美術展と美術館は似て非なる

私は学生の頃、アニメの道に進むか、美術の道に進むか、音楽の道に進むか、ぐるぐると迷いながら生きておりました。自分の中で一番ウェイトの重いアニメの道を結局選んで今があるわけですが、美術や音楽からは現在も多大な影響を受け続けております。

 

私は、アニメでは荒木伸吾さんや杉野昭夫さん、金田伊巧さんや友永秀和さんと言った、まさに70年代のアニメ発達期に大活躍をなされた方々に多大な影響を受けると同時に、美術全集常連の画家たち、例えばアングルやクールベ、ダヴィンチ、クリムトなどの画家にも図書館の蔵書で慣れ親しんでいました。クリムトデルヴォーは当時のウブな中学生には刺激が強かったですがネ。

 

高校の頃にモロー展が鎌倉の美術館で開催されたのは、私にとってあまりにも大きな影響でした。以後、世紀末絵画のそれぞれ、シンボリズム、プレラファエル、ユーゲントシュティールといったムーブメントは、私の中で大きな位置を占めるようになりました。

 

ネットを検索したら出てきました。すごいなあ、ネットって。‥‥当時1985年の情報が出てきました。

 

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/55593038666.htm

 

私が行ったのは、三重県のほうではなく、神奈川県の鎌倉のほうです。

 

そうか、神奈川県立近代美術館というのが、正式名称なのか。‥‥そんなことはすっかり忘れてました。ちなみに、上記ページに画像のある図録とチラシ、そしてチケット半券は、今でも大切に本棚に並んでおります。

 

各駅停車の切符で鎌倉へと赴き、降りる駅を1つ間違えたのか、鎌倉のトンネルを歩いて美術館を訪れたのは、その道中も含めて一式が「美術体験」であり、私の美術鑑賞の基準をフィックスした出来事でした。今でも、道すがらの木漏れ日や風の印象を思い出すことができます。

 

しかし、10代の自分のバイタリティは今考えるとアホのようです。部屋にイーゼルを立てて油彩を描き、ヴァンヘイレンなどのギターを四六時中弾きまくりバンドも組んで、安いメモ帳みたいのに原画モドキみたいなパラパラマンガを描き、作画スタジオにも出入りしていた‥‥という、どういう時間の組み方なんだよ‥‥と思います。今じゃ、絶対に無理す。

 

アニメーターになってからも美術展はたまに行っており、その昔、わたなべぢゅんいちさんとバイク(私はTLM50、わたなべさんはKSR80)で赴き、ダヴィンチの「荒野の聖ヒエロニムス」展を見たことが思い出されます。

 

文字だけですが、情報を見つけました。

 

http://ac.nact.jp/exhibitions1945-ac/detail1945-2005.php?number=952

 

1993年か。ちょっと昔のように思えますが、もう25年くらい前‥‥なんですネ。絵は、絵そのものがまるで生気を帯びているかのようで、凄まじい存在感がありました。何百年も人々の目に晒され続けた絵画の「魔力」というのは、こういうものか‥‥と圧倒された次第です。例えるならば、奈良の木造寺院内の内壁マテリアルの雰囲気に似た、視点を吸い込むような果てしない深みがありました。人もさほど多くなく、自由に色々な角度から見れたのも良かったのです。

 

 

そうなのよ。

 

今どきの美術展が、どうも好かんのは、自由に色んな角度から見れる「余裕」がないんですよネ。

 

イヤホンをつけた人は、絵も見ないで解説の文字パネルの前に群がって、絵そのものの鑑賞の障害になるし、まるでラーメン屋さんの行列のように、妙にペースにハメられるし‥‥で、美術展は(昔からそうだったけど現代は特に)興行、イベント、催し物になりすぎちゃってますよネ。絵画を純粋に堪能できるソリューションでは全く無いです。‥‥特に鳴り物入りで開催される美術展ほどネ。

 

解説を聴く必要なんて無い‥‥というのが、私の持論です。絵そのものだけから印象を受け取れば良いのです。

 

解説がないと絵を見れないのかなあ‥‥。逆に邪魔だと思うんですよ。絵オンリーに集中できないじゃん。

 

