ギブソン

どうやら、レスポールでおなじみのギブソンが、経営危機だとか。

 

●「ギブソン」が経営危機、老舗も苦しむ深刻なギター不振

http://diamond.jp/articles/-/161152

 

ギターが売れていない‥‥とのことですが、実際、どうなんでしょうね。

 

まず、何よりもさ‥‥。

 

フェンダーUSAやギブソンは、とにかく高いじゃん?

 

以下のリンクは、イケベ楽器のギブソン・レスポールコーナーです。

https://www.ikebe-gakki.com/ec/srDispProductTagSearch/500/1/100

 

高ッッッ!

 

 

私は1本も、フェンダーUSAもギブソンも持っていません。特にギブソンは、「ギブソンを買うくらいなら他のを買う」とすら思う人間です。

 

まあ、エピフォン(ギブソンのエントリーモデル)は何本か持ってますが、私に限らず、高い金を出してあえてギブソンを買う人って、周りにはいないんですよネ。

 

調べて見ると、実は昔のような20万〜50万のギターばかりではなく、10万円以下のもあるにはあります。しかし、やはりメインは20〜30万円クラスのものばかりです。

 

買う? ギブソン1本に30万円も?

 

私だったら30万円も使えるのなら、イバニーズがシェクターあたりのを4〜5本買うわ。

 

音楽を弾いて楽しむのなら、ギブソンのレスポールに30万円使うのではなく、ロック、ジャズ、フュージョンで使えるギターを4〜5本ミックスで買った方が、音楽そのものを楽しめると思います。アームなしストラト系24F、ロックアームのストラト系24F、セミアコ1本、ダブルカッタウェイの22F、シングルコイルのストラト系‥‥の5本、4〜8万円のをミックスして買っても、30万で収まります。

 

 

 

全体の売り上げが平均的に落ちているのか、高価なギターの売り上げが落ちているのか、割合が示されないと、「若者のロック離れ」と言われても釈然としません。

 

ギブソンの不振と若者のロック離れを結びつけるのは、ものすごい違和感を感じます。過去から現在にかけて、ギブソンが若者と共に歩んだことなんて、実質無かったとすら思います。高校生・大学生がギブソンなんか所有できるのかよ‥‥って、ギターを知っている人なら思うはず。若くても所有できるのは、レスポールのコピーモデルか類似デザインの別メーカーのでしょ。

 

どちらかというと、「フェンダー&ギブソン離れ」と言った方が良いようにも思います。私の歳ですら、ギブソンをありがたがって使う年齢ではないですもん。レッドツェッペリンとかディープパープルがオンタイムだった、もうちょっと上の世代(1950年代後半〜60年代前半の生まれくらい?)はギブソンとか欲しいかも知れませんけどネ。

 

 

ジミーペイジやジェフベックなど有名アーティスト(今はおじいちゃん)が使っていた‥‥というブランドの威力に慢心したような気もします。あくまで、私の意見‥‥ですけど。

 

ぶっちゃけ、ギブソンのラインアップで、欲しいと思えるギターは、レスポール、フライングV、ES-335‥‥って、すんごい昔のばかりじゃないか‥‥!

 

つまり、伝統を守る一方で、モダン(現用)なラインアップの拡充に油断した‥‥のかも知れませんネ。

 

 

 

エレキギターの本質って、何だったのか。

 

「電気」ギターですからネ。「電化が進んだ社会で、台頭した新しい音楽と楽器」だったはず。

 

ギブソンはいつから時代と共に歩まなくなったのか。

 

ギブソンはいつから「ご老人の思い出」になったのか。

 

 

 

毎度の引き合いでスマンですが、これって、アニメも同じですネ。

 

70年代にテレビシリーズの制作技術が格段に発展して、それ以降、基本的には技術内容はマイナーチェンジばかりです。フィルムとセルが消えた時に大きな転換期はありましたが、作画の内容に関してはA4サイズ前後で2コマ3コマのシートのままです。

 

制作の伝統を守ろうと、ブランドを築こうと、作風を貫こうと、やはり、それはそれで、時代性は意識しなくちゃ。

 

伝統やブランドを大切にしつつも、同時に、時代の先進技術を意識し、その上で、何を守るのか、何を捨てるのか、何を新しく手に入れるのかを、真剣に考えるべきです。

 

コロコロ作風を変える必要はないですし、流行りの絵柄に合わすだけが時代性ではないですが、やっぱり、「時代と共に歩む」ことに最大限の知恵を絞らんとさ。

 

 

 

エレキギターもアニメも「時代の寵児」「時代性の申し子」として誕生しました。江戸時代から続く老舗ではありません。

 

電化された近代社会になったからこそ、生まれて育ち、電化社会じゃないと死滅するイキモノです。

 

電化社会はどんどん発展していきます。発展に合わせて、エレキギターもアニメも、新しい品質基準が求められます。

 

電化社会じゃないと生きられないイキモノであると同時に、時代の風を浴びなければ、衰弱するイキモノでもあります。

 

 

もしエレキギターやアニメを死滅させたくないのなら、おじいちゃんおばあちゃんが懐かしんで語る、過去の思い出話‥‥にしてはならないですよネ。

 

「若者離れ」とか、他人のせいばかりにするなよ‥‥って思います。作り手側が「現代離れ」しても、状況は悪くなるんじゃないかな‥‥。

 

 


音、見つけたー!

