夜明け前

今までの役職ありき、今までの工程不動のままで、「デジタル化」を導入するのは、業界にありがちな傾向です。しかし、その「デジタル」の実体=コンピュータ機材やソフトウェアやネットワークの本来の「ポテンシャル」を有効に活用できるか否かは、必ずしも今までの役職や工程を踏襲するだけでは「YES」「TRUE」とは言えません。

 

今まで役職名や作業項目の先頭に「デジタル」を付与する行動、すなわち‥‥

 

デジタル演出

デジタル作画

デジタル美術

デジタル彩色

デジタル撮影

デジタル編集

デジタル制作

 

‥‥なんていう命名は、コンピュータの有効活用の是非よりも、今までの慣習に染まりきって思考停止した人々の姿が浮かび上がります。

 

そのうちに‥‥

 

デジタルカット袋

デジタル作画用紙

デジタルタップ

デジタル修正

デジタル差し替え

デジタルリテーク

デジタル納品

 

‥‥と、何でもお構いなしに「デジタル」を付与するようになるかも‥‥知れませんネ。

 

さらには、子育て家庭で「在宅ワーク」が導入され、サーバにアクセスして作業を開始したログが記録されると‥‥

 

デジタル出社

 

‥‥とか言い出しかねませんし、コンピュータやiPadやスマホで、音声や映像のチャットで打ち合わせをするのを‥‥

 

デジタル打ち合わせ

 

‥‥とか言い出して、さらには、何かをやらかして、サーバにアクセス禁止のパーミッション設定処置を取られたアカウントのユーザは‥‥

 

デジタル出禁

 

‥‥とか言うようになるかも知れませんネ。

 

まあ、安易に「デジタル」を使うことが、どれだけ「幼い」行為であるかが判ろうと言うものです。

 

 

 

私が本格的にコンピュータを導入したアニメ制作に関わり始めた1990年代後半、「デジタルアニメーション」と命名されて紹介されていました。そのネーミング自体が、コンピュータ導入の黎明期、「夜明け前」、「技術が幼い頃」の象徴だったと思います。

 

20年が経過した、2018年の今。

 

まだ「デジタル何々」なんて言ってんのか。長いなぁ‥‥。

 

つまり、いつまで経っても、アニメ業界の「次の日の朝」は明けない‥‥ということでしょう。

 

 

 

別によくないですか? コンピュータを使おうと、「作画」「演出」の素のままで。

 

Adobe CCがあれば、PhotoshopもAfter EffectsもIllustratorもPremiereもAuditionも全部使えますし、無償版のDaVinci Resolveだってありますよネ。それらソフトウェアを使って、映像を作れば良いことです。「デジタル」なんて言葉は、どこにも必要ありません。

 

映像だけでなく音にアニメ映像を合わすのだって、After EffectsやDaVinciに音声データを読み込んでタイムラインに並べて、波形の形と実際の出音に合わせりゃ良いだけだし。‥‥難しいことなんて、何もないでしょ。むしろ、以前より格段に簡単になりましたよ。

 

何でも「デジタル」を語句の先頭に据えたい人って、何をもったいぶって、自らめんどくさく、遠回りしようとしてるんでしょうかネ。

 

 

 

「人の一生は重き荷を負うて 遠き道を行くが如し 急ぐべからず」

 

コンピュータを主軸に据えたアニメ制作の道のりは、まだまだ未来へ続きます。「デジタル」の語句で事を済まそうとする光景も、淘汰の潮流の中に消えゆく情景の1つだと思えば、それはそれで、傍観してれば良いんだな‥‥と思います。

 

「デジタル」なんていう語句に惑わされることなく、未来への道を一歩ずつ、踏みしめて参りましょう。

 

 


120コマに思う

前日、ソニーの民生テレビブラビア「9000E」を作業場に設置したのは、前回に書いた通りです。あくまで「比較対象=民生で映すとこうなる」的なモニタ=チェックモニタではないので、部屋の面積の都合もあり、支柱を組んで高い位置(バーのパブリックビューイングみたいな)に設置しました。4Kの機材はとにかく今はお金がかかるので、テレビは安く調達したかった‥‥ということもあり、2017年の「E型の49インチ」を導入しました。

 

*9000番以上は、「直下型LED」なので、そこは踏まえて機種選定しました。

 

 

2017年型のブラビアと言えども、120フレーム補完の滑らかさは凄まじく、2Kのブルーレイはもちろん、iMac Proから出力するThunderbolt3 to HDMIのYouTubeやQuickTime Player映像まで、どんどん120フレームに補完する機能は、もしかしたら近い未来の「お茶の間のテレビ」の標準的な姿かも知れません。

 

いかにもフレームレートの低いYouTubeの低品質モード(15fpsらしき)の映像も、滑らかに再生してチープさが軽減されます。以前作った24コマフル、60pフルモーションのアニメーション映像も、120fpsに補完され、非常に滑らかに上映されます。

 

60fpsと120fpsは、ほとんど差がわからなくないほどの僅差ですが、見慣れてくると動きの違いが解るようになります。1秒間で60枚の絵を作り出す60fpsのアニメーションならば、「怪しい補完画像」も生じにくいので、円滑に補完機能が動作するようです。

 

ぶっちゃけ、「当分の間、120fpsはテレビに任せられる」と思うようになりました。わざわざオリジナルで120pを作らなくても、「オリジナルがフルモーション」ならば、相当イケます。

 

 

