありました。一方、ヒッピームーヴメントの匂いのするものはほとんど存在せず、またコテコテのアメリカ音楽(カントリーや白人のブルースとか)もあまり数がありませんでした。

ヨーロッパ映画音楽のオムニバス版の冊子(封入の小ページの解説)には、今思えば、フランスの女優さんが一杯載ってました。当時はフランスもイタリアもアメリカも見分けがつきませんでしたが‥‥。

カトリーヌ・ドヌーヴ、アヌーク・エーメ、シルヴィ・ヴァルタン‥‥、子供のレコードに無作為に混ざってたので、何の意識もなく、普通に眺めてました。仮面ライダーV3のジャケットと一緒に。

世情とか流行とかありますが、実は家庭内環境が一番子供に影響を与えるんじゃないかと思います。流行を家に持ち込む・持ち込まない、どんなものを家に持ち込むかなど、親の行動に結構なウェイトがかかっています。子供にとっては、特に、5歳までのいわゆる「情操教育」的な期間に見聞きした事が、その後の人生のルート(root)になるように思います。味覚の趣向なんかも、その時期に基本が形成されるようですしネ。

けだるく、解決を引き延ばしたような、曖昧なニュアンス。子供の私は、まんまとその雰囲気にハマっていったのかも知れません。ちょうどその頃、ルパンのファーストシリーズが何度も再放送されてて、山下毅雄さん(大野雄二さんの新ルパンではなく)の音楽も好きでしたネ。

‥‥セビアン。


*レナウン娘は、おなじみ小林亜星さんの、あっけらかんとしたメロディですネ。


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