タブレット

「江面模型店」と言われるほど、プラモのストックで溢れる私。「これからの人生は、溜め込んだものを消化するぞ」とココロに決め、「もう買い物は極力控えよう」と思った矢先に、結局プライムデーで「Fire HD 8」を買う始末。

 

アマゾンの甘い罠、プライムデーに今年もひっかかってしまった‥‥とは思うものの、コンピュータ関連機器は「使用期間の限界」があるのも現実なので、Fire HD 8で旧iPadを置き換えた次第です。

 

ちなみに、Fire HD。私がどのように使い分けているのか、ご参考程度に。

 

Fire HD 7

作画机でのビデオ鑑賞用(流し見)

絵コンテなどのラフ画のビュワー(解像度を必要としない)

参考写真1枚表示(はがきサイズと2L判の中間くらいの大きさ)

音声再生(Amazon Musicなど)

 

Fire HD 8

作画机でのビデオ確認用

絵コンテなどのラフ画のビュワー

設定などの詳細画ビュワー(ピンチインして拡大して見る)

参考写真1枚表示(2L判くらいの大きさ)

 

Fire HD 10

作画机でのビデオ確認用

絵コンテなどのラフ画のビュワー

設定などの詳細画ビュワー

参考写真1枚表示(A5くらいの大きさ)

ネット検索(Webブラウザ)

 

 

‥‥という感じで、画面の大きさが使い分けの基準になっています。画面が大きいほど、用途も広がります。一方で、限られた面積の机では7や8も賢く用いて、空間を効率的に使うことが求められます。

 

「PCを置いて、24インチのパソコンモニタで見れば、済むんじゃないの?」と思う人もおられましょう。

 

でも、作画机にパソコン‥‥は足元としても、パソコンモニタを机天板に置くのは、それこそ前世紀の20年前から「狭い机」の象徴として繰り返されてきたことで、正直「辟易」しております。「パソコン導入のワクワク感」のうちは気づかないんですけど、1〜2年使っていると、作画机の面積がモニタとモニタのスタンド(台座・脚部)、キーボード、マウスで、アホみたいに消費されていることを再認識して、パソコンが主役で、作画作業をする人間が風下の脇役‥‥みたいな境遇に鬱憤が溜まってきます。

 

特に、PCの操作にキーボードが必要なのが、致命的です。キーボードを常設すると、机は一気に狭くなります。モニタのスタンドで場所を占有され、キーボードで占有され‥‥と、ダブルパンチです。

 

設定書や参考本を机にポンと置くようにして、モニタも気軽に置けたら良いのに‥‥を、まさに叶えてくれるのがiPadやFireなどのタブレットです。

 

作画机にパソコン一式を置くのは、まさに前時代的だと感じます。もし作画机にパソコン一式を置くのなら、作画机自体の設計見直しが必要でしょう。ペーパーレス時代の作画机‥‥ということです。でも、そうした作画机はまだ出現していない‥‥ですよネ。

 

なので、20年の長きにわたり、既存の作画机をどのようにして「パソコンの占領」から解放するかを考えています。現在の私の作画机のコンピュータ機器は、全てiPadとFireで構成されているので、それらを1枚2枚と避ければ、60秒もかからず机の上はクリアになります。据え置きのモニタと違って、フットワークが格段に軽いのです。掃除も容易です。

 

 

作画しつつコンピュータを使う人誰もが、一度は作画机にコンピュータを置いてみる。そして「アカンな」と思う。もっと空間を有用に使う方法はないかと模索し、各人の方策の分岐に至る‥‥と、パターンは決まっています。

 

恐ろしく軽量薄型で、24〜32インチで、ワイヤレスで、タッチパネルの4K HDRモニタが発売されれば、遠隔にパソコンを置いといて、机の上にスッキリ薄いモニタだけをスタンドに立て掛けて作業‥‥なんてこともできるのでしょうが、まあ、今は無理ですネ。

 

まあ、絶対無さそう‥‥だけど、Fire HD 16とか、iPad Pro Plusで19インチとか、大画面タブレットPCが出てくれれば、より一層、快適に作画机をセッティングできるんですけどね。

 

そういえば、iOS版のPhotoshopフルバージョンの噂が流れてますネ。そうなってくると、やっぱり今よりも大画面のiPadは欲しくなるのですが、う〜ん、iPadは現在のAppleの戦略からみて13インチで打ち止めなように思いますし、複雑なところです。

 

 


iMac 5K、4年。

自宅のiMac 5Kのローンがあと数ヶ月で4年満期を迎えます。購入した4年前=2014年は、MacBook Proも同時期に購入したため、Appleローンの月額を抑えるために期間を4年で組みました。購入当時は「4年目はそれなりに古いマシンになってるんだろうな」と思ってましたが、性能で不満を感じることはなく、自宅用途では十分現役です。

 

一方、作業場のiMac 2.5Kの2012、Mac Proの2013は、もはや色々な面で古さが隠せず、特にiMac 2.5K Late2012は、その画面解像度により、フォントがぼやけて見えるので、肌身で古さを実感します。しかし、計算端末としてはまだ有用なので、「もうアカン」と限界の時まで、使い倒す所存です。

