ショボくて、目覚める

ClipStudioでレイヤー数が999が上限ゆえに、作業ができなくなって困る‥‥というのをセルシスのWebの要望・不具合掲示板で見かけて、色々悩ましいもんだな‥‥と思いました。

 

でもさ‥‥素朴な疑問なんですけど、999レイヤーを超過する原画や動画の描き方・フロー・メソッドって、そもそも制作費やギャラの採算にあっているんですかね?

 

単に作業者いち個人が、何でもかんでもレイヤー分けしたくて、むやみにレイヤー数が増えてるのなら改善の余地もありましょう。しかし、制作技術やフロー自体が容易に999レイヤー以上を求めるのなら、それはレイヤー管理の手間的にもマシン環境的にも、そしてその作業コスト的にも、大問題ではないですかネ。

 

古今東西、制作費やギャラもわきまえず、テレビシリーズ程度の作業単価でどんどん作業を重くするような人々が、アニメ業界をここまで劣化させた大要因でもあります。私が経験してきたスンゴい内容の大変なカットは、相応に凄いお金を1カットに費やして作ってましたよ。

 

 

加えて、根本的な問題は金だけでなく、「紙時代の作業を再現する」ことの限界を暗示しています。

 

その昔、1カットの原画と動画合わせて1千枚前後、透明の衣装ケース(「おかもち」と呼ばれる)で持ち運んだようなカットがありました。まあ、劇場作品ゆえの語り草のカットですが、そんな1カットが出現した時に、ClipStudioは何レイヤー必要なんでしょうかね。

 

ペンタブによる「原画・動画」作業に移行しても、紙時代と完璧な互換性を得ることは難しく、決して同じことはできないんじゃないでしょうか。

 

紙時代の作業スタイルを「デジタル」へ移植しようとするプロジェクトそのものに難あり‥‥なんじゃないの?

 

 

さらには、未来の行き先も深刻です。

 

999レイヤーで限界だ‥‥って言ってるのって、2K24pでしかも2コマ3コマ打ちの「エコノミー」な作業形式で既に‥‥ですよネ。未来にどんどん家庭レベルの映像フォーマットが高品質化した時に、果たして、旧来の作業スタイルを踏襲するだけの思考で、2020、2030、2040年代の新時代に合わせたアニメーション制作なんて可能なの? どう考えても、無理だよね。今でも精一杯なんだからさ。

 

 

「今までの自分たちの作り方」を根本的に見直すことも必要でしょう。

 

 

限界はあってあたりまえだもん。1996〜2000年くらいの時期って、それはもう、コンピュータのスペックは何もかもショボかったよぉ。2000年のBlood劇場版の時って、劇場アニメなのにムービーチェックはD1サイズで絵のクオリティはドットバイドットの静止画でチェック、サーバは500GB(!!!現在はハンディHDDでさえ1TB)でしたよ。

 

それでも、大枚を叩いた設備だったのです。‥‥時代の限界、、、スね。

 

でも、それだからこそ、良かったのです。限界を乗り越える習慣ができて、強くなれた!‥‥と実感します。

 

 

このあたりは声を大にして言いますが、

 

ショボくて限界が立ちはだかるからこそ、新しい発想や技術が生まれる

 

‥‥のです。

 

現場がしょぼいがゆえに、目覚める能力もあるのです。

 

使いやすくて極楽極楽‥‥なんて環境では、決して新しいものは生まれず、旧来の何かにどんどん「トッピング」を盛るだけに終始します。

 

危機感があるからこそ、備えるし工夫するし開発もする‥‥のです。

 

危機感がなければ、グダグダのベロベロのユルユルに意識は野放図に緩むだけです。今のままで何がだめなの?‥‥てね。

 

 

 

999レイヤーあっても限界だ‥‥なんて話を聞くと、もはや、作画に対する基本的な概念の転換期だと感じずにはいられません。

 

旧来の「作画の基本方式」自体が時代に合わなくなってると感じます。

 

 

 

限界にブチあたったことで得られる、新しい「気づき」の機会を、作業集団がどのように扱うか‥‥で、未来の運命も分かれましょう。

 

もし、作業集団のリーダーやチーフが、その「気づき」を頑なに拒もうとするのなら、作業集団の未来はどうなるのか、考えてみることです。

 

技術集団の未来を、その集団に属する人間が、年の若さに関係なく、しかと見極める必要があります。

 

一生の中で一番才能が伸ばせる20〜30代の時期を、どんな人と集団と一緒に過ごすか‥‥は、極めて重要な自分自身の問題です。

 

 

 

 


静音マウス

マウスが静音で、そんなに嬉しいか? ‥‥と思ってましたが、使ってみたら、結構イイです。

 

衝動買いして自宅で使い始めましたが、なんだか気に入って、仕事場でも使うようになりました。

 

 

私が今まで愛用してたのは、ロジクールのM187です。写真の右にあるマウスで、コンパクトで軽量なので手が疲れません。既に10個以上は買い続けており、他のマウスはアップル純正も含めて全く使わなくなりました。‥‥とまあ、かなり気にいって愛用しているので、今後も使い続けると思います。

 

静音マウスのM220は、M187より大きいですが、昔でいうと「Apple ADBマウス」くらいの大きさ程度なので、「デカい」とは決して感じません。至って普通です。

 

M220で気に入ったのは、静音そのものよりもクリック感です。「クン、クン」「クニ、クニ」という優しい感触です。音を「カチカチ」出さないための何か工夫があるんでしょうけど、それがクリック感にも作用しているようです。

 