一方、旧来のアニメ作品は「不利」になります。「あくまで、フレームレートに対してフルモーションが必要」なので、3コマ作画=「8fps ON 24fps」とか、2コマ作画=「12fps ON 24fps」では、フレーム補完機能は「気持ち良い感じに処理してくれない」のです。カメラワークはフルモーションゆえに120fpsに補完されますが、その中で動くキャラのセルは8fpsのままで動く‥‥と言った具合に、それはもう「ちぐはぐ感」が凄いです。

 

さらにもっと不利なのは、60〜120fps映像と24コマベースのアニメとの大きな落差です。私らの作業部屋ではブラビアとEIZOのモニタが併設されているので、24fpsのアニメ映像を両方のモニタにミラーリングで映しだすと、ブラビアでは120fps補完される一方、EIZOではオリジナルの24fps映像がそのまま映し出されるので、落差が誰の目にもハッキリと識別できます。

 

24コマって、こんなにカクカクしてたっけ‥‥と、皆、唖然となります。

 

実写の映画も24コマベースなのですが、アニメとの大きな違いは、「天然のモーションブラー」です。速く動く被写体は、像が流れてボケるので、24コマでもフリッカー感を抑えてマイルドになるのです。

 

しかし、アニメには天然ではモーションブラーは入りません。意図的にモーションブラー風のエフェクトを追加しない限りは、全てのエッジがシャープなまま動きます。24コマ程度の秒分解能では目に残像が残るので、フリッカーのようなモーションになるのです。

 

特に、縦の線が横方向に動くのは、昔からアニメの苦手なシチュエーションでした。映像の中で像を書き換える速度=リフレッシュレートが低いと目に「残像の輪郭が残った」ように見えて、カクカクカクカク、、、、と不快な映像になるのです。

 

 

1本であるはずの棒が、モーションブラーのない状態だと二重像に見えます。これは1秒間に24枚しか画像をもてない24コマ・24fpsの宿命です。24コマの実写映画でも、故意にシャッタースピードをハイスピードにしてブラーの幅をできるだけ少なくして撮影すれば、似たような「フリッカー感」が生じますが、それを逆手にとって映像表現スタイルへと昇華したのが「プライベート・ライアン」の冒頭のオマハビーチの上陸戦闘シーンですネ。

 

 

24fps、12fpsは、ブルブルカクカクパタパタと、残像が不快に目に残ります。一方、モーションブラーで動く方向にボケていると、輪郭がソフトになって「フリッカー感」が抑えられていますネ。

 

そして、むしろ、3コマシートまで動きがカクカクすると、フリッカーというよりは何だか可愛い動きに見えてきます。‥‥まさにそれが、現在の日本のアニメを支えている「制作技術上の命綱」です。3コマのファニーな動きに助けられて、商業アニメは成立していると言っても言い過ぎではないです。‥‥制作者当人がハッキリ自覚しているか否かは別としても、です。

 

 

近い未来、120fpsの動きに何の拒否理由も抵抗感もなく、普通に馴染んでいく世間の人々は、「現状の日本のアニメ技術の成果物」をどのように捉えるようになるでしょうか。

 

他の番組と比べて、なんだかパタパタと動いているけど、それはそれでアニメっぽい味だ

 

アニメだけがパタパタカクカク動いていて、チープで古めかしい

 

‥‥どっちなんでしょうね。

 

私の現時点での考え‥‥ですが、どちらか?ではなく、両方の印象で曖昧に受け取られつつ、旧来のアニメは許容されつつ、映像技術世界においては確実に古くなっていくと思います。

 

 

どんなにチャップリンがサイレント映画で愉快なパントマイムを披露しようと、メトロポリスがその後のSFに多大な影響を与えていようと、白黒、サイレント映画、画質の粗さの時点で、「今、古いものを見ている」という感覚的な実感はぬぐえません。作品性が不動の輝きを失わなくても、映像品質における技術性はどんどん「過去のもの」「昔のもの」に変わっていきます。

 

120fpsが何が何でも素晴らしい‥‥と「新しもの好きの馬鹿」になろうというのではないのです。世間が新しい技術に「徐々に段階的に、そして確実に」塗り替えられていく事実に対し、映像制作者の一員であるアニメ制作者はどのように対峙していくのか‥‥ということです。

 

チャップリンは「トーキー」=音付きの映画(今ではあたりまえのことですが)に、反発していたようです。「映画は音がないから素晴らしい」のであって、音が付くと「演者の演技の動き」が音によって邪魔されて制限される=音やセリフがないから演技で表現していた「芸術性」が台無しになる‥‥と考えていたようです。

 

2018年の今になって思うのは、「技術に対する強い自信から、プロフェッショナルな人間ほど、固執して先見性を欠く」ということです。

 

トーキーにおいても、サイレントの技術は応用できることに全く気づけず、サイレント最高!トーキー最悪‥‥と、サイレント時代の大御所のプロほど、柔軟に対応できなかったのかも知れません。むしろ、観客たちのほうが感覚的に受け入れていったのでしょう。何だか、これからのアニメ制作の顛末を暗示しているように思えます。

 

日めくりカレンダーにあった‥‥

 

正しいと思うことでも

固執すべきではない

 

‥‥という一節は、その通りだな‥‥と思います。

 

 

自分の技術に強い自信をもつのは良いことだと思いますが、その技術に固執し始めたら、柔軟性が失われて「硬直」が始まることも絶えず自覚すべきでしょう。

 

アニメ技術を死なせて薬漬けにしてミイラ化したいのなら話は別ですが、時代とともに歩もうと思うのなら、120fpsに対しても柔軟で多角的な視野をもつことが必要でしょう。

 

まあ、アニメの技術を、ロザリア・ロンバルドちゃんみたいに綺麗にミイラ化したい‥‥と思う人もおりましょう。

 

私は、春夏秋冬、命のサイクルから学んで、「現・肉体」は滅んでも「遺伝子」は生き続けていく道を選びます。日本が培った、日本ならではアニメ制作の技術は、タイムシートやタップ穴ではないでしょ?