 

来週には本格的に作業場の主要モニタを4K環境へと移行し、公私ともに4Kがデフォルトになります。ここ数年は、自宅は4〜5Kでも、職場は2Kという「スペック逆転」現象が起こっていましたが、ようやくそれも解消され、波形モニタやレンダリング端末でもない限り2.5K以下のモニタは引退となります。

 

ご家庭向けテレビも、もはやわざわざ2Kを買うこともないほど、4KHDRテレビの価格は下がって来ています。でもまあ、自宅の2Kテレビが正常動作しているのなら現時点では無理に買い換えることもなく、液晶の寿命がそろそろやって来る頃に4Kに切り替えれば良いでしょう。

 

iMac 5Kのi5モデルだと、20万円以下でAmazonで買えるようです。メモリは後から交換&増設して64GBにできます。

*私は色々とカスタムして買うので、購入するのはAppleストアばかりです。i7にしたり、ビデオカードのランクを上げたり‥‥と。

 

初代iMac 5Kが、今でも現役足り得るのは、私の実感ですと、

 

  • i7で4.0GHz動作のCPU
  • 32GBメモリ
  • とりあえず速度的になんとかなるFusionDrive
  • 5Kの解像度

 

‥‥のあたりです。購入当時、iMac 5KをBTOでカスタムしておいたのが、功を奏しました。もうしばらく=2〜3年は、自宅のパソコンを買い換える出費が抑えられる‥‥ということですネ。これは嬉しい誤算です。5年が買い替え時期だと考えていたので。

 

やっぱり、私のiMac 5Kが2014年の4年前のモデルでも「じゅうぶん現役感」を醸し出しているのは、5Kのモニタ解像度です。コンピュータはたとえターミナル操作でも、必ずテキストフォントは目に映りますから、CPUやメモリよりも、日頃の威力はデカいです。

 

2〜2.5Kの画素密度の低いモニタは、字がぼやけて見えるため、老眼の影響じゃなくてもまるで老眼で見たようなニュアンスに感じられます。4〜5Kに慣れてくると、2〜2.5Kのうっすらボケているのが、明確に意識できるようになるのです。PCモニタと比べると、同じ2K解像度クラスのiPhoneやiPadでも、画素密度が高いので(=小さい画面にPCモニタと同じ画素を詰め込んでいる)、全然テキストのカッチリ感が優れてますもんね。

 

画業で言えば、むしろ鉛筆を使って絵を描いている人ほど、4〜5Kの世界がぴったりなんですよネ。紙に鉛筆で描いた絵のスキャン画像をiMac 5Kのモニタに映し出すと、生々しいほど、自分の描線がリアルに表示されます。2〜2.5K程度のモニタでは、その画素密度の粗さから、鉛筆画のニュアンスなんて表現できていなかったことが、つぶさに見てとれます。もちろん、線を二値化をしたら台無しなので、階調を保ったまま扱う必要がありますが、生々しい鉛筆の黒鉛の筆致・ニュアンス、描いている当人の筆運びや感情までも克明に表示する4〜5K解像度の世界は、2〜2.5Kのモニタでは全く味わうことのできない境地です。


一方、ペーパーレスにおいて、私の映像制作上の価値観を近年大きく変えたのは、iMac 5KとiPad Proに他なりません。紙と鉛筆がなくても、十分、未来を切り開けると確信できたのは、iMac 5KとiPad Proの存在あってこそです。もはや紙と鉛筆による2K24pは私にとっては過去に過ぎず、新時代の映像制作技法と高度な映像品質が自分の生きる道と心得ます。3〜4年前に導入したiMac 5KとiPad Proは、品質の意識を大きく塗り替えてしまいました。どうせ描くのなら、どうせ作るのなら、2K24pSDRじゃもったいない、同じ苦労をするのなら、4K60pHDRで作れば、その先の様々な展開や発展も引き寄せられる‥‥と考えるようになりました。

 

 

世の中には、高いお金を出しても、所有欲だけしか満たせない物品も多いです。自分の人生の未来を変えてしまようなチカラを、高級な時計も自動車も与えてはくれません。‥‥まあ、少なくとも私にとっては、ですが。

 

iMac 5Kの価格では、今どき、125ccのバイクを買うのがやっと‥‥かも知れませんが、絵や映像を作る人間にとって、30万円そこそこのiMac 5Kが与えるチカラは、当人の情熱次第で計り知れないものとなりましょう。

 

私がしみじみ思うのは、3〜4年前に、ホントに良いタイミングで、iMac 5KとiPad Pro&Apple Pencilが発売された事です。私はAppleがどのタイミングで何を発売開始するかなんて与り知らないわけで、次世代品質のアニメ制作技術を模索していた最中に、決定的な道具が「意図せず偶然のように」現れたのです。‥‥ある意味、セレンディピティに近いです。

 