私が子供の頃、「秘録・第二次世界大戦」という番組が、東京12チャンネルかどこかで放映されていて、オープニングの映像と音楽が脳裏に焼き付いておりました。

 

その記憶はずっと残り続け、アニメーターになって一人暮らしを始めた頃に、同時期に「ビデオレンタル」が盛んになっていたこともあり、その「秘録第二次...」をVHSレンタルで全巻借りてみました。

 

やはり、オープニングの印象は記憶通りで、悲しみを全面に押し出した旋律にのせて、人々の顔が次々とディゾルブする映像は、ある種の「子供の頃のトラウマ映像」でもありました。実際に生で見た記憶だけが、子供の頃の記憶‥‥とは限りませんもんネ。最後に炎の中に消えゆく少女(か少年か‥‥)の表情は今でも忘れません。

 

 

 

‥‥で、さっき。

 

マルティヌーというチェコの作曲家をApple Musicで検索してたら、ほんとに偶然も偶然で、その「秘録」のオープニング曲を発見しました。

 

 

何らかの関連で検索にひっかかった、知らない曲名でしたが、何の気なしに再生したら、どビックリ。

 

あの曲だーッッッッッ!

 

 

構成を再編成して演奏しなおした最近の音源ですが、むしろ、昔のレンジの狭いサウンドトラックの音より好印象で迫力があります。オープニングに使っていたのは、第1主題提示部、曲の1分までくらいの部分です。クリアな音質で打楽器の重低音も生々しい録音なので、悲しみの他に「怒り」や「嘆き」の印象も力強いです。

 

Apple Musicにあるということは、CDも発売済みだろう‥‥ということで、Amazonにありました。

 

*YouTubeにもありましたが、一応、直リンクはやっぱりやめときます。

アマゾンで1曲だけ買えるようですし、視聴も可能かと思います。Amazon Music UnlimitedだとApple Music同様、全曲が最後まで聴けます。

 

 

うわあ‥‥。何年ぶりに聴いたんだろうか。この旋律。

 

Apple Musicは、こういうことがたまにあるので、やめられない‥‥ですネ。

 

 

で、ちなみに、本編の「秘録」のほうですが、映像はそうとうなもんです。昔のフィルムをデジタル映像技術で綺麗に修復することなどあり得なかった時代の番組なので、映像品質は高くないですが、中身は相当凄いです。

 

一度見たら忘れられない映像がいっぱい記録されています。

 

 

 

 


AppleとAmazon、聴き比べ

Apple Musicがここ1〜2年で築いた牙城を、Amazonが切り崩しにかかった‥‥とも言える「Amazon Music Unlimited」。

 

いちユーザの私としては、気になる要素は2つ。

 

  • 曲のラインアップ
  • 音質

 

‥‥です。他の方々もまずソコ、だと思います。費用は似たり寄ったりですからネ。

 

曲のラインアップについては、AppleもAmazonもダブった部分が多く、Appleだけにしかない、Amazonだけにしかない‥‥という要素はあまり多くはありません。少なくとも、私の聴いているクラシック、ロック、ポップス、ラテン、ジャズ、フュージョン、エレクトロニカ・テクノ、ワールド‥‥などのジャンルに関しては。

 

しかも、Amazon参入に備えたか、Appleのラインアップがドカンと増えたようにも感じられます。

 

前回、引き合いに出した「クラウディオ・アバド」指揮のアルバムを検索したら、私が以前検索した時よりも恐ろしく充実しています。

 

*スクロールすると、下に延々と続く‥‥

 

 

私が高校時代に友人から譲ってもらったLPレコード「禿山の一夜・原典版」の音源もあります。以前検索した時には、無かったような記憶が‥‥。見つけかたがヘタなのかな‥‥。

 

このLPレコードにはかなりの衝撃を受けて、何度も聴いたのを思い出します。コルサコフ編集版の大人しく常識的な「禿山の一夜」とは全く別物の、ハイテンションでまさに「悪魔」的に駆け抜ける「原典版の禿山の一夜」の演奏は、「スゴい音楽は、ロックとかクラシックとかのジャンル分けなど関係ない」と音楽の認識を新たにした、私にとって重要な1枚でした。

 

*「禿山原典版」は、2回録音されているようで、私の好きなのは1回目の録音のほうです。若いアバドの勢いと、ムソルグスキーの野心的な楽曲が相まって、とてもスリリングで豪快な演奏です。

 

で、このアルバムは、AppleにもAmazonにもあります。

 

しかし、Amazonはメタデータの編集が甘いのか、Abbadoやアバドで検索しても、このアルバムはヒットせず、abbado mussorgskyで検索してようやく「楽曲だけ」がヒットし、アルバム本体へは「楽曲から遡ってたどり着く」始末でした。

 

どんなに数千万曲あっても、アルバムや楽曲が検索しにくいのでは困りますネ。

 

同じアバドで、ドビュッシーの「選ばれた乙女」もありました。初期のドビュッシーの管弦楽書法が興味深いアルバムです。ロセッティが描くアスタルテのジャケットも印象的です。

 

 

‥‥で、これもAppleにもAmazonにもあります。

 

 

となると、あとは「Apple 対 Amazon」の「音質対決」になります。

 

これは視点を変えれば、「AAC 対 MP3」の対決とも言えるでしょうね。‥‥う〜ん、聴くまでもなく、AAC陣営のほうに軍配が上がりそうですネ。

 

実際に前述の2枚を聴き比べると、特に繊細な合唱部分で明らかな差が出ます。

 

AAC、つまりAppleの音源は、特に問題なく聴けます。音質で気になる箇所はなく、安心して聴ける音源でした。少なくとも「禿山」と「乙女」に関しては。

 