電池は単三を使っているので、単四のM187よりは重いです。ただ、マウスは机に置いて接地しつつ使うものなので、慣れれば大した差ではないように思います。実際、1週間ほど使っていますが、重さは気になっていません。ただし、M187の軽さに惚れている場合は、M220は確実に重く感じるとは思います。‥‥電池が重いんですよね、結局。

 

 

上の写真を見ると、M187は相当バッちく汚れてますネ。側面の白いラインが黄ばんでいます。重曹水で拭いてみたんですけど、全く汚れが落ちません。ホールド感を向上するためか、側面のライン部分はゴムっぽい素材なので、汚れが染み込んで取れない‥‥んでしょうかネ。

 

なので、汚れに限らず、マウスは消耗品!‥‥ということで、M187が安く売り出されている際は予備を買っとくのです。安い時は、アマゾンで600円台で買えます。

 

*853円の20%オフなど、600円台で買える時もあります。本体色によって値引きが異なるので注意。

 

 

‥‥で、今回、予備マウスを買う際に、レジ横(アマゾンのレジ横)でM220を見つけて、試しに買ってみた次第です。

 

ロジクールのワイヤレスマウスには大きな信頼を寄せていますが、今回のM220も高級感はないものの質実剛健で良いマウスです。

 

 

 

 


爆速が必要

最近、ProRes4444のXQを使い始めたんですが、絵に描いたようにビットレートがさらに大きくなっています。

 

以下、Appleからの引用

 

Apple ProRes 4444 XQ
4:4:4:4 イメージソース (アルファチャンネルを含む) 用 Apple ProRes の最高品質版。この形式は、非常に高データレートで、現在の最高品質のデジタルイメージセンサーによって生成された高ダイナミックレンジのイメージの細部までを保持します。Apple ProRes 4444 XQ は、Rec. 709 イメージのダイナミックレンジより数倍も大きなダイナミックレンジを保持します。これは、トーンスケールの黒またはハイライトが非常に広い、高度な視覚効果処理の厳しい要求にも対応できます。標準の Apple ProRes 4444 と同じように、このコーデックは、イメージチャンネルにつき最大 12 ビットまで、アルファチャンネルに対しては最大 16 ビットまでサポートしています。Apple ProRes 4444 XQ のターゲットデータレートは、1920x1080、29.97 fps の 4:4:4 のソースで約 500 Mbps です。

 

 

約500Mbps=0.5Gbpsというのは、あくまで2K30pの話で、4K60pですと4.5Gbpsという「まさに次世代の転送速度」がコンスタントに要求されます(=実際に書き出したファイルの実測)。ちなみに、高画質を謳うブルーレイは0.05Gbpsくらい、Windows制作環境で常用されるAvidのDNxHD(10bit)は0.2Gbps程度の転送量で(2Kなので)、ProRes4444 XQと4K60pの組み合わせが全くの別次元であることがわかります。

 

ただ、転送速度さえ確保すれば、ProResの再生は落ち着くので、HEVCのような高いCPU性能までデコード時に要求するコーデックに比べれば、まだ使いやすいほうです。

*もちろん、サブモニタやミラーリングなど色々含め合計8K前後のモニタを繋ぐのですから、それ相応のビデオ性能は必須ではあります。

 

ProRes4444 XQの4K12bit60pって、つまりは「2K8bit30pの128倍」(RGBで大雑把に計算)なので、4.5Gbpsに収まっているだけでもスゴい圧縮効率‥‥ですよネ。

*4Kは2Kの4倍、12bitRGBは8bitRGBの16倍、60pは30pの2倍‥‥で計算しております。圧縮の効率を含めない、あくまでベタな計算上‥‥です。

 

ちなみに、以前のAfterEffectsにあった「4444 XQの色深度が『数百万色』しか選べないバグ」は、最新版のCC2018では治ってました。

 

 

 

最近、H.265〜HEVCを何回かテストしましたが、HEVCはあくまで低ビットレートで威力を発揮するコーデックみたいで、200MbpsのHEVCは再生がひっかかってダメでした。まあ、8bitにはなっちゃいますが、H.264で180Mbpsくらいで書き出したほうが保存用プレビューファイルには良さそうです。‥‥今のところはネ。

 

SATAなんかいつまでも使ってないで、M.2 高速SSDのRAID0をThunderbolt3で繋ぐような環境が、もうマジで必要になるような未来。

 

 

 

20年前もそんなんばっか‥‥でしたよ。転送速度がどうとかこうとか。

 

UltraWideSCSIって、理論値40Mbpsでしたっけ。

 

フレーム落ちしない再生環境〜「パーセプション」とか「リアリティ」とか、懐かしいですネ。

 

昔懐かしいRAMディスクなんていうのは、まさにM.2のSSDというカタチで今でも需要があるのかも‥‥知れませんネ。

 

 


ソフトウェアは先手で

ソフトウェアの限界は、新しいプロジェクトの足枷になります。ゆえに、最低でも各色10bit(1024階調)の色深度をもち、3840pxや4096pxのUHD/4Kシネマのビデオ解像度と60fpsの出力ができないと、新しい時代の技術開発には不適格です。

 

アニメは24コマが基本、アニメの絵柄には2Kもあれば十分‥‥なんて言う人は、今でも大多数かも知れません。でも、その大多数は、状況が変われば、コロッと寝返る大多数でもあります。SDからHDに移行する際に、「HDなんてオーバースペックだ。SDで十分綺麗だ。」なんてセリフは散々耳にしましたが、今現在、それを言う人はいませんよネ。

 

私がここで書いている4K時代のアニメ制作とは、「世間の常識が移行した後の世界」の話ですから、ソフトウェアの性能や機能も、「今を満たす」スペックではダメなのです。未来を1〜2歩だけでも良いから先行したスペックでないとネ。