私は22〜24年くらいまえに、同じような「セレンディピティ」チックな体験をしているので、今回のムーブメントも「サイクルがひとまわりしたんだ」と感じました。After EffectsのloopOut("cycle")で言えば、ループの先頭に戻るタイミングですネ。

 

偶然のようで偶然じゃない、必然ではないように見えて必然だった‥‥という体験を指して、ものすごく大雑把に言うと、「時代性」と呼ぶのかも知れません。思うに、時代性とは、意図したことが意図しない繋がりを経て、やがて意図したかのような結果を導き出す「必然と偶然のsuperposition(重ね合わせ)」を事実として体現したもの‥‥なんでしょうかね。

 

 

まあ、そういうややこしい話はおいといて、iMac 5Kが2014年の秋に発売されて、もうそろそろ4年。iPad Proと相まって、「次世界への列車」に乗り込む、まさに「切符」のような役割だったと思います。

 

列車にのって、どこにいくか、お楽しみはまだまだこれから‥‥ですネ。

 

 


4KHDRと言っても

4K HDRのモニタが随分と安く売られております。ただ、映像制作に必要なスペックは満たしておらず、何よりも致命的なのは、PQカーブに対応できるプリセットを持てない点です。

 

HDMI経由で信号の中にメタデータが含まれる場合は対応できる‥‥との製品もありますが、その仕様では制作現場ではNGなのです。配信データと同等の信号を、PC/Macのディスプレイ出力から(簡単には)送出できるわけではないので。

 

ディスプレイポートで4K60pかつHDR PQの信号の運用をどうするか。

 

う〜ん。金がかかる方法しか今は存在しない‥‥みたいですネ。

 

 


インストラクター

新たに技術を導入する際に、インストラクター的な立場の技術者や経験者の存在は、非常に重要だと思っています。インストラクターの質が、まるでその技術本体の質のように受け取られるからです。

 

インストラクターとはWikipediaによると、

 

インストラクター(instructor)とは、工業技術、スポーツなどの分野に於いて様々な指導を行う立場の者をさす。

 

‥‥だそうです。とても重要な役職‥‥ですよネ。特に技術の導入期においては。

 

アニメの技術、特に描画に関するソフトウェアの場合、単にソフトウェアの使い方だけを知っているだけでは、有能で指導的なインストラクターにはなり得ません。インストラクター本人の画力と経験は、ソフトウェアの有用性を実証する上でも、とりわけ不可欠です。

 

どんなにスペックを暗記しても、マニュアルやヘルプを暗記しても、描画系ソフトウェアの場合は、「実際に何を描けるか」に対して人々は注目するので、インストラクターが描いてみせる絵は、そのままそのソフトウェアの印象として受け取られます。これはもう、20年も前から同じ傾向なので、今後も同じでしょう。

 

描画ソフトウェアではないですが、After Effectsがアニメ業界で台頭して、コアレタスが事実上死滅したのは、「映像表現の印象」が決定的にユーザに作用したからだと感じます。After Effectsのメーカー(=Adobe)での宣伝映像や画像は、「こんなことができるようになる」とそれまでのアニメ撮影とは一線を画した表現にあふれていましたが、コアレタスは「再現できます」「今までと同じことができます」スタンスに終始して、しかもサイトで掲載していたサンプルはお世辞にも「未来を感じさせる内容」ではありませんでした。2000年前後の話、です。

 

同じことが、2020年前後に、作画セクションで起こるように思います。作画に用いるソフトウェアが、実際にどんな表現をアピールするか、そして、その未来の可能性を印象付けるか‥‥です。

 

現在、幅広くクリスタが支持されているのは、やはり、サイトのデモ画像が美麗であることと無縁ではないでしょう。クリスタを使えば、こんなことができるようになるんだ、と思えるサンプル画像の数々は、これから何を導入しようか迷っている人にとっては大きな印象を与え、強い指針となり得ます。そして、あの月額(今でも500円?)が決定的に人を動かします。

 

TVPaintに関して言えば、その昔「Aura」の名で呼ばれていた頃から、恐るべき画力で様々な画風で使いこなしていたアニメーターさんがいますが、そういう手練れの人たちが他人が羨むような絵を描いてデモするようになると、流れは大きく変わるかも知れません。Cacaniも内容の良さそうなソフトウェアですが、アピールの印象はあくまで機能説明に終始しているように感じられます。

 

物事を動かすのは、細かい機能解説の数々ではなく、圧倒的と言えるほどの大きな印象です。

 

もう散々、いろいろな「フォーマット戦争」で経験して来たこと‥‥ですよネ。細かい機能のアピールが勝敗を決したか? 否!‥‥です。

 

じゃあ、大きな印象って、結局、何?‥‥って、それは当事者たちでその「印象の実体」を作るしかないです。それがまさに、「ものつくりの戦い」なのですから。

 

 

 

思うに、ソフトウェアのインストールベースや普及の趨勢だけでなく、アニメ制作会社の未来も、インストラクションで変わってきます。インストラクターの質が低いと、その会社の「技術の質」も停滞するのです。

 