 

どんな絵を、どんな風に動かして、どんな作品を作るか。それこそがアニメ制作の「知の遺伝子」だと思います。

 

「SD・HDで24コマでSDR」の肉体は滅んでも、「4K8Kで60〜120pでHDR」の新たな肉体でアニメ制作の遺伝子が受け継がれれば良いのです。少なくとも私はそう考えます。

 

まあ、私自身のリアルな話で、どうやら私は自分の「血の遺伝子」は残せそうもないので、余計に「知の遺伝子」を残そうと行動するのかも知れません。そのあたり〜「自分の逝く末に対する感慨」は人それぞれでしょうが、そんな私だからこそ、「血」ではなく「知」を残そうと明確に意識できるのだ‥‥とも思っています。

 

 

あれ? 120fpsの話がズレましたネ。

 

でもまあ、新しい技術と対峙した時に、当人の反射的な反応は、結構リアルに象徴的に、当人の状態を表すのは確かです。

 

アニメをミイラにしたいのか、アニメを時代とともに生かし続けたいのか。

 

あなたはどっち?

 

 

 


プロクリ

Procreateをプロクリと呼ぶかは知りませんが、最近、Procreateでかなり大きな機能追加アップデートがありました。

 

ディストーションツールの充実、対称描画機能、描画アシスト機能の実装(以前は有償のお試し機能だった‥‥はずです)、ジェスチャーのさらなる高機能化など、「どんどん絵を描きたくなる」機能が追加されました。

 

デザインなどをしていると、特にメカ系・小道具系は、左右対称部分もそれなりに多く、SkecthBookのような対称描画の機能がProcreateにもあったら良いな‥‥と思っておりましたが、メッシュ系のディストーションツールと一緒に実装されました。私にとって、タイムリーなので、余計嬉しいです。3面図などを描く際に役立ちます。

 

初代iPad Pro、今年の無印iPad(=Apple Pencilが使える)でも、普通に動作しておりますので、Procreateをお使いの方はオススメ‥‥というよりは、勝手にアップデートされても、全然OKな内容なのでオススメです。

 

アップデートすることで、どんどん使い勝手がよくなる勢いのソフトウェアって良いですネ。私はPhotoshopは2.5、After Effectsは3.1から仕事で使い始めましたが、その頃は毎回アップデートやバージョンアップが楽しみでした。今から考えれば、タイムリマップも16bitモードもないAfter Effectsなんてどうすんのよ?‥‥と思いますが、それは後の時代の考え方で、黎明期や草分けの頃は、ソフトウェア・ハードウェアの進化と共にできることを増やして、作り方の考え方や意識も共に変わっていったのです。

 

その頃のワクワク感が、Procreateや4K HDRには等しく含まれています。時代とともに進化する勢いって、大切だなあ‥‥としみじみ実感します。

 

昔の流儀に縛られて、新しい技術を古く使おうとする人々もおりましょう。でも、それはそれで、技術の使いかたにおける、言わば「市場原理」でもあります。新しい何かが新しいと判別されるためには、依然として古い何かの存在も「比較対象」として必要なのです。

 

新しい何かを知覚するために、古い何かが存在する‥‥というのは、他者との比較ではなく、自分自身にもあてはまることです。それは人間だけでなく、ソフトウェアも同じでしょう。Procreateは、まだまだ「過去の己をどんどん更新できる」伸びしろを感じます。そのソフトウェアの「伸びしろ」によって、使う側も勢いが加速するとなれば、痛快ですね。

 

昨日、私らの作業部屋に50インチの4K HDRテレビを、CG-318-4Kや319Xと併設するカタチで導入したのですが、ソフトウェアだけでなくハードウェアの「自己更新」も年々凄くなってるのが判ります。テレビはあくまで「ご家庭の一例」を目で「みせしめ」的に確認するためで、チェック用途ではないですが、それでも技術の進歩を痛感せずにはいられません。前にも書きましたが、いまどきのテレビの「120fps機能」はオリジナルがフルモーションであれば、相当綺麗に補完するので、120p時代を待たずに120fpsの世界を垣間見ることができます。

 

*4K時代において、映像のクオリティチェックにはCG-319Xクラスのモニタはどうしても必要です。‥‥高いけどネ。民生テレビ(=普通のテレビのことです)はどんなに綺麗でも映像制作の基準にはなり得ません。「4Kテレビでリテーク出し」するのは絶対にNGです。2K以前もそうでしたが、基準にならないモニタで基準を得ようとする行為は、当人らの知識と見識の幼さそのものです。しかし一方で、民生テレビを併設することで「ご家庭でどんなことになっているか」を知るのは有用です。道具は使い方をわきまえることが重要‥‥ということですネ。

*ちなみに1000nits出せるプロミネンスは300万、X300は460万ですから、CG-319Xは60万でもお手頃価格‥‥なんですヨ。

 

4K、HDRのPQ、そして60pや120pと、全ての要素を満たしてアニメ制作に取り組めば、旧時代と比して見た目の変化だけでなく「アニメには広がりがまだいっぱいあったんだ」と意識から変えられるのびしろがあります。手で描いたナマの絵をコンピュータで動かす未来の技術を獲得すれば、いくらでものびしろがあることを確信できます。

 

新しいソフトウェア技術を古く使うだけが能じゃないのです。クリスタもプロクリもiPadもCintiqも、MacもWinも、新しく使ってこそ‥‥です。

 