 

最近、HDRの内部運用テストも始めて、Rec.2020の色域にもどんどん慣れてきました。もはや、Rec.709やsRGBの色域は追想のノスタルジーの世界のようです。「切り替わるの、早!」とか言われますが、Rec.2020を見続けていれば、誰でも慣れちゃいますって。

 

しかし、HDRは運用面でも作業上の生理面でも、まだまだ模索は必要です。QuickTimeには既に「色域」プロパティが用意されていますが、さて‥‥どうやって、「色域を運用」すべきか‥‥。そもそもQuickTimeのままで良いのかも、今後は問われるでしょうしネ。

 

例えばPhotoshopやAfter EffectsではどうやってHDRの運用をすべきか、未来に向けたソフトウェア運用のノウハウと指針をひとつずつ詰めていかねばなりません。もちろん、ソウトウェア自体(=Adobeなどの開発者側)もHDRワークフローを意識していかねばならないでしょう。

 

また、作画(=タブレットでの作画作業)においても、4Kに適した「線質」が今後問われると実感します。ProcreateやClipStudioは十分応えられるだけの「ペン」の設定項目を有しますが、その設定をミスるともろに描線に影響が出て、そのまま4Kテレビで克明に表示されてしまいます。人間の手や指の強弱に合わせて、適切な描線を実現できる設定が必要になります。

 

4Kのキャンバスは広いように思えますが、描線のピクセル数で言えば、やっぱり1〜3ピクセルの極細線は必須です。微妙に角度がついた線でも綺麗にアンチエイリアスが描画できる設定、線の入り抜きや強弱がコントロールできる設定は、ユーザ側で確立しなければなりません。‥‥しかも、作品ごとの作風に応じて、グレインや散布やジッター、グレーズなど多岐にわたる設定を‥‥です。

 

 

まあ、要するに、ソフトウェアの運用面においても、「あっちも、こっちも」なわけですネ。

 

新しい時代に向けて、やることが多いです。

 

 

余談ですが、人には2種類いて、

 

  • 新しい時代が来る前に気付く人
  • 新しい時代が来た後で気付く人

 

‥‥と、対照的です。

 

どちらの人も現場では必要で、それぞれの役割分担があります。

 

そして、現場の「ノリ」と言いますか、現場のポテンシャルや性質は、上述の両タイプの人員比率で決まってきます。

 

 

ソフトウェアは人間と違って、新しい時代が来てから後手で対応するようなものだと困ります。ソフトウェアは基本的には、時代を先手で先取りしておいてもらわないと、上述の両者に対応できませんもんネ。

 

 

 

 

 


勧告番号

私が現在取り組み始めている事の1つに、「勧告番号」があります。何だか、「勧告」とか言うと物々しい印象ですが、要は、「取り決めや基準を番号順に登録して管理する」仕組みです。

 

ISOやIEEEなどに倣って、標準規格化を番号で管理するわけです。

 

場当たり的に現場で示し合わせたり、作品ごとの短期プロジェクトで「作画注意事項」の書類を配布したり‥‥みたいな「フォーカス期間の短い」方法ではなく、作業現場向けの勧告や標準規格を登録番号で管理して「長期に渡って活用」する取り組みです。

 

アニメーション標準技術勧告=AST勧告を、取り決めた順番で登録していくので、番号それ自体には内容を示す関連性はないですが、データベースに順番に登録していくので重複などの間違いが防止できてシンプル・明快です。

 

もういくつも登録が始まっていますが、記念すべき第1号は「4Kレイアウトフレーム」の規格です。必要は発明の母なり。

 

 

AST勧告に準拠すれば、作品ごとの煩わしい準備段階のアレコレや、作業グループ間の仕様の差異を、ベースレベルで共用化できるメリットがある‥‥ということにしたいと考えています。まだ始まったばかりなので、少し控えめな言い方にしときます。

 

ぶっちゃけ、自分らの作品制作だけでも、このAST勧告を軌道にのせなければ、毎回毎回同じ準備と示し合わせの繰り返しになって、無駄が多くなるので、順次進めていく所存です。

 

 

アニメ制作ってさ、漠然と各社ごとにレイアウトフレームがあって、作品ごとに色々な「注意事項」があって、技術の名称もファイル名もバラバラ、書式・フォーマットもバラバラで‥‥と、コスト浪費大会みたいなことが日常茶飯事です。

 

まあ、2Kや24pやSDRはもういい。げちょげちょのべろべろぐだぐだに各々の思惑が錯綜してまとまりませんから、標準化なんて無駄な足掻きはやめて放置状態で構わないでしょう。今の現場に標準化を持ち込もうとして数年経過するうちに、肝心の規約そのものが旧世代化して陳腐化するでしょうしネ。

 

しかし、4K60pHDRのアニメーション制作は、まさに仕切り直しのチャンスですから、必要最低限の標準化は最初から用意しておいても良いでしょう。‥‥というか、用意すべき、です。

 

どっちにしろ、取り組みに数年の歳月が必要なのだったら、未来のあるものに注ぎ込むのが真当な思考です。

 

で、標準化団体‥‥といっても、今のアニメ業界で4K60pHDRに手を出す個人やグループなんて見当たりませんから、連合を組めるはずもなし。‥‥ゆえに、今は私らの制作グループだけでどんどん決めていくだけです。

 

 

 

しかしまあ、今のアニメ業界、標準化団体も存在しないのに、よくまあアニメ制作作業を各社で融通しあえるよネ。ホントに、アニメ制作システムの基礎を築いた先人には頭が下がります。日本人の特性を巧みに利用して、作り上げちゃったよネ。