通り一遍の機能をレクチャーするだけの「人間マニュアル」のような人材が、ソフトウェアの使用法の基準になってしまうと、「基礎の先にある応用技術」に到達するまでに多くの時間がかかってしまい、発展のチャンスを逃し続けます。基礎が出来上がってくると、応用がとんとん拍子で面白いように発展するのが、まさに技術の醍醐味ですが、そうしたことがインストラクターの質が低いことによって阻害されるのです。

 

とはいえ、ソフトウェアの使い方や機能を知っているだけでインストラクターが務まるのは、技術移行期の極初期だけです。現場の人間は、やがて基本的な使い方や機能をマスターしていくわけですから、そうなれば、質の低いインストラクターは存在意義を喪失します。

 

ですから、インストラクターはある種、エヴァンジェリストのような役割も担って、どんどん更新される技術内容、どんどん台頭してくる新しい技術を、現場に広めることが主として必要になりましょう。アニメ制作現場の場合、その普及の実践段階において、描画ソフト系インストラクターは画力を宿命的に求められます。

 

では、アニメ制作現場のインストラクターが成立するのは、どのような状況でしょうか。

 

実際、「そのソフトでどこまでできちゃうのか?」を掘り下げるのは、その当人の表現力に依存します。つまり、絵が描けない、映像のイメージが希薄、映像が頭の中で動いていない人は、ソフトのポテンシャルを「チュートリアル程度」にしか引き出せないので、リアルな現場のインストラクターとしては役不足です。

 

ソフトウェア開発者自身すら驚く「そんな使いかたまで出来たのか」というレベルまでソフトを使いこなすのは、第一線の表現者・作業者です。基礎を終えて応用まで到達するのは、実際に作品制作で凌ぎを削って生き残った、キャリアを積んだ当事者です。

 

ということは、アニメの現場に有用なのは、インストラクターかつエヴァンジェリストで、最前線の作業者として活躍している人間‥‥となりましょう。要は、現場の技量の高い人間が、若年の人間を指導する‥‥ということです。現実的な経験を積んだ一定以上の技量を持つ現場の人間が、インストラクターを兼任する‥‥ということに落ち着くでしょう。

 

‥‥あれ? それって、「善き現場」の復興‥‥ですよネ。

 

 

 

思うに、現場が幼くて不安を抱えている時こそ、曖昧なインストラクター的ヘルプを必要とします。しかし、それは「自分たち自身で、必要な技術を体得するんだ」という覚悟を先延ばしにする温床にしかなりません。なんだかコンピュータは難しいっぽいから、誰か知ってる人、助けて‥‥なんていう弱腰が、いつまでたっても「乳離れ」できない幼い現場に留め続けるのです。

 

特にアニメーターにありがちな「コンピュータ苦手意識」は、アニメーターがコンピューターネットワーク時代に「ひとりだちできない」大きな原因です。

 

以前、コンピュータの知識がない‥‥というだけで、いかにも不利益で不毛な現場の未成熟状態を、私は経験しました。画力の高いプロフェッショナルな人間たちが、コンピュータの知識が乏しいというだけで、低い発達状態のまま停滞していました。

 

コンピュータを用いた制作現場において、それらコンピュータ関連機器を取り使う人間の意向に、作品表現が従属しなければならない状況は、あからさまに、構造悪だと思いました。

 

しかし一方で、コンピュータの知識がなければ、映像デジタルデータ時代の作品作りにおいて、作家性や絵画表現力を発揮することは難しいです。

 

構造悪は、自分の「コンピュータって難しいからわからないや」という甘えも、大きな原因だったのです。新しい時代の作品作りには、作家性、絵画表現力、そしてコンピュータの知識を、全て兼ね備えることが必要です。

 

コンピュータ音痴を自嘲的に自分のステータスとして気取っているのは、未来の映像制作からの脱落と逃避を意味します。

 

コンピュータをどんどん知って、コンピュータのシャーシが軋むまで使い倒して、今までとは別次元の作品表現を成し遂げる、まさに「コンピュータ時代の映像表現の体現者」として、制作現場の人間は成立すべきです。そのくらいの気迫を胸に秘めても、バチはあたるまい。

 

 

ちなみに‥‥、私の作業場の傍には、「フランケン」と呼んでいる、ボロボロのiMac(Late2012)が現役ですが、iMac Proを導入した今でも、最後の最後まで使う所存です。

 

まあ、私にとって頼りになるのは、中途半端な技量のインストラクターではなく、リアルな現場の仲間、そしてコンピュータそれ本体‥‥ですからネ。

 

そして、別立てでインストラクターを用意するまでもなく、頼りになるリアルな現場の仲間が、良質な「専門分野個々のインストラクター」足り得るとも思っています。

 

 


速度は時間

その昔、230メガバイトのMOが登場した時に、フロッピー200枚分だ!と驚いたものですし、UltlaSCSIで繋ぐ外付けHDDは2〜4ギガバイトでも大容量に思えたものです。

 

