パスポート10年。

パスポートに2種類あるのを、最近まで知りませんでした。

 

日本のパスポートは、日の丸の赤をテーマにして、赤いパスポートだけだと思ってました。「5年は青で、10年が赤」と言われて、今さらながら気がつく次第。

 

なので、期限が曖昧な場合は、パスポートの表紙の色を思い出せば、大まかに期限切れか否かが判断できる‥‥みたいですよ。

 

私は生涯今まで、パスポートを使ったのは3回だけです。なので、ほとんど何も知識がなくて、前回使った日時も忘れて、てっきり期限が切れていると思ってたら、2024年までは使えるみたいで「面倒な手間と出費」がなくてちょっと安心しました。

 

思い起こせば、赤以外のパスポートを持ったことがないので、結局は10年パスポートしか持ったことがなかった‥‥のですネ。手続きに必要な金額の差額が、5年と10年で2倍になることはなく、割安なので、赤い10年パスポートをたまたま毎回取得したんでしょう。

 

 

昔よりは面倒や手続き時間が減ったとは聞きますが、戸籍の書類が必要だったり、管轄の都府県別の窓口に出向いたり、写真を自前で用意したり、意外に申請手続きと取得に1万円(12000円と16000円くらいだったはず)以上かかったりと、やっぱり段取りは面倒です。

 

ちなみに私は、記載の顔写真を、自前で無地のふすまの前で三脚を立てて自撮りして、高画質光沢紙に印刷して提出しました。実寸の寸法が規格を満たせば良い‥‥との事なので。

 

照明が窓外の自然光のみでクオリティにやや難があったのですが、Photoshopで光量不足を補ってレタッチしてプリントしたので、なんとか受理されました。「顔の寸法は頭頂からあごまで32mm〜36mm」との規格をキッチリPhotoshopで合わせて印刷したものの、「イマイチ、写りが悪い(=不鮮明)」みたいな小言は窓口で言われましたけどネ‥‥。今度申請するときは大人しく専用のソリューション(写真を撮るボックスとか)で処理しよう‥‥。

 

 

どうせパスポートがあるのだから、プライベートで使ってみたいとは思うものの、海外旅行をする時間など今はないですし、まずなによりも言葉の壁をブチ破る度胸がないです。行ってみたい国や都市や街や村はいっぱいあるんですけどネ。

 

 


言語のススメ

例えば、日本語を喋る時、日本語で文を書く時、単語や接続詞の意味を1つ1つ辞書で調べて話したり記述したりするでしょうか。もちろん、誤用を避けるために辞書で改めて調べることはあるでしょうが、文を生み出す段階で既に頭の中では無意識に日本語で動作していますよネ。

 

プログラム言語も同じように、文を書いている時は日本語など介在せず、プログラム文で思考します。音楽を演奏する時も、日本語など介在せず、音の言語〜多くの場合12音ですが〜が脳内で処理されます。絵を描く時もいちいち絵の要素を日本語で発音し直すなんてことはしませんよネ。

 

例えば、エクスプレッションで言えば、「thisComp」を用いる時、わざわざ「このコンポジション」なんて脳内で日本語に訳しません。コンプアイテムのオブジェクトを直にまさぐって、あーもして、こーもして‥‥と、プログラムの構成イメージが頭の中で組み立てられます。

 

つまり、何かの言語を習得するということは、その言語ネイティブの言語領が脳内に形成される‥‥ということです。翻訳などいちいち挟みません。エクスプレッションにしてもスクリプトにしても、オブジェクトやプロパティや制御文が頭の中でネイティブにイメージされます。

 

私は高校時代にMSXのミュージックマクロだけは書いてみたことがありますが、本格的にプログラム言語を覚えだしたのは27歳くらいの頃です。今思えば、ギリギリ間に合った‥‥と思います。新たな言語を、後付けではなく、ネイティブに吸収するだけの柔軟性がまだあった頃‥‥ですからネ。

 