一方、MP3(だと思われる)、つまりAmazonの音源は、低ビットレートのMP3特有の「狭い音」、圧縮のクセがモロに音に出ていました。わたし風に言えば、「鍋で大豆を煎るような音」とでも申しましょうか、「コワ、カコン、クワン、ワコワコ」みたいな高圧縮音源にありがちな「クセの強い」音で、「これは音楽を選ぶな‥‥」と感じました。

 

ドラムやベースでリズムがまずあって‥‥というポップス・ロック・ジャズ系だとあまり気にならないかも知れませんが、管弦楽や室内楽では目立つこともあるかと思います。

 

ちなみに、Apple Musicでも、音源自体のマスタリングがダメだったり(例えば、ゲートが深くて音がボソボソ途切れたり)、異様に低品質な圧縮だったりすることもあります。

 

まあ、Amazon Musicは、MP3を選択している時点で、品質的には圧倒的に不利ですよね。MP3の様々な問題点を見直して改善して登場したのがAACなんですから。

 

 

では、コスト面はどうか。

 

ファミリープランは、AppleもAmazonも互角の1,480円。年間払いだと14,800円で約3千円お得なのも同じ。

 

そのファミリープランのアカウント数は、AppleもAmazonも6アカウント。しかし、Appleは1アカウントにぶら下げられる端末数が多く、Amazonは少なめです。

 

こうやって、比較してみると、「ガチで勝負」って感じですネ。

 

もし、AmazonがAACに切り替えたら、互角かそれ以上になる可能性は高いです。ファミリープランではなく、個人プランでプライム会員なら、Amazonの方が安いですもんネ。

 

 

しかし、今のところは‥‥‥、音質の良いAppleを選ぶかな‥‥。

 

macOSのバージョンに依存しないAmazonの再生環境は魅力なんですけどね‥‥。

 

‥‥で、追加で、アレクサさん用に380円でUnlimited‥‥という感じかな。ちなみに、アレクサさん=Echoが届いんたんですけど、まだ設定もしていなければ、封も開けておりません。どこに置こうか、迷ってまして‥‥。

 

 

音質に明らかな差が出てますので、ヘッドフォンで色々な音楽を聴くのならApple Music、コンパクトスピーカーでなんとなく部屋に音を流すのならAppleでもAmazonのどちらでも、Echo前提ならAmazon‥‥という選択分岐かなぁ‥‥。

 

 

 

 


ギャップレスがきかない

Amazon Music Unlimitedをお試しで使い始めて、早々に気付いたのは、「ギャップレス再生」が効いてないことです。

 

クラシック楽曲だと、間なしで数十分演奏する楽曲もザラなので、トラック(チャプター?)で曲の途中を区切ると、「ギャップレス再生」がどうしても必要になります。本来は切れ目なく演奏される楽曲に、トラック分割点で0.5秒くらいの無音部分が生じてしまうからです。

 

ちなみに、Apple MusicもAmazon Music Unlimitedも提供しているアルバムはかなりダブっており、同じ楽曲でギャップレス再生を検証することが可能です。

 

例えば、マーラー。

 

第8交響曲は、2楽章構成で、特に第2楽章は50分くらいの演奏時間を要する長い楽章です。ゆえに、1楽章=1トラックではなく、曲内の要所にトラックのマーカーが打たれています。

 

 

で、上図アバド指揮の演奏を、まず、Apple Musicで聴いてみたところ、「切れ目なしに次のトラックへ再生が受け継がれて」おり、いわゆる「ギャップレス再生が既に設定済み」です。

 

その次に、Amazon Music Unlimited。‥‥トラック分割点で音が途切れます。ギャップレス再生不可です。

 

 

つまり、Apple Musicはギャップレス対応。Amazon Music Unlimitedはギャップレス非対応。‥‥のような感じです。ちょっと調べてみた感じでは、です。

 

 

う〜ん、これはイタい。Amazon Music Unlimitedの今のところの弱点ですネ。

 

クラシックに限らず、ポップスやロックのライブアルバムだって、ギャップレス再生は必要です。

 

 

Amazon Musicは、MP3ベースだったかな? だからギャップレスに根本的に対応できないのかな?

 

‥‥と思って、以前Amazonから購入した楽曲を見てみると‥‥

 

 

‥‥ですネ。

 

ということは、とりあえず、素の状態では、ギャップレス非対応か。

 

Amazonのミュージックプレイヤーのソフト側でなんとかなる問題なのかな。現バージョンで対応していないから、今後もギャップレス非対応のままだろうか。MP3の細かい仕様はよく知らないので、なんとも‥‥。

 

もし非対応だとしたら、結構なハンデになります。

 

 

でもまあ、考え方を変えれば、日常でEchoとかで気軽に聴くレベルであれば、ギャップがあっても実質は気にならないと思います。日々の雑音にまみれた居室の片隅で鳴るぶんには、ギャップが多少あろうと御構い無しです。使い方の割り切り次第‥‥でしょう。

 

Echoなどのポータブルスピーカーでは、近代クラシックの管弦楽曲のようなダイナミックレンジの広い音源を再生するには向かないですしネ。ジャズやポップスやロックを聴く分には、大した影響はなさそうです。

 

 

 

とは言え‥‥‥、やっぱりギャップレスには対応したほうが良い‥‥ですよネ。正直な話。

 

たしか、iTunesでは、MP3でもギャップレス再生を可能にしていた記憶があるんだけど、どうだったっけかな‥‥。かなり昔の話なので忘れました。

 

調べてみたら、現バーションのiTunesには「ギャップレスアルバム」だったかのプロパティがなく、基本的にギャップレス再生みたいです。しかし、「iTunesで曲間が空く」というユーザの声も検索で結構な数がヒットしており、おそらくMP3あたりの問題なのかな‥‥とは思います。AACで問題を感じたことが、この10年くらい無かったので。