しかし2018年の現在、容量に対する意識は大幅に変わり、ギガバイトはファイルの容量、ディスク容量はテラバイト単位です。ディスクに対する意識そのものも変わり、光学ディスクに焼いてデータをやりとりするなんて、白箱(‥‥箱じゃないけどね、今はもう)くらいなものです。まだまだ大容量用途で活躍するハードディスクすら、映像制作のデスクトップでは陳腐に思えるような時代です。

 

 

 

一般的に、記録メディアは容量ばかりに話題が向きがちです。しかし、どんなに大容量でも、どんなにコンパクトでも、今や「時は金なり」で、速度も重要な要素です。

 

大容量のデータを扱うようになると、その大容量データをコピーしたり再生したりする速度も軽視できません。4K60pで10〜12ビットのデータになると、非圧縮で大まかに、1秒1ギガバイトを消費します。映像制作的には、ものすごい大容量時代がもうすぐそこまできているわけです。

 

一方、市場は‥‥といえば、それこそ「安かろう、遅かろう」の製品から、「高かろう、速かろう」の製品まで、芋洗いで混在しています。

 

用途に合わせて、および、達成したい目標に合わせて、適切な記録装置を購入することが大切です。「こんなに大容量が、随分と安くなったねえ〜」なんて言っている場合ではなく、速度性能も重視する必要があります。映像制作に従事するのなら‥‥です。

 

製品による速度差は、今や凄まじい落差があります。

 

例えば、USBメモリ。‥‥何と言っても中身はメモリなので、高速な読み書きが可能‥‥と思い込む人は多いかも知れません。しかし、製品によっては「小さいだけが取り柄」の製品もそこら中に転がっています。以下のような低速な製品も、実はそんなに珍しくないです。

 

 

随分と遅いなあ‥‥と思いますが、このレベルのUSBメモリは今でも現役で、しかもアニメ制作会社=映像制作会社で用いられています。

 

では、ちょっと未来の映像制作では、どのくらいの速度が普通になるのか?‥‥というと、以下のような速度になります。

 

 

 

あまりにも落差がありますよネ。

 

でも、映像制作を未来も続けようと思うのなら、こうした製品の落差が入り乱れる状況の中で、単に安さに目を奪われる事なく、自分らの目的を全うできる製品を、ちゃんと選別して購入し、制作環境に装備する必要があります。

 

 

速度だけではわからん‥‥というのであれば、時間で考えればすぐに実感が湧きます。

 

500GBのデータをコピーするのに、かたや待ち時間が数分、かたや2〜3時間。つまり、コピーを見届けてから帰宅するまでに、2時間以上の差が出ます。

 

実際、40GBのデータをコピーする際に、20秒で終了したのを目にした時は、新しい時代の速度感覚を痛感しました。最新の環境ではたしかに、1秒2GB(=2000MB/s)の速度で、データをコピーしています。

 

カップラーメンにお湯を注いで食べ終わるまでの10分(に満たない)程度で1TBのコピーが終わる‥‥ということです。ちょっと前なら、外に飯に出て戻っても1TBのコピーが終わってない‥‥なんて、ザラだったのに、です。

 

私の場合、フロッピーディスクから現場の経験を積んでいる(=Apple Quadra650でした)ので、余計、その速度感覚のギャップに気が遠くなる思いです。

 

でもね。

 

慣れりゃあ、慣れるもんですよ。

 

‥‥だって、その速度がないと、運用上、お話にならないわけですから。

 

 

速度は時間と同義です。

 

それはムービーファイルの再生速度(=フレーム落ちにかなり関係する)だったり、作業の待ち時間だったりと、時間の定義も色々ですが、空間も時間も狭い日本を広く使いたいのなら、今後も速度性能は重要な要素であり続けるでしょう。

 

 


コマ数補完

作業場に新しく設置される民生テレビに「コマ数補完技術」が搭載されていたので、アニメの場合はどうなるのか、‥‥まあ、だいたい結果は予測できていたのですが、見てみました。

 

まず、「コマ数補完技術」とは、例えばソニーだと、

 

https://www.sony.jp/bravia/products/KJ-X9000F/feature_1.html#L1_100

 

‥‥のような機能です。

 

この機能・技術は、時間軸がフルモーション(=1秒間24枚、もしくは30枚のフレーム)で構成される実写なら、思惑通りに動きを60〜120fpsにアップコンして滑らかに〜つまりフレームレートを補完によって向上させられますが、アニメの場合はどうでしょうか。

 

タイムシートのシートワークとの兼ね合いで、非常に奇妙なモーションになります。

 

現在の日本のアニメ制作で、セルワークがすべてフルモーション=「24コマフル」作画のアニメは皆無です。一方、After Effectsによる「撮影」工程でのカメラワークは、スタンダード作画の付けPAN+BG組みでもなければ、24コマフルモーションです。

 

つまり、セルワークでは「コマ数補完技術」が機能せず、カメラワークでは「コマ数補完技術」が機能する‥‥という、ちぐはぐで断片的な映像を生成します。実際に目で確認しましたが、まさに「セルの動きは3コマ、カメラワークは60以上のハイフレームレート」という何とも奇妙な映像になっていました。

