お盆

この10年くらい、お盆休みはとったことがないですし、とりたいとも思いません。あくまで私の心情の話で。

 

夏を休むにしても、お盆は外したいです。なぜかって、道が混むから。‥‥お盆の高速道路は、何十キロも繋がる恐ろしい渋滞を引き起こしますもんネ。

 

それに、やりたいこと、やるべきことが沢山あって、今は全く自分の意思において休みたいと思わないのです。

 

時間って、等価ではなく、ものすごく濃密な1ヶ月もあれば、人生の転換を運命付ける1ヶ月もありますし、一生忘れ得ない1ヶ月もあります。もちろん、スカスカの1ヶ月もありますが、そのスカスカ加減は後で振り返れば、とても意味のあるスカスカだったことにも気づきます。

 

 

 

昨日は「世界の猫の日」だったとか。

 

ぼーっと、何もせず、昼間から寝転がって、ふと、ネコがトストスと歩み寄ってきて、こてんと横に寝転がって、一人と一匹で、ただ時間が過ぎていくだけの日‥‥というのも良いです。

 

不思議ですよね。

 

言葉も通じないネコと、一緒に時間が過ぎ去っていくのを感じ、時が過ぎ去るままに許容して、テキトーになすがままに1日が過ぎていく‥‥なんてね。

 

ネコって、言葉が通じないからこそ、良いんだと思ってます。言葉に邪魔されずに済みます。

 

夏の暑い日に、クーラーをかけて、猫と寝転んで過ごすのは、怠惰なように見えますが、猫が死んで地上から消え去った後では、何にも代えがたい、かけがえのない時間だったと思うばかりです。

 

 

 

お盆で家族が集まるのも良いです。猫とぬぼ〜っと過ごす夏も良いです。

 

その時々で、お盆の過ごしかたは色々あって良いと思います。

 

今の私は、今しかできないことをやるのです。

 

 


Su-57

スホーイのステルス戦闘機、Su-57の1/72モデルがズベズダから発売されるようです。

 

これ。

 

 

 

「T-50」の名前のほうが通りが良いかも知れませんネ。どうやら、ロシア空軍が正式に発注したとのことで、スホーイの「Su」ナンバーへと呼び名を変えたんでしょうかね。

 

2019/8/31発売とのことで、現在アマゾンで予約を受付中です。

 

 

 

ちなみに、私はソビエト・ロシアのジェット機が他国に劣らぬほど好きで、古くはIL-28、新しくはこのSu-57(PAK FA)もプラモキットを所有しております。IL-28は1/100、1/72、1/48の各スケールをいくつか揃えています。IL-28はグーグルの地図で、今でも北朝鮮の基地に駐機しているのが見えますヨ。ロシアの基地にはMIG-31も見えます。

 

*上面の形ですぐにIL-28だとわかる独特のシルエット。

 

MIG-31は派生元のMIG-25と似てるかなと思いきや、主翼と胴体のバランスがかなり異なるので、すぐに判別できますネ。

 

 


CS6ショック。

ツイッターでも伝聞でも、最近「CS6から最新のAfter Effectsに乗り換えて戸惑う」ようなことを聞きます。

 

まあ、そりゃあ‥‥CS6のままで今まで来ちゃったんだもん。それなりのギャップというか、ショックはありますよネ。

 

確かにCC 2019は色々と問題はありますが、2018はまともに動いてます。実際に運用しているので実績もあります。

 

 

 

安易に「仕事で使えない認定」をしないように。

 

そもそも、CS6で今まで使い続けたこと自体が、かなりヤバい運用だったと気付きましょう。

 

CS6から一足飛びにCC2019までジャンプしたら、様々な動作の変化のうち、何がCC2019固有の問題で、何が最近のバージョンの傾向かも判断できませんよネ。

 

定期的にバージョンアップすることで容易に判断できる障害も、CS6からいきなり最新バージョンに‥‥だと混乱して解りません。浦島太郎が玉手箱を開けて瞬時に老けて、訳も分からず途方にくれるが如くです。

 

 

 

CS6 to CC2018 ,2019の程度で騒いでいたら、この後に来る4KやHDRやベクター階調トレスなどの新技術には到底ついていけませんヨ。

 