時間は等価ではなく、本人の年齢の推移によって、時間の価値は大きく様変わりします。10〜20代の真綿のように吸収力のある時間に、言語は習得するに限ります。残念ながら歳をとってから覚えられることはあまり多くないのです。若い頃にじゃんじゃん習得して溜め込んで、歳をとってからはその蓄積した技術と経験を体系立てて活用するフェイズに転ずるのです。

 

つまり、若いうちにどれだけタネをまいておけるか‥‥ということです。基礎や基本をマスターして、今後の自己発展に必要な区画を広げておけるかです。

 

 

 

自分の勘や感性に頼っていくだけだと、やがてどこかで越えられない壁にぶつかります。器用さだけで通用する期間はやがて終焉を迎え、何らかの言語化・体系化が必要になってきます。

 

それができない場合はどうなるか‥‥というと、慣習をテンプレート化して定型の決め型だけで生き延びることになります。例えば「歩きは中三枚」とかネ。いわば暗記モノ、手グセのようなものに頼って、その後の人生を歩むことになりますが、おそらく、40代後半からはそうした惰性や慣習も通用しなくなるでしょう。

 

では、自分の中に自分なりの言語体系を構築するにはどうすれば良いか。‥‥様々な他の言語の体系から学んで取り入れれば良いのです。体系化など1度も意識的に取り組んだことのない人間が、ぶっつけ本番でオリジナルの言語体系を作れるはずもないのです。先人から学べば良いのです。

 

 

 

前回で中学時代の自分を思い出したついで‥‥ではありますが、「ギターコード」の仕組みを解き明かそうと思ったのも、中学時代のことでした。

 

当時、「明星の歌本」というのがありまして、要は流行していた歌謡曲の歌詞とコードで構成された簡易なコード譜だったのですが、私を含め同級生はみな、コードが出てくるたびに巻末のコード一覧表でギターの指のポジションを調べながら、コードフォームを暗記してギターを弾いていました。

 

巻末にはほぼ全ての使用するコードのポジションが網羅されてはいましたが、たまに掲載されていないコードもあって、そういう場合には皆、いきなり頓挫して弾けなくなるのです。

 

C7 9

C7#9

C7-5

 

60〜70年代のフォークや歌謡曲は、上記のようなテンションノートを使ったコードはほとんど使われず、シンプルで弾きやすかったのですが、80年代に入ってロックやジャズ、フュージョンの影響が歌謡曲に入り始め、メジャーやマイナーやセブンスなどのシンプルなコードだけでは太刀打ちできなくなってきました。Cメジャーで言えば「C, F, G7, Am, Dm7, Em」だけでは弾けない曲が70年代後半からどんどん増えてきました。

 

「巻末のコード一覧に出てねえよ」で諦めるのも道の1つではありましたが、私は「知らないコードが出てくるだけで弾けなくなるのは悔しい。そもそもコードの記述には何らかの法則や意味があるだろうから、その法則を知ればどんなコードでも弾けるようになるはずだ」と思いました。

 

コードの仕組みを調べるうちに、法則や決まりが徐々にわかってきました。例えば、Cだけの記述はトライアド(なんて言葉は当時知りもしませんでしたが)=ドミソで、C7はシのフラット(フラットであることが曲者ですが)=ド(Cメジャースケール・ハ長調音階の第1音)から数えて7番目の音を足す、C7 9ならドから数えて7番目と9番目の音を足す、後は#9も-5も同じ手順です。+はシャープを意味し、-はフラットを意味します。ですから、C7#9はC7+9と書いても良いし、それで奏者に伝わります。「7+9」の響きは60〜70年代のロックでは定番中の定番ですネ。

 

「C on E」などのオンベース、「F/G」などの分数コードの意味、sus=サスペンデッド=ぶら下がった‥‥という独特な言い回しなども含めて、「なるほど。コードというのは、実は使いこなせば、簡素な手段で結構細かいニュアンスを伝えられるんだな」と思いました。根音(一番下の低音)も含めて結構具体的に表記できるんだと判ったのです。