 

これはセルワークの中だけでも発生し得る事例で、例えば「キャラの動画TU」のカットで、最後の方だけ1コマ打ちにした場合‥‥

 

 

‥‥のようなことになります。途中まで見なれた2〜3コマ打ちの動きが、いきなり60〜120fpsに変化するのは、相当にキモチ悪いです。

 

根本的な構造を考えてみると、24コマシートで3コマ打ちだと、

 

 

‥‥のような、セルの絵が次へと切り替わる瞬間だけ画像補完される‥‥という、決して滑らかになったとは言えない映像が生成されます。

 

日本のアニメでは3コマ打ちは標準なので、24pの中で同じ絵が3フレーム連続して静止することは日常茶飯事です。映像時間軸上の各フレームを同じ絵で埋める「2コマ、3コマ」のコントロールは、アニメ制作現場では「エコノミー」=コストの節約の側面よりも、タイムシートにおける動きのテクニックとして確立されています。

 

一方、コマ数補完技術は、あくまでフレームレートをアップした時に、足りない隙間のフレーム補完をするものなので、同じ絵が連続しがちなアニメのセル画部分のシートワークにおける中割りまではしてくれません。

 

セル画の絵が切り替わる瞬間だけは「中割り」してくれても、決して時間軸全域がフルモーションの映像になるわけではないです。

 

で、アニメ制作現場の実際で考えれば、まさかすべてのセルワーク・シートワークを24コマフルモーションにするわけにはいかないですから、これはもう宿命的に、フレーム補完技術との相性はよくない‥‥と言えます。

 

 

今までのアニメの技術は、良くも悪くも、24コマに縛られ続けます。テレビの機能で、一部だけ60や120fpsになったところで、8fps(=3コマ打ちの場合)との動きの格差が目立つだけです。

 

テレビの「コマ数補完技術」を、「そんな機能、不要だ」と切り捨てることは簡単です。しかし、「なぜ、そうした補完技術が実装されるようになってきたか」を考えた時、果たして、今までのアニメ制作の基本であり続ける「24コマ」は今後も絶対的なフォーマット足り得るか?‥‥も、思索すべきです。

 

実際、4K60pHDRのアニメ映像に見慣れると、2K24pSDRの映像はかなり古めかしく見えます。それは絵の中身が‥‥ではなく、フォーマットの古さを如実に実感できるようになるのです。

 

どんなに新しい基軸の絵づくりやキャラを繰り出しても、2K24pSDRで、しかもレタスの二値化&スムージングの線による描画ですと、精彩を著しく損ねることになりましょう。せっかく苦労して描いて塗った絵を、わざわざ古いフォーマットに落としてしまうのは、少なくとも私は「もったいない」と感じます。

 

しかし、新しい映像フォーマットに順応する方策は、旧来のアニメ技術ベースのままでは不可能に近いです。様々な技術革新や思考の転換が必要になりましょう。

 

世の中がどのように変わっていくのか。‥‥ごく普通に予測して、旧来アニメ制作の弱みに触れないように気を使ってくれる未来‥‥ではなさそうに思います。

 

 

 


模様替え、ひとまず終了

1ヶ月の間、地道に取り組んでいる作業場の模様替えが、ひと段落しました。ラックの移設や新設などの力仕事に加えて、配線の整理で立ったりしゃがんだり潜ったりが地味に体力を消費して堪えました。

 

棚の改造もおこない、木材で棚板を自作し、LEDテープを仕込んで、暗くなりがちな棚の中を明るくしました。下の写真は、一時移動した立体資料の一部です。

 

 

 

実存のモデルだけでなく、最近関わった「宇宙モノ」の「宇宙戦艦」の資料として、ガミラス艦やXウィングなども混ざってます。奥の方には、「地面に墜落したハインド」などもあります。

 

まだアームだけの状態のモニタアームも写っておりますネ。今回の環境アップデートは大がかりなので、機材の到着期間もバラバラで長いのです。

 

 

今日から7月。2018年の後半です。

 

私にとって、きっと、この7月からの10年は、今までの10年とは大きく異なる大転換期の10年でしょう。私が20年前に体験したアニメ制作技術の大転換期よりもさらに大きな「大々転換期」になる予感です。これはアニメ制作という狭い視野ではなく、世界的な技術フィールドの視野においても。

 

前の転換期の際も、「古きものは去り、新しきものは現れる」状況が実際に起こりましたが、今回はもっと大規模な形で展開されるでしょう。

 

古きもの‥‥は、実年齢の話ではなく、どんなに若くても、頭の中身が旧態ならば古きものです。その逆に、新しきものも、実年齢に関係ないです。

 

Aセル、Bセルがー、とか、シートがー、とか言い続けているのは、古き時代の証です。新しき時代に、AセルBセルXXセルで事が収まるわけがないですからネ。古き時代に生きたままの古き者は、新しい時代の中では手に取るもの1つ1つが違和感の塊かも知れません。

 

新しき時代も、人の手でアニメを作ります。ただ、手に持つのが、Apple Pencilだったり、マウスだったりするだけ‥‥のことです。

 

 


上から下から

昔から延々と続くアニメ業界の厳しい状態をして、トップダウンの至らなさに論調の重きをおくのは、「悪者探し」に終始して実際の改善には全く結びついていないと、常々思っています。

 

ミスを指摘したり、悪い部分をつつくことは、ある程度のキャリアを積めば誰でもできることです。では、そのミスを抑制するためにはどうしたら良いか、悪い部分を良くするためにどうすれば良いか、「ダメだと言うばかりではなく、改善策・解決案とセットで語る」ことが必要です。

 

現状のココがマズい! 原因はココにあった!