今までの慣習は古い慣習だと覚悟して、心を新たに未来にのぞみましょう。

 

CS6ショックが当面イタくても、傷はやがて癒えて、新しい道を歩む活力も湧いてきます。

 

 

 

ぶっちゃけ、何よりも重要で大切なことは、古いプライドを捨てて、新しい世界で新しい自信を築けるかどうか、なんですよネ。

 

昔のAfter Effectsのことを思い出してブツクサ言ってても、どうにもならんじゃん。

 

今と未来を生きるために、古い夢は置いていきましょう。(999の歌みたいだけど)

 

 

 


AEさん

After Effectsはもはや我が家の万年コタツのようなもので、春夏秋冬活躍するリビングのテーブルのようなものです。あって当たり前で、そこで勉強も趣味もご飯も全部済ます万能のテーブルです。

 

私は長らくAfter Effectsで作画に相当することも実践してきました。After Effectsは24時間戦えるコンピュータのソフトウェアなので、どんなに細かい絵も寝ずにせっせと描き続けます。‥‥まあ、AEさんにとって、「描く」とは「レンダリングする」と同意ですが。

 

After Effectsを使っている人からすれば、「そんな大変なコンポジットを‥‥」って言われがちですが、‥‥だってさ、コンポジットって言ったって、実際はコンピュータじゃん?

 

大変なコンポジットでもコンピュータがレンダリングするんですから、手で細かい絵を1枚1枚描くより数千倍マシです。

 

下図のような夥しいレイヤー数の内容を、2019年以降も手描きのまま、やり続けますかネ?

 

*実は各レイヤーはプリコンしているので、実際のレイヤー数はもっと多いです。

 

 

昔はさ‥‥。どんな大変な内容でも、全部1枚1枚紙に描いていたんよ。

 

それを思えば、「大変なコンポ」なんて言ってられないです。コンポを組むのは大変だけど、逆に言えば、組みさえすれば、まさに人間離れした超人的なスタミナでレンダリングしてくれますもんネ。

 

 

 

 

半年前に久々に紙で細かいエフェクトの作画を描きましたが、「もう無理。前時代的過ぎる。寿命がいくらあっても足りない。人生の無駄遣い。」と嘆きました。いやあ‥‥もう無理だわ。

 

昔からのアニメの作り方はそれはそれで良いですが、未来、その方法で成立するのか?‥‥という限界点がまさに平成と令和の境界線だと思うのです。

 

例えば、日本の木版画(浮世絵など)は世界に誇れる技術・芸術ですが、現代に木版の道具で出版をやろうと思う人間はいないですよネ。というか、紙で出版すること自体、電子出版の台頭によって、絶対的な方法ではなくなってきています。

 

アニメも同じです。技術の転換期がやってきます。

 

 

 

今、カットアウトとか言うと、「夢見たいなことを」とか揶揄されがちですが、細かい絵を数百円でアニメーターに描かせて、何万枚も描く現場のほうが、夢‥‥というか悪夢のように思います。

 

何をするにも、1枚単価でカウントする方法論から抜け出ましょう。

 

iOSとmacOS、何らかのドローソフトとAfter Effectsがあれば、まずは初歩から色々と始められます。

 

After Effectsを「アニメ撮影のソフト」と言い続けるばかりでは、未来は見えてきません。After Effectsの真のチカラをまずは、個人レベルで研究してみてはいかがでしょう。

 

夏休みの自由課題がてら、After Effectsの初心に戻って。

 

 


驚異のConcepts

私は会議でもiPad Proを持ち込んでメモをとります。

 

絵コンテはPDFをインポートして、Apple Pencilで描きます。テキストもペンで画像として書き込みます。

 

PDFが無い場合は、無地のキャンバスをConcepts.appで作成して、そこにメモを取ります。

 

大人気ない‥‥かも知れませんが、私はフラフラと無作為に絵を描きながら思考をまとめるクセがあるので、「描くな」と言われても、ついメモに絵を描いてしまいます。

 

例えば、こんな。‥‥メモしたテキストは伏せました。

 

