でけた

ワンハムワンボリュームのギター、できました。

 

これを‥‥

 

 

こんな感じに。

 

 

休日の数時間の作業でできる簡単な改造でした。

 

ピックアップのザグリが合わなかったり、ピックガードがネックに干渉したり、ピックガードのネジの穴が合わなかったりと、色々と修正箇所はありましたが、各種電動工具と材料でちゃちゃっと仕上げました。工具がないとそこそこ苦労するであろう作業ですが、普段から他の工作用途で揃えておいたので、スムーズに作業は完了しました。工具さえあれば、簡単な加工です。

 

 

ピックガードを固定するネジ穴は、結局1つしか場所が合わなかったので、全て木工パテで埋めて穴あけをやり直しました。まあ、違うメーカー製のピックガードの穴が合致することなんてありえないので、穴埋め&穴あけは想定しており、再掘削が可能な木工パテを準備しておいたのです。

 

出来上がった感想は‥‥、ん〜、バランスが悪い。

 

ピックアップの性能に明らかにギター本体が負けてます。木材云々ではなく、ブリッジなどのパーツの総合的なクオリティが、ダンカンのピックアップに各所劣っております。

 

ギター歴のそこそこ長い人であれば、弾いてみて「仕上がってない感」を実感できると思います。要は、「ちぐはぐ」なのです。弾いた時の感じがネ。

 

安価なパーツを組み合わせて、製造工程も相応に低コストで組み上げられたギターに、ダンカンのピックアップだけ浮いているような感じです。全て安い要素で組み上げられていた時には気にならなかったことが、気になりだす‥‥とでも言いましょうか。でもまあ、そのバランスの悪さも想定していたことではあるので、徐々に詰めていこうかと思っています。ブリッジが特に具合が悪いので、まずはそのあたりから調整します。

 

‥‥ちなみに、ブリッジのネジが2つ外してあるのは、5弦の下のネジが斜めにささっていたので、対称で2弦と5弦のネジを外したのです。ぶっちゃけ、1弦と6弦のネジだけ刺さっていれば大丈夫ですしネ。

 

肝心の音の方は、グッと良くなりました。ピックアップはまさに「音を拾う中心的存在」で、それをダンカン製に交換したのですから、当然といえば当然。バイクでいえば、エンジンを交換したのに匹敵しますもんネ。

 

以前の製品出荷オリジナルの状態は、ポールピースの位置が弦の真下にきてなかったりと問題が多かったですが、交換したらピッタリ合いました。何にでも言えることですが、安さを実現するにはパーツだけでなく製造工程も安く(=雑)仕上げて、安い製品に仕立てるのでしょうから、その辺の「作りの雑」さを徐々に詰めて修正していけば、そこそこな全体バランスには仕上げられると思います。‥‥ああ、これはアニメ制作も同じスね。

 

 

合わせて、以前から作ろうと思っていた小道具を自作しました。

 

弦を巻く「ストリングワインダー」の6.35ミリ六角ビットです。

 

 

安いストリングワインダーをぶった切って(サウンドハウスの120円のヤツ)、マイナスのビットと組み合わせて固定しただけの道具です。

 

電動工具に装着して使います。下図のように。

 

ブラック&デッカーのミニ電動ドライバ。回転数は固定ですが、クラッチ機構があらかじめついてたりと、木工や石こう壁などの軽作業にうってつけです。

*同用途のボッシュのも良いですが、クラッチ機構が必須の場面(脆い石こう壁とか)ではトルクアダプタを別途購入して装着する必要があります。

 

マイナスビットは、モノタロウさんで買った200円の安価なビットですが、それでもちょっと勿体無いくらいです。100円ショップのビットで十分でしょうネ。ワインダーにマイナスの切り込みを入れてマイナスビットの先端を合わせて、瞬着で仮固定し、金属用パテでガッチリ固定すると、こんな感じになります。金属用のパテはかなり固くなり強度が保てるので、色々な場面で重宝します。

 

この「ワインダービット」でギターの弦を巻けば、かなり楽チンです。昔から作ろうと思っていたアイテムです。

 

‥‥が、既製品もあるようで、作るのが面倒な人はコレを買っておけば良いですネ。私は既製品があるのを数日前まで知らなかったので、自作しちゃいましたが‥‥。

 


フランケンシュタイン、ブラウンサウンド

私の洋楽のルーツは、ディープパープル、レッドツェッペリン、ヴァンヘイレンと、とてもわかりやすいメジャーなバンドによるサウンドで、小学生高学年の頃に聴き始めました。

 

小学生でロック‥‥なんて、なんだかマセたガキのようにも思いますが、兄がロックを家に持ち込んだ影響で、自分の意思で聴き始めたわけではないので、マセてたわけでもないのです。ヴァンヘイレンとかを聴き始めるほんの1〜2年前には「およげたいやきくん」を聴いてたくらいなので。

 

で、やはり、兄が家に「エレキ」を持ち込んだので、私も見よう見まねで弾き始めました。グレコのレスポールコピーモデルで、ピックアップが3つついてる、今にして思えば特殊なレスポールでした。最初に弾けた曲は「スペーストラッキン」のリフでした。

 

中学に上がって、お小遣いで初めてロックのシングル盤を買ったのは、「必殺のハードラブ」です。言うに事欠いてなんてことを‥‥と凄く恥ずかしい邦題ですが、原題は「Somebody Get Me A Docter」で、ヴァンヘイレンの2枚目のLPに収録されていた曲のシングルカットです。バンドの来日記念だったような記憶もあります。

(2枚目の邦題が「伝説の爆撃機」なのも、今となっては、かなりハズかしいです。原題は「VAN HALEN II」で、「伝説」も「爆撃機」も全く見当たらない、日本の担当者の相当な「暴走」ですネ。まあ、それも時代の味です。)

 