 

反面、現在各所で色々な不整合や行き違い、歪みが発生しています。標準化さえしておけば防げる内輪揉めがそこかしこに。

 

 

 

2020年代以降は、色々な面で「潮時」だと思います。

 

現在、40〜60代の人間は、2020〜2050年代に順次死んでいきますが、残せたものは荒れ果てた荒野だけ‥‥じゃ、あまりにも悲しい。

 

一方、現在20代の人間は、30年後も現役です。

 

アニメの作り方が今のままで良いはずがない‥‥のは、老若男女、同じだと思うのです。

 

 

 


障害フラグ

でもまあ、線画段階のキャラデザインはともかく、影付け設定を描いて、実際に色彩設計作業でペイントしてみれば、「多重組みフラグ」はプリプロ段階で判明しますよネ。

 

多重組みのような解りやすい障害は、キャラ設定&色彩設計段階=プリプロ作業で、具体的に予測可能です。

 

散々、多重組みに悩まされたのですから、もう何が引き金になるかは、キャラ表の顔UPの影付け設定と色見本が上がった段階で、十分に判断できるはずです。少なくとも、災難ど真ん中の仕上げさんは「顔の影の付けかたひとつ」で事前にピンとくるでしょうし、私だって判断できます。

 

なのに、そのまま放置してプロダクション段階に突入して、原画マンと雇われ作監の責任になすりつけるのは、果たしていかがなものか‥‥‥‥‥って、まあ、首を突っ込むのはやめます。当事者が解決すべきこと‥‥ですもんネ。

 

 

こうした「障害フラグ」「災難フラグ」は、デザイン段階で完璧に封じ込むことは不可能でも(それが予測不可能なこともありますよネ)、最大限の経験と技術をつぎ込んで、最小限に障害を抑え込むことは可能でしょう。技術の新旧に関わらず。

 

妙に経験者ぶるのではなく、妙にセクショナリズムで工程を分け隔てず、妙に年功序列に縛られるのではなく、老いも若きも男も女もアジア人も西欧人もフラットに、工房型プロジェクトチームを形成してどんどん障害を克服していければ‥‥と思います。

 

ワークフローにおいて、各セクション間が他人の関係であるのが、何よりも元凶です。

 

これはなにも、野放図に現場を解放しようというのではなく、ちゃんと「然るべきスタッフ」を招集する‥‥ということです。

 

 

新技術においては、障害フラグなんて、そこらじゅうに転がっています。ゆえに、雑で乱暴なジャッジは控え、丁寧に物事を進めていくのが肝要‥‥‥と痛感しています。

 

 


動画枚数制限の基点

新しいアニメーション技術には、原画枚数は存在しますが、動画枚数という概念は存在しません。60pをフルモーションで動かす技術においては、動画枚数なんていうカウント方法自体が存在しないのです。

 

一方、旧来のアニメ制作現場は、「作画枚数」そして「仕上げ枚数」によって、成り立っていた‥‥とも、強烈な制限が課せられていた‥‥とも言えます。動画1枚いくら、仕上げ1枚いくら‥‥という計算方法で制作費が左右されているからです。

 

ゆえに、枚数のかかる処理・手数の大変な処理は事前に回避しました。その多くは、キャラデザインにおいて、です。

 

 

しかし現在は、そうした枚数制限など全く無視したキャラデザインが横行しています。例えば「多重組み」ですが、これは原画マンがすぐに槍玉に上がりますが、そもそも「多重組み」を頻発するキャラデザインが災難の発生源であるとの論調を、ツイッターでは中々目にしません。作監や原画マンの責任だ!‥‥という論調が支配的です。

 

何故、原画マンばかり責めるかね? 原画担当者はキャラ表と影付け設定に合わせて描いているだけなのにな。

 

多重組みの場合は、こう処理しましょう‥‥的な記述を、キャラ表にも併記すればいいじゃん。キャラデザイナーがさ。

 

デザイナーが現場技術を度外視したら、現場の運用はメチャクチャだよ‥‥と普通は思いますよネ。でも現代は、それが普通じゃなくて、余計なお世話で口やかましい厄介者の戯言とみなされるんだよな‥‥。

 

 

例えば、髪が風でなびいてリピートの場合、髪の中に目と眉が透けて、かつ、肌に髪の影が落ちるデザインで、「表情変化」があった場合は、それはもう、面倒極まりないことになります。

 

こういう類いネ。

 

 

悩ましい。描いててイヤです。でも、「これがこの作品のキャラだ」と言われればしょうがない。

 

こうした複雑に入り組んだ線と塗りと、枚数制限の狭間で、キャラ表と影付け設定の通りに原画マンは描くわけですが‥‥

 

 

髪の毛が透ける処理の場合、マスクワークを原画マンが指定する? ‥‥そんな決め事、今までどこに存在した? マスクワークで多重組みを回避するためのどんな指定方法が確立している? 旧来作画技術の延長線上で作業する原画マン相手に、無茶を言ってはイケません。

 

髪の毛の影が肌に落ちる場合、肌と目と髪を別セルで分けて別々に動かしていいの? ‥‥「動画枚数が2倍になる」と即座に削減の対象になるでしょ? 原画マンがいくら後続の工程が混乱しないように配慮してもさ、「同タイミングなのに、なんでこんな枚数のかかるセルワークにしてるんだ」と工夫は全て帳消しどころか、演出に怨まれるよネ。

 

