999の35mmフィルム上映

銀河鉄道999の2本立てが、35mmフィルムで1週間限定で目黒シネマで上映されるとのことです。

 

https://twitter.com/megurocinema/status/1035134398679539713

 

Rec.709の狭い色域のブルーレイとは違う、35mmフィルムの上映ですから、「違いの判る大人」は見にいきましょう。懐かしさも含めてネ。

 

 

他人のことはわからないので、自分のことだけで思い起こしますが、考えてみれば、私のアニメーションへの執着・執念は、映画の999から始まったのだと思います。

 

もちろん、マジンガーZやキューティハニーなど私が小学1年生の頃にみたテレビアニメにも大きな影響を受けてはいますが、明確に「テレビマンガ」から「アニメ」「アニメーション」を意識したのは、私が小学6年生の時に観た映画の999からです。

 

当時のアニメ雑誌がもたらした情報の影響も大きく、りんたろうさんの絵コンテをはじめ、制作内部の中間素材(キャラ設定や色見本や美術ボードなど)を記事で紹介していました。私が初めて買ったアニメ雑誌は、アニメージュの1979年7月号で、映画の999を特集した記事が載っていました。

 

そもそもテレビではなく劇場のフィルム上映によって、「まんがまつり」ではない「作品としてのアニメ」を見ることも、私の中での大きな変化でした。

 

アニメーションは色のついた絵で画面が満たされ、音とともに上映されるものですが、アニメーターの作画技術が作品の大きな要素となっていることは、小学生の私にも理解できました。当時のアニメ雑誌も、荒木伸吾さんや安彦良和さんの特集を組んでおり、アニメ好きの同級生も同様にアニメーターに注目したものです。

 

一方で、映画館で観た映像の美しさは何によるのものか、線画が原点になっているのは判るとしても、線画だけでは成し得ない要素が数多く存在することも、子供ながらに何となく意識していました。背景美術、セルの色彩設計、そして撮影技術。

 

アニメ雑誌やムック本でたまに紹介されていたアニメ撮影台の技術に、私は中学生になった頃から興味を抱き始めました。中学2年生の頃に「さよなら銀河鉄道999」が劇場公開されましたが、その頃は作画と撮影の両方に注目して鑑賞していました。‥‥情報の影響はデカいものですネ。

 

「さよなら銀河鉄道999」は撮影技術が目に飛び込む映像で盛りだくさんですが、例えば、ラーメタル星で鉄朗をパルチザンが助けるシーンでの崖上に並ぶパルチザンたちのカットの撮影は、今見ても奇跡的な光学操作のなせる技です。

 

なんだかね‥‥、こうして改めて記述してみると、今の自分の立ち位置は、子供の頃に確定していたとも思えます。

 

 

 

35mmフィルム上映の銀河鉄道999の2本立て。

 

当時を知る人も、知らない人も、Rec.709が映像の全てではないことを改めて認識するためにも、ぜひご鑑賞ください。

 

sRGBやRec.709の抜けの悪い緑にずっと騙され続けてきた20年からようやく解放される今、映画館で35mmフィルムのアニメを改めて自分の目で確かめて観るのも、良い「区切り」だと思ってます。

 

 


コピックス

絵を描く。‥‥‥好むと好まざると、子供の頃から小学校の授業で描かされるがゆえに、誰もが体験する行為です。

 

今になって思うと、「絵が上手いだ下手だ」なんて、ある一定のレベルまでは、天性の才能というよりは観察力と分析力が大半です。

 

まあもちろん、要素のレイアウト、色彩の組み合わせ、空間の使い方など、幼少の体験が影響して一生つきまとう「独自の感性」はありましょうが、ある一定の技量までは常人なら到達できましょう。

 

じゃあ、なぜ世界中の人間が全て絵がうまくならないのか‥‥というと、前述した通り、観察と分析の習熟期間が足りないからです。然るべきメソッドにて500時間の習得ミッションを、自己流で50時間しかやらなければ、うまくなれるわけがなし。

 

ぶっちゃけ、「自分は絵が上手くならない」なんて自虐を演じて見せる人が、どれだけ合理的な方法で模写に時間を割いているのか、甚だ怪しいです。模写をすっとばして、いきなり自己流でオリジナルキャラを描いてれば、いつまでたっても上達はせんわな。

 

上手い絵、好きな絵、自分が惹かれる他人の絵を模写することは、絵の技術習得のスタートにふさわしいです。

 