新しい技術の足場があれば、Procreateで絵を描けば描くほど、アイデアが湧き出ます。「これもいける。あれもいける。」と、とどまるところを知らず、絵を描くことの本来の楽しさが仕事に直結し、新しい4K HDRの60p120pの映像技術とともにどんどん加速します。加えて、個人の「生産能力」の限界すら突破し、動画1枚何円で描いていた「細切れの報酬」待遇から脱出することも可能になりましょう。

 

3DCGアニメーターが20万円後半の固定給で、なぜ従来作画のアニメーターが「完全出来高」なのか、ちまたの募集要項を見かけると、作画出身者の私としては沸々と強い憤りを感じる一方で、「動きのキーだけ」「線画の動画だけ」の作業範囲ではそりゃあ買い叩かれもするだろう‥‥とも思うのです。こと、動きに関して、1人のアニメーターが最初から最後まで完結できないがゆえに、散々なまでに報酬が細切れ状態となっている「昔のやりかた」の限界を感じます。

 

未来のアニメーターは、レイアウトからカメラワークがついた全体の動きまで、つまり、動きに関わる最初から最後まで、1人もしくは2人(手分けした場合)で完結できるべきです。旧来の技術では作画と動きに関する要目が、レイアウト・1原・2原・動画・タイミング撮と分断され、しかも動きは1枚ずつ描いて作業‥‥では、どうやったって報酬は細切れにしかなりませんもんネ。動きの技術視点で考えれば、全体を制御できるわけではないですから(実際、アニメーターはカメラワークの弱い人が多い〜実際にカメラワークをコンポジットしていないから無理もないです)、技術的にも金銭的にも、旧来技術はまさに旧来ゆえに構造が古く、未来社会の様々な技術に追随できない状況はすぐそこまで近づいています。

 

ClipStudio EX、Procreate、TVPaint(わたし的には今でもAuraなのですが)などの「現用」のソフトウェアと、液タブやiPad Proなどの同じく「現用」のハードウェアが手元にあるにも関わらず、今までの方式の刷り直ししか実践できず、しかも完成した映像は2K24pSDRでは、現在未来の技術フィールドでは為す術もなし‥‥ですが、前述した通り、それも技術における「市場原理」「競争社会」の過酷なまでの現実なのでしょう。古いままで足踏みするものが存在するからこそ、新しいものが台頭できるのです。

 

でもまあ、それで良いんでしょうネ。解る人は解るし、解らない人は解らない‥‥のままで。

 

時代は正直ゆえに、生き残るものと生き残れないものを、ばっさり分けていくだけのこと‥‥ですもんネ。

 

70数年前、どんなに耐え難きを耐えて、はるか上空を飛ぶB-29に竹槍を振りかざしても、戦局に対してなんの効果もありませんでした。竹槍を振り回してバケツリレーに汗水を流しても、空から降ってくる焼夷弾で街と人々は為す術もなく焼かれて、挙げ句の果ては「カミカゼ常態化」「新型爆弾の投下」です。

 

終戦の日が近づいたこのシーズンに思うことは、Procreateやクリスタを「体当たり自爆攻撃」に使うのではなく、「未来を生きるため」に使う‥‥ということに尽きます。

 

 

 

 


クリスタ

私が絵を描くメインツールはProcreateです。なぜかというと、絵を描くための機能が充実しているのはもちろんですが、使用頻度の低いツールは普段は隠れていて、キャンバスが広く使えるからです。ツールウィンドウからの指定ではなく、ジェスチャーで色々な操作が可能です。ジェスチャーを有効に使えるのは、iPadなどのタブレットPCの独壇場ですネ。

 

でも、Procreateは絵を描くソフトであるがゆえに、絵を描くためのツールしか揃っていません。アニメーション=絵を動かす機能は全くありません。ゆえに私は、紙時代に得た技術からフィードバックして描いていますが、どうしても動きをムービーで確認したいときはAfter Effectsに読み込んでシーケンスレイヤーで処理します。

 

しかし、これから私ら技術グループが取り組むのは60fps以上のフルモーションゆえに、動きの確認がシビアとなります。その際、アクションレコーダー的な機能を持つClip Studioは強い味方となりましょう。‥‥「デジタル作画」ではおなじみのツールですもんネ。

 

数年前に原型を作った新世代のワークフローでも、クリスタなどアニメーション対応ドローソフトは工程に組み込んでおり、4K HDRの新しい要素もあいまって、今後はクリスタを実際に新技術用途に用いる機会が増えていくでしょう。

 

 

となれば、Procreateとクリスタで「操作系が異なる」のはできるだけ避けたいです。特に、鉛筆、消しゴム、アンドゥ・リドゥ、スクロール、拡大縮小回転など、頻繁に使うツールのジェスチャーは統一したいです。

 

私はProcreateに慣れてしまっているので、クリスタの初期設定で何が気になるかというと、シングルスワイプでスクロールになってしまう設定です。2本指のスワイプでも同じ設定になっているのなら、1本指のスワイプはProcreateと同じ「消しゴム」でいいでしょ。

 

消しゴムを使うたびにツールを切り替える‥‥なんて、面倒ですよネ。作業効率に直に影響します。クリスタに限らず、指先を消しゴムとして機能させるのは、ジェスチャーが使えるお絵かき環境では必須の設定です。

 

もうご存知だとは思いますが、クリスタでの設定は、

 

「装飾キー設定」>「シングルスワイプ」>「ツールを一時変更」>「消しゴム」

 

‥‥に変えるだけで、Apple Pencilが鉛筆、生の指先が消しゴムになって、Procreateと同じ動作になります。(‥‥と言っても、私がProcreateの指先を消しゴムに割り当てているだけで、Procreateの設定も人それぞれ‥‥でしょうけど)