私はやがて、リッチーブラックモアやジミーペイジよりも、エディヴァンヘイレンに傾倒していきました。底抜けに明るい雰囲気、ギターを我流でイジって改造する痛快さ、結果良ければどんな弾きかたでも導入する天性の感覚派‥‥と、怖い顔して魔法や伝説がどーのこーのと歌うブリティッシュロックよりも、理屈抜きの「今あるものであるがままに」鳴るニューエイジアメリカンロックに強く惹かれたのです。

 

最近、ふと、「そう言えば、自分の少年時代に好きだったサウンドとは、やたらと小細工して音を作り出すサウンドではなく、リアピックアップのみでワンボリュームのストレートなサウンドだったな」と思い出しました。Webで楽器屋さんのギターコーナーを何となく眺めていて、「最近、ワンボリュームでリアPUオンリーのギターって、全く見かけなくなったな」と思ったのがきっかけでした。

 

「フランケンシュタイン」と呼ばれる、エドワード・ヴァン・ヘイレン(以後、エディと略)が初期から使い続けたギターがあります。これです。

 

(レプリカが流行ってますが、フランケンもレプリカがフェンダーマスタービルドから発売されているようです。ほぼ300万円ですけど。)

 

んー、スゴい。ボロボロですネ。

 

経年変化を差し引いても、相当ラフな改造です。ピックガードを「要るところだけブッた斬って」使ってたり、リアのハムバッカー取り付けの都合でボディーのくりぬき穴の形がイビツだったり、見た目なんてどうでも良い‥‥と思いきや、ボディの塗装には3色使ってたり‥‥と、エディならではのバランス感覚としか言いようがないですネ。

 

フランケンシュタインの最大の特徴は、「エディにとって、必要なものだけがそこにある」点です。要らないものは付いていません。「もしかしたら、これもつけとけば、後々で得するかも」なんてみみっちいパーツなんて、まるでなし。「今、欲しいサウンド」に必要なパーツだけで構成されています。むしろ、要らないパーツはぶった斬ってでも廃棄してしまうほどです。

 

その潔さにも、少年時代の私は強く惹かれていたんだと思います。「サウンドがかっこよければいい」「上手ければいい」「前置きなんていらない」‥‥といった、ある種の「実力主義」を根底にしながら、決して技巧に走り過ぎて小難しくしない開放的な明快さを併せ持っていたのです。

 

* * *

 

こうして書いてまとめると、「自分の価値観の原点」になっていることを自覚できます。少年時代に触れる様々なメディアは、当人に大きな影響を与え、中核を形成していく‥‥のですネ。歳をとるとしみじみと判ります。

 

今の私にとって、「サウンド」は「絵」です。そして、「エレキ」は「コンピュータ」なのだと思います。エディの「ブラウンサウンド」が「フランケンシュタイン」によって具現化されていたように、私の欲する「アニメ」を具現化するためにiPadやiMacがどうしても必要なのです。

 

そしてサウンド作りにMXRなどのエフェクターが欠かせないように、Adobe CCやProcreateなどのソフトウェアは欠かせません。

 

私がコンピュータに馴染めたのは、集積回路に比べて甚だプリミティブとは言え、エレキギターの電気回路に馴染んで、つまみやスイッチでサウンドを探し出そうと、10代の頃にイジりまくっていたから‥‥なのかもなと、ふと実感します。

 

*我が家初めてのエフェクター「マクソンのD&SII」。これも兄がエレキと一緒に家にもたらしました。よく歪んだ記憶(ディストーションのエフェクターです)がありますが、一方で平べったい音にもなった記憶もあります。‥‥ただ、昔はアンプがとにかく「弱かった」ので、それで音がイマイチだった可能性もあります。現代の機材の中に組み込めば、良い使い道があるかも知れません。今は、アンプモデリング、スピーカーや箱鳴りやマイクのエア感のシミュレーションなど、様々な音の底上げができますもんネ。

 

10代の前半に、自分の感情を、アコースティック楽器ではなく、電気楽器・電子楽器で表現していたのは、その後の自分の特徴になったと思います。MIDIで0から127の数値で、例えばベロシティ(強弱)を表現するのも、そんなに抵抗なく馴染めましたしネ。

 

しかし一方で、「機械さえあれば、大丈夫」だなんて全く思わず、「結局は当人の感性と技術が全てを決する」と考えるのは、やはりエディの「道具も機械もテクニックも全部必要」という明快なスタンスに大きな影響を受けているとも思います。どんなに高いアンプとエフェクターを取り揃えても、演奏が下手じゃ全然お話にならない‥‥ですもんネ。

 

* * *

 

道具を使う「思想」って人それぞれですけど、「三つ子の魂」みたいに、使い方のドクトリン的な根底部分って、人格や性質が形成されきっていない10代中頃までに無意識・無自覚に型が出来上がってしまうのかも知れませんネ。後天的には変えることのできない根元の部分が、10代中頃にほぼフィックスしてしまう‥‥のかも知れません。

 

まあ、私の場合、ヴァンヘイレンだけに熱中していたわけでなく、家にLPレコードがあったラテンミュージックやクラシック音楽、アニメソング、当時の歌謡曲、高中正義やラリーカールトンやジェフベックのようなフュージョンやクロスオーバーなどにも大きな影響を受けていますから、複雑な組成ではあります。高校の頃にバッハ生誕300年で、浴びるようにバッハの音楽がNHK FMから流れていたのも影響がデカいと思います。

 

私自身が、小難しく考えがちな一方で、スカーッと明快でシンプルで開放的な性質を求めるのは、おそらく、子供の頃に見聞きしていた音楽や映像や絵の「混ざり具合」ゆえ‥‥なのでしょう。

 

複雑なテンションノートを好む一方で、エディの爽快なドローンコード(1,5,8のアレ。パワーコードとも呼ぶみたいです)のブラウンサウンドも大好き‥‥という、真逆とも言える性質は、自分ながら奇妙で、時に持て余すこともあるのです。

