1〜5式戦

自宅の自室に棚を増設し、色々と整理しているうちに、作りかけのプラモのパーツなども出てきて、タミヤの「パンサー中戦車」を20年ぶりに制作再開して完成させたのは、以前のブログでも書きました。

 

これ。

 

タミヤの「パンサー中戦車」。最近は分割組み立て式の重量感を表現した履帯に慣れているので、ゴムのようなピニョーンと突っ張る柔らか素材の履帯は、違和感たっぷりで萎えます。でもまあ、旧世代のキットは、キットなりの「味」も大事なので、このままでいいです。

‥‥ちなみに、現在買うのなら、電池とモーターで走らせていた頃の「パンサー中戦車」をあえて買わずとも、後発の「パンター」DAGを買うのがよろしいです。余談ですが、パンターは、改良型のアルファベットが「D,A,G,F」と全然順番通りではないのは、結局ナゾのままのようです。

 

‥‥で、飛行機のプラモも作りかけのがわんさか出てきて、特にアリイの1/48飛行機シリーズは、同時作業で一気に作ろうとしてたらしく、陸軍の1式から5式の戦闘機が、作りかけ具合も大体等しく、全部揃ってました。

 

左の3つの箱は、一式戦「隼」、二式戦「鍾馗」、五式戦「キ100」、右の2つは、三式戦「飛燕」と四式戦「疾風」です。アリイだけで1〜5の陸軍単発戦闘機が揃うんですネ。この他、海軍モノ、米軍のP-47や51、フォッケウルフやスピットファイアなど、アリイやフジミの旧キットが作りかけで発掘されました。

ちなみに、「アリイ」よりも「マイクロエース」のほうがアマゾンでの検索に向いているようです。2017年現在の実売価格相場は1200円前後ですので、変な値段設定(1万円とか)の出品をちゃんと見分けて正常な価格の商品を購入するのがコツです。

 

その中から、特に完成間近だった三式戦と四式戦を、現在の作り方で修正しながら組み立てています。暗色のメタルカラーで塗ってあるのが、ソレです。ラッカーのメタリック系つや消しカラーで下塗りをおこない、本塗りはアクリルで行う予定です。下塗りも本塗りも全て筆塗りです。

 

筆塗りにシフトしてから、塗装のハードルがぐっと下がって、気楽に作れるようになったのは、20年前との大きな違いです。

 

あまりにもエアブラシを使わなくなって、逆にエアブラシの設備がもったいないとは思いますが、別にエアブラシを毛嫌いしているわけではないので、適所で使うこともあるかと思います。薄いベールのように空気感を重ねる手法などには、エアブラシはもってこいですもんネ。

 

私が敬遠しているのは、ラッカーのシンナー臭が部屋に充満すること、それのみ、です。ラッカーは筆塗りでも相当部屋が臭くなりますから、ラッカー自体をやめたいところではあるのですが、色数が一番豊富なのはラッカーですし、塗る順番の縛りもあるので(アクリルはラッカーを溶かさないので、ラッカーは重ね塗りの際の下塗りに最適なのです)、ラッカー=Mr.カラーはどうしても手放せません。

 

 

私は日頃、コンピュータのディスプレイ上で絵や映像を作る仕事をしてますので、ネットの各種文字情報や画像・映像も参考しますが、同時にそうしたネットの情報から受け取れる限界もひしひしと感じております。

 

最近のアニメ制作では、「参考画像資料」との名目で、ネットで拾ってきた画像が活用されますが、そうした「借用資料」ですと、「借り物のイメージ」「カジュアルコピー」とでもいいましょうか、実感の乏しい、ボルテージの低いイマジネーションの域に留まることも少なくありません。


ネットで検索した貴重な画像や映像の資料は、まさに今の時代ならではの利点ですが、昔ながらのプラモのような立体資料も実は「唯一無比」なんですよネ。

 

手で持って、肉眼で立体を眺めることも、かなり大きな、イマジネーションの源です。

 

そのことが解らない人(ネットで便利になって油断している人‥‥とも言えます)は意外に多いです。ゆえに‥‥まあ、言いにくいことではありますが、私は私なりの「商売」のカタチが作りやすくなるんですけどネ。イメージを具体的に想像する、アイデアを実際の形として表す‥‥というのは、ネットを検索しただけでは難しいのです。3Dのモデルをビュワーでいくら何度もグルグル回しても、かっこいいアングルなんて「知っていなければ見つけられない」のです。

 

 

ちなみに、アリイのプラモは、2017年の現代にあえて買うほどでもなくなってきました。昔はハセガワやタミヤに比べて安価(600〜800円で買えた)なのが売り要素の1つでしたが、最近値上がりがあって1200円くらいしますから、あえてチョイスする理由もなくなりました。

 

でもまあ、プラモの値段が高くなって、より一層、「子供の手のでない」ものへとプラモは変わっていきますネ。

 

しかし、安くしたからと言って、子供がプラモに戻ってくるわけではないでしょうし、これはもう、時代の流れとしか言いようがないです。

 

戦うよりも、癒されることを望む風潮も含めて、時代の流れや世代の気分なのだと思いますが、ゆえに貧富の差もどんどん開いていくとも思います。

 

貧富の差‥‥って、単純に所得や財産の多い少ないで語るだけのことではなくて、潜在的な能力の差、技術力の差、アイデア力やイマジネーション力の差‥‥にも、表れちゃうんですよネ。


小さい頃から何かしらのモノを作る経験は積んでおいたほうが、良いんじゃないかな‥‥とは思います。モノを作る職業を選ぶのなら‥‥です。

 

でもまあ、それぞれの人や環境の差も含めて、「世の中」‥‥なんでしょうけどネ。

 

 

 


スタンドをプチ改造

プレイテックの折りたたみギタースタンドは、コンパクトで置き場所を節約できるのが特徴ですが、どうせなら、もっと節約したいと思い、簡単な改造を加えました。パーツの付け足し程度の改造です。

 

ZENNブランドの「GSAE」は、980円の安価なスタンドですが、傾斜がやや深めなので、意外に奥行きで面積を消費します。

 

 