 

この設定変更だけで、Procreateもクリスタも違和感なく使えるので、まあ、あとは、多機能なクリスタをどのように「使うものだけ使いこなして」使いまくるか、ですネ。

 

 

クリスタの使い道は、アニメからイラスト、マンガまで、幅広いです。アニメにターゲットを絞っても、旧来技術延長線上の「デジタル作画」だけでなく、新しいアニメーション技術においてもクリスタは活躍します。

 

今までの慣習ではなく、新しい観点と使用法によって用いるのも、2020年代のツールの使い方ですネ。

 

 

 

 


消化試合からの脱出

前回書いた「絵を自分の手の中に取り戻す」ことは、絵を描くこと、アニメーションを作ることを、「消化試合」にしてしまうことへの反発・反動です。

 

えーと、今度のキャラは目の中に何個ハイライトが入ってて‥‥ 虹彩の中心は実線じゃなくて色トレで‥‥

 

本来楽しくて、その楽しさが視聴者を巻き込むはずの、絵作り・アニメ作りが、完全に消化試合と化して、報酬は見合ってない感がすごくて‥‥と、作画を長く続けた人間の「お定まりの失速パターン」は誰しも経験がありましょう。経験が浅いのなら、今後訪れるでしょう。

 

自分のやりたいことを自分の仕事にできたはずなのに。‥‥あれれ? 今の自分のテンションは、自分のやりたいことを仕事にできたと言えるテンションではないな。‥‥‥いつから、そんな自分になった?

 

それが前回書いた、絵を毎日描いていながら「絵を手放した」状態です。

 

もし、そういう消化試合のテンションで毎日が満たされているのなら、やっぱりやることはただ1つ。

 

自分の絵を描いてみる。色も塗ってみる。背景も描く。そして、1枚の絵を完成させる。

 

‥‥です。

 

 

 

アニメ業界の作画は、確かに絵をいっぱい描きます。山のように描くと言っても過言ではないです。

 

しかし、完成した絵は何ひとつ描きません。「線画で終了」です。

 

しかも他人様のデザインした絵ばかり。キャラデザイナーだって、多くは、他人様の絵を元に描くでしょ。

 

綺麗事は無し‥‥で構いません。原作付きでキャラデザインありきの、絵コンテのオーダーを元に、原画を描く。動画を描く。

 

しかし、それ以外、何もないまま、10年近く生きたら、そりゃあ、絵を描く行為だって意識だって、擦り切れますよ。

 

アニメーターだって、ひとりの絵描きなんですから。

 

アニメ産業の兵隊としてだけ‥‥の自分の存在意義に、いつしか強い疑念を抱くようになっても、誰も責める権利はないのです。むしろ、その疑念、危機感は、当然の「絵描きとしての自我」です。

 

 

 

仕事でアニメを作るプロ意識の下に、マグマのように「やりたいこと」がふつふつと煮えたぎっていないと、いつか冷めて休火山や死火山に成り果てます。「かつて在ったやりがいの亡骸」で「消化試合」を埋めて、どれだけの人が心を動かされるか。‥‥まあ、「好きな原作がアニメ化した」と喜ぶだけのファンしかいないわな。

 

プロの地盤の地下深くに、アマチュアリズムの原動力は必要です。それをマグマのように表現しようと、水脈のように表現しようと。

 

アニメの作画の仕事は、俺(私)の絵を描く人生とシンクロする。‥‥と、また再び確信できるように、自分自身で「休火山を活火山へ」変えるのに、「iPad ProとApple Pencil」的なものはとても有効です。

 

 

 

でもまあ、作画の仕事は、作画の仕事。‥‥で、ひとまずはいいじゃないですか。

 

休日に、麦茶とお煎餅をつまみながら、ちゃぶ台にiPad Proをおいて、Apple Pencilで好きな絵を描けば、自分の絵を「作画」から連れ戻せます。いつの間にか遠くに離れて会えなくなっていた「幼馴染み」と再会するかのように。

 

「再会」を果たした後は、いつしか、自分の本業たるアニメーション制作においても、「消化試合」の意識が薄れていきます。再び、自分のやりたいこととアニメーション制作が重なり合うようになります。

 

もしかしたら、すぐには「幼馴染の顔を思い出せない」かも知れませんが、気負うことなく、自分の描きたいようにiPadで絵を描いているうちに、やがて懐かしい顔を思い出してくるもの‥‥ですヨ。

 

 

 


絵を手の中に

iPad Pro、もしくはApple Pencilの使える無印iPadを使うようになって、色々と「絵を描く事」に変化が生じたのを実感します。据え付けのペンタブにはない色々なこと‥‥です。

 

薄くて軽く、そして熱くないので、今までの作画机にすんなり馴染むのは、以前も書きました。Apple Pencilを鉛筆削りに突っ込もうとしたり、1日の仕事はじめに思わず透視台のライトをつけてしまったり、何らかの理由でキャンバスに描画された小さな点を息で吹き飛ばそうとしたり‥‥と、使い始めの頃は紙時代の癖がそのまま出ることも多かったのを思い出します。

 

しかし、ふと冷静に考えてみると、今までの作画作業に馴染んだことだけが、iPadが自分に与えてくれた変化ではありません。

 

iPadで絵を描いていると、「いろんな絵を描こう」という気になります。

 

つまり、

 

絵を描く行為が、自分の手の中に戻った

 

‥‥ということ、なんですよネ。

 

 

 

アニメーターになって以来、絵を描くのは、作画机の上ばかりで、しかも、作画用紙の中で、線画ばかりになっていることに、多くの人が「プロのアニメーターなんだから、そういうもんだろ」と妙に納得して観念しています。