 

そうしたことがきっかけで、楽典音楽通論、作曲法にも興味が湧いて、1オクターブ12音で構成される西洋由来の音楽の仕組みが徐々にわかるようになっていきました。つまり、西洋音楽の言語体系です。

 

 

 

一概には言えないことですが、一般的には若い頃ほど、こうした言語体系の習得には適していますよネ。何故なのかは深く調べていないのでわかりませんが、日本で生まれた幼児が日本語を自然と覚えるのと似たような感覚で、若い頃ほど学習能力が強烈に秀でているのでしょうかね‥‥?

 

なので、「そのうち」とか言ってたら、あっという間に30、40歳になりますから、今ここですぐに、覚えるべき言語は習得を開始したほうが良いと、私は実感します。

 

最初は覚えることばかりでうんうん唸るばかりだとは思いますが、その段階を超えたら、断片的な要素がリンクし始めて、言語体系の「成そうとしている意味」がそれとなく判ってくるのです。‥‥まあ、そこまでまず行くかが、最初の難関ではあるのですが。

 

アニメ制作は今後、どんどんコンピュータとは無縁ではいられなくなります。そんな時、スクリプトの短文でも書けた方が、絶対に有利ですし、実際に不可能が可能になったりもします。

 

‥‥と言っても、なぜか、アニメの現場の人間は、プログラムやスクリプトをやりたがらないんですよね‥‥。特に作画の人間は‥‥。

 

 


新型iPad Pro

7コア GPUに、8コア CPU?

 

リキッドレティーナ? 1TBストレージ?

 

うわあ‥‥。何だか高そう。絶対に高い。

 

既に注文受付中ですが、最大の1TBですと、税込で20万円越え。ぐえっぷ‥‥。

 

私は第2世代の512GBモデルを所有していますし、初代は256GBですが、両方とも容量を使い切っていないので、買うとすれば、256GBモデルかな‥‥。512GBでもたっぷりと容量を持て余しているくらいなので(=絵を描く業務では)、たとえ容量が足りなくなるようなことがあっても、Air Dropで簡単に外部のMacにデータを逃がせます。

 

例えばProcreateはフォルダまるごとAir Dropで転送できますから、整頓がてら外部のバックアップディスクに追い出せば、よほど何もかも詰め込んで使いまくるようなことでもなければ、256〜512GBで十分だと感じます。

 

 

新しいApple Pencilはいいすネ。マグネットでiPadにくっついて充電、ジェスチャーにも対応。これは便利そうです。

 

アドビの人が今日のAppleのイベントでデモしていましたが、ものすごいレイヤー数でもPhotoshopがサクッと動作していたのは、印象的でした。「AR」というAppにPhotoshopのレイヤーを配置していたのも、実用のほどはともかく、楽しそうな内容でした。After Effectsの3Dレイヤーみたいに、書割ですけどネ。

 

 

ちなみに、大更新したMac mini。

 

iMac 5Kと同等もしくは凌駕する内容で、おいくらになるのか、試しにカートに入れて見てみたら、

 

¥375,800 (税別)

1TB SSD、64GBメモリ、i7 6コア、10Gbps Ethernet

 

ふええええええ。名前はミニでも、お値段はビッグ。これは中々買えんです。64GBのメモリにするのに、プラス15万円はキツい。

 

ちなみに、iMac 5Kは1Gbpsのネットワークで、Thunderboltは1系統(2つ口)なので、40万円のMac miniの方がちょいと高性能ですネ。まあ、値段も相当ですけどネ。

 

iMac 5Kの最上位機種と同じような内容にすれば、税抜き28万円くらいでした。

 

 

 

税込40万円の業務用Mac mini。

 

iMac Proの80万円はキビシイ、ディスプレイはいらないから、半額くらいのを出してチョ。‥‥というオーダーに応えたのかな。でもまあ、40万円もしちゃったら、Macの「mini」とはもう言えないですネ。