‥‥なので、ギターをもっと垂直に立てるように改造して、湾曲したアーム部分にもう1本ギターを置けるようにすれば、収容力が倍になりそうです。

 

100円ショップの木材を利用して、中心に6〜8ミリ前後の穴を開け、タイラップで固定できるようにします。これが2段目のストッパーになります。

 

 

 

タイラップは強力な強度がありますから、こんな感じに装着すれば、1組のアームに2本を収納できる、2段重ねのギタースタンドに早変わり。

 

 

壁面を利用すれば、3本スタックもイケます。

 

 

これならば、部屋の隅に置いて、3本のギターを立てかけられます。

 

日本の都市部で一番お金がかかるのは空間ですもんネ。面積は「ゆったり広くしたいところは潔きよく広くとって、そのかわりに、圧縮するところは可能な限り圧縮する」方針がヨロシイと思います。

 

100円ショップの木材や、デイツーの98円木材は、思いのほか、重宝します。電動工具を日頃から常備しておけば、簡易な加工で色々なアイデアを実現できますヨ。マキタやボッシュに比べて安価なブラックアンドデッカーのミニドライバセット18Vのマルチツールあたりを揃えておけば、大体のことはできてしまいます。ツールがなければ、木材に穴を開けることすら、おおごとです。

 

未来のスタジオ作りも、業者さんにいちいち頼むではなく、DIYでどんどんカスタムしていくのが現実的と考えます。なぜか‥‥というと、「どんな仕様のスタジオにしたら良いか、試行錯誤しながら形が見えてくる」からで、小変更の連続をその都度業者さんに頼んでいたら果てしないですもんネ。ある意味、「スタジオは生き物」ですから、最初から計画通りにコントロールすることは難しいので、事前に全てを見通した的確な指示を業者さんに出せるわけもないのです。

 

理想のスタジオを作った!‥‥なんて、高いお金と労力をかけても、3年くらいでどんどん「物足りなく」「不都合」になってきます。土台は業者さんに頼むとしても、自分たちでカスタムしてスタジオの機能を更新していく能力も必要です。

 

アイデアを現実の形に変えていくには、DIYの技量も時として必要になります。絵しか描けない、コンピュータの中でしかアイデアを形にできない‥‥なんていう狭苦しさは払拭したいと思っております。自分たちの制作環境のアイデアも、どんどん現実の形にしていきたい‥‥ですよネ。

 

 


パンサーを成仏さす

連休中に自宅の部屋を整理してたら、20年以上前に作りかけで放置していた「パンサー中戦車」のパーツが出てきました。‥‥ので、この機会にちゃちゃっと完成させて「成仏」させてやるべく、作りかけの作業を20数年ぶりに再開しました。

 

 

記憶は曖昧ですが、おそらく、20年前の時期は、私がコンピュータを使い始めた頃で、プラモデルやバイクや画材よりも、コンピュータのほうに時間とお金をかけ始めるようになって、尻切れトンボで放置されたのだと思います。

 

パッケージの値札を見ると、「にのたか」との表記があり、三鷹の「にのたか模型店」で購入したことがわかります。三鷹を昔からご存知の方は懐かしさを感じるかも知れませんネ。まあ、模型店という存在自体、模型店でプラモを買うという行為自体が、今となっては懐かしい限りです。

 

 

 

ちなみに、現在でも同じ商品は継続して販売されておりますが、定価は税別で「2200円」で、値札の「1020円」の表記で推測しても、購入した年代が大体わかります。私の小学生くらいのころは800円前後で販売されていた記憶があるので、随分とプラモデルも時代とともに価格が上昇したことになります。車体下部に記された刻印は「1969」なので、金型は相当古いですネ。私が2歳の頃ですもんネ。

 

箱の内側を見ると、タミヤの出版物の広告が印刷されています。最近は見かけませんけど、もうやめたのかな?

 

 

隅に溜まったホコリが、20年の月日を感じさせますが、「モ子ちゃん」のキャラも完全に80年代テイストで、時代を語っております。現在皆でこぞって描いているキャラの方向性もかなりデフォルメやデザインに癖がありますから、20年後には相応に時代を感じさせるキャラになっていることでしょうネ。

 

 

 

話を戻して、作りかけで20年以上放置され続けたプラモはこちら。

 

エアブラシで迷彩を塗装した後に、何年かおきに手をつけながら、思いつきで斑点などの迷彩パターンも足して、さらに残念な出来栄えになって、すっかりあきらめて放置した様子です。

 

斑点や円の模様はさ‥‥、もっと丁寧に時間をかけて描かなきゃダメですよネ。細かい模様で無数に描く必要はありますが、だからといって、筆で「ちょちょい」なんて描いたら、「傷口」がどんどん広がってしまいます。まさに下図の通りに。

 

 

加えて、砲身は真ん中から折れて(おそらく、エナメル塗料の墨入れによる材質の劣化により脆くなっていたと思われます)、細かい部分も折れて紛失していたりします。「修理」してくっつけて、サーフェイサーの1200番を筆塗りしております。

 

 

砲身の付け根、防盾の影の部分に塗料が回っていないあたり、随分とテキトーでイーカゲンな制作です。昔の私の大雑把さがよくわかります。

 

現在の私は、プラモに関しては達観しており、妙な虚栄心は失せておりまして(=模型雑誌に出ているような素晴らしい出来栄えを目指そうと考えるのはやめた)、「人に自慢できるか」よりも、「自分の部屋に置いて、自分なりに良いと思えるか」程度の、低いハードルです。雑に作ろうとは思わないけど、人に見せて自慢することを目標にはしない‥‥とでもいいましょうかネ。このパンサー中戦車も「棚に並べられるように組み上がっていれば良い」程度の目標で、1日未満の作業でフィニッシュしちゃいます。

 

なので、ダークイエロー一色の、大戦中期以降のドイツAFVの標準色で仕上げることにします。

 

塗装は、「田中式塗装術」からヒントを得た、「アクリル絵画式」で今回もいきます。プラモデルの塗装を、「実物ミニチュアの塗装」でなく、「立体物をキャンバスにした絵画」と捉える方法です。

 