 

* * *

 

10代に好んで聴いた音楽って、私の事情だけでなく、色々な人々の「感覚の拠り所」になっているように思います。

 

例えば、コンポジット作業で「空気感」「光」「風」「空間」「冷たさ、温かさ」を表現しようとする人って、多勢の人々とは異なる音楽体験をしてきたことが多いです。私の知るところ、映像ニュアンスの「感覚の表現」に鋭い人は、皆、何らかの音楽体験を通過していて、興味深いです。話を聞いてみれば、皆、音楽に深く関わった経験を持ちます。

 

周囲の話題に乗り遅れないように、流行っている音楽だけを聴いてた‥‥とか、社交目的でバンドを組んでた‥‥とかだと、映像に音楽体験が滲み出すような特性は表れないんですが、ピアノを幼少からスパルタでやってたとか、声楽を大学で専攻していたとか、近現代の合唱をやってた‥‥とかすると、ぶっちゃけ、「ニュアンスの話がすぐに疎通できる」ので解るのです。

 

音に対する探求心は、実は、絵に対する探求心と、根っこで強くネットワークしているのでしょう。

 

別にAfter Effectsなんて、後で覚えりゃ良いんです。私の目する新しい技術による制作現場において、コンポジター(ビジュアルエフェクトなど)に決定的に必要だと思うのは、「ニュアンスに対する鋭い感覚」です。

 

音楽の一節を聴いて、「なぜ、こんな響きのニュアンスになるんだろう?」と興味が湧いて、自分なりに探求したことがあるか否か。

 

例えば、1,3,5,maj7,9,11,13だったり、1,3,5,7th,9,13だったり、1,3,5,7th,9+だったり、トライアド(いわゆるドミソです)の一筋縄ではいかない響きの「ナゾ」を探ったことがあるか、もしくはそうしたハーモニーを自ら奏でたことがあるか‥‥によって、ニュアンスに対する先鋭度・敏感度が変わってくるのでしょう。

 

もちろん、音楽をやっていた人だけが、映像のニュアンスに敏感だというわけではないです。

 

ただ、私の知るところ、「ものすごく微細なニュアンスの話が通じるのは、一般の人より突っ込んだ音楽体験をしていた人であることが、とても多い」のです。憶測や理屈ではなく、経験上‥‥です。

 

ちなみに、今回のお題のエドワード・ヴァン・ヘイレンも、とてもニュアンスには細かい人だと思います。アホみたいにパワーコードだけかき鳴らしているわけじゃなく、とてもユニークなテンションのハーモニーをええ感じにチョイと繰り出してきます。かと言って、テンションノートで埋め尽くしていかにも技巧的になりきらないところが、魅力でもあります。エディは1980年代に、アランホールズワース(=独自の和音とスケールのセンスを持つ鬼才。最近亡くなってしまいました。)を援助してホールズワースのソロアルバムをリリースしたこともあるくらいですからネ。(実は、私がホールズワースを知ったのは、エディ経由です)

 

* * *

 

とりとめのない音楽周辺の話になってますが、最近、シンプル&ストレートなギターが欲しくなってきて、兄から「使うのなら、やるよ」と貰ったバスカーズ(エントリーモデルのストラトコピーの中古品。ハードオフで数千円で買ったらしい。)を改造しようかと思っています。

 

今でもワンボリュームタイプのピックガードは売ってるようですし、ダンカンはオールドタイプのピックアップを製造し続けてくれているので(「TB-59」を買おうと思っています。高出力は必須じゃないので。)、改造と言っても大した手間ではありません。ワンボリュームの電気配線は極めてシンプルですしネ。

 

 

 

絵も音楽も、「芸の肥やし」ですネ。

 

 


バッハはピアノで

私の高校時代にちょうど「バッハ生誕三百年」の年で、NHK FMから山ほどバッハの音楽を聴けたこともあり、なおかつ、私の当時熱中していたロック系のギタリストたちは結構な確率でバッハに傾倒してたりして、10代の頃からバッハの音楽に馴染んでおります。

 

ロックギタリストは半音下げチューニングをよくしていたのですが(有名なのはエドワード・ヴァン・ヘイレンですね)、バロック楽器のチェンバロもおそらく楽器の強度など機構上の制約もあってか半音から1音下げの調律(現在の440Hz基準からすれば)で、余計グッと馴染んだこともあります。なんか、バックトゥザフューチャーみたいな言い方ですが、音の響きが「ヘヴィ」なんですよネ。

 

なので、最近までバッハの鍵盤楽曲はチェンバロによる演奏ばかり主として聴いていましたし、自分で演奏する際もハープシコードの音源で鳴らしていました。(正式なピアノ教育を受けてはいないのですが、高校時代から難易度の低いバッハの曲は弾いていたので、それなりに弾けます。)

 

しかし最近、Apple Musicで豊富な楽曲数に触れられるようになって、ピアノ演奏のバッハ鍵盤楽曲も多く耳にするようになって、「むしろ、バッハの鍵盤楽曲って、ピアノで演奏することによって、楽曲そのものが際立つんじゃないか」と思えるようになりました。この歳にして、遅すぎる認識かも知れませんが‥‥。

 

私はラモーの音楽も好きなのですが、ラモーの鍵盤楽曲ってチェンバロの音色効果を期待している‥‥というか、チェンバロのために書かれたような楽曲が多いように感じます。「ひとつ目の巨人」とか「王太子妃」とかは特に、チェンバロの演奏性と音色特性を活かした楽曲です。「ジャラ〜〜ン」「シャンシャン」と鳴り響く音色で最高にかっこいい楽曲です。

 