 

 

 

最近、お値段で強気な製品をどんどん繰り出してくるApple。

 

Mac miniも、iPhone Xs Maxも、iPad Proも、10万円代はあたりまえ‥‥って感じですネ。

 

iPad Proの新型は仕事に直結する「お金を生み出す道具」でもあるので、早々に買うと思います。わたし的に、値段と性能と活用目的で一致しているのは、iPad Proの12.9インチの256GBモデルかなあ‥‥。

 


新型Mac mini

今日発表された新型のMac miniは、いきなりの大更新の内容です。

 

Thunderbolt3が4つ(2系統)〜2017のiMac 5Kよりもスペックが上=iMac Proと同じ

64GBメモリ

6コア

 

最高スペックにすると相当高そうですが、今日から発売される(注文開始?)とのことです。

 

未来のアニメ制作には、このくらいのスペックからスタートでも良いです。Mac miniと4Kモニタで未来の標準環境を実現できます。

 

理想が現実にどんどん変わっていくのを、リアルタイムに体験できるのって、良いですネ。

 

 


No.

ナンバーの略字、「No.」は、なぜ「エヌ・オー」なのか、Numberにはオー=Oの文字がどこにも含まれてないのに‥‥と、前から不思議でした。‥‥もしかしたら、長年、スペルを間違えて続けていたのでは?‥‥と不安に思って調べたら、「No.」の由来が解って安心しました。

 

「No.」には、日本人の「和製英語」感覚で意識できない2つの要素が入っておりました。

 

まず、

 

ヌメロー「Numerō」という「ラテン語」由来の綴り

 

そして、

 

略字には、頭文字だけでなく、最初と最後の文字を連結する方法もある

 

‥‥とのことを、この歳になって知りました。‥‥‥知ってました? 私は知らんかった。。。

 

 

まず、Numerō。

 

ヌメローなら、NもOも含まれますので、「No.」と略すことに大きな破綻や無理はなさそうです。

 

では、なぜNumではなくNoなのか。

 

以前から、ナンバーを「Nr.」とも略すことがあるのを知っておりましたが、深刻には考えていませんでした。

 

日本人は和製英語の国民なので、アルファベット系言語の略しかたを肌身で実感できません。特に、アニメ業界は、ブラックのことを「B.L」と略したり、透過光を「T光」と略しますから、日本人の英語感覚の最たるものですよネ。

 

由来が英語なのかフランス語なのかドイツ語なのかロシア語なのか、「サボる」「アルバイト」「いくら(魚卵のね)」とか、原語が何かなんて、暇でも持て余していなければ、調べようとは思わないほど、生活に馴染んでいます。

 

まして、ラテン語においては、なおさら。

 

ラテン語は語尾変化が激しく、「綴りの最初と最後の文字をつなげる」方法によって元の形を明示するようです。ゆえに‥‥

 

「Numerō」>「Nō」>「No.」

 

‥‥となるようです。最後のドットは「省略してますよ」という印ですネ。ドットの由来については、詳しく調べていないので判りません。

 

「NO」についての詳しくは、以下のサイトをお読みになってください。

 

ナンバーはどうしてNO.か?

https://www.kitashirakawa.jp/taro/?p=7970

 

 

こういう根拠のある略字は、今後も使い続けよう‥‥と思いますが、アニメ業界の「B.L」「B.L.」だけは使う気にならんす。使うのなら、「BL」か「BL.」でしょ? BとLの間のドットは何? Black Lineの略? いやいや、そしたら「BL塗り」は意味が通じないでしょ。BLの略字の由来は、Blackの頭二文字だと思いますヨ。

 

 

略字で思い出しましたが‥‥、話は逸れますが、未来のアニメ制作においては、もうそろそろ、ズームとZ軸移動を使い分けた方が良いと思うんですよ。拡大縮小は全て「T.U.」「T.B.」で扱っちゃってますけど、それはちょっと乱暴。というか、時代錯誤。

