大変比べ

アニメーション制作は「大変」のひとことに尽きます。何しろ、普通だったら止まったまま動かない絵を、何分、何十分と動かすのですから。

 

それを「こんなに簡単に動かせます」なんていうのは単なる宣伝文句・客寄せであって(ソフトウェアやコンピュータの売り文句にありがちです)、ちゃんとひとつの作品としてアニメーションの映像を成立させようとするのならば、様々な技術を体系立てた「アニメーション技術体系」が必要になります。ソフトウェアを1つ、パソコンを1台、筆記具を1セット揃えて、済む話ではありません。

 

レタスや緑野菜をちぎって皿に盛り、ドレッシングをかければ、「グリーンサラダ」が「はい、出来上がり」かも知れませんが、「料理」はグリーンサラダだけ作ってれば良いわけではない‥‥のと同じです。夥しい料理の技術、そして品目が存在します。

 

同じように、アニメも「簡単にできること」だけを寄せ集めて、「簡単にできます」なんて言っても、単なる気休めです。自分の作りたい映像を追い求めれば追い求めるほど、底なしの沼が待ち構えています。

 

 

昔から今に続くアニメの技術、すなわち、絵を1枚ずつ描いて動かす技術は、言うまでもなく、果てしなく大変です。ただその果てしなく大変なことを、何十年にも及ぶ技術の蓄積によって技術体系と運用スタイルを確立したがゆえに、円滑に作業をフローできるようになっただけです。冷静に、突き放して、客観視すれば、絵を何千何万と描いて塗る‥‥なんて、大変この上ない‥‥です。

 

私が今後の主力と定めている、新しいアニメの技術は、人手を少なく抑えられて、以前だったら5〜6人がかりでおこなっていた作業を1人でこなせたりもしますが、決して「楽になったわけではない」のです。むしろ、広範な技術と知識が求められるようになっています。作業者ひとりひとりにのしかかる重圧は、より一層、重さを増しています。

 

私は3DCGの専門外ですが、3DCGの絡む作品を幾度となく作業してきて、3DCGの映像制作もやはり大変至極だと実感します。作画の絵は、いきなりその場で絵を描いて動かすことも可能(おまかせのモブとかネ)ですが、3DCGはモブ1人と言えど、何らかの3Dモデルを用意した後でないと、動いた映像にはできません。‥‥それだけでも、大変ですよね。

 

結局、映像制作においては「楽なことなんて無い」のです。みんな大変。

 

その大変さのジャンル・カテゴリの性質が異なるだけです。

 

 

では、なぜ私が、数ある技術の中から、あえて新しいアニメーション技術を選んだのか‥‥というと、ものすごく大雑把に言うと、「未来のビジネス」になるからです。

 

「ビジネス」という言葉は何だか「金儲け主義」のように受け取られることもあるでしょうが、ホントにぶっちゃけ、お金にならなければ作品を作り続けることはできません。私は副業でアニメを作りたいのではなく、本業としてアニメを作りたいので、「霞を喰って生きていくわけにはいかない」のです。

 

アニメの作りかたを、作品作りとしても、ビジネスとしても、新しい技術によってゼロから築き直していきたいのです。

 

「日本のアニメは2兆円産業だの言われているじゃん。今のアニメ業界で喰っていけばいいじゃん」とか思う人もおりましょうが、その「2兆円産業」とやらの現場の内状はどんなことになっているのか、「2兆円産業」「クールジャパン」とか耳にするたびに呆れて、怒りを通り越して笑ってしまいます。あまりにも、業界の内状とかけ離れているんで‥‥ネ。

 

とはいえ、今のアニメの現場自体にも弱みはあります。絵コンテ、原画、動画、彩色、美術、撮影‥‥という段取りから離れられないがゆえに、応用も展開も回避行動も効きません。原画マンは「原画」という工程から外れると、他の方法ではアニメを全く作れなくなります。「原画工程専門の人」であって、「アニメを作る人ではない」のです。

 