二値化だから1本線レベルで組みができる? 原画マンが表情変化のタイミングに合わせてセルワークを工夫してタイムシートを細かく記述しても、演出チェック時にタイミング変更があったら、総崩れだよ? 原画作業時点で多重組みありきでシートをつけちゃったら、かえって、シートは解りにくく複雑なものとなり、のちのチェック工程(作監や演出)で編集しにくくなります。

 

 

「多重組み」を原画マンの責任にするのなら、キャラクターデザイナー、演出、監督、そしてプロデューサーの責任も問われるべきでしょ。

 

「原画マンのうっかりミス」じゃ、ないって。‥‥そう思っているうちは、何も変わらないでしょうネ。原因はちゃんとあるのに、「うっかり」という「なあなあ」の理由で済ますのは、いかにも日本人の土着的な習慣ですネ。

 

私は、作画もコンポジットも兼任するので、もちろん、「多重組み」の問題は身にしみてわかっております。仕上げさんの申し送りをもとにタイムシートをコンポジット作業(撮影)で付け直すのは、まるでパズルみたいで時間が余計にかかります。タイムシートを撮影スタッフが書き直すのが常態化しているのは、旧来の規則でいえば「反則」で「異常」なことです。でもね‥‥原画作業時点ではぶっちゃけ、手詰まりなんですよ。上記の理由で、です。

 

絵コンテとキャラ設定に羽交い締めにされた原画マンだけのせいにするのは、近視眼も甚だしい。旧来の制作技法の上に現代流行りのキャラデザインを覆い被せたことによる災厄、もはや旧来制作基盤の構造上の欠陥、限界そのものなんだからさ。

 

 

最近、空のビールケースをひっくり返す動画が「こんな複雑な動画を描くなんてスゴい!」‥‥と持ち上げられていましたが、おいおい‥‥‥、そうじゃなくて、「こんな複雑で手のかかる作画を野放しで通す演出はどんな神経してるんだ。ひっくり返す段取りやカメラアングルなんて、いくらでも逃げれるだろ?」とか、「ビールケースのデザインを省略せずにそのまま動画に描かせる現場自体が思考停止・機能停止している」とは思わないのかな。‥‥でさ、その動画って、1枚いくらで作業したんでしょうネ。

 

昔から根本的な技術改革なんてしていないのに、「1枚絵で描けるものは全てアニメにできる」と考える現場総体の傲慢さが、過ちの発生源‥‥だと感じます。

 

原画マンが各自ぞれぞれの判断で、キャラ表の処理を勝手に変えられるわけじゃなし。

 

多重組みに関しては、もし、動仕撮がクレームを入れるとするなら、まずはキャラデザイナーでしょう。「設計段階で多重組みを抑制する工夫をしていないから、どんどん事故が発生する。デザインするときに、現場の運用リスクを考えてくれているのか?」と。

 

キャラデザインでも多重組み抑制の工夫がなされていて、単に原画マンのルーズで雑な仕事が原因で事故が発生した場合は、原画マンを責めれば良いのです。

 

 

 

でもまあ、そういう騒ぎや内輪揉めとは、新技術はもはや無縁。

 

‥‥なので、首は突っ込まない。原画マンが多重組みの諸悪の根源だ‥‥と思っているのなら、まあ、その当事者たちが喧々囂々すればいいだけです。

 

 

 

新技術においては、「組線」の面倒な処理は発想そのものが存在しません。レイヤー構成かマスクワークで対処します。

 

枚数制限に縛られることなく、デザインに応じた処理をすれば良いだけです。キャラクターデザイナーは、新技術の特性を理解し、レイヤー構造とマスクワークの運用コストを踏まえた上で、はじめてデザイン作業が可能になります。

 

「原画」を描いた人間は「アニメーション工程」(動画に相当)も兼任するので、破綻した原画を描くとモロに自分が苦労します。レイヤー構成を考え抜いた作業が必要になります。

 

その代わり、新技法の特質をうまく使いこなせば、「今までのアニメ現場では絶対に無理」な新しいデザインやアニメーション技法が可能になります。‥‥あまり声高には申しませんが、全く異なるコスト構造も‥‥です。

 

もちろん、新技術で難しい表現や処理は、演出時点で回避します。

 

新技術では、今までできなかったことも数多く可能となりますが、その技術基盤の幼さゆえに、「身の程」は周到にわきまえるようにしています。幼子を徐々に大事に育てていくように‥‥です。

 

根拠のない乱暴な采配やジャッジをする人間は、そもそも新技術グループには参加できません。

 

 

 

「技術上や制作費上の限界を鑑みた、身の程をわきまえたスタンス」は、昔のアニメ現場だったら、当然のこと‥‥だったんですけどネ。

 

現用の技術をふんだんに取り入れた新技術が「身の程をわきまえて謙虚」で、昔から根本的に更新されていない旧技術が「身の程に対し無神経で傲慢」というのは、なんとも皮肉としか言いようがないです。

 

動画枚数、仕上げ枚数という「制作コスト」上の弱点があるからこそ、キャラデザインを工夫したり、演出技法を編み出したりしたのを、今のアニメの現場はすっかり忘れ去ってしまったようです。

 

 

 

一方で、現代は、昔のようなおしなべて線の少ないアニメだけを許容しているわけでもありません。時代には、その時代なりのニーズというものが存在します。

 

そうした現代の荒波に為す術もなく翻弄される現場に、変わることなく希望を託す‥‥というのなら、それはそれで本人の自由です。

 

 

 

しかし、どの希望を選択するにしても、「自分が選択してしまった未来」を他者のせいにしてはいけません。

 

選択肢は色々あるにも関わらず、あえて、ソレを選んだのですから、自分なりの覚悟とオトシマエは必要です。

 