しかし、バッハの鍵盤楽曲の場合、チェンバロでなくても、中世の家庭にあったショボいクラブサンとか、現代の平均律の鋼鉄製フレームのピアノとかで演奏しても、何か琴線を大きく揺さぶる要素が内包されていて、ぶっちゃけ、エレキギターで弾いてもかっこいい楽曲が多いのが特徴です。要は、「楽器を選ばない」といいますか。

 

最近、「ピアノのバッハ」を聴いて驚いたのが、大きな浄化作用・鎮静効果です。何の気なしに、Apple Musicの「最近追加した項目」を選択し、カーオーディオ経由でピアノ演奏によるバッハのパルティータを流していたのですが、ふと気づくと、今までにないリラックスした状態で運転できていました。都心の幹線道路とかは何かとギスギスしていて、運転していて無自覚にイライラしていることも多いのですが、たとえウィンカーなしに割り込まれようが、前の車がノロノロして信号に引っかかったりしても、一連の「流れ」として受け入れて、気が荒立つこともありませんでした。

 

やっぱり、音楽によって、人の感情なんて大きく変わるもんだね‥‥と、再認識しました。まあ、だからこそ、映像作品にはサウンドトラック、劇中に流れる音楽が活用されるんですけどネ。

 

1日に一回は、30分でもいいから、自分の好きな音楽の中から、ゆったりとくつろげる音楽を聴いて休息し、漠としたイメージが脳内にふんわり広がる時間を作るべきだと思います。

 

1カットあたり何分何時間で作業できるから、1日でどのくらいカット数が上がって‥‥みたいな計算をして、作業時間に追い立てられる「躁状態」が一日中途切れなく延々と続く‥‥なんて、いつか体調を大きく崩してしまいますよ。

 

ショパンやラフマニノフでもなく、古楽器のチェンバロでもなく、現代ピアノによるバッハ。ポリフォニーが重なり合って生まれる、その瞬間ごとの音の重なりが、透明な空間に水紋のように広がっていくピアノ音楽は、こわばった感情にまるで水が染みていくかのように和らげてくれます。

 

流行とか、どうでもいいわ。なぜ、自分のプライベートな時間まで、流行を意識して「これが今の流行りだ」なんて躁状態を演じなければならないのか。馬鹿げてます。自分の好きなように、好きなスタイルで、好きな音楽を聴けば良いだけですよネ。

 

バッハは300年前の音楽か。全然、OKですヨ。

 

 


JBL GO 再び。の、その後

今まで、JBL GOは、主にAmazon Fireのビデオ音声を再生する用途で使ってきましたが、前回の通り、もう1台増設して、カセットテープのアナログ音声とiMac 5K/iTunesからのBluetooth受信に使い始めました。

 

いくつかの音源を聴き込むうちに、JBL GOの「癖」もわかってきました。ビデオ音声では気づかなかったことが、色々な音源の再生で聴こえてきました。

 

どうも、Female EssとShhが少し持ち上がっている印象です。いわゆる女性の声の「サ」「シ」「シュ」「ス」「シュ」のあたりの帯域です。

 

この辺りの帯域を強調すると、確かに輪郭は強調されますが、反面、耳障りになるリスクが高まるんですよネ。

 

実際、音源によって気になったり気にならなかったり‥‥で、声の質や録音によって大きく変わってくるようです。

 

80年代後半あたりの音源で、「フォルマントピッチの高めのティーン女子」の「地声歌唱法」(文字にすると伝えにくい‥‥)のものだと、結構耳につくことがありました。その頃の「10代の女の子が歌っている」歌謡曲やアニソンに多いんですよネ。

*フォルマントピッチの高い音‥‥というのは、昔でいう「ぶりっ子」喋りの声質を思い起こしていただければ‥‥ですが、それを思い起こせるのは流石にアラウンド50以上の人か‥‥。

 

でも、最終的な音のまとめ方に因るのか、ものすごく気になる(=EssとShhが耳障り)音源はごく一部で、だいたいは程よい感じでした。

 

スネアの音一つとっても、時代の雰囲気が出ますから(というか、スネアの音って、時代がものすごく出ちゃいますよネ)、現代的な味付けを意識している製品ですと、たまにバランスが崩れてしまう昔の音源があったとしても、それはもう、しょうがないです。

 

 

 

時代の味‥‥といえば、KOSSのPorta Pro(ヘッドフォンです)は、まさに80年代音源を体現するような製品です。現代好みの、音圧がMAXで、中低音がファットな音源では破綻してしまうことも多いですが、80年代のまだまだ音圧に手加減していた頃のロックやポップス、ジャズ、フュージョンなどは、KOSSのPorta Proはまさに独壇場。

 

 

80年代当時の人々がどんな音楽に囲まれて生活していたのか、どんな「ノリ」だったのか、KOSSのPorta Proの音質設計だけでも伺い知れます。

 

 

一方、JBL GOは、老舗JBLといえども、やはり2010年代の製品ですから、現代的な味付けです。ビデオの音声ではなく、音楽を鳴らしてみると、幅8cmのコンパクトスピーカーと言えどものすごく低音が出ているのは、JBLに限らず、いまどきのスピーカーの特徴でしょうネ。

 

ふと考えてみると、PCやタブレットは、コスト云々よりも、中低音の及ぼす振動ゆえに、あえてスカッと腰の抜けたような音質にしているのかも‥‥とも思えます。コンピュータ製品設計の現場のリアルを知らないので、あくまで、想像ですけど。

 

 


Adobe Auditionのエフェクトプリセットの読み書き

Adobe Audition(音声編集ソフトウェア)のエフェクトプリセットを、他のマシンでも実行するために、その書き出し方法を早朝に探していたのですが、結局見つからずじまい。‥‥まさか、エフェクトのプリセットの読み書きは考慮されていない?

After Effectsの場合は、.ffxのプリセット書き出しが出来ますし、アンプシミュレータのソフトウェアでももちろんセッティングの書き出しはできます。‥‥ごく普通に考えて、エフェクトのプリセットが読み書きできないなんて考えられないのですが、私が見つかられないだけなのか‥‥?