 

ズーム=Scaleと、T.U, T.B=Z座標のPositionは、明確に動作が違いますから、私は使い分けたいと思いますけどネ。

 

でもまあ、TU、TBの略字に慣れて十年、数十年ともなれば、慣習を変えるのは中々難しいでしょう。なので、新しい技術基盤で実践することにします。

 

 

 

 

 

 


EOS R

キャノンEOSの新しいカメラ「R」。

 

 

フルサイズ(=35ミリライカ判同等サイズの撮像素子)のカメラのボディにしては、実売25万円と低価格なのに驚きました。フルサイズはプロじゃないと買えない値段=数十万が普通でしたからネ。

 

しかし。

 

レンズのマウントは新しい「RF」。今までのEFマウントではないので、マウントアダプタを介さない限りは、RFレンズを新調する必要があります。

 

そのRFレンズのお値段。

 

マクロレンズが6万円。‥‥まあ、これはいいス。

 

その他が中々なお値段です。まあ、L(エル)レンズなので、もともと上級クラスなんですけど、コンタックスのレンズを買うかのごとくのお値段です。

 

例えば、以下のズームレンズは、37万円。

 

 

 

 

どぐわ。

 

まあ、フルサイズの新たなEOSの門出ですもんネ。いきなりコンシューマ向けの廉価モデルではないですわな。

 

カメラを道具にして、年間何百万円も稼ぐような人向け〜プロ向けですネ。

 

 

 

私は、こういうカメラを無理して買ってもオーバースペックなので(職種的にも)、EOSのEFマウントの中級機種とか、ルミックスのコンデジあたりを相変わらず物色します。

 

これでムービー機能が4K60pに対応してくれればな〜‥‥。

 

まあ、4Kテレビの120fpsで補完して観れば、4K30pでもいいっちゃいいんですけど、60pで撮れるのなら、その方が良いです。色々と便利だから。

 

 

 


批評

「モノ」を実際に作りだす人間にとって、「批評」という行為は「何か釈然としない」、キモチがひっかかる行為です。それが一言だけのツイートであったとしても。

 

まあ、なぜ、ひっかかるか‥‥は、モノ作りの人間なら必ず覚悟すべき言葉〜「そう思うのなら、自分で作ればいい」という言葉〜が必ず返ってくるからだと、わかっているからです。「他者の成果物を批評する前に、自分自身を見つめろ」‥‥という暗黙の常識が、モノを生み出す人間には浸透しているのです。プロとして対価を得る人間は特に‥‥です。

 

ギタリストの場合

「アイツはギターが下手クソだ」

→「じゃあ、オマエはアイツより上手く弾けるのか?」

 

脚本家の場合

「この脚本はここがイマイチ」

→「じゃあ、オマエはその脚本より良いものが書けるのか?」

 

アニメーターの場合

「あいつは絵が下手だし動きも悪い」

→「じゃあ、オマエはアイツより絵が上手で動きも上手いのか?」

 

‥‥という流れになるのを、同じモノ作りの人間だったら、普通に避けます。モノを作り上げる難しさ、自分の仕事を全うする難しさを知っている人は、状況がよく判りもしない同業の他者を安易に批評する気にならないのです。「大変そうだな‥‥」と思うことはあっても‥‥です。

 

他者の「ウマいだ、ヘタだ」を批評するのなら、自分はかなり「上手い」と自己評価できて相当な覚悟ができている必要がある‥‥と、「同業者」なら思うのです。

 

 

でも、批評という行為に対して、それ以外にも「釈然」としないキモチが残ります。なんか、モヤモヤした気分といいますか。

 

それは、すなわち‥‥

 

 

‥‥のようなこと‥‥、なんでしょうね。

 

「批評されているものよりも、批評している者のほうが偉く見える」というのは、なんだか「モヤモヤ」を指してそのものズバリですネ。人は、往々にして、「分析することで、モノゴトを理解したと錯覚する」イキモノのようにも思いますし。