 

う〜ん。ギャップレスなんぞの問題に、今でも煩わされる状況なのね。ひとたび、AACとiTunesを離れると‥‥。

 

 

さて、アマゾンはこのギャップレスの問題をどうするのか。放置か、対応か。

 

 

 


幾ら何でも

英雄ボロネーゼはマズイだろう。ボロネーゼは。

 

‥‥‥2017年10月の記事みたいだから、まだ気づかないんだろうか‥‥。執筆者は「うどん」というペンネームの方なので、食べ物に目がない人なのかな‥‥。でもまあ、付け焼き刃の記事っぽいのは、バレちゃいますけどね。ショパンの音楽が昔から好きなら、英雄ボロネーゼなんて言わないもん。

 

メインクーンをメークインと間違えるのと似てますね。ポロネーズとボロネーゼ。

 

*私も人のことはあまり言えない。この猫のことを、しばらく、メイクイーンと呼んでたから。

 

ピアニストの辻井伸行さんは、とかく「盲目」がキャプションに付随しますが、音楽家の彼にとって、いささか失礼なことだと思います。

 

音楽はさ、やっぱり「音」で成り立つわけだからさ。

 

私は最近になって、Apple Musicで辻井伸行さんの音楽を聴いたのですが、他の楽曲はいざ知らず、ショパンのソナタの3番凄く良かったです。彼の目がどうであろうと関係無しです。

 

‥‥だって、ショパンの3番で「グッとくるヤツないかな」と思い、音を聴きながら色んな演奏を総当たりで探したのですから、ビジュアルや経緯など全く関係無しです。

 

ショパンて、何か女性向けみたいな印象が日本では根強いですけど、実際はとっても骨っぽい一面があります。ボロネーゼ‥‥‥ではなくて、ポロネーズ(ポーランド地方の舞曲です)でも、有名な「軍隊」や「英雄」ではなく、1番、5番あたりを聴くと、ショパンの男らしい武骨さを堪能できます。

 

ショパンのピアノソナタの3番は、それはもう、色々な演奏が存在します。いくつもCDを持っていますし、Apple Musicでも様々な演奏家の音源がプレイリストに入っています。

 

辻井伸行さんの演奏は、ゴツゴツと骨太で量感がたっぷり、しかし音は濁らず繊細に響く‥‥という、この曲に(私が思う)ピッタリなピアノを奏でてくれます。

 

量感が重厚で‥‥というと、「何かピアノに恨みでもあるのか?」と思うほどに「ピアノをぶっ叩く=空手チョップみたいな」演奏を耳にしますが、辻井伸行さんの量感は全く別モノです。

 

ガツンと重いのに雑じゃなく、むしろ1つ1つの音、和音の量感がクリアに聴こえる繊細さを併せ持ちます。‥‥なかなか無いですよ。そういう演奏は。

 

特に、第4楽章は、「曲芸」みたいに弾きがちな演奏が多い中、不必要に華美な演奏効果を狙わず、音楽だけを鳴らし切ろうとする演奏で、楽曲の意思が彼の演奏を通してクリアに伝わってきて、純粋に堪能できます。

 

まあ、辻井伸行さんとは全く違うタイプのソナタ3番でも良いものは良いです。ただし「良いな」と思う共通点は、音を雑に扱わないところ‥‥でしょうかね。

 

私が音源から聴きたいのは、ヴィルトゥオーゾの姿ではなく、音そのもの‥‥なのです。

 

 

今はApple Musicもあれば、Amazon Music Unlimitedもあり、色々な音楽に出会えるチャンスが増えましたネ。

 

「絶対に自分では聴き始めない」ジャンルの楽曲も、面白半分で聴いて妙にハマる‥‥なんてこともありますから、音楽好きだったら必須のソリューションです。

 

子供の頃から「常時聴き放題」のサービスに触れる人って、大人になる頃はどんな感覚を身につけるんだろうか‥‥とは、仕事仲間と話します。

 

ただ、インターネット常時接続があたりまえの時代に育った人々が、劇的には変化していない状況を見ると、やっぱり、個人の状況〜家の気風や地域性〜のほうが相変わらず主導なんだろうとは思います。

 

親の影響って‥‥‥すごいよねえ‥‥。

 

私も、両親や親戚が音楽や絵画好きゆえに、多大な影響を受けましたからね。

 

 

 

 

 


メロディ

最近、久々にCDを2枚、買いました。Apple Musicでは手に入らない音源なので。

 

これです。

 

 

「ひよっこ」のサントラです。1と2が発売されていて、各3000円と、現在の感覚では少々お高い感じですが、迷わずポチっと決済しました。

 

サントラは、ミュージシャンのCDと違って、作品が話題になっている時しか流通しないことも多く、プラモと同じで「ある時に買う」のが鉄則ですからネ。

 

 

 

本編の「ひよっこ」は途中から見始めたのですが、私が生まれた頃の話で、次第に愛着が湧いてきて、最後の方はBD-Rに録画するほどでした。

 

私が思うに、「ひよっこ」の放つ何とも言えない「60年代の郷愁」は、音楽によって大幅に増幅していました。

 

1960年代当時は、米軍の持ち込んだ大量のJazzやBluesの響きに加えて、「ヨーロッパ映画」のお洒落な響きも加わり、地盤となる日本人好みの節回しもあって‥‥と、様々な音楽の趣向がクロスオーバーした時代でした。

 