*つい、パックマンを描く私。中学校の頃に熱中しました。「鍵の8面」までが私の最高記録です。

*なぜ「ハマグリ」みたいのを描いたのかは、恐らく話の流れに影響を受けたと思われます。‥‥が、ココロのナゾです。

 

 

Concepts.appは、解像度を設定しないベクターベースのドローソフトなので、メモを取りながら絵を描いてると、いつのまにか8千ピクセルくらいのキャンバスになることもあります。

*もう少し丁寧に言えば、エクスポートするときに、初めてPPIを設定してビットマップ化するのです。

 

 

 

軽々と動作するので、まったく解像度を気にすることがないです。もちろん、上図の全ての線はベクター〜パスです。

 

最近私は、どんどんベクターに傾倒していって、特にアニメの線画はビットマップで描くのが「後先のことを考えると不安」になるほど、ベクター寄りに傾いています。

 

ちょっと拡大しただけで線が荒れるのは、避けたいです。「スマートスムージング」という手法もあるでしょうが、やっぱり、もともと綺麗な描線であること=解像度に関係なくボケない描線であることがベストです。

 

TBHにもテクスチャ付き鉛筆線、テクスチャ付きベクターブラシがありますが、Conceptsにも似た機能があり、しかも雑に描いても(=ベクター線の洪水になっても)整然と動作します。

 

 

 

ビットマップの場合、大きめのサイズで描くのが解像度変化に対抗する常套手段ですが、実は縮小しても「絵が溶ける」のは、拡大作画を頻発するアニメ制作現場の人はよくご存知でしょう。

 

昔はベクター線といえば、無機質な線の代名詞でしたが、2019年にそんな認識のままでは古いです。(というか、私も最近まで古い認識のまま‥‥でしたが)

 

今は、色々な風合いで強弱もちゃんと反映するベクター線が、iPadで気軽に導入できます。

 

iPadは、Procreateもあって、クリスタもあって、さらにConceptsもあって、絵描きにとってはまたと無い「良き相棒」ですネ。

 

iPad Proの4型が今から楽しみです。

 

 


自由になった今

今ほどドローソフトの自由度が上がり、どんな描線でも描けるようになった今、ハーロックやラムちゃんや女蛮(永井豪さんの漫画です)を、原作のままの描線で描いてみたいと思う一方で、そんなことをしている余裕は今の私にはないので、じっと耐えております。TBHの能力を持ってすれば、もはやアニメ用のキャラへと大きく変えなくても、原作の着色イラストのような風合いでも動かせるようになります。

*使い方次第‥‥ですけどネ。

 

*ベクター線で描いてみました。全ての線はパスです。昔と違って、今はパス(ベクター)でも生っぽい線が描けますヨ。

 

*久々に描いてみた「松本零士風」のスタイル。描いているのは、何のキャラ‥‥というわけではなく、テキトーに松本零士先生風に描いてみたものです。「VOM」は必須アイテムですネ。

*iPad ProとApple Pencilで、Concepts.appで描きました。

 

 

*オスカルも描いてみたんですけど、‥‥一応、見てくれます? 目の十字が描きたくて、つい‥‥。 

*「はじめての作画のギャラが50リーブル(=50円)‥‥!?」と絶句しているイメージで。(円相場・為替レートはウソです)

 

*「何か、可愛いオスカルだね」と監督に言われてもうた。‥‥たしかに、可愛い顔つきで、オスカル感がイマイチ。

*‥‥でも、10代のオスカル(コミックの1巻あたり)はこのくらいの可愛い表情をすることもあるのです。まあ、世間的なイメージとは違うかも‥‥。

*池田理代子先生の優雅な線が描けなくて、まだまだ精進が足らんです。パーツも顔のバランスももっと研究したい。(この先、私がオスカルを描けるようになったからと言って、何があるわけでもないのですが)

*この絵はベクターではなくビットマップです。Procreateで描きました。もちろん、iPad ProとApple Pencilで。

 

 

しかしまあ、現実的に考えれば、著作権の存在する絵を、勝手に描いて動かして公開するのはNGなので、先にはあまり繋がらないかなあ‥‥とも思います。もちろん、正式な手続きを踏めば良いのでしょうが、カジュアルに他人様の絵を描くのは「ほどほど」の限界があります。