でも、実際に模写してみた完成画が、あまりにも元絵とかけ離れていれば、それはもう、自分が情けなくもなりましょう。「うわ、下手くそ」と自己嫌悪に陥るかも知れません。

 

そうした時、「なんで似ないんだろう。どうすれば似るんだろう。」とパズルのように面白がれれば良いですが、「自分の才能の無さを認めたくない」と思うような性格だと、「模写なんて人の絵を真似するだけのつまらない行為だ。自分はオリジナルでいく。」ともっともらしい理由をつけて、自分の感じた屈辱感を誤魔化す人もいるでしょう。

 

どんな本人の性質だろうと、初心の段階では、絵が似せられない現実はソコにあり続けます。

 

 

ある人は、どうすれば似るのか、絵を描きまくって熱中して、やがて好きな漫画やアニメのキャラを自分の「持ちキャラ」のように「見ないでも描ける」くらいまでに到達します。

 

一方、熱中できない=いっぱい絵を描くのがどうもダメ‥‥な人はどうするのか。

 

‥‥どうするんでしょうね。

 

諦めるんでしょうかね。自分にはもっと他の、向いたことがあるだろう‥‥と。

 

で、諦められない場合は、どうするのか。

 

そんないたいけな子供のココロを誘惑するかのごとく、昔のアニメ雑誌にこんなツールが宣伝されていました。

 

 

 

 

元絵さえあれば、それをなぞって、模写‥‥というよりは複製(というのも微妙だが)ができる!

 

‥‥という、2018年の現在で考えれば、失笑を禁じえないツールなのですが、昔は自宅にパソコンもタブレットもスマホもなければ、文房具屋さんのコピー機だって子供にとっては雲の上の存在でしたから、コピーをとってから上質紙にトレースするなんてこともできませんでした。学校はガリ版だったし、わら半紙が全盛だったし。

 

別の話になりますが、例えば、トレーシングペーパーで絵をなぞって写す‥‥というのは、「こんなの絵を描いているとは言えない」と子供ながらに思いました。白紙に自分でゼロから絵を描いて、初めて「絵を描いている」と言えると、子供ごころに思ってました。

 

 

さすがにこれはね‥‥。当時小中学生だった私も「眉唾モノ」のように思えて手を出さなかったし、何よりも当時の1980円は子供にとって相当高価でした。当時の私の1ヶ月分のお小遣いを全部使っても全然買えませんもん。

 

当時のいつだったか、このツールを友達に使わせてもらったことがあるんですけど、‥‥まあ、誰もが想像する通りの結果でした。

 

遠隔側の鉛筆の筆圧が弱くてな‥‥。

 

「フリーペン」でちゃんと正確にトレースできたのかも危うい感触だったりな‥‥。

 

 

「あほらし。こんなツールに頼るよりも、自分ですいすい似せる技量を身につけたほうが早いわ」と子供ごころに思ったものです。

 

 

それにさ‥‥‥。模写は「絵を上手くなるための」経過点であって、到達目標ではないですもんネ。

 

元絵がなきゃ、絵が描けない‥‥って話になりますよネ。この「システム」だと。

 

 

 

そんなこんな、昔話を思い出すにつけ、「絵を描くって、なんなんだろう」としみじみと考え込んでしまいます。

 

絵を描けると楽しいですが、絵を描かなくても楽しいことはいっぱいあるでしょう。

 

でも私は、絵を描くのが好きなんだよな。

 

おかしなもので。

 

 

 


昔のiPad

昔のアニメ雑誌を眺めてたら、「銀河旋風ブライガー」の記事があって‥‥

 

 

それは良いとして、

 

この頃からiPadがあったんか。

 

 

 

サイズからして、11〜13インチくらいか。

 

 

2018年現在、iPad的なものを使う使い方とほぼ同じだね。

 

画像付きの情報を閲覧する用途。

 

 

ブレードランナーもそうだけど、昔のSF映画やアニメやマンガで描いた未来社会って、チューブを走る乗用車は未だに出現しないものの、結構色んなガジェットが実用化されてますよネ。

 

でもまあ、まさか、上図にあるようなアイパッド的なガジェットで、アニメの作画自体をするようになるとは、この当時=1981〜2年には思いもせなんだ。

 

 


うる星と動乱

1980年代のテレビアニメ「うる星やつら」は、Kittyの音源をよく流用していました。特に印象的なのは三枝成彰さんの交響曲「動乱」です。

 

