簡単に手に入り、簡単に失う時代

私は、自分たちの関係した仕事は、独自の基準でアーカイブしています。やはり、作業した当事者だからこそ、「真のアーカイブ」が可能になります。

 

とはいえ、データのアーカイブは非常に難しいです。

 

データそのもののバージョン、データを開くための機器、そして、データを開くための関連性(これが一番厄介)の3つが必要だからです。

 

私が毎日のように使うAfter Effectsは、データを丸ごと取っておいても、20年後にそのデータを開ける可能性はかなり低いです。実際、CS6時代のWindows版のAEPが、Mac版のCC 2017で開けないのを、間近で見かけました。CS6って言ったら、10年も経ってないのに、です。‥‥ちなみに、Mac版の古いCC(2013とか14とか)では開いたようです。

 

しかしソフトウェアのバージョンを下げて開く程度なら、まだ楽な方です。

 

After Effectsは、After Effectsそのもののバージョンだけでなく、プラグインのバージョンも等しく重要です。‥‥なので、私はできるだけサードパーティのプラグインは使わないようにしています。

 

それでもAfter Effectsのデータアーカイブは困難です。After Effectsのデータを後生大事に保管するのなら、何年かの周期でハードウェア一式も保管すべきでしょうね。要は、環境一式をアーカイブするわけです。‥‥なので、もしサーバにデータを置いたまま作業するスタイルだとアーカイブは非常に面倒なことになります。ゆえに、サーバのデータは数年で「死蔵状態」に陥ります。

 

1990年代当時にアーカイブした様々な様々なデータは、そのままではもはや読み出しすらできないものが多いです。フロッピーディスク、ZIP、JAZ、MO、DDS、ベーカム、デジベ、DAT‥‥。もし、これらのデータを難なく読み込めて、2017年現在の一般的なPCで再生できるフォーマットに即座に変換できるアニメ制作会社があったら、その機能だけでも商売できるんじゃないですかね。

 

 

かたや、紙。

 

私がフリーアニメーターとしてキャリアを開始した1987年の頃の絵コンテや各種設定書は、インクがかすれることもなく、今でも普通に読むことができます。

 

前回紹介した書籍に至っては40年前以上の出版物ですが、手に取ればすぐに「情報データを開く」ことができ、閲覧可能です。

 

紙の時代の情報は、紙に記録されるがゆえに、その情報寿命は極めて長期間です。1000年前のデータとか、平然と判読できますもんね。

 

 

しかし、アナログデータがおしなべて時間の経過に強いわけではありません。SPやLPのレコード、カセットテープやオープンリールテープ、VHS‥‥と今や再生がおぼつかなくなった情報記録メディアはやまほどあります。私の世代でも、Lカセットなど、再生デッキを見たことすらないものも多いです。

 

 

 

 

 

そして今や社会の主流と言っても過言ではないデジタルデータは、時代の移り変わりに極めて脆い‥‥と言わざる得ません。

 

インターネットで簡単に情報データを手にいれることが可能ですが、同じ分だけ、データを喪失するのも簡単なのです。

 

簡単に手に入り、簡単に失う時代に、私らは生きているのです。

 

 

2017年現在の少年少女が、自宅のパソコンやiPadで見ていた絵は、50年後の2067年に懐かしく見返すことが可能なのか‥‥は、全く予想がつきません。

 

まあ、私なら、「残しておきたいデータは、非圧縮データで保存し、データインプリメンテーションチャートと保管しておく」とか、JPEGなどの「世界規模」で「喪失したら困るデータ形式」で保存し、いずれも定期的にデータ保存メディアを更新する‥‥ようにするでしょうが、それは私がオトナになったからできることです。

 

少年少女らがデータのバックアップをどれだけできるか、‥‥いや、そもそも、今見ているデータが自分にとって重要であるか否か‥‥なんて、そうそう自覚できるものでもないでしょう。オトナになってしみじみと「大切だった」とわかることも多いものです。

 

 

ですから、いい歳をしたオトナたちが、「情報を失いやすい危険な現代に生きている」ことを自覚して、然るべきデータの取り扱い、運用とアーカイブを心がけるしかないでしょう。そのまま放っておいたら、あっという間に、「残してはあるけど読めないデータ」や「記録メディア自体が再生できない情報データ」へと化します。

 

「15年前にデータを保存しておいたハードディスクなんだけどさぁ‥‥、今のパソコンに接続しても読み出せないんだよ」とマヌケなことを言うんじゃなくて、「データの運用」を日頃から心がける必要があります。

 

「生きたデータ」にしたいなら、データは「死蔵」しちゃダメです。

 

 

でもだからと言って、紙の時代には戻れません。

 

山積みの段ボールに突っ込まれたカット袋を見るだに、「紙に人間が追い詰められる」構造を痛感します。紙運用を放置し続けると、制作会社のいたるところ、段ボール箱で埋め尽くされていきます。ただでさえ、土地の値段が高い東京で、です。

 

紙でも地獄、デジタルデータでも行く先は暗闇。

 

私は、過去に散々苦渋を舐めて判りきった紙の地獄よりも、照らし出せば先が見えそうなデジタルデータの方を選びます。

 

 

まあ、ぶっちゃけ、紙でも、「置き場所がなくて困って捨てる」「どこかにしまい込んで行方不明」なようなことがあるわけですから、紙がいくら経年変化に強いといっても、必ず存在し続けるとは言い難いわけです。Kindleとか読んでると、「オリジナルの原稿が行方不明なため、雑誌からスキャンしました」なんていう昔のマンガは山ほどありますしね。

 

デジタルデータ主体の世の中に移行しても、「簡単に情報を失う時代」だと当事者が自覚して相応の行動指針を持てば、良いのです。結局はただそれだけ‥‥ですね。

 

 


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