 

机の上にあるのが、鉛筆、色鉛筆、消しゴム、定規、そして「下の絵が透けるのが目的」の薄い紙‥‥しか無ければ、その道具で描けるものしか描かなくなります。まあ、ある意味、当然のなりゆき‥‥でしょう。

 

もちろん、アニメーションの作画技術を体に叩き込むには、毎日、線画線画線画線画線画線画!‥‥という作業経験は必要でしょう。脇目を逸らしてフラフラしてたら、キッつい作画技術なんて習得できないもんネ。

 

でも、それがいつしか、「線画しか描けなくなっている自分」に変わり果て、「自分の絵を描く行為って、何だったんだろう?」と、遠いキモチになることもあるでしょう。何を描くにも「原画基準」で思考し、線画以外を描けない‥‥というか、線画以外を描こうとしない「奥手」「臆病」な人間に、自分自身が変質していることに、「昔はそれだけじゃなかったのになあ‥‥」と半ば諦めるような心情になるのです。

 

 

 

でも、iPadを買って、作画の仕事もしつつ、原画以外の絵の仕事〜コンセプトアートやイメージボード、各種デザインなどを請け負うようになって、ひょいとiPadをカバンの中に入れて自宅に持ち帰って「とりとめのない絵」も描くようになると、自分の「画業」に対する意識が徐々に柔軟なものへと変わってきます。

 

絵を描く行為が、作画作業専用として手元から「取り上げられ」て、絵を描く意識それ自体も「原画」「作監」という型に縛られていた状態が、iPadで「仕事以外の絵を気楽に描く事」で、次第にほぐれていくのです。

 

「俺(私)って、他の絵も描けるんじゃん」

 

‥‥と、当然のことでありながら、「状況によって気づかされてこなかった」ことに、手軽に持ち運んで色々な画具を使って絵を描けるiPadによって、すぅっと気づくのです。

 

作画作業が板についた6〜8年目くらいからは、線画以外の絵も描いてみても良いと思いますヨ。

 

もちろん、「原画だけを一生描き続ける!」と固く心に誓う人はその意思を貫けば良いと思いますから、他者がどうこう干渉する話でもないです。しかし、「線画以外のことを忘れていた」人は、iPadとApple Pencilで、自分の「線画以外の能力」にあらためて気が付いてみるのも良いんじゃないかと思います。

 

 

 

絵を描く行為が、仕事専用として作画机の上に束縛されていた状況から抜け出て、自分の手の中に絵が戻ってくる。

 

他人様のデザインの絵だけを描き続け、線画漬けの毎日を経験したことがなければ、そうした「自分の中に絵が帰ってくる」感覚は意識しづらいかも知れません。自分の絵を「一度、手放した経験」がなければ、ね。

 

iPadでどんな場所でも気軽に絵を描けるようになると、手放したものがふわっと戻ってくる、なんとないニュアンスを感じられるようになります。

 

絵に対する「自分のイメージの幅」を、線画オンリーに狭めていた日々から、iPadとApple Pencilは優しくそれとなく、軽くふんわりと解放してくれるきっかけとなります。

 

 

 

まあ、アニメ業界的には、「そんな余計な要素などいらない。線画を描く兵隊がいれば、それで良いんだ」的なことを考える人もいましょう。‥‥まあ、それはそれで、構いません。運用の方針は色々あって当然です。

 

しかし、その「絵を描く兵隊」を求める管理職の人は、絵を描く当人のライフサイクルなんて、何もケアしてくれません。「除隊」すれば、「自助努力で生きていってくれ」とばかりです。アニメ業界に「自分はこんなに貢献し続けたのに!」と訴えても、恩賞などでません。業界のアニメーター老後基金なんて、どこの誰も積み立てていないでしょ?

 

自分の画業は、自分で成立させるしかないのです。業界に寄り添っていればOKだと思うほうが「平和ボケ」過ぎるのです。

 

だったら、線画だけしか描けないのは、相当ヤバい‥‥と思うでしょ。線画って、あくまで絵の一部でしかなく、未完成形ですからネ。

 

 

 

まあ、iPadでなくても、SurfaceでもMobile Studioでも良いのです。

 

とにかく、手軽に持ち運べるガジェットによって、自分の手元に、自分の絵を連れ戻せれば、それでOK。

 

 

 

絵を描くことが苦痛になってる?

 

それはイケませんね。

 

絵を描くのって、本来、とてもワクワクして嬉しいものなのですヨ。

 

「そんなアマチュアみたいなことを言っちゃって」と悪ぶる人もいましょうが、苦痛の末に描いた絵を売りに出しているのも、どうかと思うよ。

 

自分のワクワク感や嬉しく楽しい感情は、必ずポジティブな要素として外部にも伝播します。

 

可愛い絵だけでなく、悲しい絵、グロい絵でも構わないのです。「描きたい!」と思うポジティブな意志は、かならず絵を通して見る側に伝わるものだ‥‥と実感します。

 

 

 


HTMLのあれこれ

佐川の偽サイトがNHKで報道されて話題になっていますネ。

 

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180727/k10011551201000.html

 

貨物追跡の欄が「インストール」ボタンになっている時点で、「愉快犯?」とすら思えますが、それでもひっかかってしまう人はいるようです。

 

 

 

HTMLでは、例えば以下のようなことも、簡単にできてしまいます。

 

https://www.apple.com/jp/

 

上記アドレスを見れば、あまりHTMLに詳しくない普通の人は、「アップルのホームページへのリンクだ」と思うでしょう。

 