ゆえに、現状の塗装は、うってつけの下塗りテクスチャとなります。絵画ではよくやる技法です。

 

 

 

見ての通り、かなり薄めたタミヤ・アクリル塗料で油彩や水彩を描くようにして、塗料をのせていきます。薄め‥‥ということは、溶剤をたくさん含んでいることですから、塗った直後は筆致が多少盛り上がっていても、溶剤の揮発とともにフラットになるので心配ありません。

 

「筆ムラを活かして、表現にする」のは、絵画では「いわずもがな」の大前提であって、むしろ工業製品の塗装面のように一切のムラなく描くほうが異質です。実物のミニチュアとしてではなく、ボックスアートが立体になったような雰囲気で捉えるのがヨロシイです。

 

 

面積が広いので時間はそれなりにかかりますが、エアブラシの装置の手入れや、マスキングに血道をあげる手間は全く不要で、気楽に塗れるのが、田中式塗装術の最大の利点‥‥とも言えますネ。

 

もともとの塗装が下から透けて見え隠れして、表面の色彩に影響を及ぼす‥‥というのは、まさに絵画の常套テクニックです。美術館で実物の絵画をいろんな角度で自由に見ると、画家の技法が垣間見えますが、そうした技法をプラモの塗装にも活かせるのが、筆塗り塗装術の表現上の特徴です。

 

 

 

細かい部分を残して、大まかに塗り終えた状態が以下です。

 

 

既に転写したデカールはそのまま活かすことにします。ダークイエローの塗料で、デカール周辺を塗りつぶしていきます。

 

ルーペ極細面相筆さえあれば、デカールの数字だけを浮き立たせる塗装も、さして難しいものではありません。面倒がらずに丁寧に筆を動かせば、このくらいは誰でもできるでしょう(その作業が好きかどうかは別として)。

 

ただ、逆に言えば、「ルーペ極細面相筆がないと、よほどの視力の持ち主でもない限り、不可能」です。ルーペと面相筆に限らず、適切な道具があれば不可能は可能になり、道具が不適切だと不可能なまま停滞するわけです。

 

細かい対象物さえハッキリと見えれば、意外なほどに、自分の手の動きは精密な対象を処理できるのです。

 

 

 

 

数字は小指の先ほどの小ささですが、ルーペと極細面相筆でスイスイ作業は進んでいきます。塗った直後の塗装面がボテッとしても、「223」の最後の写真を見ればおわかりのように、乾けばフラットになるのです。

 

細かい部分が終われば、あとは墨入れだの、予備の履帯などの小道具の組み立てなどをして、完成は間近です。下図は、暗めのグレーに調色した墨入れ用エナメル塗料で、各部に墨入れした状態です。この後、はみ出した墨を拭き取っていきます。

 

 

 

‥‥で、とりあえず、完成しました。

 

実はワイヤー類の小道具パーツをまだ取り付けていないのですが、この頃のタミヤのキットは、「プラを炙って曲げてね」と言う、なかなか「ちゃんとやろうとすると結構難しい」ことを要求するキットでもあるので、今のところは割愛しちゃいます。気が向いたら、繊維の紐を使って自作してくっつけることにします。(現在の1/48のミリタリーミニチュアのやりかたですネ)

 

 

時代考証とかはまるでなし。実車は存在しません。砲身のキルマークも含めてフィクションです。

 

とにかく、「中途やバラだと飾りようがないので、飾れるくらいまでには仕上げた」感じです。砲塔左側のフックが折れてたり、車体上下を組み付ける役目の車体前部の切り欠きが折れていたりと、知っている人が見れば中々なオンボロ具合ではありますが、全体をサッと見た瞬間の雰囲気は、悪くないと思っています。

 

これで20年越しの「パンサー中戦車」もようやく成仏できそうです。

 

しかし、この他にも、やはり20年越しの1/48のオオタキ(アリイ)の三式戦飛燕、四式戦疾風、五式戦、etc‥‥が「早く成仏させてくれ」と棚の中からこちらを見ているので、「筆塗りで気軽に仕上げられることがわかった」今は、あまり長引かせずにフィニッシュしていきたいと思います。

 

 


美術展のベストワースト

前回、美術展より美術館のほうが、絵をゆっくりと自分の好きな見方で楽しめる‥‥と書きましたが、美術展でしか見れない絵画があるのも事実ではあります。

 

今まで見た美術展で、心に残る思い出はいくつもありますが、もちろん、良い思い出も悪い思い出もあります。

 

ワーストは、なんといっても、ダヴィンチの「受胎告知」でした。最々々々々々悪でしたな。見にいったことを後悔する美術展も珍しいですが、超絶忌まわしい記憶です。

 

怪しげな黒く広い部屋に、人々が蛇行して行列させられ、一番奥の「絵が展示してあるガラスケース」であろう地点に向かって足踏み行進させられる陰鬱なトラウマの情景の果てに、ようやく目の前にしたのは、はるか向こうのマティエールも見分けられない遠くに遠ざけられた絵画のあまりにも遠さ、遠、遠、遠、遠、遠、、、、。

 

「立ち止まらないでくださあ〜い」という係員の指示のもと、足踏み行進はゾロゾロと続き、やがて部屋の外に吐き出される‥‥という、まさに悪夢。そこで見たのは、「受胎告知」という表題の絵画ではなく悪夢。

 

ダヴィンチの受胎告知のマリアは、凛とした顔つきが魅力。別のバージョンでは「えええ、そんな‥‥(ポッ)」と顔を赤らめるような描写もある中、「あっそ。OK。」みたいな既にキモが座りきった貫禄を見せる、中々のキャラです。

 

 

*むしろ、目が坐っていると言っても、過言ではないマリア。そこに恥じらいの描写は微塵もない。

 

そんな凛々しいマリアが、まるで見世物小屋のメス猿みたいになってしまって‥‥。あんな状態のものを見るくらいなら、綺麗に印刷された図版のほうがましです。実物を見にいく意味が無い。

 

とはいえ、私の中で明確な基準も出来上がりました。「受胎告知の時のような美術展には、行ってはならない」‥‥と。

 