「ひよっこ」のサントラは、宮川彬良さんで、言わずと知れた宮川泰さんの息子さん‥‥ですが、ことさらにそうしたキャプションを引用しなくても、旋律が心に残る素晴らしい音楽を書かれる作曲家さんです。

 

 

 

ここしばらくさ‥‥‥劇伴ってさ、SE=効果音のような音楽ばかりが席巻しているじゃないですか。

 

メロディ不在のサントラばかりで、映画やドラマを見た後に、音楽と一緒にシーンを思い出すことなんて、めっきり少なくなりました。

 

たしかに、SEのような音楽は、映像制作側からすれば「使いやすい」かも知れません。当たり障りがないですもんネ。「ズズズズズ…ドン!‥シャンシャンシャン‥‥‥」みたいな音楽は、音楽SEですよネ。‥‥‥だから、バラエティ番組とかで、何度も繰り返し使い回されるんでしょう。

 

もし、宮川泰さんのヤマトの音楽、宮川彬良さんのひよっこの音楽を、バラエティ番組で使おうものなら、「なんでヤマト?」「なんでひよっこ?」‥‥と音楽が出っ張り過ぎちゃうもんネ。だから、SEみたいにメロディのない音楽が「使いやすい」として特に制作者サイドに受け入れられ、あちこちで耳にするのでしょう。

 

でもさ‥‥‥、そんなのつまんないじゃん。

 

映像やストーリーが音楽のメロディを受けて立ち、互いに刺激しあって、「この作品と言えばコレ!」と、音楽を聴いただけで映像が浮かび上がるようなのが、最高じゃん。‥‥‥まあ、人ぞれぞれの好みはありましょうが。

 

サントラにメロディはあって良いと思います。きっぱり。

 

‥‥なので、日頃から仕事仲間に「メロディを復活させませんか? 例えば、ニーノ・ロータくらいまでの」と話しています。今の時代、ニーノ・ロータはぎょっとするくらい濃いですが、むしろ、そのくらい濃い方が‥‥と思ってはいます。エンニオ・モリコーネミシェル・ルグランもいいよネ。

 

でもまあ、実際、作曲家がどんなにメロディを書きたくても、監督やプロデューサーが安全牌に終始していれば、作曲家の独断では中々難しいですよネ。

 

 

 

「ひよっこ」のサントラは、とにかく楽しい。音楽の喜びに溢れていて、それが本編のシーン=登場人物や情景の様々を浮かび上がらせてくれます。

 

確実に、作品の重要な構成要素になっていたと思います。音楽が宮川彬良さんじゃなかったら、全く別の作品になっていたでしょう。そういった意味で、他の作曲家や楽曲では代わることができない、作品のための唯一の音楽です。

 

「ひよっこ」のサントラCDを買って、音楽だけ聴いてみて、やっぱり、メロディのある劇伴っていいな‥‥と再確認しました。

 

「ひよっこ」のサントラが良いのは、郷愁を感じさせる音楽でありながら、現代の要素もあって、決して「昔のシミュレーション」になっておらず、2017年のサントラの良質さを兼ね備えているところです。音もクリアで聴いてて心地良いです。

 

 

 

ちなみに、私が前世紀から今に至るまで好きで聴き続けているのは、カリキュラマシーンのサントラです。無論、宮川泰さんの楽曲です。ユーモアに富んだ遊び心たっぷりの音楽で、60〜70年代のテイストもあり、聴いてて心が和みます。

 


Flip 4!

私はJBLのスピーカーの音が昔から好きです。安価な「コントロール」シリーズで、Rock、Pop、Fusionなどの70〜80年代の「ええ感じにコンプのかかった音」を鳴らすのが、昔からのお気に入りでした。

 

JBLが総じて癖のある音なのは、知っている人なら昔から知っていることで、JBLは「癖があってこそいい」音なのです。

 

JBL GOは、コンパクトながらJBLらしい音を出すので気に入って、現在用途に合わせて2つ使っています。安価なAmazon Fire端末にジャストフィットな出音です。私は昔のiPad 2、そして新型のFire HD 10にそれぞれ割り当てて使っています。

 

私の自宅部屋は昔から4つのスピーカーを使って、部屋全体を音で包み込むように設置していますが、寝る時にコンパクトに手軽に音楽を聴きたくて、最近JBLの「FLIP 4」を買い足しました。部屋のメインスピーカーはあくまで昔ながらのプリメインアンプ経由の有線接続ですし、夜中に部屋に音を響かせるのもアレなので、小型なFLIPをチョイスしました。

 

 

珍しい迷彩柄を買ってみました。

 

実は私、一世代前の「FLIP 3」を仕事場で使っているのですが、小音量で鳴らす影響なのか不明ですが、少々、音が「下品」でした。「下品」とは、ちょっと度を過ぎた低音重視の「ドンシャリ」で、音のバランスが悪いのです。我慢できないほどではないのですが、同社の「JBL GO」のような適度に量感を感じさせる低音ではなく、「低音過多」とも言えるようなバランスでした。

 

そして、FLIP 4。

 

随分とバランスがよくなりました。低音はもちろん出気味ではありますが、バランスを欠くほどではないです。FLIP 3の印象とは大きく違って、JBL GO寄りの「聴きやすい音」になっています。

 

以前のFLIP 3では過多だった低音強調は控えめになり、バランスがよくなりました。iTunesのイコライザーで低音を抑える必要もなくなりました。

 

iMacやiPad、iPhoneをBluetoothで繋いで、そのまま再生して充分です。接続した機器を2つまで記憶できるのは、結構便利です。

 