でも、実際は、マイクロソフトの日本語サイトのトップページにリンクしてあります。‥‥これはあくまで「タチの悪いリンク」のテストですヨ。

 

どんなに信頼できる世界的大手の企業のURLでも、その「表面上のURL文字列」にリンクしている実際のURLが全然違うサイト行きなら、何の安全保証にもならないわけです。

 

リンクは、反射的にクリックするものではなく、リンクの内容を確かめてからクリックすべきものです。

 

HTMLの仕組みを知っていると、こうした安易なトリックにはひっかかりません。しかし、HTMLの仕組みなんて、学校の必須項目でもないですし、年配の方は「HTML」というアルファベット略字を耳にしたことすらないかも知れません。一定数の人がひっかかるのは、無理もないのが現状でしょう。

 

時代の技術だけが先行して、人々の一般知識が追いついていない典型と言えそうです。

 

 

 

くわえて、SSL。セキュア。

 

佐川のWebのトップページって、HTTPSじゃなく、普通のHTTPなのね。いわゆる「常時SSL」ではないのは、ちょっと驚きました。

 

大手一般企業なら今や多くが常時SSLで、トップページから、httpsで始まるURLです。なので、ニュースを聞いた時、偽サイトも何らかの方法で公的証明書を入手したのかな?‥‥と思ってましたが、本物の佐川が非/常時SSL(必要な場面のみSSL)だったようで、その点も悪質サイトにつけこまれたような感じがします。

 

SSLは暗号化の技術であって、安全保障とはカテゴリーが違いますが、一方で、公的な機関(CA)に申請してSSL証明書を発行して導入することが、1つの「安全保証ブランド」にもなる風潮が形成しつつあるようです。

 

DV(ドメイン認証)、OV(企業認証)、そしてEV(拡張認証〜すんません、直訳で)の3つのクラスに認証レベルが分類され、その認証レベルがサイトの安全性を段階的に「代弁」するに等しい‥‥というわけですネ。

 

EVはともかく、OVあたりの認証は、大手企業にとって未来の必須項目になる時代が、すぐそこまで来ている‥‥のかも。

 

なので、アニメ会社も「制作会社」格を自負するのなら、SSLは必須になるように‥‥思いますけどネ。

 

 

 

もしかしたら、未来のスマホやパソコンは、サイトにアクセスするたびに「このサイトは安全が保証されていません」とか、「このサイトはCAに認証済みSSL(OV)で接続されています」とか、表示されるようになったりしてな。

 

個人がWebサイトをSSLなしでは作れない時代も来るのかな。

 

2000年前後に「ホームページへようこそ」とか言ってた時代が懐かしいですネ。

 

 

 


気がつけばHTTPS

前回、ホビーリンクジャパンの小池繁夫さんのアートプリントを紹介してて思いましたが、今やWebサイトのほとんどがHTTPS〜常時SSLなんですね。HTTPで始まるアドレスは少なくとも企業のWebでは見つけるのが大変なくらいです。

 

ならば、アニメ制作会社のWebもHTTPSにどんどん切り替わっているか‥‥と思えば、そうでもなさそう‥‥ですネ。

 

まあ、買い物するわけでも、フォームに入力するわけでもないから、今のところはそれでもいいのか。

 

 

HTTPS、常時SSLが、単に「安全っぽい」イメージのために導入されるのであれば、何だかズレてるなとは思います。

 

でも、一方で、HTTPSをデフォルトにしちゃえばいいじゃん‥‥という考え方も、今後のスタンダードにしても良いような気もします。基本的に通信は暗号化する‥‥という考えは、決して過剰とも思いませんし。

 

例えば、昔頻繁に使われていた生のFTPは問題アリアリですもんネ。私はFTPは一切使わず、WebDAVのhttpsでファイルの送受をおこなうのを基本にしています。もしくは制作会社のセキュアによるファイル転送サービスか。

 

今、何のセキュアも付与していない生FTPを使うのって、結構、ギョッとしますもんネ。

 

HTTPに関しても、平文垂れ流しで通信していたこと自体が、未来になって「おおらかだったねえ‥‥」と懐かしく思い出す日も来るのかな‥‥。

 

 

 

個人サイトや個人ブログまで、https://でアドレスが始まる日も、そう遠くはないのかな。

 

Webサービス関係の業界とは無縁なので、セキュリティとかの「トレンド」がわかりませんが、まあ、SSLが常識になるのなら、それならそれで、個人でも対応します。

 

昔流行った「ダイナミックDNSで自宅サーバ」も、今や、家のローカルネットワークを公開すること自体、未知で不測の新たな脅威に晒されないとも限りません。少なくとも、自宅でサーバを公開するレベルで、四六時中、ネットワークを監視して、最新の脅威に対応できるほどのセキュリティは望めないです。

 

 

 

Fetch(1989年に作られたらしい)のワンちゃんが懐かしい‥‥とは思いますけどネ。昔をいくら懐かしんでも、今は今、未来は未来‥‥です。

 

そう言えば、Fetchのワンちゃんのぬいぐるみは、どこかにしまってあるはず。赤いDAEMON君のぬいぐるみもあったような‥‥。

 

 


ポスターのサイズ

小池繁夫さんのアートプリントが7/30までの期間限定で超々特価。以前から、特に厳選して購入していましたが、300円、600円の大特価で購入できるとなれば、買わずばなるまい。

 

 

 

全部買い揃えたわけではないですが、かなり揃いました。

 

‥‥で、このアートプリントシリーズの何が良いかというと、「原寸サイズ」で、水張り(だと思うんだけど)の跡も生々しい、「原画複製」にこだわった点です。

 

 

 