他は、なぜか人が大量に押し寄せていた「ムンク展」とか、人気だからしょうがないとは言えやっぱり人が多くてまともに見れなかった「国芳展」などを思い出します。ムンクって、こんなに人を呼び寄せる力があったのか!‥‥と、ちょっと嬉しいような不思議なような。

 

 

ベストは古い美術展になりがちです。昔は音声ガイドなどなくて、絵画のど真ん中に妙に立ち尽くす人もいなかったから、余計良かったんだと思います。音声を聴くのに夢中になっちゃって、肝心の絵画はBGV、ボーっと絵画をあたりの虚空を見つめ続ける‥‥なんてことはなかったから、人の流れも相応に円滑でした。

 

ベストは2つあって、1つは前回も書いた、1985年の鎌倉のモロー展です。渋谷で10年前くらいにやったヤツではなく。

 

渋谷のモロー展も絵の点数は多くて見応えがありましたけど、いかんせん、場所が狭すぎでした。渋谷の弱点ですネ。催事場を改築しました‥‥的な貧相な空間なのが、絵画の魅力の足を引っ張ってます。美術展は本式の美術館でやるのがふさわしいと思います。暗い部屋に映写機とスクリーンを持ち込んでパイプイスを並べても、映画館にはならないのと同じです。

 

鎌倉のモロー展はホントに良かったです。緑の中を歩いて抜けると美術館があって、天井も高く吹き抜けているような大きな空間で、ゆっくり自分のペースで、19世紀末のシンボリズムの画家たちの作品を心置きなく鑑賞できたのは、最良の思い出です。

 

 

時折、観光ツアー客がぞろぞろと押し寄せますが、少し待てば通り過ぎていくので、気にもならないです。むしろ、ソファに坐って足を休めるきっかけになるくらいです。

 

思うに、私は美術館や美術展に、俗世と切り離されて隔絶された空間と時間を期待しているのでしょう。だから渋谷のブンカムラは中途半端な気がするし、人混みだらけの美術館はもはや駅の通勤ラッシュみたいで俗世丸出し感に辟易するのだと思います。

 

モロー展は場所が鎌倉だったことも良かったんだと思います。人が集まる場所ではあるでしょうが、ガッチガチの都市のコンクリートジャングルではないですもんネ。

 

 

‥‥と書いた後で多少ブレますが、2つ目の良き思い出の美術展は、1980年代最後に池袋のセゾン美術館〜今はもうない〜でクリムト中心の「ウィーン世紀末展」です。4〜5回は見に行った思い出深い美術展です。

 

その頃は、18歳当時の高校卒業したての私が、大泉学園にアパートを借りてフリー原画マンの第一歩を踏み出した時期であり、池袋は実家とアパートの中間に位置しており、アクセスが容易でした。ゆえに、ちょっと気がむいたら、「もう1回見とこうかな」と気軽に何度もクリムトを見に行けたのです。う〜ん、お金ではなく状況が、今思えばとても贅沢ですネ。

 

セゾン美術館は池袋という繁華街に位置していましたが、当時の美術展は今ほど「連日人混み」なんてことはなく、空間こそ狭いものの、ゆっくりと静かに、絵画との対話を堪能できました。

 

人が多い少ない‥‥は、興行者にとっては多い方が良いのでしょうが、見る側にとっては少ないほうが良いですからネ。渋谷のブンカムラの美術展は、人が多すぎて嫌になってしまうのです。

 

セゾン美術館の「ウィーン世紀末展」は、クリムトの代表作をいくつも生で見れたし、シーレも見れたし、オットーヴァーグナーも見れたし、いわゆる「ユーゲントシュティール」の作品をゆったりのんびりまったりと鑑賞できましたが、思えば、あんなに大量に「ユーゲントシュティール」期の作品をまとめてみれたのは、それが最初で最期です。今のところ。

 

クリムトの素描や下絵も良かったですヨ。生の鉛筆の線をまじかにみると、描いている様子が、リバースエンジニアリング的に呼び戻されるのです。

 

 

 

とまあ、悪い美術展と良い美術展を思い出してみました。

 

ほんとはね‥‥、最近やった「ミュシャ展」も見に行きたかったんですけど、猛烈に混んでいるらしいことを聞いて、加えて仕事も修羅場だったこともあり、早々に諦めました。「スラブ叙事詩」は10代の頃から書籍で見てて、いわゆる「ミュシャ絵じゃないミュシャ」に惹かれていたので、「スラブ叙事詩」がくると聞いて色めき立ったのですが‥‥、受胎告知の件がトラウマでなあ‥‥。

 

もしどうしても見たくなったら、お金を工面して、現地まで行って見ることにします。日本国内の鳴り物入りの美術展なんて、どれもダメ(内容ではなく状況が)でしょうから、「美術展ではなく美術館に」赴いて見るしかない‥‥と覚悟しています。

 

それに日本国内の作家と美術館も良いですよ。プチ旅行、日帰り旅行がてら、国内の美術館を巡っても、有意義で豊かだと思います。

 

 


牡蠣の赤ちゃん

メディコムトイの「不思議の国のアリス」シリーズのフィギュアの出荷が開始されましたネ。

 

 

2度ほど発売延期を経ての出荷。まあ、急ぐものではないですし、ディズニーの往年の映画のフィギュアともなれば、完全に「趣味」で買っているだけなので、全然OK。

 

とはいえ、完全に趣味‥‥とも言い切れなくて、実はディズニー系のフィギュアとはいえ、結構具体的な立体の参考資料にもなります。簡略化した服のシワや重なりなどを、いろんな角度でみて、立体的な実感を得る‥‥とか。

 

 

しかし惜しまれるのは、「なぜ、牡蠣の赤ちゃんも、シリーズに加えてくれなかったのか!?」という点です。

 

めちゃくちゃ、可愛いですからね。牡蠣の赤ちゃん。セイウチに食べられちゃうけど。

 

まあ、絶対にフィギュア化されないであろうは、「グルグル回って」のシーンで「ピョンピョン跳ねながら回る魚」ですが、あの魚が動きも含めて、めっちゃ好きなのです。

 