絵画の時代背景とか、今、必要? 絵画のあらましや時代背景などの文字情報なんて、後で図録で読めばいいじゃん。絵を文字で理解した気になるなんて、その絵を描いた画家がちょっと可哀想。

 

それよりも、今、目の前にある実物の絵画から受ける印象を、できるだけ阻害物を挟まずに、受け取ることに全能力を使ったほうが良いんじゃないの? だって、文字解説なんて、後からでも確認できるんですヨ。

 

実物の絵画は、今、この時間しか直接の目で触れ合えないのです。

 

 

絵画鑑賞は教養‥‥か。絵画を教養に結びつける下心なんて全く不要だと私は思いますけどネ。「この絵、好き‥‥!」でいいじゃん。それが一番嬉しいんじゃないのかな、絵画にとっても。 ‥‥で、興味が湧いてきたら、その時点で色々と時代背景とか画家の生涯とかのメタ情報を掘り下げれば良いのだと思います。

 

絵画を鑑賞するマナーは、ただ1つだけです。絵を見て堪能することです。

 

鑑賞順路の流れに合わせて歩かないと、他の人の迷惑になる‥‥とか、遊園地の順番待ちみたいなマナーは、そもそも美術を鑑賞するマナーにはないでしょ。あー、考えただけでもイライラするし悲しくなってしまうわ。

 

なので、最近はさっぱり美術展にはいかないようになってしまいました。人混みを見にいくなんて、まっぴらごめん‥‥です。

 

 

でも最近、美術「展」ではなく、美術「館」に行ったら、‥‥‥‥まだあった!! 美術を鑑賞する空間が、変わらずにそこに。

 

美術展にいくから悲しいことになるんですよネ。美術展は、そりゃあ、開催期間中の明確な収益を上げるために、来訪者の美術体験よりも、「このイベントでどれだけ稼げるか」という興行主のビジョンのほうが優先されがち‥‥ですもんネ。

 

美術館は、そこに展示されている絵画を、見に来る人だけが見に来る‥‥という、随分とスローなスタンスです。美術展のようにガツガツしてない美術館がまだあったんだ‥‥と、とても嬉しく思いました。

 

目的の絵画を、まさに次から次へと至近距離や離れたり自由に見れて、衝撃のるつぼ。「こうだったのか。こう描いていたのか。こんな仕組みだったのか。」といくらでも近くも遠くもいろんな方向から鑑賞できる、まさに「絵を見るため」の時間と空間でした。

 

美術「展」に辟易している人は、自分の欲する画家や流派の作品を所有する美術「館」の常設展にいくことをお勧めします。

 

美術展はダメだけど、美術館はまだまだイケます。

 

 

実は上野の近代国立美術館も、企画展よりも常設展のほうが、人がまばらで、美術と間近に向かい合えるんで、オススメなんですよ。結構、有名な作品も常設しているし、色んな流派の作品を楽しめますしネ。

 

 

見に行った美術館については、実は本業のアニメ制作技法にも深く関わる「商売」のことなので、ここでは書けませんが、絵画から得られるインスピレーションはハンパないです。もちろん、それそのまま技術を模倣できるわけではないですが、思考といいますか、構造といいますか、間接的に透過的にアニメに応用できるビジョンが豊富です。観念的影響‥‥と呼んでもいいかも知れません。

 

まあこれも私の持論ですが、アニメを作っているからといって、アニメをいっぱい見たところで、得られるインスピレーションは極小です。同業者が他の同業者のテクニックをカジュアルに模倣するだけに終始しがちです。「崩し顔」なんてその最たるものでしょう。近親交配の奇妙さは生じるかも知れませんが、それはいわば、締め切った部屋のよどんだ空気のようなもので、時には外気を取り込んで部屋の空気を入れ替える必要があると思っています。

 

アニメの映像表現において、より一層の広がりを得たいのなら、アニメ以外のものに旺盛に触れていくべき‥‥と私は考えます。アニメを作っているからアニメだけ‥‥というのは、一番マズいパターンだと思います。作り手側であるのなら、ネ。

 

 


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