 


AI

たまに沸き起こっては消える、「自動中割り」の話題。ただ、自動の「中割り」なんていうと、それこそキーフレーム間の各中間点も「広義の中割り」とも言えるので、「自動作画」「自動動画」と呼んだほうがピッタリくるように思います。だって、「自動中割り」なんて言う人のほとんどは、「自動動画作業」を望んでいるんでしょうから。

 

数年前に「デジタル作画」が話題になった時に、抱き合わせで「自動動画」の話題もツイッターで見かけました。恐ろしく気が早い話で「いつ、実用化されて発売されるのか」みたいなニュアンスで。

 

まあ、どんな時でもどんなジャンルでも、噂話しか耳にしない人ほど、妄想を膨らませてしまって、一足飛びに「実用」の話までワープしてしまうものです。実際の開発の現場にいる人間は、「何が今可能で、何が今不可能か」をしみじみ実感しているので、簡単には「なんでもできます」なんて言わないものです。

 

現在の「自動動画」機能は、画像補完、フレーム間補完の技術で、「人間が頭で考えて作画する」ものとは全くの別物です。ゆえに、「おお!これはイケるね」という結果を叩き出すこともあれば、「こんな簡単な作画すら割りミスするのか」と落胆することもあります。つまり、局所的、部分的にしか使えない機能で、とても「人間の代わりになるものではない」のです。‥‥いじったことがある人なら、お判りですよネ。

 

アニメの作画が、なぜ、実写のフレーム補完のようにうまくいかないのか。‥‥理由は簡単です。

 

すでに、大幅な省略=情報が大量に間引れた画だからです。

 

しかも、その省略の基準は人間のさじ加減で、原画は動きのポイントだけの断片的な状態です。

 

一方で、なんてことのない「数本の描線の所作」が、もんのスゴい重要な意味をもつこともあります。

 

つまり‥‥

 

 

間引かれた情報から「暗黙の情報量」を導き出すことが不可欠です。

 

 

ゆえに、導き出す知能を持たない各種補完機能では、「明らかな割り先がある絵しか、動画ができない」のです。「簡単なタップ割りができる」内容の動画しかできません。つまり‥‥

 

 

  • グーからパーへの手(指)の動き
  • 近似形がウヨウヨ周辺に存在する細かいディテールのケムリ
  • 1本から2本へと分裂する髪の毛
  • 引き出しを開けると中身が見える動き
  • 歩きや走り(左右の足=2歩を原画2枚で描くスタンダードでの)

 

 

‥‥など、補完技術では動画作業が困難な内容は、いくらでも列挙できます。「人間が判断することで成立する動画」「デッサン割り(という言葉は俗語でしょうが)の動画」は、コンピュータの補完機能では不可能です。‥‥‥まあ、走りや歩きの1歩を原画1枚で済ます方法は、原動画の作業システムゆえなので(走りの動きを原画で追うのなら1歩につき最低2枚の原画は必要でしょう。ちゃんとやろうと思うなら、ほぼ全原画になりますわな)、コンピュータに同等の動画を要求するのは酷ではあるんですけどネ。

 

 

そこでピンとくるのが、「AI」です。作画には知能が必要だ‥‥というのなら、「artificial intelligence」の活用は誰もが考えること‥‥ですネ。

 

動画の作画は、人間の知能が不可欠ですから、補完技術なんていう視座ではなく、人工知能という考え方で、「自動動画」‥‥いや、「AI動画」にすれば、未来にはひょっとして実現可能なのかも‥‥と思えなくもないです。

 

しかし、私はAI開発の現場に居合わせることもなければ、実際のデモもみたことがないですし(その場で描いた絵を、その場で即座にAIが動画作業する‥‥という「仕込みなしの実演」をネ)、軽はずみなことは言えません。

 

噂だけで鵜呑みにするのは、ツイッターの騒ぎだけで十分。実際の仕事の現場では、「モノを見てイジって使ってみてから判断」しなければ‥‥ネ。

 

ゆえに、現段階の私の見解では、「AI動画」は未知数としか言いようがない‥‥です。

 

 

 

動画作業は、相当、高度なAIが必要になるはずです。

 

おそらく、動画作業をAIができるようになる日には、「人間の思考を、ほぼ踏襲できた」ことになるでしょう。もう少し、現場寄りに具体的に言えば、

 

 

AIが自律的にアニメ作画をできる=AIが作画技術を保有する

 

 

‥‥ということです。

 

うわぁ‥‥‥すげえ、難しそう‥‥‥。

 

「なぜ? ‥‥‥動画って、そんなに大変なの? 元絵があるのに?」とAI開発者の人が思うのなら、実際に3〜6ヶ月くらい、動画作業を体験してみれば解りますヨ。真に「動画の素晴らしい仕事」を体現しようとするのなら、かなりの高度な判断力と推測力、そして想像力(‥‥という名の膨大な経験値の蓄積)が必要になることを痛感するでしょう。

 

「中割り」なんていう言葉に踊らされず、原画も動画も「絵を作ること=作画だ」とちゃんと認識すれば、「そうとうヤバい領域に踏み込んでしまった」と思うことでしょう。

 

「自動動画」「AI動画」が「使えない動画を量産」するのでは、全くもって意味がないです。人間の代わりになるような存在でないと、導入の意義がそもそもありません。

 

「自動動画」「AI動画」が生成した「マズい動画」を、結局人間が手作業で修正してたら、何のためのコンピュータか‥‥です。

 

通り一遍の「どこにでもあるようなキャラをAIが「中割り」できた」って、それは「下の下」の仕事でしかありません。どんどんアニメのクオリティは面白くも美しくもないものへと拍車がかかるでしょう。