ディズニーのキャラは止め絵でみると、日本人的感覚からは「あまり可愛く無い」感じもするのですが、動き出すと猛烈にキュートなんですよネ。

 

 

メディコムトイのフィギュアは、低価格で良いものが多く、意外に色々な場所でみかけるのは、

 

 

「きれいなジャイアン」です。

 

思わぬ人が購入して、思わぬ場所に飾ってあることが多い‥‥です。

 

 


アクリルで田中式塗装術

仕事目的とは別に、普通に塗装して作るプラモも、ごく少数作っていますが、ラッカー系(シンナー系)の塗料は率直に悪臭がしんどいので、できるだけアクリル系の水性にシフトしようと数年前から考えています。

 

 

*左が水性アクリルのタミヤカラー、右はラッカー系のMr.COLOR

 

断熱効率を重視した密閉性の高い現代の家屋ですと、ラッカーの「シンナー臭」は数分の換気程度では部屋から抜けてくれません。ラッカー系の得意な金属系の塗装ならやむを得ないですが、通常のつや消し系・ミリタリー系の塗装ならアクリルで可能なものは、全てアクリルに移行したいです。

 

私の自宅の部屋は、コンポジット、作画、プチ音楽制作、立体造形制作‥‥と、欲張り仕様なので、部屋中がシンナー臭で充満するのは、とても不都合なのです。

 

ですが、たとえアクリル系でも、エアブラシで噴霧すると、臭気が部屋に多めに拡散するので、エアブラシの使用は極力抑えて、筆でほぼ全てを済ませるのが「部屋の環境として」理想です。

 

となると、水性アクリル系による筆塗り塗装をメインに‥‥ということになります。

 

 

筆塗りといえば、田中式塗装術。

 

田中克自流飛行機模型筆塗り塗装術」は、ラッカー系の塗料をメインとして、極細面相筆で翼面などの大面積も塗り上げ、マーキングも全て手描きという恐るべき技法で、エアブラシでは得られない緻密な筆跡の塗装面(描画面というべきか)とニュアンスが最大の魅力です。「ハイレベルな塗装法はエアブラシ」というプラモの一般論を根底から覆す、素晴らしい塗装技術です。

 

田中式塗装術は、プラモという立体にボックスアートを描画するような趣きの、とても独特なプラモ塗装術なのですが、小さい頃からプラモのボックスアート(箱の絵)が大好きで水彩画にも馴染み、中学から油彩を始めた私にとって、とても「合点のいく」塗装術だったのです。

 

私は前々から、この塗装法を水性アクリルに転用できないかイメージしていました。ただ同時に、田中式塗装術は、浸透性が高く筆の伸びも良いラッカー系塗料と溶剤が基本であり、水性塗料の厚塗りになりがちで段差ができやすい特性には向いていないように思っておりました。

 

水性アクリルだと、「ゴッホ」のようなうねる筆致になってしまうように思えたからです。

 

しかし、「まあ、やってみて判断してもよかろう」ということで、作りかけでほったらかしにしていた1/144のF-15で試してみることにしました。‥‥1/72や1/48のキットだとうまくいかなかった時のダメージが大きいので、作る気も失せていたキットで試したのです。

 

1/144は実はちゃんと作ろうとすると、超絶な技術が必要なスケールなんですが、去年暮れに溜まっていた1/144の食玩をいくつも組み立てて、「妥協のレベルが下がっていた」こともあり、妙な自尊心は捨てて「塗装法のテスト」として作ってみることにしました。「人に自慢できるくらい、うまく作ってやろう」とすると、いきなりハードルが上がって、結局「積んどくモデラー」(制作のプラン作りに終始して、実際には制作しない)になっちゃうんですよネ。

 

ラッカー系を用いる田中式塗装術は、水彩絵具のような「乾いた絵の具も、水(溶剤)で復活する」特徴を活用しております。乾燥した水彩絵具を水で戻しながら描くように、ラッカー系のMr.Colorを使う、これまた、独特な方法です。

 

しかし、水性アクリルだと、その方法は全く通じません。絵画用のアクリル絵具と同じように、その都度に調色して使い、乾いた後の再利用はできません。

 

ですので、色数はある程度、あらかじめ揃えておく必要があります。

 

*タミヤカラー。中には、瓶がミニサイズになる前の、20年前くらいに買った塗料も、現役で存在します。塗料の寿命って、長いですよねェ。

 

試しで塗ったF-15は、瓶から直接塗る方法で進めましたが、その後で塗り足した際に、パレットや塗料皿に絵具をとってアクリル溶剤で濃度を調節して塗った方が、田中式塗装術に近い結果が得られることがわかりました。塗料は瓶に入っている状態では、往々にしてネットリしており、平筆でムラなく塗る用途ならそれでも良いのですが、田中式塗装術を応用する目的なら、濃度はサラサラにしておいたほうが扱いやすいです。

 

*瓶から直接塗ると、こんな感じにボッテリします。しかも、面積の広い細筆で塗っているので、田中式とは大きくかけ離れたスタート‥‥。しかし、こうした光沢やボッテリ感は、溶媒の揮発と共に、随分とフラット化していきます。

 

*これで大丈夫か?‥‥という不安にもメゲずに、翼の迷彩も筆でボカしつつ塗装、スミ入れもしてみます。昔のキットには珍しいスジ彫り仕様の1/144ですが、アクリルの筆塗りにより、毛細管現象が効き難くなっていますので、強制的に淡墨エナメル塗料をスジにブッ込んでいきます。

 

*とりあえず、このくらいにはなりました。見ての通り、キットは操縦席部分がのっぺらぼうのおおらかなキットです。私はこのキットを小学生の時に作った覚え(当時の販売価格は100円)がありますから、相当に古い金型です。こういう類いの古いキットを超絶技法でディテールアップする腕前など私は到底持っていないので、このまま作り続けます。

 

また、私は田中式塗装術の「マーキングまで手描き」という領域には踏み込まず、おとなしく添付のデカールを利用する方針なので、マークの厚みは見ないことにしても(スケールモデルではマークの厚みもシビアになります)、シルバリング(テカり)だけは防ぎたいので、フラットクリアを最後に処理する必要があります。

 