ゆえに、今のアニメ業界の状況に大きな不満を抱きながらも、アニメ業界の制作構造は批判できない「弱み」に支配されています。アニメ業界の標準的な制作フローが壊れると、直接的に自分たちの日常に影響するので、「制作構造そのもの」には無批判を突き通すしかないのです。結果、「単価を上げろ」「制作費を上げろ」という話がメインとなり、「自分たちのアニメの作り方そのもの」に関して「限界がある」との思考には至りません。

 

ビジネスとして成立する‥‥ということは、制作者側の視点で言えば、制作に関わる人間が仕事によって報酬を得て自立して生活し、作品制作を維持し続けられるということでもあります。人々がどんな技術を持っていようが、生活が破綻して、作品を作り続けられなければ、プロダクトは完結しません。プロダクトが完結=完成品が存在しなければ、ビジネスには全く結びつかないのです。

 

「いや、だからさ。今のアニメ業界は、完成品を山ほど、世に送り出してるじゃん?」‥‥というのは、外面の話です。内面はどうなっているのか、私は業界のインサイダーなので痛いほどわかっております。今のアニメ制作現場って、作業内容面でもお金の面でも、大変過ぎて手のつけようがないです。長年溜まったホコリやサビを取り除いただけでは、どうにもなりません。現代のオーダーに対して、60〜70年代起源の制作技術メカニズムが対応していないのです。そして、未来のオーダー=より一層高品質な新しい映像技術に対しては、全くと言ってよいほど、対応が不可能です。

 

現在、完成品を作れている事実が、今後いつまで「アニメ業界のビジネス」として成り立つかは、深刻に厳しい‥‥と言わざる得ません。

 

私の感慨では、業界の「大変さ」の「バブル」はいつかはじける時が来ると思っています。もしそうならなくても、壁から落ちたハンプティダンプティのごとく‥‥になるのではないかと予測しています。ここ10年でアニメ業界のエントロピーはかなり高まっている‥‥と言わざる得ないですもんネ。

 

ゆえに、新しい技術の新しいアニメ制作では、「時代の技術革新を最大限活用」して、「ちゃんと稼げる職業」へと変えていきたいのです。それは「道徳」とか「ボランティア」では全くなく、ビジネスとして生き残るための、とてもプラグマティックな考えに根ざすものです。

 

‥‥と言っても、新しい技術は、旧来アニメ業界とは全く異質な「大変さ」があります。新しい技術は、旧来技術の避難場所や逃げ道ではなく、むしろ、旧来の思考のままでは全く立ち入ることのできない、演出から編集に至るまで新しいことだらけの、甘えの許されない開拓地です。例えば、新技術フィールドのアニメーターは、絵を描く能力だけでなく、After Effectsなどのコンピュータ関連技術も自分の指先のように扱える能力が必要です。色彩設計やビジュアルエフェクトの人間はカラースクリプトなどのコンセプトも発案できなければなりません。今までの工程・セクション分類は全く「反古」になり、新たな「可変型ワークフロー」に順ずることになります。

 

絵を描くこと(=映像を思い描くこと)と、コンピュータを扱うことが、全くのボーダーレス・シームレスでなければ、新技術を扱うことは難しいのです。紙の作画に軸足を残したまま、コンピュータをつまみ食いしよう‥‥なんて甘い考えは通用しませんし、「ヤバくなったら逃げれば良い」なんていうスタッフは最初から枠組みには入れません。紙の作画に自分の運命を賭けたのと同じパッションで、コンピュータに人生を賭けるような人間でないと、とてもついていけない大変な内容です。絵を頭の中で思い描くのと同時に、キーフレームまで思い浮かぶような人が、4K8K60p120pの新時代のアニメーション制作技術を自在に操れるのです。

 

なので、人材の発掘、人材の育成も含めて、新しいアニメーション技術は大変である‥‥と覚悟しています。そして、その技術に見合った「然るべき報酬」の体系も不可欠です。高い技術を求めておきながら、ギャラはしょぼい‥‥じゃ、お話にならんですもんネ。

 

 

映像作品を作る‥‥なんて、どんなカテゴリを選択しても大変です。

 

その「大変さ」の軸足をどこにおき、その「大変さ」をもって何処に進もうとするのか‥‥が、自分らの未来の運命を大きく左右する‥‥と思っています。

 

 


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