 

猫の行動を分析できても、猫を理解したことにはなるまい? 分析して「知った気になっても」、見落としや分析不足はやまほどあるわけです。

 

昔の歌で「包帯のような嘘を見破ることで 学者は世間を見たような気になる」‥‥みたいな節も思い出します。

 

その後に続く、「批評することはきわめて容易なので」〜「他のいかなる方法によっても人の興味を引くことができない凡庸な輩の避難所となる」‥‥という一節は、相当キツいことが書かれております。

 

 

でも、批評という行為をして、「凡庸な輩の避難所」と言い切ってしまうのも、極論過ぎるな‥‥と思っています。

 

私は20代前半の頃にニーチェ著作の文庫本を読んで、大いに共感したことがありますが、その内容は批評的・批判的な側面を多く含んでいました。以前の価値観・倫理観に対して、容赦のない批評を展開したことが、当時20代の私のココロに響いたのです。つまり、内容が批評的な性質を多く含んでいても、筆者の尋常ならぬ洞察力と分析力が伴って文体を為せば、それは著作=モノ作りと呼ぶに等しく、受け手の心を揺さぶる‥‥と実感します。

 

ただ、作品制作者がツイッターで気軽に、自分の能力も覚悟も棚上げして、同業者の作品表現をあれこれ言うのは、批評というよりは軽口であって、少々軽率かなとは思います。やはり、作品作りだけでなく、批評にもクオリティは存在するのでしょうネ。

 

 

 

 


新型MacBook Pro、46万。

新しいMacBook Proが発表されましたネ。

 

 

 

私はMacBook Proはあまり必要としないので、買うことはないですが、怖いもの見たさにカートに入れてみました。

 

15インチモデルをベースに、Core i9、32GBメモリ、1TB SSD‥‥という映像制作に必要なBTOをカマしたら、

 

税込46万円。

 

 

高い‥‥ねえ‥‥。

 

まあ、CPUはi7で我慢したとしても、32GBメモリと1TBのSSDは必須です。2020年代の映像制作では32GBだって足りないくらいだし、512GB SSDでは、色々なライブラリを入れたらすぐに半分消費しちゃうだろうし、キャッシュの置き場を考えると1TB SSDは必須です。

 

46万。

 

なんだかもう、お金の感覚が麻痺してきちゃったよ。ボクは。

 

 

こんだけ高いんだもの。内部のSSDは、実測で2000MB/s(=16GBbps)くらいは出て欲しいよねぇ。公式発表では3.2GB/sを謳っていますから、実際にiMac Pro並みの速度(3000MB/s近く)が出るのかも‥‥知れませんネ。

 

46万円も出すんだから、そこらへんの安いパーツで構成したノートPCとは歴然とした性能差が出てないとアカんですわな。

 

 

ちなみに、私が使っているのは、2013年あたりのMacBook Pro 15インチです。去年あたりにローンが終わりました。

 

私は、もうよほどのことがない限り、MacBookは買わないと思います。iCloudとiOSの連携によって、持ち歩きはiPad Proで充分ですし、そもそもMacBookじゃ直に絵は描けないですからネ。職業ゆえの選択です。

 

おそらく、実写畑の人は、今後もMacBookは必要になるように思いますし、デスクトップ機にひけをとらない性能によって、対費用効果は充分あるでしょう。

 

i9の6コア12スレッド(たぶん)、32GBメモリ、高速なM2の内部SSDを1TB、15インチのRetinaかつP3‥‥と、映像制作には充分ですが、やっぱり46万は強烈だわぁ。

 

 


名前

自分の名前に限らず、ハードウェア、ソフトウェアに至るまで、様々な「名前」は、疑似人格とも言える、時と場合によっては重要な要素です。

 

あくまで私の持論ですが、名前に「ガギグゲゴザジズゼゾ」のような刺さる響きが含まれていると、幼い頃から名前で呼び続けられることにより、潜在的に人格に影響が出るように思います。