 

じゃあ、どうすれば、原因と現状を改善できるの?

 

‥‥‥え〜と、どうすれば良いんでしょうねぇ‥‥‥みんなで頑張れば良いんじゃないですかね

 

具体的には何を頑張れば良いの? まず、改善の一手は何から始めるべき?

 

‥‥う〜ん‥‥‥

 

 

核心を指摘したった! ‥‥というレベルで満足して、そのあとはシラ〜‥‥では、実は何も変わっていかないです。

 

指摘するのは簡単なのですよ。指摘した部分をどうすれば良き方向へとシフトできるか。‥‥そこまで考えて、実際に実践して見て手応えを得るところまでやることが不可欠です。

 

 

私は、ボトムアップとトップダウンの両面で、現状の改善、窮状からの脱出を実践せねばならないと思っています。

 

‥‥で、私はボトム側の人間ですから、強烈にボトムからアップしていくべく、仲間と一緒に行動しています。「してくれないから、できない」と言い続けるのではなく、「やることによって、変えていく」のです。

 

そして、「アニメの作り方なんて、昔っからこんな感じだろ」と慢心しきっているトップダウンを揺さぶって、トップダウンの意識を状況的に強制的に変えていくわけです。大きな地震がおこれば、ビルの最上階も大きく揺れて、慌てて跳びだしてくるでしょ。

 

それにトップダウンに属する人間だって、慢心している人ばかりではありません。何をどう考えても未来はマズい‥‥と意識している人も多くいます。しかし、それをどのようにして実践したら良いのか、自分で絵を描いて動かしてコンポジットしているわけではないので、具体的な技術改革の内容がわからず、悶々と危機感だけを胸に抱いて、現状に甘んじているのです。

 

慢心して現状にあぐらをかいている人間は、トップにもボトムにもいます。

 

危機感を抱いて改善の方法を探している人間も、トップにもボトムにもいます。

 

 

思うに‥‥ネットを「ネガティブともだち」、つまり、各人のネガティブな思考だけを寄せ集めて、順番に悪い人間を選定して糾弾するネガティブサークルにするのは、何も生み出さないし、良き方向にもシフトできないです。

 

「ネガ友」のチェーンリングにハマるのは、とても危険なことだと思います。

 

ネガ友が寄り集まって、不平不満を積み重ねるのは、とても簡単なことです。ほっとけば部屋の中がどんどん散らかってゴミ屋敷になるがごとく‥‥です。

 

業界全体、現場全体でセルフネグレクトに陥ってどうするのでしょうか。

 

 

トップだけでなく、ボトムも。

 

ネガティブだけなく、ポジティブも。

 

 

両方が必要だと思います。どちらか一方だけだとバランスを崩して倒れます。ポジティブだけなのもダメです。ポジティブ思考に水を差すネガティブ思考も、バランスよく必要です。もちろん、ネガティブ思考だけでもアカンでしょう。

 

上か、下か、‥‥の1方面思考では容易に行き詰まるでしょう。

 

今、中間位置にある、どうにも進退極まる苦境を、上から下から攻めて突き崩していく‥‥のが、未来を変えていける方法と心得ます。

 

 

 


iPad依存

iPad、注文しました。

 

また? ‥‥って感じですが、iPad2やiPad miniが寄る年波に勝てず、まともに動かなくなってきたので、リプレースです。昔のiPad〜iPad2とか初代iPad miniはもはや、Alexaアプリすらまともに動かないようになって、パツンパツン落ちます。買い替え時期と判断しました。

 

買ったのは、「iPad6」、Apple Pencilが使えるiPadです。

 

*私が買ったのは、128GB WiFiモデルです。

 

 

すでに仕事で2年以上、iPad ProとApplePencilを使っているので、心配する要素はありません。いつものように動作してくれることでしょう。

 

最強のコスパを誇るFire HD 10の数倍のコストはかかりましたが、ビデオ編集やスケッチなどにも使うので、コスト高はあえて呑みました。見るだけ、読むだけ、だったら、絶対にFire HD 10ですけどネ。

 

iPhone8で撮った4Kの編集をしたり、気軽に持ち歩いてどこでもスケッチしたりと、生み出す能力を欲するとなると、iPadを買わざる得ないです。今年の無印iPadはApple Pencilが使えるので、旧来とは全く別物と言えます。

 

 

