泥縄と命綱

新しい映像技術を確立する際は、どんなに前もって準備してリサーチしても、泥縄式の状況に巻き込まれていきます。

 

事前に調べておけば‥‥というのは、確かにあります。HDMIケーブル1本にしても、「ハイスピードケーブル」だけを確認するだけじゃ、リサーチ不足でしょう。

 

しかし、どんなに下準備を積み重ねても、泥縄になる場面は回避できません。全て計画通りに事が進むと思うのは、「あんたは何年生きてきたんだ?」と、逆に失笑の的です。成功の前例がないから判断できない‥‥なんて、どんな素人だって可能ですヨ。成功例があるからOK、前例がないからNG‥‥なんて、凡人そのものです。

 

前例のないところから、成功のカギを見つけ出すのが、プロの仕事でしょ?

 

むしろ、自分に絡んでまとわりついた泥縄を、丁寧に1つずつ解いて、編み直して、強く頑丈な命綱にもできるのです。

 

泥縄式状況にハマった時は、泥縄から抜け出すことだけに終始せず、ちゃんと泥縄を解いて束ねて洗浄して、新たな命綱を編む材料として有効活用すれば良いのです。そうすれば、制作集団はどんどん強くなれます。

 

泥縄式を「単なる災難」として捉えるのは、あまりにも愚か。

 

 

 

失敗例から学べることは格別に多いです。

 

成功例は、確かに成功例を体現したわけですから相応の成功のメソッドは得られますが、同時に、成功したことで過信してしまう、非常に危うい側面も併せ持ちます。

 

成功例に伴う技術過信は、負け戦の典型、先の大戦でドイツや日本での「技術立国が陥った大きな落とし穴」です。例えば、パンターがT-34に1:10のキルレシオを誇ったとしても、相手が12台で迫ってきたら、2台のT-34が戦線を突破するということですし、優秀な日本パイロットがドッグファイトで空の戦いを制覇しても、サッチウィーブによって一人また一人と歴戦パイロットを失えば、やがて劣勢に傾きましょう。

 

日本のアニメ業界は、「アニメと言えば日本」というくらいに大成功を収めたのは、誰も動かしようがない事実、成功事例でしょう。だからこそ、とてつもない負け戦が、これから先に待ち受けているように思えてなりません。

 

日本のアニメーターや美術スタッフ、色彩や撮影スタッフの技量を、まるで所与の日本の財産であるかのように錯覚して、かつての成功例に酔いしれてドカスカジャンジャン、アニメを濫作乱造する状況は、後の大カトストロフィを暗示しているように思いませんか?

 

現在の現場がハマっている泥縄式地獄で、その泥縄を掴んで解いて編み直して、新たな未来の命綱にできると思うのですが、当人らが泥縄を腫れ物のように扱うレベル止まりではどうにもならないですよネ。

 

 

 

私の在籍する小さな技術集団は、まさに技術立国的な立場ですが、ゆえに、技術を打ち出して切り拓いていく意識と同等に、技術だけでは立ち行かなくなる状況も絶えず意識しています。

 

では人海戦術を正義とした意識に転向すべきか? ‥‥まあ、日本じゃソレは無理ですよネ。

 

アメリカや中国、インドのようにはいかんです。国土も人口も少なく、資源も乏しい。

 

だったら、泥縄も資源として活用したいと、少なくとも私は思います。新しい現場での様々な困難と泥縄式対応も、糧として蓄えて、形を変えてエネルギーとしたいです。

 

技術で身を立てるということは、技術を過信することに非ず。

 

泥縄も場合によってはやむなし。むしろ、回り道や泥縄によって得られるアイデアは豊富だと、心得るべし‥‥ですネ。

 

 

 


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