2時間近く、方法を探していましたが、結局見つからず、睡眠時間だけが奪われる結果に‥‥。

しょうがないので、違う方法で「実質、エフェクトのプリセットを他のマシンに移植できる方法」を実現しました。

この手の問題の最終的な解決方法は昔から定番があって、ぶっちゃけ、Preference(初期設定)の移植です。‥‥ただ、Auditionの初期設定は、各カテゴリーごとに初期設定ファイルが分かれており、しかもXML(テキストファイル)で目で読めるので、移植は簡単です。

同じことで悩んでいる人のために、ドロ臭い方法ですが、ご紹介します。

/Users/当該ユーザ名/Preferences/Adobe/Audition/8.0/EffectPresets.xml
*Audition CC2015の場合

‥‥これがエフェクトプリセットの記述ファイル。中身を見ると<float>だののタグで様々な値が記録されております。

このファイルをた移植先のマシンに持って行って、既存の初期設定をバックアップした上で、同じ場所に置けばよろしいです。

何しろ平易なテキストベースのXMLファイルですから、内容テキストを分離・合体して、新たなエフェクトプリセットファイルも作ることもできましょう‥‥が、どのようなお行儀なのか私は解析していないので、腕に覚えのある人は自己責任にて。

ちなみに、Adobeの検索で引っかかった「アプリケーション設定」のファイルの書き出しでは、エフェクトプリセットは同梱されません。

うーむ。音声編集ソフトウェアとして常識的に考えて、エフェクトプリセットの読み書きは用意してあるはずなんですが、時間がないので、この方法で解決しておきました。

Apple Music、7,000曲。

iTunesを見たら、Apple Musicで追加した曲が、すでに7,000曲を突破しておりました。

1枚のCDアルバムが16曲入ると換算すると、CD430枚分? 輸入CD1枚が1,000円として大雑把に換算しても、恐ろしい金額になります。

うーん。Apple Musicは私にピッタリなサービス‥‥のようですネ。

‥‥ただまあ、99曲のコンピレーションアルバムも何点か含まれていますので、400枚はオーバーかな‥‥とは思いますけどネ。

それに7,000曲‥‥と言っても、アルバムごとダウンロードしてどんどん増えているので、実際に聴いている曲数はもっと少ないとは思います。楽曲再生時間と日中行動時間との、計算のツジツマが合わないですもんネ。

ただ、音楽を聴く機会はどんと増えています。どうせだったら、さっきダウンロードした曲集でも聴いてみるか‥‥と、耳新しい音楽も聴くようになりました。

全く聴かなかったジャンル、よく聴くジャンルの知らないアーティストのアルバムなど、CDならば出費を恐れて買い留まるものでも、無制限にどんどんiTunesに加えて聴けるので、歯止めが全くゼロになっております。

それが単に曲数増やしの無駄な行為ならまだしも、「こんなイイ音楽を今まで知らなかったとは‥‥」と感動することも多々あるので、Apple Musicは今後の私にとって、必要不可欠なサービスになりそうです。

Apple Music、その後

夥しい数の楽曲を楽しむことのできるApple Music。

‥‥ではありますが、手放しで喜んでもいられない、Apple Music独特の使いにくさも、1ヶ月使ってみて解ってきました。

まず、重要なポイント。

CDを沢山購入して何万曲というライブラリを築いている人は、導入要注意!‥‥です。

Apple Musicはクラウドライブラリという仕組みを使って音楽を自由に聴ける環境を整えます。これが良くも悪くも‥‥で、Apple Musicだけがクラウドにライブラリされるのではでなく、自分でせっせと購入しデータ化した楽曲データも全部ネットのクラウドにアップロードして同期してしまいます。

大してCDを買ってこなかった人は、特に問題も感じないでしょうが、音楽好きでCDを何百、何千と持っている人は、そのデータを全部Appleのサーバに送られてしまうわけです。これにはビックリ。

私はお試し‥‥という事もあり、音楽ライブラリを持たないiMacでApple Musicを使ってみたので難を逃れましたが、中には大量のアップロードをしてしまった人もいるのではないでしょうか。

ちなみに私が所有するデータは、3万曲を越し、データ量は300GBくらいあります。初期のデータがMP3でデータ量が小さいのでこれくらいですが、ロスレスで保存している音楽マニアの人は500GB〜1TBくらいはあるのではないでしょうか。

Appleの昔からのお家芸、「余計な御世話」がApple Musicでは健在です。どのマシンからも共通でオンラインなライブラリを使用可能にするために、そのような仕組みが必要なのは解るですが、他の方法は考えなかったのかな‥‥と思います。そもそも、全ての楽曲を全ての端末で共有‥‥なんて全ユーザに必要だと思うのかい? そんなに共有したい? 共有に夢見すぎてんじゃないの? 必要なものなんて、実はそんなに多いもんじゃないよ‥‥と思います。Apple Musicを使うと、門外不出の劇伴ラフミックスやデモ曲とかも転送されちゃいますしネ。

自分のライブラリを破壊されたくなくて、かつApple Musicを楽しみたい人は、マシンを分けたほうが無難ですネ。今のところは。

つまり、自身のライブラリはPC1、Apple MusicはPC2‥‥みたいにしたほうが、面倒がなくて良いです。そして自分のライブラリのPC1は宅内共有をONにして、他の端末(=音楽のローカルデータを持たない)で両方を聴けるようにしておけば良いです。要は、Apple Musicと自分のライブラリが混ざるのを、ハードウェアで切り分けるわけです。

「PC2台の重複管理をする事の方が面倒じゃん」と思うでしょう‥‥が、私もそう思いますし、事実、面倒です。ただ、Apple Musicの面倒な仕様を回避するには、今のところは、同じく面倒な対応で相殺するしかないのかも知れませんネ。もしくは、Apple Music自体をあきらめるか‥‥です。実際、そのApple Music&クラウドライブラリの内容を知って、使用を止めた知人がいますしネ。