 

ふと冷めて考えれば、誰かの原作の絵しか描かないようでは、死ぬまで他者依存ですしネ。

 

アニメの業界人は他人の絵を描くことに慣れ過ぎてしまって、自分の絵を描こうとしないところが、何だか勿体無いです。私は20代の頃、元絵がないと描けない、キャラ表がないと描けない、「キャラ表依存の線画野郎」になりかけたことがありましたが、「そんなんじゃヤバい」と思って色々と開発を始めた経緯があります。

 

かなり前にこのブログで、アニメ制作のものすごい効率化とネットワークの進化によって、状況的弱者が頭角を現す日が来る‥‥と書きましたが、2019年現在のドローソフトやコンポジットソフト、マシンの性能、ネットワークの様々なリソースは、まさに「あとは行動するだけ」と言わんばかりの充実ぶりです。

 

今の大仕事を完成させたら、私はすぐに次のフェイズに進む所存です。だってさ‥‥、こんなに技術的に恵まれた時代性を活用しないなんて、あまりにも勿体無いですもんネ。

 

 

 

今までのアニメ業界のアニメの作り方は、規模の差こそあれ人海戦術でしか成し得ない方法でしたが、未来は違います。

 

なので、ビジネスモデルも違ってくるのです。企画のたてかたも変わります。プロデュースもクリエイティブも変わります。

 

紙で描き続けていても、戦後アニメの伝統は守れるかも知れませんが、未来は開けません。今年で戦後74年ですが、令和、そして2020年代、これから先にどうやって絵を描き続けるかは、当人が未来の現実から目を逸らさず考えることが必要です。

 

何度も書きますが、ようやくアニメの「戦後」が終わるのだと思います。

 

メーテルもラムちゃんも懐かしいですが、それはあくまで他人の絵です。最近、大御所のアニメーターさんの色紙が問題になりましたが、他人の原作に依存する生き方はやはり苦しいと思います。せめてパブリックドメインになるまで待たないと‥‥というのは、難しいでしょうが、ネットの落書きや同人なら大目にみてもらえていることでも、おもて立ってお金が絡めばどうしても問題にはなりますよネ。

 

戦後も昭和平成の思考ではなく、令和、2020年代の思考で、絵を描いて生きていくには? アニメを作って生きていくには?‥‥をココロを新たにして考えましょう。

 

昭和平成のカタチが各所で崩壊し始めているのはアニメや漫画に限ったことではなく、日本全体の傾向です。

 

ドローソフトがどんどん新しく進化していくのに、描いている人々が旧世代の思考のままでは、せっかくの自由な広がりも活かせません。

 

技術の進化によって様々な要素に自由度が与えられた今、自分の思考を自由にするばん‥‥ですネ。

 

 

 


上手下手の思い出

絵が上手くなくてもアニメーターになれる権利はあるはずだ!‥‥というのは変な話ですが、誰でも上手くなれる可能性はあるはずだ!‥‥というのなら、それはそうだ‥‥とは言えます。

 

まあ、上手い上手くないという基準の境界線は曖昧です。ただ、暗黙の境界線というか、ある程度明確な基準は「あるにはある」のは誰しも何となく感じているものです。

 

まず何よりも基本は、

 

左右対称の物を、ちゃんと左右対称に描ける

 

模写を正確におこなう(要素の対比と位置関係)

 

‥‥というのはありましょう。初心の段階から抜け出せない人は、この極めて基本的な事を認識せずに、すぐにキャラクターのバストショットばかり描きたがります。

 

小学生の頃の私がそうでした。メーテルとかハーロックとか、当時好きだったキャラを見よう見まねで描いて、何となくでも、似た絵が描けた!‥‥と我ながらご満悦です。しかし、どこかで聞いた「紙を裏返して絵を透かして逆に見ると、絵の崩れが判る」というのを実践してみると、そりゃあ、自分の絵の酷さに言葉を失ったものです。

 

絵が下手なままの人は、実は正円や正方形をまともに描けないし、斜め上から立方体を描けば、歪んだ立方体にしかなりません。

 