「みじめ!愛とさすらいの母!!」‥‥で劇中の各所で用いられていた他、第2楽章の冒頭部分は、もはや、うる星やつらの代名詞の1つとも言えるくらい、印象的に使われていました。

 

しかし。

 

交響曲「動乱」のCDは現在入手が困難で、「ビューティフル・ドリーマー」のサントラ(星勝さんの名盤)と並んで、「買っておけばよかった」CDの1つです。Apple MusicやAmazon Musicが普及した2018年現在でも、手に入らない音源は沢山あります。私の手元にはカセットテープしかありません。

 

なので、いつものごとく、耳コピで作りました。耳コピは音楽の基本やね。

 

 

*こうした著作権絡み楽曲の自演の演奏は、YouTubeなら「包括的」な契約で、うまいこと処理してくれます。もちろん、他人様の楽曲なので、収益化はダメですけどネ。

 

ピアノ部分はゆっくりなので、この部分だけなら、弾ける人も多いと思います。他の部分はピアノ協奏曲のように、難しい部分が満載ですけど‥‥。

 

制作はこれまたいつもの通り、すべてGarageBandです。映像はまんま、GarageBandの再生画面です。GarageBandは気軽に音楽が作れるので、iMacやMacBook、Mac miniを持っているのなら、使わなきゃ損ですヨ。上質なソフトウェア音源もいっぱい入っています。制作もスピーディーに進み、打ち込みでもリアルタイム記録でもマイク収録でも、大体なんでもできます。できないのは曲の途中の拍子変更(色々な拍子に変化する〜Jeff Beckのスキャッターブレインとか)などですネ。

*何でも可能にしたい場合は、Logicを買えばできます。

 

ちなみに、映像に見えているピアノスコアは、GarageBandの自動のスコアなので、左手小指の根音(一番下の音)が八分音符になってますが、実際は白玉(全音符)で抑えっぱなしです。

 

あと、楽器のレイヤーの並び順は、打ち込んだ順番の都合で、オーケストラスコアの並び順ではないです。私は大体弦楽の低音部から打ち込んでいくので、並び順が逆なんですよね。

 

 

最近は作曲家さんもSEのような音楽を求められる傾向が強いのかも知れませんが、シーンが思い浮かぶ音楽って良いですよネ。

 

折角なので、ピアノ1台で弾けるように、オーボエの旋律をピアノ伴奏に取り込んで、ピアノソロ版も作ってみました。伴奏の分散和音の中に含まれる旋律を浮かび上がらせるタイプの楽曲の演奏に慣れていれば(例えばメンデルスゾーンの無言歌とか)、特に苦労せずに弾けると思います。

 


バンダーブック

私が小学生の頃、1979年の夏、友だち数人で高田馬場にある「手塚プロ」に、「アポ無し見学」を慣行した事があります。アニメ雑誌が出版されるようになって、住所とかを頼りに、今考えれば無謀な見学を、男児数人が決行したわけです。

夏休みの時期ではありましたが、世間的には普通の日。妙に早い時間に待ち合わせしたのが裏目に出て、通勤ラッシュのど真ん中にブチあたり、赤羽線と山手線を乗り継いで、高田馬場へと小学生たちが降り立ったのでした。

手塚プロの前に着くと、みな怖じ気づいてしまい、「誰が先にいく?」とかしょうもない事でモメてました。結果、一番度胸のあるアベチャンが先陣を切り、階段を上がっていき、

「スイマセーン! 見学させてくださーい!」

と廊下で叫びました。

みな、小猿のようにキャッキャとドキドキしながら待っていると、オジさんが出てきて、「今日はあいにく、見学できない日なんだよ。xx曜日に来ると見学できるよ。でもせっかく来てくれたから、これをあげよう。」と言って、一旦戻って、「バンダーブック」(1978年テレビ放映)のセルを持ってきて、子供たちに1枚ずつくれたのでした。

オジサンがくれたのは、主人公「バンダー」の描かれたセルでした。もらった小学生各自の、その後の対応はさまざまで、奇麗に保管する子供もいれば、しきりに手にとって見る子供もおり(=これが私)、中にはプラモデルのカラーで横に模写する子もいたり‥‥と。