 

「ガンギ」という名前でずっと呼ばれるのと、「まるみ」という名前で呼ばれるのとでは、人間だけでなく、猫や犬でも、何か変わってくるように思うのです。言葉のカタさ、柔らかさは、その言葉で呼ばれたり話しかけられたりして、特に幼少の覚醒期には影響がそこそこある‥‥と思っています。

 

実際に、子猫に「ねむねむねむねむねむ〜」と優しく話しかけながら、口の周辺を撫でてあやすと、ふわふわと眠りに落ちたりします。柔らかい音は、生き物をリラックスさせるのかも‥‥知れませんネ。

 

 

コンピュータの名前も、現場では思いの外、重要です。特に、似たようなマシンがひしめいていると、製品名では混乱します。

 

iMac Pro

iPad Pro

Mac Pro

 

‥‥。ん〜、ややこしい。結構、言い間違えます。特に、「i」ほにゃららと、ほにゃらら「Pro」が混同します。

 

なので、愛称。実践的には、DNS名。

 

ネットワークに「iMac」としか見えていなければ「誰のiMac?」となりますが、例えば「アデーレ」「アグネス」「アルマ」とかになっていれば、疑似人格を伴うことにより、特定が比較的容易になります。もし命名規則に意味を持たせるのなら、Aで始まる名前は2018年導入機材、Bで始まる機材は2019年導入機材‥‥のようにしても良いですよネ。

 

実はこのABCDで西暦に関連づける方法は、猫のブリーダーさんから聞いた話です。「スミレ」「ソフィ」「サイモン」という名前は、「S」で名前が始まるので、2001年生まれの子だ‥‥とわかるわけです。(もちろん、飼い主さんが、その命名の習いにのってくれれば‥‥ですけどネ)

 

 

命名規則は、例えば航空機、軍用機などは、「お国柄」「国民性」が興味深く反映されます。

 

旧日本軍:

零式艦上戦闘機

A7M2

九九式艦上爆撃機

三式戦闘機

キ84

四式重爆撃機

 

 

皇紀で正式型番を決めて、愛称はあったりなかったり、命名の表面に出るのは、皇紀何年に正式採用されたか、機種は何か‥‥だけです。開発名では海軍はメーカー名なども含まれ、陸軍は大雑把に通し番号での管理です。

 

「皇紀何年か」‥‥というのが、過去の日本のお国柄そのもの‥‥ですネ。個よりも群で‥‥という全体主義的な点も含め。

 

 

イギリス空軍

スピットファイア Mk.III

ハリケーン Mk.IIc

ボーファイター Mk.X

 

 

イギリスも特徴的です。正式採用の年とか、全く記述無しです。何よりも愛称、名前そのものが全てです。偵察機か攻撃機か、種別もわかりません。

 

「スピットファイア」などあくまで名前が基本で、そこに「マークスリー(Mk.III)」とか、「改良型」「発展型」の通し番号が付与されます。さすがに産業革命、蒸気機関の国ですネ。機械に愛着を感じている様子が想像できます。

 

 

ドイツ空軍

Fw190A

Bf109E

Me262A

Ta183

 

 

ドイツも全く違います。「マイスター」のお国柄でしょうネ。

 

まず航空機メーカーの略号がきて、その次に「航空機メーカーの開発した何番目か」の数列がきます。戦闘機か爆撃機かなどの種別も判らなければ、正式採用の年なども判らず、わかるのは「どのメーカーが作った何番目の飛行機か」だけです。

 

しかも大戦後期には「メーカーではなく、主任技師の略号」を先頭に掲げる規則に変更されました。同じ技術立国でも、個を封じて全体を尊ぶ日本人とは全く逆の意識です。日本とドイツが似て非なるものの良い例です。

 

 

最後はアメリカ。アメリカは少々ややこしく、歴史の新しい国らしい特徴があります。

 