そうした基本のダメさの端々が、キャラのバストショットの絵に全部出てしまって、完成度というか説得力というか、絵の良し悪しを悪しき方向に引き摺り込むのです。

 

もっと絵が上手くなりたい

 

‥‥と小学生の私は思ったものです。少なくとも、友達から「本物そっくりじゃん!」と言われるようなハーロックやメーテルを描きたいと思いました。自分のオリジナルの絵なんてまだまだ考えるに至らず、まずはその当時流行っていた松本零士キャラをそっくりにいつでも描けるようになりたいと思ったのです。

 

小学生でも「図書館」という強い味方があります。幸い私の住んでいたところは工業で栄えた人口の多い町だったので、中央図書館には美術書がいっぱいありました。

 

私が足繁く通って、何度も入れ替わりで読んだ美術書シリーズは「新技法シリーズ」です。

 

 

 

 

上の2冊は、基本ができてから読み進めるべきものですが、絵画やパースの基礎を教える新技法シリーズもあって、夢中になって読んでいました。

 

夏休みになると学校にいかないので、こうした美術書をハイペースで入れ替わりで読む事ができました。なので、夏の暑い日差しを見ると、小学生の頃に図書館に通った日の思い出もふと蘇るのです。

 

要素の対比、一点透視図法。‥‥絵の基礎を小学生なりに理解しようとして(当時の私が理解しきれたとは思えませんが)、不器用ながらに自分の絵に取り入れましたが、効果はかなり大きかったです。

 

今まで顔面崩壊して、アンバランスにもほどがある自分の「漫画の模写」が、かなりオリジナルの漫画に似るようになりました。俄然、ハーロックがかっこよく描けるようになりました。‥‥とても嬉しかったものです。

 

 

 

曲解しないでおきたいのは、技法書を読めば上手くなるわけではない‥‥ことです。

 

絵画教室に通ったり、技法書をたくさん読んでも、無条件に上手くなるわけではないです。

 

自分の中に妙なプライドや自尊心があって、他から欠点を指摘されるのが嫌な人は上手くはなれないです。表面は強がっていても、ココロの中は謙虚であるべきです。

 

「他」とは、友達のような「他の人」だったり、技法書のような「本」だったりしますが、どちらにせよ、他からのアドバイスを謙虚に受け入れる柔軟さが必要です。なので、大人になればなるほど、その辺が「めんどくさい人間」になってしまって、10年経っても基本的な絵の上手さが進展しないようなこともあります。

 

 

 

私はアラウンド50になった今でも、色々な人の「実物の手」を見ると、自分の傲慢さ=手を絵で描くときにルーチンで処理していた自分を思い知ることがあります。

 

アニメで描く「手」って、ある程度「流行り」があって、ある種の「描写スタイルのナショナリズム」が蔓延りますが、そんなのに「前ならえ」していた自分に気づいて(=絵の描き方もいつしか習慣化しますので)、知らずのうちに視野が狭くなっていた事を不甲斐なく感じます。実物のいろんな人の手って、こんなにもバリエーションが豊かだったんだと改めて気づのです。

 

「耳」に至っては、一番明確に、描いている当人の状況を映し出しますよね。耳をちゃんと描こうとアプローチして、その上で作品に合わせた省略のデザインをしている人って、内面は相当謙虚な人だと思います。耳って結構多くの人が惰性で描いたりゴチャゴチャっと描いたりして誤魔化しがちですもんネ。

 

 

 

絵を描く事を職業にしなければ、別にどんな絵を描いても構わないのです。下手だろうが、周りから文句を言われる筋合いはないでしょう。自画自賛で絵を描いても、自分の部屋に飾るのなら、誰の迷惑になるわけでもなし。

 

しかし、オーダーがあって、そのオーダーに準じた絵を描いて、しかも報酬を得るプロならば、絵の上手さは必須条件です。なので、アニメならアニメーターに限らず、ソフトウェアのレクチャーをする人間にも技量は必須です。アニメ作画のソフトウェアのインストラクターをするのなら、アニメ作画の経験はどうしても必要になります。TBHの手ほどきしてくださった人(カナダの方です)も作画出身で、手を結んで開いてぐるぐる回転させるリグを一晩で作って翌日のトレーニングの素材にするほどの技量の持ち主でした。