見学の段取りの「情報」など全く知らず、アポなしで制作会社を尋ねる子供たち。門前払いせずに、逆に子供たちにプレゼントをくれるオジさん。

‥‥ええ時代だったね。

アニメは好きですよ。子供時代の楽しくて幸福なアニメの思い出も多いですからネ。

ちなみに、セルがコレクターアイテムとして認識され、「セル泥棒」などの犯罪が発生し始めるのは、これから3年後くらい、「アニメキャラ人気」がアイドル的な様相を呈するようになってから‥‥です。「うる星やつら」あたりは、その被害の的だったようです。壁に穴をあけて未使用のセルを強奪するトンデモな犯罪もあった‥‥とは被害関係筋から聞いた話です。

これから未来。様式を受け継ぐ人、精神を受け継ぐ人、色々あって良いんじゃないですかネ。

1000年女王の撮影技術

私が中学生だった頃、松本零士ブームの流れで「1000年女王」が劇場公開されたのですが、ストーリーはともかく、撮影技術に魅了され、「撮影」を意識するきっかけとなった作品でした。

私の第一の目当ては、まずは金田伊功さんの作画でした。しかし、至る場面での撮影技術にも、心を大きく動かされました。純粋に、「きれいだなあ」と思ったのです。最近、DVDを見たのですが、‥‥う〜ん、自分がかなり影響を受けている事を認識しました。距離感の作り方とか、濃度の出し方とか‥‥、特に関東平野が浮上するくだりは、「自分も同じような素材で雰囲気を作るだろう」と共感する表現でした。‥‥というかさ、共感するも何も、この作品で「インプリンティング」されたようなものだから、可笑しい言い草ですネ。子供が親を見て、「あなた、私に似ている!」と言うようなもんで‥‥。

作品本題のほうは、‥‥まあ、いいじゃない。当時から、「ハコブネは関東だけ?」とか疑問が多過ぎる作品でしたしネ。「隅つつき」ではなく、「ど真ん中」の要素だったんで、さすがに、気になったんだよねえ‥‥。「関東だけ生き残れば、それで良いんか!」と誰もがツっこむと言う‥‥。さらには、作劇上のディテールの端々に「優等生」「良い子」な感じが見えるのも、何か、当時の私としてはイヤでした。松本零士作品から毒を抜いて安全にしちゃった感じが、私には合わなかったのです。でも、デカいテレビ作品ではなく、ちゃんと映画の貫禄はありましたね。女優陣もゴールデンメンバーで、メーテルもプロメシュームも森雪も総出演。今見返すと、話の筋やアイデアには、良い部分も沢山あると感じるんですけどネ。現在の「現実の積み重ね」で見せるやりかたではなく、「夢をドカンと実現して見せる」やり方のほうが、逆にインパクトがあるかも知れないですネ。

ただ、この頃の松本零士作品は、作品同士に何か関係を持たせようとしたのか、同じ名前の設定が出てきます。‥‥思うに、そのやり方って、あまり受け手は興味が無い‥‥というか、作り手側の思い込みが強いような気がして、当時から「別建ての話にしてくれた方が良かった」と子供ながらに感じました。

撮影技術に話を戻しますと、当時のアニメージュ別冊「1000年女王・ロマンアルバム」に、撮影ギミックの解説が載ってました。「重箱」なんてとても理解できませんでしたが、何やら、難しい工夫を凝らして、画面を作っていた事だけは読み取りました。

作画ならともかく、撮影は中学生の自分では模倣などできません。家にあるのは、ブライトフレームの普及型カメラのみで、三脚すらなく、アニメ撮影台の模倣なんて、全くもって不可能でした。私が「疑似撮影台」を手中にできたのは、アニメーターになって、そこそこお金が自由にできるようになって、一眼レフとレンズ一式、光学フィルター、コピースタンドを購入してからでした。

1000年女王の撮影技術を見ると、やっぱり映像は「構成力」だなと痛感します。いくら高価なプラグインでトッピングしても、構成は誤摩化せないよネ。物理的に不利な、昔の撮影台でも、構成がしっかりしていると、今見ても、危うさを感じません。BOOK引き1つとっても、構成力は映像に「説得力」として反映される(されちゃう)んだなと思います。

また、この当時の劇場作品は、建築物の崩壊とか、大変なカットを逃げずに何カットも重ねて描写していますネ。今のアニメだと、「大変」なのでできるだけカット数を減らして逃げちゃうんですが、逆にそれが、「大きなスクリーンで上映するテレビ作品」になる所以なんでしょうネ。1000年女王は、作画も仕上げも背景も撮影も全て大変なのが、いくつもあります。同じ素材を使って、自分でもコンポジットしてみたくなるカット(もちろん空想ですが)がいくつもあります。作業が大変でも、その大変さが報われるのは、やっぱり嬉しいのです。