‥‥で、それさえもスプレーではなく筆塗りでやってみましたが、まあ、さすがにクリアくらいはスプレーでも良いかな‥‥という印象です。全体にサッと吹けば良いだけですし。

 

 

田中式塗装術のマーキングまで筆塗りする方法は、そもそもマークの厚みによる段差など物理的に生じないですし、同じ塗料で描画しますからシルバリングも発生せずで、やっぱり本来の指南通り、マークも筆塗りすべきなのでしょうネ。

 

この古いキットにこれ以上時間を費やしてもアレなので、早々に打ち止めにします。塗装テストの収穫は十分得ました。汚し過ぎた感はありますが、実機は結構汚れているので、これでもういいです(=早く終わらせたい感、満載)。

 

*脚を接着する穴もそのまま。まあ、塗装のテストですし、そもそも飛行状態との兼用キットで脚収納部が無きことになっているので、不都合部分はサラッとスルーして終わらせます。

*今回はアクリルと筆塗りオンリーにこだわり、金属部分の塗装もアクリルです。本番の際は、金属部分くらいは無理せずに、ラッカーで塗るのが良さそうですネ。

*もともと、指先の不器用な私は、1/144なんて鬼門中の鬼門。塗装までおこなうのなら、私は1/48までが限度です。1/72も辛い‥‥。

 

でもまあ、そんなこんな、ダメもとでアクリルで試しに塗ってみて、気を配る部分さえ踏まえれば、それなりにイケそうなことがわかりました。要は、アクリル絵具を「薄塗り」する時の要領で進めれば良いのです。

 

今回のテストは塗料がネットリしてたので、こんな感じの油彩の表面みたいになっていますが、メディウムで溶いてサラサラ状態で塗れば、もう少し平坦な塗装面になると思われます。

 

「絵を描く感覚」でプラモを塗る要領は、田中式塗装術の流れのままですので、指南書の内容をアクリルの特性に読み替えて実践すれば、アクリルなりに「なんとかなりそう」です。

 

出来上がったF-15は、他の食玩さんと同じく、集積場所で「宙吊り」になるまで待機してもらいます。

 

 

 

ちなみに、1/144のプラモや食玩は、扱われ方こそ雑ですが、机のそばに置かれて(ぶら下がって)、一番身近な立体造形となります。

 

メカなんてものは、気を張って構えるより、こうして無造作に身近において、普段から感覚を慣らすのがよろしいですネ。アニメや実写のフィクション作品に関わっている人間としては。

 

 

 

 


20年ぶりのMe262

年末の整理の途中で、ふと棚の一番上に置いてあるハセガワ1/72のMe262のプラモの箱を開けてみました。そしたらビックリ。

 

 

1995年くらいに買ったプラモを作りかけなのも忘れて、20年以上放置していたことになります。ゆえに、デカールはこんなことになっていました。見事にボロボロです。

 

 

 

同じ年月を経ても、こんなに劣化するデカールも少ないのに、ラッカー系塗料の揮発成分にでもヤラれたのでしょうか。

 

保管方法は、いかにも「一時的」なもので、すぐに続きを作ろうとして、そのまま忘れ去られたような状態です。

 

 

思えば、このくらいの頃(1995年前後)から、コンピュータをイジりだして、どんどん忙しくなってきたのでした。

 

当時はサーフェイサーを吹くなんて発想は、少なくとも自分はなかったのですが、意外にマメに、接合面などはパテやコンパウンドなどで処理してあって、デカール以外は特に劣化していないので、制作再開は容易にできそうです。

 

当時は単純にプラモを作るのみで、実質的な仕事への関わりは希薄でした。ゆえに、筆塗りでパイロットとかも塗装してたりします。この当時はルーペを介さず、肉眼でやってたんだよなあ‥‥。

 

 

今の私にとって、プラモデルは「趣味の置物」ではなく、「立体モデルとしての実用品」そのもので、塗装は一切しないのが原則となっています。

 

塗装は明るいグレー1色の状態で仕上げます。実機通りの迷彩塗装なんてしちゃったら、立体が把握し辛くて参考資料やモデルになりません。「迷彩」塗装で形が把握しやすかったら、それはもう「迷彩」ではないですもんネ。

 

‥‥というわけで、このMe262は空白の「1/72 Me262A サーフェイサーモデル」を埋める用途に変更です。ちなみに3DCGの「サーフェスモデル」と紛らわしいので、「サーフェイサーを吹いて墨入れと基本デカールだけで仕上げたプラモデル」を「サーフェイサーモデル」と呼ぶことにしています。

 

サーフェイサーモデルの制作は、とにかく短時間で仕上げて、そのまま映像制作などに使用するのを目的とします。モデラーの作り上げた「作品」である必要はなく、あくまで映像作品のイマジネーションや画面設計、レイアウトやアングルなどを、実物を手にとって使うための「実用品」です。ゆえに、できるだけ、丈夫に作るのも必要となります。ちょっと触っただけでパーツがもげるなんて、全くもってNGなのです。

 

間接的にも直接的にも、映画やテレビ出演歴のあるモデルも多いのですヨ。1年くらい前に、1/35のSdkfz222がチョイ役で作画の役に立ってくれましたしネ。

 

前にも書いたことですが、頭の中だけで、かっこいいメカのアングルなんて描ききれないんですよ。ネットで拾った資料写真ばかりに頼ると、どこかでみたようなアングルばかりに終始しがちです。

*ちなみにロボットなどの空想メカは別ジャンルです。実機が存在しないので、別ベクトルのパッションが活きてきます。

 

結果的に戦場写真など実写的なアングルに落ち着いたとしても、作り手側が旺盛にイメージできているか否かは、どうしても映像のパッションとして表れてしまいます。イメージが「ネットの借り物」では、表現の幅に早々に限界がきます。


実物でイメージが湧いてきたら、あとは絵で描くなり、3DCGの画角を決めるなり、いくらでも「拡張」可能です。

 