 

「AI動画」を導入するのなら、「こんなの人間じゃ何日かかるやら‥‥」と絶望するような動画を作業して結果を出してこそ‥‥です。

 

 

 

ただ、私は「AI」がアニメ制作に少なからず関与するのは、否定しません。「AIが動画をできるようになる日」が来るのなら、それはそれで、「作品表現と作品制作に活用できる」とも思います。

 

実際、現在進行中の新しいアニメーション技術では中々難しい領域を、AIの動画作業でカバーできるのなら、ググンと技術の性能が向上します。いわゆる「ハイブリッド」です。

 

なので、「AIが発達して作画作業」ができるようになるのなら、喜ばしいことです。

 

 

 

まあでも‥‥かなりヤヴァいぞ。「作画」なんぞにAIが手をだすのは。

 

分析とか、学習とかで、絵が描けるようになるのなら、世界中で天才画家や鬼才漫画家が続出しているでしょうしネ。

 

なぜ、人は絵が描けるようになるのか。そして、上手い人、下手な人、絵を描くこと自体を諦める人など、千差万別なのか。そもそも、絵の上手下手とは何が基準なのか。‥‥その辺りの領域をAIは踏み込むのかな。

 

上手い動画を描けるAI。‥‥さて、どのくらいの「学習」の年月が必要か、今後を見守ることにしましょう。

 

 

私としては、「AI動画」も良いけれど、まずは制作システムを完全にデータベースの管理下において、そのデータをAIに処理してもらいたいですネ。危険予測や未来展望など、人間の感情や習慣のバイアスが作用しない「ジャッジ」をAIが提案して、その上で人間が最終判断する‥‥というような、「文武両道」というか「マンマシン両道」の制作システムは、見果てぬ夢‥‥です。

 

 

 

 

 


電子戦機

私はプラウラーやグラウラーが好きです‥‥って、説明を端折り過ぎか。百聞は一見にしかず。

 

コレです。

 

●EA-18G「グラウラー」

 

●EA-6B「プラウラー」

 

どちらも電子戦機というカテゴリーで、攻撃機から改造した機体です。ちなみに、EA-18GEA-6Bも1/72のプラモが発売されてますので、ルックスを手元で確認できます。

 

アメリカ海軍に限らず、こうした「既製の機体から改造して、新しい任務に充てる」というのは、どの軍隊でもおこなわれています。国防ゆえに優先度の高い軍隊だから何でもかんでも新規開発しているわけではなく、むしろ、高い金を出して揃えた機材をどのように耐用年数ギリギリまで有効活用するかも、積極的に取り組んでいます。

 

開発段階でコンポーネント化して、多用途化することを前提とした機材も多いです。ロシアの新鋭戦車「T-14」は、「アルマータ共通戦闘プラットフォーム」から派生したAFV(装甲戦闘車両)です。

 

 

 

アルマータのように、設計段階から多機種展開を目論むこともあれば、上述のプラウラーのように、既存の機種から改設計・改造することもあります。

 

抜き差しならない国防の軍用用途とはいえ、やはり増大するコストは悩みのタネ。抜き差しならないからこそ、合理的な路線を模索するのが、軍用機材なわけです。今よりかっこよくしたいからツノを付けた‥‥とか、可愛くしたいから猫耳を追加した‥‥なんてことはありません。なんとなく放置することも、なんとなく買い換えることも、ないです。

 

 

こうした「規格設計当初からバリエーション展開を盛り込んでおく」「既存の機材を新しいニーズに合わせて改造する」という取り組みは‥‥

 

資金に限界のあるアニメ制作現場にこそ、応用できる

 

‥‥と思うのです。

 

アルマータ的な計画的な機材調達と運用、プラウラー的な「捨てるのもったいない。改造すればまだ使える」的な魔改造運用は、大いに参考になります。

 

プラウラーは、原型機のA-6が1997年に退役した後もしばらく実戦配備の運用が続けられ、退役したのはつい最近の2015年です。

 

*上から、原型の艦攻機A-6A、電子戦機EA-6A、さらなる改造型のEA-6B。A-6AとEA-6Bのルックスの大きな差は、ロービジ塗装もあいまってスゴいですネ。

 

 

まさに‥‥

 

 

既存の機材を賢く使う。

 

 

‥‥ですネ。

 

アニメの機材もこうあるべきでしょ。

 

 

ならば、KT-30。

 

 

紙作画時代のスタンダードたるKT-30を、「電子戦」(言い得て妙だ)に対応させるために近代改修すれば、テキトーな事務机で作画するより格段に使いやすいです。

 

KT-30は、その持て余し気味の奥行きを上手く使えば、様々な機材やガジェットが収納できるでしょう。大掛かりな改造をしなくても、配線用の穴あけと、電源タップの補充、そしてVESAマウントでモニタアームを設置する補強を施せば、まだまだ十分「電子戦」時代にも活用できると思います。

 

 

 

例えば、iMac 5Kには「VESAマウントモデル」がありますので、KT-30の机天板に鋼鉄製の補強プレートを増設すれば、4K作業対応コンピュータがモニタアームで設置できます。モニタアームを使えば、モニタ台座が消えて奥行きを遮蔽しなくなるので、KT-30の奥行きの深さを活用できます。

 

コンセント口の増設は過剰なくらいがちょうど良いです。意外に電源の口は必要になりますから、タコ足配線することなく、綺麗にスッキリとコンセントを接続できる余裕を最初から用意しておくのが良いです。

 