 

絵に関わって報酬を得るのなら、あまりにも当たり前の論理ですが、絵の技量は必要です。絵の流行スタイルにあやかっても、そのスタイルが廃れた後は、当人の絵の技量で生きていかねばなりません。

 

基礎は、人それぞれ時期的な差はあれど、必ずどこかで身につけることが重要です。

 

できれば、乾いたスポンジが水をいっぱい吸収するがごとくの、小・中学生でマスターしておきたいです。

 

もし出遅れたなら、オトナの自分のステータスなど地べたに引き摺り下ろして、「描けない自分」から再スタートすれば良いです。

 

「時間がなかったから上手く描けなかった」なんて負け犬の遠吠えなど一切吐かず、「短時間であっても見極めが不十分な自分の技量の低さが問題だ」と受け止め、ではどのようにすれば絵を描く初段階から的確に描画を進められるかを考えるようにします。

 

 

 

夏休みは、絵が上手くなる絶好の機会でした。

 

夏は日本の敗戦を想起しますが、一方で、のびしろのプラスイメージも思い出します。

 

なので、私は夏が好きです。

 

もし今、学生ならば、夏だからこそ、いっぱい絵を描いて、図書館にも通って技法書を読みふけりましょう。

 

絵を一生の仕事にしたいならば。

 

 

 

 

 


138億年で一度きり

ビッグバン後の宇宙の年齢は138億年と推測されています。私は特に宇宙の知識に詳しいわけではないので、その数値はともかく、人間のような80年のちっぽけな寿命しかもてない存在でも、その人間の体験は138億年で一度きり‥‥と思えば、感慨深いです。

 

日本だけのユルい信仰なのかはわかりませんが、「生まれ変わり」「前世」の話題は昔から耳にします。

 

私は、生まれ変わりに関しては、子供の頃から「無いな」と思ってきました。だって、「前世」の記憶がないのですから、信じろと言われても信じられないです。未来、死ぬまで「生まれ変わり」があるだなんて思い直すことはないでしょう。

 

一方で、仮に宇宙が138億年、地球が46億年、人類が400万年だとしても、私の一生は一度きりで、何の代替もきかない唯一の存在だということは、肌身で実感できます。というか、それしか自分で知覚できませんもんネ。

 

であるならば、人生は極めて希少で代え難いものと思えてきます。

 

あくまで恐らく‥‥ですが、今の文明はやがて滅亡して、地球も砕けて、一生懸命作ったアニメ作品も星屑と化すのでしょう。

 

でも、だからこそ、アニメを一生懸命作りたいと思えるのです。どうせ星屑になるからこそ、今、アニメを‥‥です。

 

はっきり言って、「後世の評価」とかどうでも良いです。昔から思っていましたが、死後にどんなに評価されようが、「うわ〜嬉しい」と知覚できる自分は既に消滅しているのですから、生きているうちこそ全てだと感じます。

 

 

 

NHKの私が好きな番組で「ネコメンタリー」という作家さんと猫の生活を映したドキュメンタリー(というのかな?)があります。

 

空気感、距離感、光の捉え方が、なんとも心地よく、留守録したのを何度も見返してしまいます。

 

猫と暮らす日々の様々なニュアンスが、ただひたすら優しく映像に捉えれていて、カメラに写ったその瞬間、瞬間が、まさに138億年に一度きりの瞬間なのだと、しみじみと心に染みわたります。

 

何の変哲もない日常が、138億年を経て得た、奇跡の連続だったことを、カメラはその撮影の結果物にて、私たちに教えてくれます。

 

 

 

絵も同じ‥‥ですね。

 

絵を描くことも。

 

自分の描いたキャラの1つ1つの表情が、まさに138億年で一度きりの表情です。描く人間が138億年で一人きりなのに、その人間がさらにたくさんの架空のキャラの表情を生み出していくのですから、果てしなくとりとめのない気分になります。

 

でも、果てしなくて、とりとめなくて、それで良いとも思います。

 