また、Apple Musicは「どこでも自由に使えるわけではない」のも解ってきました。

「クラウドミュージックだから、どこでもOKなんでしょ?」と思われるでしょうが、ゆえに、クラウドに接続できないiPod nanoやシャッフルでは聴く事ができない‥‥ようです。まあ確かに、これも理由はわかりますが、以前の「購入した音楽」と同じ感覚では使えない事は事前に知っておくべき情報ですネ。

ちなみに、PCやiPhoneのオフラインにデータを保存して、一時的にネットに接続できなくても聴けるようにはなりますが、これもまた、操作方法が少々煩雑です。PCにオフライン保存したものは、iPhoneにもそのままデータ転送してくれれば良いものを、それはしてくれなくて、iPhoneではiPhone上でオフラインに保存する操作が必要のようです。まあ、プレイリスト丸ごとオフライン保存はできるのですが、いちいちユーザに手間を要求する仕様は、以前の使いやすさが大幅に減少したように思います。

あと、細かい点ですが、プレイリスト別のiPhoneへの同期機能は、何だかもう、意味がなくなりましたネ。クラウドで共有するのは楽曲データだけでなくプレイリストも対象になるので、クラウドで同期している端末のプレイリストが全て表示されちゃって、「iPhoneだけで表示したいプレイリスト」みたいな転送ができません。プレイリストを50個、100個作っている人は、これまた「余計な仕様で‥‥」と思うんじゃないでしょうかネ。

私はiPhone上での操作を極力さけたい人間なので、データだけ送ってiPhone上でプレイリストを新作すれば‥‥みたいな操作はしたくないのです。そんなリカバー操作に時間を奪われるのは、御免であります。

ただ、iほにゃららのアプリも新登場した時は、使い勝手がイマイチで、徐々に洗練されていった経緯がありますから、Apple Musicも徐々に使いやすくなっていくだろうと期待しています。

とまあ、手放しで喜べない部分もあるApple Musicですが、それを我慢してでも、得る喜びはデカいのも事実です。

流行している音楽やメジャーな音楽なら、特にApple Musicでなくても良いとは思うんですが、聴く機会の少ない、もしくは入手が難しい音楽、例えばワールドミュージックやクラシック、ジャズ、フュージョン、レアなライブ音源などは、「手を出したい放題」聴けて、夢のようです。私がこの1ヶ月で聴いた音楽を、リアルに購入していたら、数万円はいっちゃいますもんネ。

野放図、能天気にクラウドを信用せずに、クラウドの役割、自己所有の役割を見極めて使えば、Apple Musicなどのクラウドサービスは、新しい時代の新しい選択肢となり得ると感じました。「これからはクラウドの時代だ」なんて馬鹿な事は言わずに、両方をうまく使い分けてこそのリソース活用‥‥ですネ。

ちなみに‥‥Apple Musicの中には、最近の音源であるにもかかわらず、妙に音質が悪いものがあります。SP盤の復刻やモノラル録音時代の音源ではなく、1980年代以降の音源でも、音質が異様に粗雑なものがあります。レコード会社が「モンキーモデル」を提供しているんかいな? ‥‥理由はわかりませんけども。

クラシックは上品な音楽?

食事でナイフとフォークを使うと、何かかしこまってしまう‥‥というのは、私の父の世代くらいまでで、私の世代くらいからは庶民でも普通にナイフとフォークを使います。子供の頃から使っていれば、箸と同じように馴染むものです。鳥の胸肉のソテーなど、おそらく一番安い類いの料理だと思いますから(魚の切り身の方が高いですよネ)、「高級な食事でなくても、ナイフとフォークは使う」わけです。サイゼリヤのような安いメニューが並ぶファミレスでも、ナイフとフォークは普通に使いますよネ。

一方、音楽の「洋食」とも言えそうな「クラシック音楽」は、まだまだ「お上品扱い」なように感じます。聴こうと思えば身近に存在する音楽ですが、なぜか、ナイフとフォークのようにはなりません。しかも、トニック・サブドミナント・ドミナント、カデンツなど、音楽理論的に日本のポップスの基礎ともなっている存在なのに、「ベートーベン」とか聞くと「偉人の音楽」みたいにかしこまってしまうのは、何が原因なのだろうと思います。

洋食のナイフとフォークも、戦前・戦中時代の人々のように、使う機会が極端に少なければ、手に持て余して妙にかしこまってしまうでしょう。恐らく、クラシック音楽は現代の一般においても、聴く機会が極端に少ないので、身の丈の音楽として受け入れられないのでしょうネ。

作曲された当時はともかく、今は200円前後で100曲も聴けるご時世ですから、めちゃくちゃポピュラーな存在です。価格だけで考えれば、日本のポップスより格段に手に入れやすいはずです。

「でもクラシックは、聴き方がわからないから‥‥」と思う人もいるでしょうが、では、日本のポップスは誰かから聴き方を教わったのでしょうか? ‥‥聴いているうちに何となく、良い悪い、好き嫌い、かっこいい‥‥などの「自分なりの聴きどころ」「自分好み」を探していったのではないでしょうか。‥‥クラシックも同じプロセスを辿れば良いだけです。

ただ、クラシック好きの連中の中には、「自分はクラシックを聴いているから上級な人間だ」というタイプの輩が存在するのはたしかなので、そういう面倒な人間はスルーして、いいなと思った音楽をポップスやロックと同様にチョイスすれば良いだけです。「クラシックは上級だ」とか言っている人間に、「なぜ上級なのか説明して」と聞くとほとんどの人間が理路整然と明確に答えられないでしょうしネ。真にクラシック音楽の中にあるものを好きな人間は、「上級だから」なんて言わないものです。