実感のないまま、3DCGソフトウェアのUIでいくらアングルを決めようとしても、元々のイメージがなければ、すごくウソッぽい雰囲気になるのです。Google SketchUpでかっこいいTiger IIやF-14のモデルを見つけてきて読み込んで使っても、「視野」の設定ひとつでつまずくのです。十数ミリ(=ライカ判換算)の広角レンズで収めてたら、メカなんて変形しすぎてカッコ悪くなるだけだもんネ。(まあ、ここぞと言うハッタリの時には、17ミリとかの超広角は効きますけどネ)

 

 

そういえば、最近必要に迫られて、スターウォーズのデススターとか、ヤマトメカコレクションとか、宇宙戦艦がらみをいくつか「必要に応じて」買って、同じくサーフェイサーモデルで仕上げました。とはいえ、宇宙ものって、イロイロと辛いですよネ。理詰めで理屈で縛られた映像が人を惹きつけるものになるか?‥‥はとても難しいし、だからと言ってあからさまに理屈抜きにすると「そもそも宇宙ものにチャレンジする意味がない」とも思いますしネ。

 

 

話をMe262に戻して。

 

Me262の1/72って、2016年冬の現在、とても入手しにくくなってるんですネ。アマゾンやヨドバシで検索して驚きました。なので、デカールの入手は諦めて、さっくりとサーフェイサーオンリーで仕上げます。それでも、墨入れしてクリアを吹くだけで、様になりますしネ。

 

 

ジェット機って、昔も今も、私の心情を象徴するような存在で、子供の頃から深い愛着があります。実は私は、それほどレシプロ機万世ではないのですヨ。

 

「熱い血の通ったピストンエンジンの鼓動」とかに固執することは、少年時代からそれほど強くはなかったのです。まあ、グリフォンエンジンとかワスプの3000馬力とかは、単純にスゴくて惹かれるものがありますけどネ。

 

ものの作り方も、ジェット機思想が出ているように(自分ながら)思えます。プロペラブレードの限界に達したのなら、プロペラなしの動力源で機体を再設計すればいいじゃん?‥‥的な。

 

でも、レシプロだろうが、ジェットだろうが、「人が操縦する」ことにはやはり固執するようです。自分ながら、その要素は譲れないようで、それは今現在のリアルにおいても、たとえコンピュータベースになっても、人が絵を描き続けるシステムを考えるあたりに反映されてます。

 

今のアニメ業界は、零戦に固執して敗北した過去の日本をトレースしているようで、いささかツラいものがあります。ジェットに乗り換える機運を逃し続けて、この先、どこに行き着こうとししているのか。

 

どんなに改良しても設計の限界に達している「零戦」ではなく、たとえ今は未熟な完成度でも「Me262」「F-86」「MIG-15」への転換を徐々に実践していかないと、この先のドン詰まりは明らかに見えていると思う‥‥のです。

 


時間の計算

アニメ制作現場の未来云々。‥‥まあ、そちらのほうは粛々、かつ、まったりと時間を進めるとして、時間といえば最近、ごく個人的でリアルな「iTunesのトラックの合計時間」で悩んで(というほどでもないけど)おりました。

 

最近、妙にハマって楽しんでいるのが、「カセットテープに録音して、仕事中に聴く」ことなのですが、久々に使ってみると、カセットテープって、恐ろしく不便で融通の利かないものだったのを痛感します。

 

90分テープだと、片面45分です。iTunesから録音する時に、カッチリ45分のプレイリストにしないと、妙にテープが余ってしまいます。40分くらいでテキトーにプレイリストを組むと、5〜6分、アホみたいに無音部分を聴くハメになります。

 

片面収録時間にできるだけキッチリとマッチしたプレイリストを作って録音しておけば、裏返してすぐに、片面を再生開始できます。

 

「だったら、45分のプレイリストで‥‥」とか考えがちですが、実はVHSテープもそうでしたが、カセットテープも、収録時間を多めに出荷しております。つまり、片面45分ではなく、45分ちょい、なのです。

 

maxellのULの90分は、実際に測ってみると‥‥

 

リーダー5秒くらい

記録テープ47分7秒くらい

リーダー5秒くらい

 

‥‥という感じでした。ちなみに、カセットテープは録再機の「ピッチ」によって収録時間が前後するので、上記計測はソニーの「CFD-S70」での実測です。

 

47分ジャストでプレイリストを組めば、最後の曲が終わって数秒後にはカセットの走行が停止し、早送りなどせずとも、裏返して、片面の再生を開始できます。

 

 

しかし、iTunes。

 

合計時間を秒数までキッチリと表示してくれません。分単位のアバウトさです。

 

 

 

そんな時はApple Script。

 

Macを使うのなら、Apple Scriptは頼もしい自動処理のパートナーです。

 

 

Apple Scriptの自動処理で、トラックの合計時間を算出してしまいましょう。

 

--スクリプトここから

tell application "iTunes"

    set theTracks to selection

    set trackLog to ""

    set dur to 0

    repeat with theTrack in theTracks

        set durOf to duration of theTrack

        set dur to dur + durOf

        set trackLog to trackLog & (name of theTrack) & ":" & (durOf as Unicode text) & return

    end repeat

end tell

 

set sec to (round dur rounding up)

 

display dialog "トラックの合計時間" default answer ((sec div 60) as Unicode text) & "分" & ((sec mod 60) as Unicode text) & "秒

 

" & trackLog buttons {"OK"} default button 1

--ここまで

 

上記の通りの20行くらいのスクリプトなので、スクリプト文を書いている時間も10分程度で完成です。Apple Scriptはフットワークの軽快さが今でもウリですネ。

 

上記スクリプトを実行すると、現在選択中のトラックの合計時間を計算して表示します。

 

以下のように。

 

 

1行目が計算した合計時間。2行目以降は、各トラックのデュレーションです。ちなみに、iTunesではAfter Effectsみたいに、時間を秒数単位でreal(実数)で扱っています。

 

duration (real, r/o) : the length of the track in seconds

 

合計時間では、こんな小数点だらけの数値は見にくくてしょうがないので、最終的に丸めて(切り上げ)計算しています。

 

ちなみに余談ですが、QuickTimeでは秒単位をうまいこと整数で収まるように扱っていて、24.0も23.976も綺麗に整数で取り扱うことができます。一秒を24分割すると、割り切れない数字(0.1666666...とか)が出てきますが、time scaleの設定で整数化できるのです。