1000年女王・劇場版。作品的には、特に他人に勧める類いのものではないですが、私個人としては、撮影技術のエポックとなった、思い出深い作品なのです。

アンドロメダ人気

最近、1980年頃のヤマトのプラモデルが再販されて、買ってもしょうがないな〜とか思いつつも、買ってしまいました。100円で売っていたシリーズで、今は210円で売ってます。子供の頃の記憶が疼くのでしょうか。

今、「さらばヤマト」を見返すと、中々にパンチが効いてて、見てて「ん〜?!」となる事も度々です。また、記憶ではインパクトの強い印象だった宇宙戦艦群も、実際の登場カット数はそれほどでもなく、子供心に随分「増強・補完」して見てたんだなぁ‥‥と思います。ビデオなんて無かった時代なので、映画館で1度きり見て、ずっと忘れないように反復しているうちに、どんどん「出来上がっていった」のでしょうネ。

作画・撮影なんかも、スケジュールが無かったのでしょうか、随分アラが目立ちますが、反面、今では3Dにしちゃうような大変な作画をこなしており、撮影でも奇麗なシーンがいくつもあります。テレサの洞窟のシーンは、透過光が画面作りの根本を成しており、白・黄色・グリーンの奇麗なグラデーションと軟調フィルタが、まさに神秘的な女性像を体現しています。同シーンの古代くんや真田さん(地上の人物)の色は、透過光のフレアが乗る事で微妙な色調を醸し出しております。「こういうシチュエーションのシーン、いつかやってみたいな」と感じましたネ。

子供時代、アンドロメダ(地球側の旗艦)は異様な人気を誇っており、みなでアンドロメダを描いたものです。あの複雑なディテールゆえ、上手く描けた子は一躍人気者になったほどです。

で、現代。いまでもアンドロメダは人気があるようで、ちまたにはプラモデルの作例がいっぱいあります。大型のアンドロメダも再販されておりますし、メカコレクションの小さいアンドロメダも再販されています。

大型のアンドロメダのほうは、ちょっとムックリした造形で、スマートな印象が消えているのが、ちょっと残念。発売当時、小学生だった私が、「こんなズングリしたのだったら、いいや」と、買えない事の理由付けにしていたのを、ふと思い出しました。

アンドロメダのデザインは、カラー的には、当時のアメリカ海軍のガルグレー&レドーム色と同じ、明るい配色です。また、2連の角張った波動砲のデザインは、どこか当時の最新鋭機F-14,F-15の二次元型エアインテークを想起させ、先進の「強いアメリカ」的な雰囲気を感じます。

ヤマトがそれこそ大和・武蔵だとしたら、アンドロメダはどこかアイオワ級的な直線ばったデザインで、「敗戦国色の濃厚な」旧ヤマトの作中にあって、暗黙のうちに強く語るものがあります。「戦勝国に吸収された敗戦国」の心情というか。‥‥デスラーと心情的に近しくなる表現が出てくるのも、「敗戦国同士」ゆえかも知れませんネ。

この頃までのアニメは、「敗戦のルサンチマン」が作品のルートになっている設定・ストーリーがよくあります。80年代に入って「うる星やつら」あたりでその影はほぼ消えたと思いますが、70年代(〜80年代初期)までの作品は、「父はまだ生きている」「母に会いたい」〜戦争孤児的な感情の流れを汲むものや、「国は負けたが、俺たちは負けてない」的な心情を根底に感じさせるものが、数多くありました。

もしかしたら、アンドロメダ人気は、作品の根底の感情からすれば、原作者としては苦みを感じるものかも知れませんネ。劇中では、最大の威容を誇って先陣をきるアンドロメダが、哀れにも全く無力で、ゴミ屑のように踏みつぶされる‥‥という描写で、「意図通り」の展開でしたが、子供たちの間ではデザインのかっこよさが優先され、アンドロメダの負けは「無かった事に」なっているという‥‥。

ヤマトシリーズのプラモを眺めて、単に「懐かしいプラモ」というよりは、デザインやカラーリングに色々な事を考えさせられる、オジサンになった私‥‥でした。

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