ただ、JBLはJBL。どんな音源でもフラットに聴かせる「お上品」な音ではないです。大好物は、Rock、Pop、Fusionであるのはいつもの通りで、クラシックの室内楽や管弦楽を透明な質感で聴かせる類いの音ではないです。あくまで、今日的で世俗的な演奏形態の音楽と相性が良い音です。

 

ストリングスや金管があるにせよ、ドラムがいて、エレクトリックベースがいて、エレキギターもボーカルもいて、それをマイクやラインで拾ってコンプをかけてミキシングして‥‥という「プラグドミュージック」を再生してこそ、JBLの個性がFLIP 4でも活きてきます。

 

ちなみに、FLIP4はiPhoneなどのAppを使って設定して、複数のFLIP4を同時に鳴らしてステレオのLRスピーカーとしても使えるので、USBの電源を確保できれば、スピーカーケーブルなしでかなり幅を広く取ったステレオスピーカー配置が実現できる‥‥ようです。私は1台しか持っていないので試せませんけど。

 

Amazonなどの説明文では「2台でステレオ再生」みたいなことが書いてありますが、1台でもステレオ再生は可能です。ちゃんとLR分かれて音が出ます。1台でもステレオで音が出るけど、2台を使って1台ごとにLRを振り分けることも可能だ‥‥ということです。

 

防水はIPX7。つまり、水に浸かっちゃってもOKな、強めの防水性能です。「お風呂剃りシェーバー」と同じですね。‥‥ただ、USBのコネクタを覆うゴムキャップがどうにも信用できないので、水に浸けることはしませんけどね。まあ、水辺で水がかかったり、雨の中でも全然大丈夫‥‥ということでしょう。

 

 


ガセネタ

私がギターを弾き始めた頃、音楽雑誌に掲載されていた「奏法譜」を頼りに練習することも多かったのですが、これがまた、色々と難があって(=難ありを自覚できたのは後になってからですが)、少なからず混乱していました。よりによって、奏法を指南する奏法譜が、遠回りや挫折のきっかけになっていたことも、しばしばあったのです。皮肉‥‥としかいいようもありませんが、採譜する人にしたって、楽曲を演奏したギタリスト本人に聞いたわけではなくて、全部、採譜者の耳で拾ってるんですから、運指のポジションが違う!と言うのも、酷といえば酷です。

 

しかし、「このギタリストはこう弾いている!」と書かれた記事を読めば、特に年少者は真に受けてしまうわけです。それが憶測の産物で、裏付けのない仮説であっても‥‥です。

 

エドワード・ヴァン・ヘイレンが登場した時は、そうした「ガセネタ」を至る所で目にしました。そうス‥‥「ライトハンド奏法」がらみです。

 

有名な「Eruption」は、ライトハンド奏法の代名詞とも言える曲ですが、後半の有名な分散和音を、通常の運指とピッキングで解説している奏法譜を音楽雑誌で見たことがあります。私は小学校6年か中学校1年くらいの子供でしたが、その誤りを痛烈に記憶しております。おそらく、採譜者さんは「You Really Got Me」のミュージックビデオ(ライトハンド奏法の様子が映ります)を未見だったのでしょうネ。

 

最近、昔の音楽雑誌を眺めていて、やっぱりライトハンド奏法がらみで出てきました。「ガセ」が。

 

 

スパニッシュフライ」は、エドワード・ヴァン・ヘイレンが、ガットギター(別名クラシックギターと呼ばれる)を用いたソロ曲ですが、ガット弦(ナイロン製かどうか、材質的なことはわかりません)を豪快にライトハンド奏法で弾きまくります。

 

雑誌には色々と読者を悩ます記述が溢れています。まずこれ。

 

*写っているギターがSGなのが、「この時代の感じ」ですネ。

 

うーん。今だから解るけど、オープンチューニングは必要ないんですよネ。普通に6弦からEADGBEで弾くことが可能です。なぜ、オープンチューニングだと分析したのかは、ナゾです。冒頭の分散和音の解析で深読みしすぎたのかなあ‥‥。奏法があまりにも想像できなさ過ぎるので、さぞトリッキーなことをしてるんだろうと邪推したのか‥‥。

 

で、この頃にありがちな「ライトハンド奏法を、旧来の奏法で分析する」という典型がまさにコレ。

 

 

オープンチューニングでのTAB譜だと思うので、さらに混乱しますが、それはおいといて、何よりもまず、最初の分散和音が、アルペジオということになっています。 これはキツい。実際は、開放弦を含むライトハンドによる4つの音の往復フレーズです。

 

もしかしたら、クラシックギター畑の人は、このアルペジオを弾けちゃうかも知れませんが、雰囲気はかなり違ってしまうはずです。ライトハンド奏法ですと、単一弦で弾くので、スラーでモノフォニックな音になるので、アルペジオのように音が同時に混ざらないのです。

 

実際、このTAB譜を採譜した人は、エドワード・ヴァン・ヘイレンと同じニュアンスで弾けていたのか、甚だ疑わしいですネ。とりあえず、音符だけ拾った感じ‥‥ですかね。

 

ライトハンドで採譜している部分も、ポジションに誤記があります。いや、誤記というよりは、誤採譜というべきか。

 

 

 

‥‥で、解説の最後に、このような一文でまとめてあります。

 

 

言っていることは至極正しいです。

 

しかし‥‥‥‥‥‥‥、正確なテクニック云々を諭すのなら、まずは正確な採譜を実践してから‥‥ですネ。

 

「とにかく頑張って欲しい」というのは、採譜した本人の「心の声」かも知れないですネ。「採譜してみたけど、自分では弾ける気がしない。弾けそうな人がいたら、頑張って欲しい‥‥!」という。