私が「クラシック音楽」でオススメするのは、アマゾンの低価格コンピレーションシリーズです。200〜300円で99曲とか、コストパフォーマンス最強のコンテンツがズラリと並びます。

入門編のようなポピュラークラシックから、コンポーザーごとの曲集、ちょっと珍しいチョイスまで、多彩です。

とにかく何もわかんないから、コンピレーションを‥‥という人は、まずコレです。99曲の中には、必ず耳にしたことのある曲が含まれていて、親しみやすい構成になっています。

99 Must-Have Classic Gold 〜99曲で200円ナリ
99 Must-Have Classic Gold 2 〜99曲で300円ナリ


耳慣れた曲を狙い撃ちで聴きたい場合はコレ。

100 Must-Have Movie Classics 〜映画で使ったクラシックを集めて100曲で250円


作曲家別に聴きたい人も、安価に大量に聴けます。

100 Rachmaninoff Piano Favorites 〜ラフマニノフ(1900年代前期に活躍したピアニスト兼作曲家)が100曲で160円!!
50 Must-Have Beethoven Masterpieces 〜ベートーベンの50曲入りが250円
Claude Debussy - Essential Piano Classics 〜ドビュッシーのピアノ曲が83曲で160円!!
100 Must-Have Bach Masterpieces 〜バッハの100曲入りが250円!


楽器別や曲種別でも、安くいっぱい。

66 Must-Have Spanish Guitar Masterpieces 〜定番のギター曲が66曲
100 Must-Have Piano Concertos 〜ピアノ協奏曲が珍しいのも含めて100曲!


その他、250円以下でいっぱい聴けるシリーズ、クラシック以外も含めて、どかんと勢揃い。

250円以下のコンピレーション


クラシックといっても、ベートーベンやショパンだけでなく、まるでサントラのような猛々しい曲もいっぱいあるのです。‥‥まあ、クラシックとフィルムスコアは親戚のような関係ですから(クラシックの管弦楽法を学んだ人がサントラも手がけている事が多い)、当然といえば当然‥‥ですネ。


*何度も何度もいろんな場所で使われ続ける、オルフ作曲カルミナブラーナの「おお、運命の女神よ」。昔からオジー・オズボーンのライブのオープニングにも使われていましたネ。指揮者・演奏者によって様々に雰囲気が変わりますので、このYouTube以外の演奏も聴いてみるのがオススメです。

アマゾンの安く大量に聴けるシリーズとか、定額制のApple Musicとか、もはや音楽は「テレビで流れているものだけ」でなく、いろんな時代のいろんな国のいろんな音楽がフラットに聴けます。パソコンやスマホに割り込む宣伝では相変わらずの流行物ばかりでしょうが、ユーザ次第で色々な選択肢からのチョイスが可能です。

ファミレスに行って洋食を食らうのと同じく、スマホでクラシックを聴いてみるくらいで丁度良いかと思います。むやみにお上品扱いするよりは‥‥です。

流行を意識した大衆向けの音楽「だけ」を聴き続けるより、たまにはクラシックやジャズ、ワールドミュージックなどを聴いて、新たなインスピレーションを呼び起こすのも、映像制作者としては必要な事かも使れませんヨ。

ちなみに、以下は空戦ゲームのサントラです。クラシックの作曲法や管弦楽法と密接な繋がりがあるのがおわかりかと思います。しかし、このIL-2だけでなく、EAGamesなどの欧米ゲームのサントラはクオリティがメチャクチャ高いですよネ。マイケル・ジアッチーノとか、のちにハリウッド映画で頭角を表す作曲家が参加しているので、さもありなん‥‥ですが。


*私は「音楽」を感じさせるサントラが今でも好きです。メロディを持たない今風の音楽はたしかに「使いやすい」かも知れませんが、「観た後に、つい口から出る旋律」を持つ映画音楽が復活してほしいと思います。‥‥まあ、これは音楽を作る側だけでなく、使う側の問題、すなわち音楽にバックグラウンドを求める時点で、既に音楽は引き立て役にしかならないんですよネ。「ムジークドラマ」を、少しは意識すべきと考えています。映像を作る人間として、音楽負けしない映像を作りたいですもんネ。

メンデルスゾーン

フェリックス・メンデスゾーンはドイツ1800年代に活躍し、38歳で早逝した、ロマン派にカテゴライズされる作曲家です。ベートーヴェンの後期、ショパンとシューマンの1歳上、ワーグナーより数歳年上‥‥と言えば、クラシック音楽に少し興味のある人なら、大体の作風が想像できるかも知れませんネ。

パッと聴いた感じだと、派手な冒険をしない楽曲、ど派手な演奏効果を狙わない「保守的」なスタイルから、特に日本ではあまり興味を持たない人も多いように思います。モーツァルトやショパン、ワーグナーは聴いたことがあっても、メンデルスゾーンは‥‥と。

私は、小さい頃に「無言歌」の「春の歌」の雰囲気が好きで、よくレコードで聴いていましたが、その程度の認識でした。あと有名なのは、結婚行進曲でしょうか。

しかし、歳を重ねるにつれ、他の楽曲を聴いてみると、なにかシミる楽曲が多く、また少年時代の楽曲(メンデルスゾーンはゲーテも認める早熟な天才肌だった)は深みはないものの、「音楽の楽しさ」が溢れていて、「決して、退屈なクラシック」ではないと、今は感じるようになりました。

実は前々からメンデルスゾーンには惹かれていて、無言歌集の楽譜やCDを買ったりしていたのですが、Apple MusicのおかげでString Symphony(日本語だと弦楽交響曲?)などが簡単に全曲聴けるようになって、確実に「メンデルスゾーンは好きなコンポーザーのひとり」と確信できるようになりました。