旧アメリカ海軍

F4F

F4U

AD

 

 

短かい略号にまとめているのが特徴です。先頭のFは戦闘機を表しAは攻撃機、数字は通し番号、最後のアルファベットは製造メーカー略号です。F4Fは「戦闘機の四番目、グラマン社の」という意味を表現しています。

 

ADって何よ。‥‥普通ならば、A1D、「攻撃機の一番目、ダグラスの」とすべきですが、1は省略したんでしょうかネ。う〜ん、アバウト。旧アメリカ海軍は、何か「場当たり的な」名称の雰囲気があって、例えば「SBD」はドーントレスという急降下爆撃機ですが、「SBD」‥‥てさ‥‥ADと同じで、数字は入ってないし、しかもアルファベット3文字だし、文字列を見たときの一貫性が希薄ですよネ。

 

しかし、この命名規則は、大戦中の陸軍航空隊(空軍ではありませんでした)の航空機名称との違いでごちゃごちゃっとしたこともあってか、戦後の「航空機の命名規則一斉変更」でアメリカ全軍が同じ命名規則になりました。日本の航空自衛隊も踏襲する命名規則です。

 

現アメリカ空軍・海軍

F-15C イーグル

F-22A ラプター

A-7A コルセア

F/A-18F ホーネット

 

 

「F/A-18」なんていう名称はやや苦しい部分もありますが、基本的にはかなりスッキリとした命名規則です。愛称も正式に規定されることが多く、実機を連想しやすい命名です。

 

色々な国から人が集まってできた国っぽい、あっさりしていて簡潔で、愛称でも覚えられる‥‥という、合理性と実用性を兼ね備えています。作った人よりも、使う人の「実利」を優先していますネ。そもそも軍用機が何のために存在しているのか、合理的に考えた結果がよく表れています。

 

 

名前、命名規則って、その集団の個性や特性が、しみじみと表面に表れます。「合理的」といっても、その合理性がどの部分をターゲットにしているか‥‥も含めて。

 

ですから、集団の気風やドクトリンも、ときには経験値やスキルまで、命名規則でわかってきます。下手をすれば、今までの歴史すら想像できちゃいます。

 

名前は、大切にしたいもの‥‥ですネ。

 

 

 


スポット、出た

アマゾンからEchoファミリーの新顔「Echo Spot」が発表されましたネ。

 

 

 

うーむ。これは机に縛られがちなアニメーターやコンポジターは、色々な役割を任せられて良さげです。

 

あ‥‥。でも、音声で操作だから、大部屋でシーンと静まり返っている環境だとNGかな。

 

自宅作業者や雰囲気の砕けた現場なら大丈夫でしょう。なので、ウチも大丈夫。

 

 

 

アレクサにお任せで音楽を流すと、たまにかっこいい曲が流れて、曲名とアーティストを確認したくなることがあります。言葉でアレクサにアーティスト名を言われても、カタカナの英名だと、聞き取り難いことがありますしネ。なので、2.5インチでもモニタがあるとメモできます。

 

時計になるのもいいですネ。そもそも、声でアナウンスするアレクサの時刻機能は結構便利で、同僚も同じ意見でした。寝転んだ時などに必ず時計が見えるとは限りませんし、暗い時にも見えないこともあります。「アレクサ、時間は?」というだけで時刻を読み上げるのは、意外に便利です。日頃、ディスプレイが時計になって「置き時計」のように動作するのも、これまた良さそうですネ。机に置くのにぴったりです。

 

で、お値段は14,980円。安いすネ。相変わらず。‥‥Appleだったら、39,800円くらいで設定しそうですネ。

 

 

ただ‥‥、アレクサの弱点は、部屋にいくつも置けないことですかね。複数のEchoが一斉に喋りだしても気色悪いですし。

 

もっと呼び名(Wake Word)を増やせば解決するんですけど、今後、どうなんでしょうかネ。難しいんですかね。

 

 



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