紙なき後、棚は何に使えば良いか。‥‥やはり、思った以上にガジェット(FireやiPad)や周辺機器(Bluetoothのキーボードや無線マウスに加えて、充電池の充電器も)は必要になりますから、そうした細々とした機材の置き場所に活用できるでしょう。

 

ガラスを撤去して補強した木板で塞いだ机の天板は、もちろん、iPad ProやCintiq Pro、液タブ、板タブ、用途に合わせて、「描くためのメインツール」を置きます。

 

あと、図には書きませんでしたが、ケーブルをすっきりと固定するケーブルホルダは増設した方が良いですネ。

 

どの加工も、電動の機材で処理すれば、大した手間ではないでしょう。鋼鉄プレートは既製品を調達しても良いですしネ。

 

 

 

 

おそらく、他の作画机はいざ知らず、KT-30に限っていえば、2020年代以降も全く無駄にならないと思います。ちょっとした改造で十数年(いや、数十年?)耐用可能と思います。

 

変にカッコだけの気取ったデザイナーズデスクを買って、「使いモンになんねー!」と悶えるよりは、KT-30を延命運用したほうが遥かに有用なように思います。

 

紙時代のアニメ制作用品を、2020年代以降の「電子戦」に対応できるように、「電子戦機」に改造する‥‥というのは、何だか痛快ですネ。

 

 

 


フロー

現在準備している制作管理システムは、フロー変動型です。それは作品ごとではなく、カットごとで変動することを前提にしています。今までの作業経験上、そして、未来の発展形を意識して、です。

 

旧来のアニメ制作システムの限界は、全てのカットを同じフローに詰め込もうとする点です。

 

もちろん、「型ありき」で制作するのは有効な手段の1つでしょう。分岐・派生を禁止することで、大きな効率化が望めます。先人の築いた高度な工夫および現場での許容を鑑みた采配が、旧来現場のワークフローの中に伺えます。70〜90年代にアニメが急激に進化したのは、まさに「型ありき」の制作手法の大成果でしょう。

 

しかし、現在は表現の要求が多様化しています。加えて、世界規模で進行する映像技術の進化は、はかりしれません。そうした中、同じフローで全てのカットを賄えるとは限らないのが現状です。

 

今後の映像技術の発達を、積極的にアニメーション制作に取り入れようとするならば、旧来の決め型・定型のワークフローで済むはずがないです。

 

また、作業要素を限定して、直列に並べるのも、もはや古い考え方です。「L/O」「第1原画」「監督」「演出」「作監」「第2原画」「演出」「作監」「動画」‥‥みたいな定型要素の直列(一部並列)でフローを考えようとすること自体が、未来の映像制作にマッチしません。

 

 

未来の新しい制作システムを構築する段階において、今までの作業習慣やワークフロー型を迂闊に踏襲すると「昔の害」も呼び込みます。いっそのこと全部、「昔のことはなかったこと」にしたほうが、クリアで明快になります。

 

再構築する際に、昔の経験が呼び起こされることは有用ですが、昔の慣習に縛られることは、新しい取り組みを「台無し」にしかねません。

 

でも、これをルーズに拡大解釈して、必要なレイアウト作業をすっ飛ばしたり、盲目的に作業者任せ・丸投げにすることも害なのです。

 

 

「じゃあ、どうすれば良いんだ」‥‥という人もおられるでしょう。しかし、そのように感じるのは、まだまだ、頭が古い体質から抜けきってない証拠です。何かしらの決まった型で、新しい何かを当てはめようとする思考自体から脱皮する必要があります。

 

「じゃあ、どうすれば良いんだ」‥‥? そんなこと、人に聞くな。 どうするも、こうするも、「どうすれば良いかを自分で考える」のが、未来を切り開く人間の行動指針なのですヨ。

 

 

例えば、レイアウト=L/O。

 

レイアウトという工程は、結局、何のために必要なのか。それを理解していなければ、新しいワークフローやジョブの定義などできるはずもないです。

 

レイアウトは「配置」とも訳されます。つまり、カメラフレーム(ムービー画面)の中における、各要素の配置です。決して、背景の原図でも、原画の下書きが主目的でもありません。なによりも、「画面の中での配置」がそもそもの目的です。

 

つまり、実写でいうところの、カメラリハーサルのようなものと捉えてもよろしいでしょう。時間軸において、画面の中に、色々な要素がそれぞれどのように収まるか‥‥を、事前に決め込んでおく作業工程です。

*追記:「光の配置」「明暗のレイアウト」もレイアウト作業には「本来」必要です。

 

レイアウト作業のそもそもの存在意義を理解していれば、新しいワークフローにおいて、どのように新しいジョブを定義するかも、見えてきましょう。

 

 

ですから、現在の現場に慣れてズレまくった感覚で、「レイアウトって、背景原図のことだろ」とか、「レイアウトでどこまで丁寧に第1原画を描いておけばいい?」とかは、新しい映像制作システムには全く無用なのです。

 

まあ、現在の現場には、のっぴきならない事情もありましょう。なので、私は旧来のアレコレに対しては首を突っ込みません。旧来の現場での経験は、貴重な備蓄財産として活かしていこうと思います。

 

 

 

新しい制作現場には、新しい技術と思想に基づく、新しい制作管理システムが必要です。その新システムは、新技術の運用の可否を握るでしょう。

 

新しい技術は表現の自由度が幅広いですが、ゆえに管理システムで管制して状況を把握できていないと、簡単に四散し不明瞭になります。

 

 

しかし、自由度の高い技術を、縦横無尽に使いこなす制作システムを確立できたなら、とてつもない武器になる‥‥と確信しています。

 

 

 



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