 

 

ちなみに、スパニッシュフライは、実はライトハンドの部分は、慣れてしまえばコンスタントに弾ける手堅い部分です。間違った採譜では鬼のように難しくなってますが、ライトハンド奏法なら思いの外すんなりと弾けちゃいます。ライトハンドに慣れていればそんなに難しい内容ではないです。

 

スパニッシュフライは、なによりも、エレキ弦ではなく、ナイロンのぶっとい弦で綺麗に弾くのが難しいことと、中間部のピックを使った速弾きの部分をごまかさずに弾くことが難しいと思います。エレキと違って、弦高は高いですしネ。ガットギターは電気で音量が増幅されるわけではないので、粒立ちの良い出音を心がけないと、音楽になりません。それが一番、この曲の難しいところだと感じます。

 

 

ガセ。誤情報。悩ましい限りですが、では、現代はどうか‥‥というと、昔よりガセネタの危険は多いように思います。正確に言えば、ガセネタの感染速度が速く、感染範囲も広い‥‥というべきでしょうかネ。

 

しかし一方では、昔では得難い情報も得られるので、要は当人の「情報分析スキル」次第なんでしょうネ。

 

 

 

 


iMono/Poly

つい先日、KORGからiPadやiPhoneで動作する「iMono/Poly」が発売されましたネ。1ヶ月間のキャンペーンで、2400円でAppeStoreから購入できます。‥‥2400円とな。

 

 

私がMonoPolyのオリジナルを見たのは、中学2年か3年の時です。新宿のイシバシ楽器店だったような気がします。狭い階段を上がっていくと、鍵盤楽器のフロアがあり、エレピには目もくれず、テクノが流行っていたご時世に、シンセばかり見ていた「典型的な現代っ子」な私でした。

 

青いパネルに、整然とツマミが並んでいた威圧感は、今でも強い印象があります。iMono/Polyのウィンドウデザインもまさにその風格。

 

 

当時のオリジナル、実機のMono/Polyの実際の出音は、4つのモノフォニックで4音ポリだ‥‥と言っても、和音そのものがぎこちなかったように記憶しますが、そもそも使い方など知らない中学生が触っただけのことなので、真偽のほどは定かではありません。

 

でもまあ、当時中学生の私なりに、4つのモノフォニックを4音ポリとして使うMono/Polyよりも、最初から6音ポリだったPolysixの方が弾きやすかった記憶があります。

 

しかし、使いにくいのが必ずしもダメなことには繋がらないのが、芸の世界の常。

 

Mono/Polyの「ブワオーギュワオー」とやたら野獣的で分厚い音が、今でも記憶にあります。圧倒的に個性的な音でした。ゆえに、Mono/Polyの音の記憶は鮮明なんですよネ。

 

iPad版のiMono/Polyは、その辺のアダログの粗さは綺麗に整えられて、弾きやすそうな音です。デモの音をきくだに。

 

 

 

 


PF80とP3と

デジタルピアノで思い出して、どんどん過去の記憶が蘇りますが、私が毎日にようにピアノを弾いていたのは、18歳になって初めて手にした88鍵フルスケールのPF80、そしてMIDIで繋いで音を出していたピアノ音源モジュールのP3を使っていた頃でした。それまでは、友達から借りた49鍵のカシオトーン(一応フルサイズの鍵盤でした。もちろん、ウェイトなし・ベロシティなしの鍵盤です。)でバッハを中心に練習していました。‥‥まあ、要するに、アカデミックなピアノ教育は受けていないわけです。

 

PF80は、ヤマハのページを見ると後継機種の機能が書いてあって紛らわしいですが、サンプリング音源がまだまだ普及する前の機種で、FM音源でした。とはいえ、ウェイト付きの鍵盤(ピアノのメカニズムを模したものではなく、重さを加味した感じの鍵盤)でベロシティ(音の強弱)が表現できる、定価19万8千円に見合うだけの内容を持っていました。‥‥当時としては、です。

 

*「エレピ」と俗称で呼ばれる電気または電子ピアノですが、電気はエレクトリック「Electric」、電子はエレクトロニック「Electronic」で、ビミョーに言葉も違うんですよネ。う〜ん、そんな違い、普通に解れ‥‥と言う方がキビしいですネ。

 

PF80のピアノプリセット音はお世辞にもピアノの音には聴こえず、エレピそのものでしたので、後でコルグのP3を買い足して、MIDIで接続、鍵盤の操作はPF80でおこない、音はP3‥‥という構成で弾いておりました。思えば、私がコンピュータのデジタルデータ送受の仕組みになんとなくでも慣れていたのは、MIDIを必要に応じて使っていたからだと思います。初めてMacをいじった1995年の頃に、恐れおののきながらも、何となくコンピュータに馴染めたのは、MIDIのおかげです。

 

P3のアーカイブがコルグにないので、以下。

 

https://www.noisebridge.net/wiki/Korg_P3

 

‥‥自社製品のアーカイブはどんな製品であれ、たとえ1ページでもメーカーのWebで公開してほしいですね。作り逃げみたいになっちゃうからネ。

 

P3はスタンウェイとベーゼンドルファー、そして追加のメモリカードでベヒシュタインのピアノ音色を装備できたはず‥‥です。チェンバロの音も入ってましたが、その頃では一番それらしい音を出していました。ローランドが本格的にチェンバロのデジタル音源化のプロジェクトに動き出すまでは、サンプリング音源でそれっぽい音を出す手頃な音源は、P3くらいだったのです。

 

ちなみに、実家に残っている当時の音楽雑誌には、今や「ヴィンテージ」と呼ばれる楽器が現役で広告にウヨウヨ掲載されてます。

 