私はディズニー1942年公開の「Bambi」が好きで、そのフィルムの1フレーム1フレームが愛おしいです。シーンの合間に描写される森の自然描写は、作画から撮影まで全てが「奇跡のフレーム」としか言いようがないです。

 

 

 

人は皆同じではないですから、138億年に一度きり‥‥なんて考えるのもウザくて面倒な人はいるでしょう。でも、それはそれで、良いのだと思います。皆が日頃から、自分も文明も消え失せて、地球が星屑になる日を考えていたら、ぶっちゃけ、社会は回りませんもんね。

 

なので、ふと映画やアニメやコミックなどを読んで、その奥底にある「刹那的な何か」を感じれば良いのでしょうネ。

 

 


HDR

「HDR」はややこしくて、10年くらい前に流行った「デジカメのHDR」と、4K HDRの「映像のHDR」は、「ハイダイナミックレンジ」という言葉は共通してても中身は異なります。その辺りは、もし技術的なことに触れるのであれば、しっかりと認識しておきたいところです。

 

デジカメのsRGBやRec.709での「HDR」は、100nitsの中の限られたレンジの中で、「人間の視覚の印象」「記憶としての視覚」を再現した内容です。目から入力された明暗や色彩の情報を、暗部や明部の露出を自由に組み合わせてマッピングして記憶する仕組みを、デジカメならば複数の露出で撮影した画像を組み合わせ、ソフトウェアならば暗部や明部に潜んでいる情報を引き出して、画像合成する仕組みです。

 

一方、映像のHDRは、ガチでレンジが広いのです。100nitsではなく、300nitsや1000nits、場合によっては2000nitsなどのレンジを映像機器で実際に映し出します。規格上では10000nitsまで定義されています。「人間の記憶色」を再現するのが主眼ではなく、シンプルに信号のレンジが広いのが映像のHDRの特徴です。‥‥HDRだからと言って、TopazのAdjustのような画面になるわけでも、アニメの背景のようになるわけでもありません。

 

総天然色、暗部も明部も色鮮やかで彩度たっぷり!‥‥というのが、必ずしも映像のHDRではないことは、技術知識を喋るのであれば、ちゃんと踏まえておきましょう。モノクローム、白黒(グレースケール)のHDRだってあり得ますからネ。

 

 

 

ただ、HDRは明暗のベクトルだけでなく、彩度のベクトルにも大きくレンジを広げているので、彩度が猛烈に豊かになるのは確かです。中間色はもちろん、明るい色も暗い色も、全て彩度が豊かになります。要は、そうした特性をどう使うか‥‥です。

 

RGBで言えば、RGB各色のレンジが格段に広くなるのですから、RGB値を仮に1-1000で表現すれば、1000, 0, 0の赤になり、フレアの撮影処理など入れなくても赤く輝いているルックになります。

 

現在私らは、そうした1000nits時代の映像のHDRの特性を踏まえて作業しています。100nitsはもはや全て濁って見えるほど、1000nitsのHDRは別世界の色彩です。

 

 

 

実際に、映像の機材を目の前にして、自分の肉眼で確かめないと、どうにもならんです。美味しい料理をどんなに「美味しかった!」と口や文で説明しても、味はわからないですもんネ。

 

アニメ業界人はホントに最新技術には興味がなくて疎くて、展示会などで最新の機材に触れる機会があっても、肉眼で確かめるために出向こうとはしないです。年に一度のシンポジウムや噂話が主体で、自分の目で未来を見極めようとしない人が結構多いです。

 

「最新の映像機器の世界なんて、どうせ自分らには無関係」と思っているのだとしたら、そういうイジケや自虐はそろそろやめた方が良いです。日本のアニメは世界でも高品質として評価されているのですから、むしろ、日本のアニメ制作現場こそ最新技術に敏感になるべきです。

 

2020年代の来年からはまさに新時代の幕開けです。「技術過疎」の辺境の住人のようにイジケるのをやめて、アニメこそ映像技術のメインストリームの体現者であり、最新技術を導入して当然!‥‥と胸をはれる業界人になりましょう。

 

 

 

ともあれ、HDR。

 

現在、HDRは大きくわけて、写真のHDR(iPhoneとかにもありますよね、HDR)と、映像のHDRとで、2種類あります。その辺は混同しないようにしておきましょう。