*肖像画は、少年時代のメンデルスゾーン‥‥とのことですが、随分とまあ、成人後の肖像とは違いますネ。

String Symphony(12曲あるらしいです)の最初の数曲は、メンデルスゾーン12歳の頃の楽曲ですが、よく知られるメンデルスゾーンの作風とは異なり、対位法の影響が大きく現れており、「マタイ受難曲」を復活上演したその後の彼の片鱗が窺い知れますネ。私は第1番を、随分昔‥‥30年前くらいにエアチェック(=懐かしい言葉すね)で聴いており、楽しい作風に惹かれたものでした。


*のちの楽曲でも顔を出す、対位法的な趣向が、ここでは全快ですネ。ロマン派の時代に生まれた少年が、対位法を楽しんで書いたような雰囲気の曲です。これは聴く人以上に、演奏する人が楽しい曲のようにも思います。

叔母さんがバッハの息子さんの教え子だったり、14歳の頃にその叔母さんに「マタイ受難曲」のスコアをクリスマスプレゼントとして貰ったり、かなり音楽的な環境に恵まれていたのも事実のようです。

人生の長い期間に渡って何曲も書かれたピアノ曲「無言歌」は、弾く人によって大きく深みや味わいが変わる曲です。メンデルスゾーンはいわゆる「保守的」なフレーズや展開、響きを好むので、弾き方によっては「クラシックに聴こえすぎる」ように感じることも多いのですが、奥底の琴線を爪弾かれるような演奏を聴くと、俄然、魅力的な楽曲として染み渡ります。私の好み‥‥で言えば、「無言歌は無頓着に弾かないでほしい」‥‥と思います。別にもったいぶらずにサラッと弾いても良いものは良いんですが、消化試合みたいにして演奏されちゃうと、全く曲の良さが伝わってこないのです。もしかしたら、無言歌って、演奏者の「その人の感じ」が出やすいのかも知れませんネ。

メンデルスゾーンって、銀行家の息子で、音楽的な環境にも恵まれ、著名人と若い頃から交流があって‥‥と、「上流階級の音楽家」とか穿ってみられちゃうかも知れませんが、音楽はどうにもウソはつかないのです。例え境遇が恵まれたものであっても(実は色々と問題はあったようですが)、私のような平民でも共鳴するような、どこか「等身大の人間臭い」ところがあるんですよネ。それを感じられるか否かで、親しみも大きく変わってくると思います。

例えブルジョワ育ちでも、彼は38歳で死んだわけです。とっつきにくく、ナイーブな人間だった‥‥との記述もあります。実家の銀行は、本人は音楽に専念すべく、弟さんが引き継いだとのことです。

‥‥何か、そんなこんなが、まさに「無言」で「無言歌集」にも表れているようにも思うのです。


*ギレリスの弾く無言歌「デュエット」は染み入りますね‥‥。

Apple Music

前から気になっていた「Apple Music」。3ヶ月のお試し期間で使ってみました。

実は、最近まで「いくらなんでも、Appleの提供する途方もない楽曲を、980円で聞き放題だなんて、あり得るのか?」と半信半疑でした。子供の頃から、レコードやカセットをお小遣いを貯めて買っていた世代の私としては、にわかには信じられなかったのです。提供されるのは、流行りの一部の音楽だけ、もしくは米国人好みの音楽だけで、マイナーな楽曲は対象外じゃないのか?‥‥と。

結果。‥‥ほんとに980円ポッキリで聴けちゃうんですネ。

Brecker BrothersやAllan Holdsworth、Soft Machineなどの今ではあまり話題に上らないクロスオーヴァー・フュージョン、コダーイの合唱曲などの少々マイナーなクラシック、米国の流行とは無縁の昔の歌謡曲など、いろいろ検索してみましたが、確かに全部頭から尻尾まで聴けます。

そして、ローカル(手元のPC)にもダウンロードできます。もちろん、AACの再生保護はかかっていますけど、それは有料のコンテンツとて同じです。

これは凄いすネ。今から死ぬまで音楽を聴き続けても、とても聴ききれない膨大な楽曲が、Apple Musicのライブラリには存在し、それを自由に聴けるのですから。

よく考えてみれば、‥‥いや、よく考えなくても、ディスクやファイルを買ったからって、自分のものになるわけではないのです。ディスクやダウンロードしたデータは、楽曲を聴くための「媒体」であって、楽曲の所有者や権利者が購入した人間になるのではなく、「聴く権利」「聴ける状況」を買っただけに過ぎません。CDを買えば、円盤に記録された音声データを聴けるようになる‥‥だけの話です。

それに、ぶっちゃけ、音楽を聴けるのは生きている期間だけです。どんなにCDをコレクションしようと、それを聴けるのは生きている時だけ。

ディスクやデータファイルを手元に置くことに固執し過ぎていたんじゃないかな‥‥と、自分を振り返って思います。

もちろん‥‥ですが、Apple Musicが膨大な楽曲数を誇ろうと、音楽の一部でしかありません。アルバムが少ししかラインアップされていないミュージシャンはいますし、2000年代になって復刻された70年代の歌謡曲のライブアルバムも見かけません。音質はMP3より高音質なAACとはいえロスレスではありません。

ただ一方で、現在では手に入らないCD、もしくはプレミア価格でバカみたいな高値になっているCDの楽曲が、スルッと聴けたりするのも特徴です。

要は、Apple Musicに切り替えるのではなく、今までの音楽との付き合い方に、もう1つの強力な選択肢が増える‥‥と考えておけば良いのですネ。

円盤にこだわらない、作品の楽しみ方。

‥‥これは、我々映像制作の人間にとっても、未来を暗示するメソッドでしょう。ただまあ、例えば4Kの60pは、映像制作者が自信を持って提供するには、ネットでストリームしたりダウンロードするのはインフラの品質的にかなりキツいので、もう少し未来の話だとは思います。

私も、Apple Musicのような媒体を通して、映像作品を提供できるようになれば、願ったり叶ったり‥‥なんですけどネ。


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