 

1979年。ロッキンFの広告。MS-20が現役です。

 

 

 

さらに、1985年。ハードロック、ヘヴィメタル、LAメタルあたりが定着した頃です。「ロックするヤング」っていうのは、この頃でも可笑しいフレーズでしたがネ。

 

 

 

POLY-800は高校時代の友達が所有してて、よく弾かせてもらったものです。

 

 

ウチはシンセなど買ってもらえる家ではなかったですし、バイトで稼ぐにもかなりの大金ですから、シンセを所有する同級生は極めて稀でした。この頃は私は、高校生でアニメの作画スタジオに出入りしていましたが、学校に行きながらの動画作業などでお金なんて稼げるわけもなく、「学生のうちに研修期間を終わらす」目的でしたから、なおさら高価なシンセなんて買えるはずもなかったです。

 

次はどーんと、Macintosh Plus‥‥‥‥‥でしょうか、あまり詳しくないので、細かい型は判別できませんが、いわゆるハッピーマックのデザインですネ。

 

 

ちなみに、1998年頃に、箱入りのPlusの中古を19,800円で買ったことがあり、今でも倉庫に保管してあります。いつか、家に飾ってHyperCardあたりで遊べたら良いなと思っております。

 

知ってる人はもちろん知っているMSX。この頃は現役まっただなかでした。

 

 

 

次のブロックは中々な値段です。平然と398万円と書いてありますもんネ。

 

 

何だ、64万だ、250万だ、180万だ‥‥と広告に掲載して、ほとんどのロッキンFの読者は対象外だったことでしょう。欧米のシンセサイザーは、大型バイクや車を買うようなものでしたネ。

 

そうなんすよ‥‥。お金の余裕のない家の子は、ピアノやキーボードやシンセなんて夢のまた夢、高嶺の花だったことを思い出します。いや‥‥、貧乏というほどでもなくても、普通はシンセやピアノなんてなかったよな。今では、iPhoneやiPadで使おうと思えば誰でもシンセが使える時代ですけどネ。

 

今は貧困の意味が変わってきているので、昔の基準でお金の有無を語っても、的外れになりやすいです。

 

ただまあ、「友達から借りてばかりいる境遇から抜け出したい」とは当時の私は思っていて、ゆえに反動が大人になってから‥‥なあ。「自分のやりたいことは、自分で切り開くしかない」というある種の強迫観念が強くなったようには思います。

 

 

そして、三鷹楽器。今はもうない。

 

 

数年後の1987〜88年、フリーアニメーターとして大泉学園の3万円のアパートを借りてキャリアをスタートした頃、三鷹にある「アトリエぎが」(正式な漢字の名称が思い出せません。そしてこの会社も、今はもうない。)に作打ちに行った帰りに、三鷹楽器に寄ってギターを一本買った事がありました。かなり長い期間、私のメインギターになったイバニーズの試作・改造モデル(=カタログには存在しない)でした。フレットがすり減り過ぎて、今はもう、まともな音が出なくなっています。

 

月14〜20万くらいを稼いで、家賃と光熱費が5〜6万で済む時代でしたから(=私の場合)、相当お金の自由は効いたのです。現代は、生活を維持するコストがものすごくて比較の対象にならないので、あくまで昔話‥‥です。

 

やがて、サンプリング音源が低価格に移行してきて、数万円でピアノ音源モジュールも買えるようになってきて、それがコルグのP3です。5万円前後だったと記憶しますが、原画のギャラで買いました。

 

今の耳で聴けば、相当ショボいですが、当時はFM音源の似ても似つかないピアノの音から大躍進して満足してました。

 

当時の私は、肉、野菜、肉、肉、野菜…みたいに、作画、音楽、作画、作画、音楽…のような日々で、作打ちに向かうバスの中とか、会議室で打ち合わせ開始を待っている時間まで、運指の練習をしていたくらい熱中していました。作画と音楽の境が無かったのです。「昨日は弾けたけど、今日は弾けなくなっているんじゃないか」と強迫観念すらあったように思います。

 

20代のバイタリティって、今思うと、アホのように快活で豪快です。疲れ知らず…と言いますか。今の私にはとてもできません。

 

思うに、10〜20代の頃って、その後の人生の「根っこ」の部分を決めてしまうと思います。20代の頃に「撒いて」おけば、30代以降ににょきにょき発育して発展していく可能性を、自分の中に宿す事ができます。

 

20代の頃に打算的に生きたり、カジュアルで容易な物事で自分を紛らわせてしまうと、その後、草木も生えない荒涼とした自分がまっている‥‥かも知れません。ゆえに、そうした人は、30代以降も「自分を紛らわす何か」を体を動かさずに手の届く範囲だけで追い求めて、小金をどんどん吸い取られていく‥‥のかも知れないと、色々な人々を見てきて思います。

 

まあ、本人の幸せは本人次第なので、どうでも良いことではあるのですが、アニメのようにゼロからものを作り出す「バイタリティ」が必要な職業においては、スタッフの人選などに大きく影響してくることです。

 

私は、20代の頃に自分の惹きつけられるものに、アホのようにどんどん突進していったわけですが、それによって失ったもの、手に入れられなかったものも沢山あるので、まあ、人生はEVENといえばEVEN‥‥なんでしょうネ。夏の砂浜で女の子とウフフキャッキャと水を掛け合う‥‥なんて、びた1ccもなかったもんなー。

 

でも、全然後悔はしてないんですよネ。良いも悪いも、凄く濃密な20代であったことは確かですからネ。

 

 

 



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