 

 

 

‥‥と書く私も、1年半前は、4Kはともかく、映像のHDRがどのようなものか、わかりませんでした。「なんとなく鮮やかに色付けしたのかな?」くらいの印象止まりで。

 

しかし、実際に1000nitsでPQ1000で絵を見ると、どんな劇的変化がもたらされたのか、どういう点が「写真のHDR」と違うのかが、判るようになりました。

 

アニメ制作にはまだまだ伸びしろが山のように残されています。HDRもその豊かな伸びしろの1つですし、そもそも作画技術も大平野のごとく未開拓地がたくさん広がっています。

 

2020年代。

 

東京オリンピックに浮かれた後で、勢いを失う人や集団もいれば、技術の波に乗って台頭する人も集団もいましょう。

 

楽しみはこれからです。

 

 

 


二人称欠如

ツイッターって、他者とテキストでやり取りできるので、あたかも二人称のような関係を一時的にではあれ築けたと思いがちですが、結局のところ、三人称のままに留まるように思います。

 

サバサバして後腐れない人間関係は、「現代的」で身軽で都合が良いんでしょうネ。

 

しかし、こと、ものつくり・お話作りにおいて、一人称と三人称しか人間関係を持ち得ない人間が、二人称が頻繁に出てくるストーリーを創作する場合、二人称欠如の状態は強い影響を作品表現に及ぼすと感じます。

 

俺とお前、あなたと私、君と僕‥‥という二人称の関係性を、一人称と三人称だけの想像で描こうとしても、そりゃあ、嘘っぽいし、話も薄くなるし、ストーリー上・ドラマトゥルギー上で不整合も生じましょう。

 

絵においても、一人称の願望だけで二人称を描こうとすれば、相手の心の描写よりも、髪型や体つきに固執した絵も描いたとしても、当然は当然です。

 

まあ、突き詰めに突き詰めて、本人の願望が高次元に昇華すれば、それはそれで常人には及ばぬ完成像を作り出すこともありましょう。ただし、ガチに孤独のまま、そこまでいける人は相当少ないとは思いますし、かなり個性的な絵を描く画家でも、現実世界では普通にパートナーがいたりもします。あの神秘的なモローにもデュルの存在がありましたしネ。

 

 

 

ツインテールとかポニーテールとか、髪型に固執するのって、何か閉鎖的な当人を感情=一人称の内側を感じることがあります。「ポニーテールの日」があると聞いたことがありますが、髪型に執着するって何だろう‥‥と考えたことがあります。

 

まあぶっちゃけ。

 

好きになった人の髪型が、好きな髪型じゃん?

 

二人称たる身近な人間を前にすれば、過去自分が漫画やアニメで好きになった髪型など、どこかに吹き飛んでしまうもの‥‥だと思います。

 

 

 

現在はツイッターなどSNSをスマホで気軽に閲覧できるため、三人称的存在をさも身近な二人称的存在のように感じますが、実際は「一人称の自分の感情」と「三人称のテキスト」の中で、結局は一人遊びに終始している‥‥のだとすれば、何か虚しい気はします。

 

まあ、それが日常の優先度の低い位置ならば良いですが、アニメ作品制作においては、お話を作り、キャラを作るので、二人称欠如は「人物描写の欠如」にも繋がります。二人称で人を愛せない人間が、いくらシナリオの中で愛を叫んでも嘘っぽくなっちゃうもんネ。

 

絵を描くにしても、ネットに上がっている他人の上手い絵を模倣するばかりでなく、身近な人間の生の仕草やふとした感情の機微を感じ取ることも必要でしょう。

 

表面上は人が苦手でも、心の奥では人との繋がりを求めている‥‥のだとすれば、ツイッターのような手段で自分の欲求を誤魔化すばかりでは、いつまでも人の心は作品には描けない‥‥かも知れません。

 

 

 

ふと、ニュートン「死とは何か」巻末の養老先生のコラムを読んで、思いました。

 

二人称における「死」は、一人称にとって「究極の繋がり」とも思えます。それが人間だけでなく、猫や犬であっても。

 

 

 



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