自宅のマシンは2014年のiMac 5Kで今でも十分、職場もiMac Proで不足など無し、拠点には十分な性能のマシンがある‥‥となると、日頃の持ち歩きは軽快なiPadかiPad Proになりますわな。MacBook Proも持っていますが、常時持ち歩いて出先で絵は描けないしネ。

 

スタッフに伝えたいことがあれば、メモの図をiPadで描いて送ることなど、造作もないことです。メールの文章だけで伝える時代は今や昔の話。「図で説明する」という人間ならでは知能を、普通に活かせる時代です。

 

なので、ケースはApple Pencilを収納できるタイプにしました。

 

 

 

まあ、このサイズだと作画の本格的な作業は難しいとは思いますが、ちょっとしたスケッチならできるでしょう。軽快な書き心地のProcreateで決まり‥‥です。

 

 

 

人は、ストレスの少ない方に傾きます。まさに私のiPad依存が典型です。

 

わざわざ板タブでラジコンのような操作をせずとも、ダイレクトに絵を描けるiPadなら、ストレスは格段に抑制できます。細いケーブルで1本、時にはケーブル無しで自由に取り回せるのも、魅力です。描いた絵はワイヤレスネットワークで、これまたストレスなく他へと転送可能です。

 

ぶっといケーブルで液タブを繋いでいた昔、なんという重いストレスに人間は耐えていたのか、我ながら隔世の感があります。

 

 

 

2020年代、身近な環境がどのように変わっていくのか。

 

確実にストレスの少ない方=高品質化に傾いていくでしょう。目の疲れない高解像度による絵や文字、同じく目の疲れない高リフレッシュレートの映像、‥‥まさに我々の関わる映像制作もその一環です。

 

ほんとは絵を描くには、24インチくらいほしいけど、そんなiPadが出るわけもないし、かと言ってiOSの快適性を犠牲にしたくもないので、10インチのiPad、そして13インチのiPad Proで、十分です。それでどんどん未来へ進むことができます。

 

 

 


新しい環境

以前プレビューに立ち会った攻殻のUHD BDが発売されたようで、サンプル〜見本品が届きました。一緒に写っているのは、5Kの解像度で外部モニタに出力するケーブルです。

 

 

まあ、まだまだUHD、4KのBDは珍しい部類ではありますが、BDに限らず、4Kは徐々に世間に浸透していくでしょう。2Kの上位互換ですし、奇妙なメガネをつけなくてもよいので、テレビを買い換えたら4Kになってた‥‥みたいな移り変わりで、世間にしれっと馴染んでいくように思います。

 

映像制作においては、色々な機材的な問題で、しれっととはいきませんが、徐々に身近になりつつあります。自宅では2014年の冬からiMac 5Kにて4K5Kの世界が日常になりましたが、仕事場でもiMac Proが今週から配備され、4Kを通常設備として使い始められるようになりました。EIZOの4KモニタCG-318は以前から導入していましたが、日常の仕事で普通に4K5Kを扱う環境が整いつつあります。

 

「しれっといかない」機材の問題は、ケーブル1本にまで及びます。今はまだ、ケーブルを買えば何でも4Kに即対応とはいかず、システムスタッフと相談しながら、的確な製品を購入せねばなりません。

 

 

 

短ッッッ!

 

モニタが少しでも離れた位置にあろうものなら、すぐに足りなくなる長さです。マシンの設置場所の可否をケーブルが決める‥‥という状況。

 

また、ちゃんと60pで接続できるケーブルにしないと一日中見続けるモニタのリフレッシュレートとしては失格です。ですから、「長いケーブルがアマゾンで売ってるよ!」と言っても、その製品が期待通りの性能を提供するか否かは、それこそ「人柱」が必要になります。ありがちなのは、ケーブルが原因で60pではなく30pになっちゃった‥‥というオチですネ。

 

 

でもまあ、新しい技術の黎明期というのは、往々にして、こんなもんです。小さな出来事に一喜一憂して、小さなことをコツコツひとつずつ解決して、自分たちの経験と技術として吸収していくのです。

 

機材やソフトウェアのスペックやセッティングを、何かの呪文のように暗記するのではなく、なぜ、それが必要なのか、そうしなければならないのかを、1つ1つ理解しながら開拓していくので、「ものごとの仕組み」を嫌でも覚えるわけです。黎明期に関わることは、結果的に、タフさを身につけることと同義です。

 

まあでも、どんなに黎明期に関わっていても、いつからか技術進化の流れからドロップアウトしてしまえば、その時点で知識と経験は止まります。

 

進み続ける技術更新に辟易せず、むしろ楽しんで関わり続けることは、未来を生きるために必須‥‥と言えましょう。

 

 

あと1週間で6月も終わり。

 

じゃんじゃんばりばり、作業場全体のセッティングを進めねば。

 

棚板増設の木工ボンドから、After Effects CC2018のアウトプットモジュールセッティングまで、全ては繋がっています。

 

環境作りには「デジタル」も「アナログ」も「コンピュータ機材」も「人の手足」も分け隔てなく全て必要‥‥なんですよネ。

 

 

 

 



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