でも、こういう「大判ポスター」を買う時って、何が悩むかと言えば、「フレーム」=飾る際の「額縁」のサイズです。

 

なぜか知らないけど、ポスターの商品ページには、小池繁夫さんのアートプリントに限らず、「どんなサイズのフレームを買えば良いか、記述がない」ことが多いですよネ。

 

寸法で色々悩んだ挙句、お手頃なフレームに入れられないと判断し、飾れない=買わない‥‥という結果に陥ることが結構多いです。まさか、オーダーメイドの高価なフレームをポンポン買えるわけもないですから、ポスターの販売ページには、適合するフレームサイズを併記するだけで、相当、購入&決済のハードルが低くなる‥‥と思われます。

 

だって、買っただけで、飾れないんじゃ、「絵を(複製とは言え)買った意味」がないですもんネ。

 

 

 

なので、この小池繁夫さんのアートプリントに関しては、不肖わたくしめが、適合するフレームの情報を書いときます。

 

商品ページには‥‥

 

◇ イラストサイズ:400×315mm(原寸大)/アートプリントサイズ:625×453mm ◇

 

‥‥とあって、イマイチ、要領を得ません。「アートプリントサイズ:625×453mm」ということは、紙のサイズが「625×453mm」のように受け取れます。しかし、625×453mmなんてサイズは、検索しても見つかりません。「うわー。オーダーメイドのフレームが必要なのか‥‥」とプチ絶望テンションになります。

 

しかし、実はそうではなくて、別記で「パッケージサイズ:62.5 x 45.3 x 0.2 cm / 320g」とありますから、送付する時の収納サイズが625×453mmなだけで、実際のプリント用紙サイズは‥‥

 

A2規格のフレームにピッタリフィット

 

‥‥します。

 

う〜ん、「アートプリントサイズ:625×453mm」は誤記なんじゃないの? 意味が伝わらないです。Webでの表記上の手違いなのかな?

 

ともあれ、私が実際に小池繁夫さんのアートプリントを収めて飾っているフレームは、アルテの内寸「420x594mm」=A2収納のサイズのこれと‥‥

 

 

コクヨの同じ内寸のこれ、

 

 

 

‥‥です。

 

とにかく試しにフレームを買ってみて、もしアートプリントが収まらない時は、カッターで余白を切り取って‥‥と思っていましたが、全くそんな手間など必要とせず、あっさりフレームに収まりました。上の2つの製品は私が実際にアートプリントを収めて飾っている「適合」実証済みの商品ですが、420x594の内寸=A2サイズなら、他の製品でも普通に収まりそうです。1000円チョイで買える安価なフレームにも収納できるんじゃないでしょうか。

 

 

 

こうした情報を、商品ページに併記するだけで、ずいぶんと買いやすくなるのにね。

 

でもまあ、小池繁夫さんのアートプリントをサマーセールで格安(投げ売りと言っても過言ではない‥‥)で購入できるだけで嬉しいです。安価に手に入るA2の額に収めて飾れるので、もし飾る場所があって、メカ好き・飛行機好き・絵画好きならば、オススメですヨ。

 

 

 


HDR PQだのHEVCだの

Compressorは様々な映像ファイルを変換出力するソフトウェアで、最近のアップデートでは以下のような新機能が追加されました。

 

 

VR、HDR、HEVCと、すぐ先の未来の標準仕様が盛り込まれています。

 

まあ、私は「絵を動かす」映像制作をやり遂げる覚悟なので、VRは他の人の作った作品だけを楽しむとして、HDRとHEVCはアニメ制作でもリアルな技術となりましょう。

 

このアップデートは数ヶ月前のもので、すでにHEVCとかは現場で使い始めています。エンコードに相当マシンパワーが必要ですが、容量に対する画質が高いのが特徴です。H.264よりもかなり効率が優れているのを、目視で確認できます。

 

最近はPQカーブの取り組みもしているので、2020のPQで試しに出力したQTが「なぜ、あんな絵になるのか」がようやくわかるようになってきました。輝度の基準が全く違えば、そりゃあ、変な色味・輝度にもなろうというものです。

 

PQカーブを正常に映し出すためには、何らかの「意図的にHDR PQの表示が可能なモニタ」が必要になり、出力する側(Mac/PCやAfter EffectsやPhotoshop、DaVinciなど)もPQを扱う環境が必須となり、相応のスペックの機材へ転換する必要が生じるのです。SDRでリニアな考え方のままでは、HDRのPQは全く扱えないことを、この数ヶ月で実感しました。

 

新しい技術は、徐々に身の回りに浸透し始めています。sRGBだけを信じて運用していた過去の技術では通用しない、新しい制作技術の要素は、様々なソフトウェアの日常の地味なアップデートの中にしれっと含まれている‥‥んですね。

 

 

 

ちなみに、「Rec.2020 PQ」のフォーマットで「配信」できるデータを、Compressorで作りだせる‥‥ということは、要は、メタデータを埋め込めるということなんかな?

 

安価なHDRモニタや4K HDRテレビは、HDMI信号に「これはPQデータです」と示すメタデータが含まれていないと、「PQ対応機能が発動しない」作りになっているものが多く、Compressorでメタデータを埋め込めるのなら、それはとりあえず役にたちそうです。

 

‥‥まあ、運用したことのない未知の色々を前にして、構造や理屈も考えつつ、実地で何でも試して実験!‥‥です。

 

今は、アニメでの4K&HDRは、黎明期も黎明期。‥‥黎明期過ぎて、関係スタッフ毎日知恵熱がおさまりませんが、それも「未来へと続く道」の大切な道のりの1つと心得ます。

 

 

 



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