 

一方、After Effectsの場合は、誤差を最小に抑えるルーチンで制御することが基本です。例えば、3秒4コマ(76フレーム/24fps=3.166666666...秒)のタイムシートを、「1コマx76」で計算するのではなく、「3秒+1コマx4」または「3秒+4コマ目のグリッド」にすれば、期待通りの動作を簡単に得られます。ほんの0.00001の誤差がデュレーションに悪影響を及ぼすこともありますからネ。秒の区切りはあくまで秒で扱って、「1秒を24コマの集まりとして扱うのを避ければ」良いのです。

 

話を戻して。

 

47分5秒を限界にして、いかにお気に入りの曲を選んでプレイリストを作るか‥‥が、なかなか難しくて楽しくもあります。

 

で、実際に録音したテープの音を再生すると、それはもう、Hi落ちしてトゲのない丸っこい音になって、再生もフワフワして(ワウフラッターの語感の通り‥‥ですネ)、レトロ感満載な音楽が飛び出します。

 

仕事ではキワキワの高品質デジタルデータ、プライベートでは肩の力を抜いて気楽に真空管デバイスやアナログデータ。‥‥なかなか、メリハリが効いてて、どちらかの感覚に偏りすぎてボケるのを防止してもくれます。

 

プライベートの時間まで、iPhoneをコチョコチョとイジってたくないのよネ。

 

- - -

 

ちなみにiTunes。

 

私の環境だけかは判りませんが、「47分5秒」だと「47分」、「47分11秒」だと「48分」と表示されます。なので、iTunesのプレイリストで合計「47分」であれば、少なくともmaxellのUL90を頭の先から使えば、収録しきれないことはなさそうです。

 

しかし、iTunesの大雑把な表示に頼ると、運が悪いと、55秒くらいのお尻の隙間ができるので、やっぱり、計算が得意なコンピュータの利点を活かして、46分45秒〜47分5秒のタイトな合計時間を狙いたいですネ。


謎肉祭

思わず、買ってもうた。

 

 

謎肉が10倍入ったカップヌードル。発売45周年記念。

アマゾンで12個パックが、予約販売中。大人買い。


真空管アンプ

ギターを弾く人にとっては、今でも意外に、身近な存在の真空管。現在でも真空管を装備したギターアンプは生産し続けていますし、ZOOMやVOXなどのギター用のUSBオーディオIFには、真空管を内蔵したものまであります。

真空管なんて懐古主義も良いところ‥‥のように思えますが、実は随所で真空管アンプで鳴らした音を、CDや音楽配信などで耳にしています。

なぜ、真空管アンプが好まれるか‥‥というと、ギターなどを弾いて鳴らした時のニュアンスが独特で、他では代え難いものだからです。現在ではソフトウェア上で真空管のモデリングをおこなう技術も進化しましたが、生音(出音)を聴けば違いはハッキリ出ます。音の抜けが良く、ピッキング(‥‥鍵を破ることではなく、弦を弾くことの意)に対するレスポンスがふくよかで繊細、つまり、他では再現できないような独自性を持つのです。‥‥そうですね、言うなれば、Apple Pencilやペンタブと、鉛筆との違いくらい、ハッキリしています。

私が中高生だった30年以上前、真空管アンプはあまりにも高価で、憧れの的でした。20〜50万円もするマーシャルやメサブギーなどのアンプは、音楽練習スタジオでの楽しみの1つでした。


*当時高校生だった私は、この4ジャックタイプのMarshallアンプの歪ませ方がわからず、JCM800(その頃の新機種)の方が扱いやすくて好きでした。この4ジャックタイプは、ボリュームをデカくしないと、いわゆる「あの音」にならなくて、狭い練習スタジオではうまく使いこなせなかったんですよネ‥‥。今では、すっかりヴィンテージになっているようですけども。

でも、ギターを弾かない人でも、真空管アンプを楽しむことは可能です。しかも、安価に。

日頃、音楽などを聴く際に、1万円前後の真空管アンプをかまして聴くと、ソリッドステート系の音とは趣の異なる音を鑑賞することができます。



正確に言えば、ソリッドステート系の音に、真空管の味付けをしたような音‥‥ですが、AKG(スタジオヘッドフォン系の)などのヘッドフォンを鳴らすと、音の違いが感じ取りやすいです。

私は、作業に集中するため、「調子のでる」音楽をヘッドフォンで聴いて作業することがあります。傍目からは「ながら作業」のように見えますが、集中力を加速させるために、必要に応じて音楽を使い分けるのです。また、私は音楽と映像の重要な関係性に着目してもいるので、できるだけ様々な音楽を聴くようにして、見識(耳識?)を広めるように習慣づけています。

そうした音を聴く場面での装備として、真空管アンプを用意しておくと、音の楽しみ方に「潤い」が追加されます。Mac/PCやUSBオーディオIFにヘッドフォンを直挿しするのとは、異なった趣を手にできるのです。

「TA-02」は8000〜10000円前後で買える安価な真空管アンプです。音源のクオリティが良いほど「真空管の効果」があらわれますが、年代の古い音源でも、ビットレートの低いデジタルデータでなければ、結構大きな効果が現れます。

例えば、Apple Musicで初めてその存在を知った、ラリーカールトンの1978年のライブ音源は、TA-02の効果が抜群で、AKGのヘッドフォン「K240 Studio」「K240 MK2」などで聴くと、生々しい存在感が強調されます。解像感がどうの‥‥というよりも、全体のニュアンスで聴かせる音です。

まあ、真空管アンプがなくても、いまどきの音源は皆クオリティが高いので(低ビットレートのYouTubeなどは除く)、音的には全然問題ないのですが、音楽に「オアシス」的な要素を求めるのなら、真空管アンプを挟んで聴いてみるのも楽しいものです。

こんな話題を書いていて、ふと思いましたが、鉛筆って、ギタープレイヤーの真空管のような立ち位置になるのかも‥‥と感じました。現在のアニメ業界の二値化路線では、鉛筆のニュアンスをどうこう言っても虚しいばかりですけどネ。


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